第21話 生き写しのような子孫
『ねぇスグル、あなたに届くかしら? 呪いの香りを七代先まで……』
ザシュッ! 声が届いた刹那、鋭い斬撃が空間を切り裂くように轟く。油断した瞬間に頬を切られたのか、触ると血が手にぺったりと付着している。
キィイインッ!
慌てて、錫杖で応戦して間合いを取る。
「ちぃっ! これは、薙刀っ? あの匂い袋……自殺薬だけじゃなく、薙刀の破片が仕込まれていたのかっ」
再び、オレの手を離れて宙に浮かぶ匂い袋。深い怨念が込められていた匂い袋からは、花の香りが黒い煙と共に立ち込めている。
「あら、ボウヤ。なかなかやるじゃない? 錫杖で私の薙刀を払うなんて……案外、術師以外の戦い方も出来るのね?」
光を帯びた薙刀を握る謎の影……煙の中に埋もれて正体が見えない。オレのことを馬鹿にしているのか、それとも本当に意外だったのかは定かではない。
ただ、くすくすとした笑い方から察すると、すでに戦闘での優位を確信しているのだろう。
「あの黒い煙……すごい、魔の霊力だ……。祟り神達の様子がおかしい? これは、一体」
黒い煙に吸い込まれるように、スイレンに襲いかかっていた祟り神達がエネルギー波となって消えていく。
「グアぁああ、復活がっなされルゥ!」
「我らが魂を生贄に復活をぉおっ」
「1000体の祟り神達が、黒い煙に吸収されたっ? まるで生贄の儀式のような……」
……やがてその煙は1人の美女の姿形を再編し、祟り神として魂を再生させた。
「ふぅ……ご馳走さま。みなさんの魂……美味しかったわ」
間違いない……先程まで、過去の記憶として見てきた人物……凛堂ルリ子本人だ。黒く艶のある長い髪を片側で束ねており、幼なじみのルリを大人にしたような風貌である。
紺色の着物はたおやかな淑女を連想させるが、戦闘用の袴を履いており身動きは取りやすそうだ。
年齢は、全盛期の年齢で再生されているのか、20代前半くらいに見える。
「まさかとは思うが、凛堂ルリ子本人が子孫の肉体を介さずに復活したのか……。どうしてっ?」
「あらあら、考えが甘いわよ。落石事故による子孫の身体乗っ取りは、万が一、私の魂が完全復活出来なかった時の予備のようなもの。あなた達は、事故を防ぐために私自身の【本物の封印】を解いてしまったのねぇ。ご苦労様……」
嵌められた? いや、そうだとしてもルリや同級生達が事故に遭うのは防がなくてはいかなかったわけだし……。結局、凛堂ルリ子復活はどのルートにおいても回避出来ないものなのだろう。
「うぅ……これは……。何じゃ、突然敵が消えて……あれはもしや、凛堂ルリ子?」
「にゃっ、一体何かどうなっているんですにゃ? 一瞬時間が止まっていたような」
祟り神達の吸収が終わるのと同時に、スイレン達の止められていた時間が動き出したようだ。
「スイレン、ミミちゃん……大丈夫だったか?」
特に、フラフラになっているのはスイレンの方だった。攻撃の的がスイレン1人に集中したこともあり、霊力の消耗がかなり激しいようだ。
頭痛がするのか、片手で頭を抱えて立つのがようやくのスイレンを慌てて支える。
「スグルどの、ありがとう……。いけない、スグルどのまで怪我が……癒しの祈りを……」
残りの霊力で、オレの頬にできた傷を素早く治療するスイレン。
「スイレンだって、あちこち怪我しているはずなのに……ごめん」
頼りなくか細いスイレンの肩を抱き寄せ、もう一度対峙しなくてはいけない凛堂ルリ子を見つめる。
相手は確かに一度やられた相手だが、復活のために従者ともいえる1000体の祟り神達を生贄に使ってしまった。
3対1000で戦うよりも、ルリ子1人が相手の方が多少はマシなはずだ。ただ、スイレンの霊力に頼れないし、ミミちゃんはスイレンのボディーガードとしてつけなくてはいけない。
となると……いわゆるオレ対ルリ子の1対1となるが。
「ミミちゃん、スイレンのことを頼む……」
「はい、スイレン様の霊力は兵糧丸で回復しておきますのにゃ。ご安心を!」
「スグルどの……無理しないで……! その者は直接、地獄道から現世に舞い戻って来ている」
地獄道、1巡目の世界では落石事故でオレとルリが飛ばされた場所だ。死者が逝く場所の中でも、罪が深いと言われている地獄の中の地獄。
「うふふ……それだけじゃないわよ。あなたたちが、死に戻りをしてくれたおかげで、私の薙刀も家神の血を補充した状態で復活出来たわ。ほら、見てちょうだいよ……滴る血を求める美しい刃のきらめきを……」
先ほどの攻撃で、オレの血を吸収したのか刃の霊力がさらに上がった気がする。
「悪趣味だな! あんたの過去は、その匂い袋の記憶を通して見たけど、ご先祖様だってあんただって同じ不義の同罪じゃないか。あの後は妾として暮らしたんだろうし、この山だって分与で貰ったんだろう? そこまで家神一族が憎いのかよっ。ご先祖様は女好きなりに一応責任を取ったはずだ」
