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第20話 呪いの香りを七代先まで


『スグル、スグル……助けて……』


 明治時代にこの山に埋められていた家神一族への呪いをかけた何か。その拠点となっている【何か】から聞こえる声。

 拠点の正体は、何の変哲も無い木の根っこ部分に埋められた小さな小箱だった。100年以上、不思議なチカラで守られていた小箱の中には、小洒落た和柄の匂い袋のようなものが密やかに収められていた。


 オレの方へ、匂い袋が宙を浮いてふわふわと向かってくる。


 まるで、時間が強制停止したかのように戦闘中の祟り神やスイレンたちの動きが止まる。オレと封印された小箱を遮る木々や雑草でさえ、何もなくなっていた。


 水色の花柄のその袋から発せられるオーラは、オレに見つかって喜んでいるのか哀しんでいるのかよく分からないと言った雰囲気だ。


「キミは誰。どうして、そんなに苦しんでいるんだ?」

『スグル、助けてスグル……。どうして私を選んでくれなかったの? それならなぜ、あの時私に情けをかけたの……』


 呪いや祟りのエネルギーの源となっているくらいだから、もっとオレたち一族への恨み節が詰まっていると思っていたが、何やら未練が強い様子。

 まるで、エフェクトが変えられたように加工されたような音声から、徐々にクリアな人間の声へと変化していく。よくよく声を聞いてみると、幼なじみのルリの声によく似ている。ルリを大人の女性にしたような……。


「この声は……女の人の声……。ご先祖様と不義の関係になった凛堂ルリ子の念なのか? この人が呼びかけているスグルって、多分オレじゃなくてご先祖様の事だよな」


 実際には、呪いや祟りとなる術をかけた本人が苦しんでいるようだった。


『タスケテ、死ニタイ、タスケテ……』


 繰り返される『助けて』と『死にたい』の2つの言葉は矛盾しているようにも感じる。つまり、『死にたいくらい苦しいから助けてほしい』と解釈すれば良いのだろうか?

 あいにく、死に戻りするくらい自殺願望が低いので、彼女の気持ちを完全には理解できないが……。いや、オレも似て非なる思考の持ち主か、わざわざ一旦死んでから『死に戻った』わけだから。


「まさかとは思うけど、呪いの原因は作為的にかけた術じゃなくて、自然と家神への憎しみや哀しみが呪いへと変化していったのか……? うっ意識が遠のいて……」


 呪いの小箱は、まるでオレに当時の光景を見てほしいと言わんばかりに、オレの潜在意識を明治時代初期へと誘っていった。



 * * *



 場所は、当時の凛堂家の一室。年老いた両親を前に、ルリ子は土下座をしながら何かを懇願している。


「妊娠……しました。私、家神さんの子供を身籠りました……。この家で、このお腹の子を凛堂の跡継ぎとして産ませてください……」

「この大馬鹿者がッッ! 凛堂家の恥さらしめッ」

「きゃぁあっ。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ばしゃぁっ!

 激怒した父親は、部屋を彩っていた花瓶の花と水をルリ子の顔に投げるようにかけた。


「お前は、どうしてそんなにあの家神一族の当主の事で頭が一杯なんだ? しかも子どもまで身籠って……。別にあのスグルとかいう男だけが、この世の男じゃないだろう?」

 スグルという名前を出されて思わずドキッとするが、話題に上がっているスグルはご先祖様のことだ。


「そんなことないっ! スグルさんより、素敵な男性なんてこの世にいないっ」

「ちょっと顔が良いったって、他にも探せばあれくらいのヤツはいるはずだ。それとも、身籠れば家神一族の財産の幾らかが入ってくるとでも?」

「ち、違う……!」


 追い打ちをかけるように、父親がルリ子に対して家神への執着を指摘する。


 どうやら、ちょうどルリ子がご先祖様の子どもを身篭った時の様子らしい。結果として、七代先の子孫であるルリが誕生しているわけだから無事に産まれるんだろうけど。想像以上に結構な修羅場と化しているな。


「せっかく、良い縁談を持って来てやっても、夜逃げするように初夜の晩に実家まで帰って来て……。あの時だって、私たちがいろんなところにお詫びに回って……。お陰で凛堂家は、ジリ貧も良いところだよッ!」

 ジリ貧? 凛堂家はいわゆる武術の師範代かつ名家で、土地などの不動産を中心に財産はあるはずだが……? この時期は、存続が危なかったのだろうか。


「どうせ、家神一族は一族繁栄のためにレンゲ族の女神様とは縁を切らないし、切れないだろう。そして、この地域の人間は皆レンゲ族のご加護に頼りきっている……。家神はレンさんと事実上離縁状態になってしばらく経っているが、別の嫁を娶ることはないだろうね。ルリ子……どうしてそれが分からないんだ! 一体、誰がどうやって、その腹の子を育てるんだっ?」