「ふふふ……あははははっ! ボウヤ、まさか私が不義の果てに祟り神になったとでも思っているの? 確かにキッカケはあの男が曖昧な態度で私を弄んだことにあるわ。けれどッそれだけじゃ、祟り神になんかなれないし、なれっこない……」
「えっ……不義は直接的な原因ではない? それはどういう……?」
オレが、ルリ子に答えを問うよりも先にスイレンが地獄道や祟り神について説明し始める。
「スグルどの、地獄道に落ちた上に祟り神になるなんて、普通は不義を起こしただけでは考えにくいのじゃ。それに、妾とはいえきちんとポジションを生きているうちに確立しておる。おそらく、ルリ子自身が呪われたのはそれだけじゃないのじゃ……」
確かに、世の中には不義の関係を持った人や妾として一生を終えた人もいるだろう。哀しい話かも知れないが、案外、田舎の金持ち周辺にはよくありそうな話だ。自分の先祖の女性問題で子孫のオレが呪われるのは迷惑だけど。
「ルリ子自身が呪われている……それって、あの人自身の意思を反してでも祟り神になったというのか?」
「そうね、意に反しているとまでは言わないけれど。もう、自分自身のかけた呪いに飲み込まれてしまっているの……。だから、目的を遂行するまでは解放されないわ……私を操るこの薙刀に……」
「ルリ子を操っているのは、薙刀の刃……? そういえば、匂い袋に破片が仕込まれていた……」
「うふふ、まだ気がつかない? この薙刀の刃は、【家神一族の血】が忘れられないのよ……。100年以上前にも一度吸った、陰陽師一族の血が……ねっ」
ギラリと自己主張を始める薙刀のヤイバは、家神の血を……つまりオレの血をもっともっとと求めるように荒ぶっている。
「100年以上前にも、家神一族の血を一度吸っている? それって、つまり……あんたは、生前中に家神一族の者をその薙刀で……」
「そうよッ……あの男を、七代前の好きで好きで仕方がなかった、愛していたはずの家神スグルを……その親族を……! 私は、あの時にっ! この手で………………【殺した】のよ。つまり前世のあなたをね……そして、次はレンゲ族の女神を殺すために……!」
ルリ子が方向を転換して、弱っているスイレン目掛けて刃を突き刺そうと動く。
「きゃぁあっ!」
「……! き、貴様ぁあああぁああああっ」
キィイインッ、ザシュッ!
スイレンを守るために、思わず振り乱した錫杖と薙刀の刃がぶつかり合う。護身用としての役割が大きい錫杖と薙刀では、薙刀の方が有利であることは明白だった。けれど、やるしかない。
「オレは七代前の輪廻転生なんて信じていないし、スイレンだって本当に女神レンの生まれ変わりかどうか分からない。先祖の怨みで殺したければ、子孫のオレだけ狙えばいいだろう? それに名前も継承しているぜ……家神スグルって名前をなっ!」
これ以上、弱っているスイレンを狙われたらと思うとゾッっとする。なるべく、煽って攻撃をオレに集中させたい。
「ふぅん……そっかぁ……あなたも家神スグルって名前なのね。一度は愛したあの男と同じ名前」
「顔は似てるかどうか、知らないけどさ」
多少は、煽りが効いたのか再び攻撃ターゲットをオレに設定し直した様子。
「先祖の家神スグルに似てなくはないわよ……ぱっと見は……ね。けど、あんたのその【いかにも自分が綺麗であることを自覚していそうな女みたいな顔】は最初から好きになれないわ。その色白の肌、吸い込まれるような大きな黒目、程よく通った鼻筋……普通の人はあんたのその顔を。綺麗で可愛い顔立ちを褒め称えるんでしょうね。でもね、私はむしろ嫌い、大嫌い……」
「女みたいな顔してて、悪かったな。しかも、そんなに自意識過剰じゃないっ」
オレの顔を見直すたびに、沸々とルリ子の中にある呪いの霊力が上昇していく。男のオレに対して【いかにも自分が綺麗であることを自覚していそうな女みたいな顔】とは心外だ。
だが、大きな目で女の子みたいと小さな頃はよく言われていた気がするので、要はそういう顔立ちのことを指しているのだろう。
「大きな目で綺麗、可愛い……あんなに綺麗で可愛らしい人は見たことがないって。けど、澄ましていて苦手だって最初は言ってたくせに……。あの男が、スグルが……次第にレンを、レンに……夢中になりはじめて……そうだわ。レン、レン、あんたの顔はレンを写している! まるで生き写しじゃないっ」
もしかしたら、嫌いな女性の顔を……女神レンの顔だちをオレの顔を通して思い出している? オレってスグルよりも女神レンの方に顔が似ていたのかよ。まずい……ちょっと煽りすぎたか?
「そうだわ、レンよ……。特に、その目……あの女神にレンに……そっくり。ふふ、いいわ。一番酷いやり方で、【レンの生き写しのような子孫】のあんた【家神スグル】を殺してやるからっ」