「うぅ……ひっく……もう、いいですっ……」


 ダッ……と妊娠中にも関わらず、泣きながら走り去るルリ子。両親は止めるそぶりこそ見せなかったが、使用人に土地のリストや帳簿を持ってこさせて、出産や子育てのため金銭の工面をはかる相談をし始めた。


「奥方様……帳簿をお持ちしました……」

「あぁルリ子……本当に馬鹿な娘だよ。人の目もあるし、この地域で不義の子供を育てることは難しいだろうて……。もっと幸せになって欲しかったのに……うぅ……ルリ子ぉ……」



 使用人達の間でも噂は広がるばかり……連日ルリ子妊娠の話題は絶えない。


「ここがもっと大きな都会だったら……。本当は家神一族くらいの金持ち相手なら尚更、割り切って囲ってもらって妾として生きていけるんだろうに……」

「こんな修験者ばかりの田舎町で、陰陽師一族のお偉いさんの子を腹にこさえてもなぁ……」


 おそらく家族にとっても使用人にとっても自慢の娘だったであろうルリ子の不義の果ての妊娠。重苦しい空気が、家の中に漂っている。


「病気になった……という口実で、親戚の家にでも預けるとか……」

「すぐに金に換えられそうな財産でもあれば良かったんだが……どうだかね」

「ルリ子お嬢様……お美しく生まれたばっかりに、悪い男に手を出されて。きっと純粋なお嬢様はあの家神の男に騙されているんだわ。別居が長いくせにレンゲ族との離縁だって、なかなかしないし。このままでは、あの家神家のせいで凛堂家まで滅んでしまう……」


 本当は、口うるさくしていた両親もルリ子の事が心配なのだろう。しかも、使用人たちはなんだかんだでルリ子の味方らしい。

 まぁ普通に考えれば、ほぼ離縁状態とはいえ妻と別居中に他の女性を妊娠させたご先祖様が悪いんだろう。


 だけど、どうして2人はそんな複雑でこじれた仲になってしまったんだ。

 仲の良い幼なじみならレンと出会うより先にルリ子と結婚すれば良かったわけだし、ダメならお互い気持ちが離れたあとだろうし。何故、今更になって……。


 しかも、ご先祖様はオレと同じ『家神スグル』という名前だから自分が責められているような錯覚すら覚える。



 しばらく時間が経ち、だいぶルリ子のお腹が目立つようになった。子供を産む場所すら見つからず思い悩んだルリ子は、夜の露天商で異界のあやかしから薬を仕入れる。


「一応、商売だからこの薬を売るけどヨォ……。あんたはまだ若いし、何も死ぬ事ねぇって……お腹の子も生まれてくりゃあ、いいことあるだろう」

「ふふっまさかあやかしの方に自殺を止められるなんて……。お薬、ありがとう……」


 あやかしの正体は闇の行商人のようだ。だが、さすがに妊婦に自殺の薬を売るのは気が引けた様子。それとなく止めるも、ルリ子は立ち去ってしまう。


 月夜に照らされたルリ子の背中は、泣いているように見えた。


「ああ、行っちまったよ。しかし、家神一族ってぇのは、ずいぶんいざこざが多そうな一族だなぁ。財はあるんだし、妾の1人くらい面倒見てやればいいのにねぇ……やっぱレンゲ族に服従して生きているからか? でもなぁ……」

「案外、あやかしが直接手を下さなくても、そのうち人間関係で滅んじまいそうな一族だな」




 次の日……自殺薬を手に入れ、死ぬ覚悟を決めたルリ子。だが、家神の当主に未練があるのか久しぶりに家神一族の敷地周辺を訪れる。遠目で見かけるスグルは、陰陽師として忙しく働いておりとてもじゃないが御目通りが叶う雰囲気ではない。


「スグル……本当は、私があなたの妻になりたかった。レンが現れるまでは私があなたの妻になると信じてやまなかった……。私ね、未練がましくあなたがくれた匂い袋、まだ持っているの。馬鹿よね……けど本当に大好きよ……。せめて死ぬならあなたに、死んだ私を発見してもらえる場所で……」


 ルリ子は、家神の広い敷地を素知らぬ顔で通り抜けて、家神一族所有の蓮の池を目指す。

 目の前には大きな池とすでに見頃を終えた蓮や睡蓮。まさか、スグルと正妻レンが愛を誓い合った池の前で死ぬ気なのか?


「さよなら……スグ……ル」

「やめるんだっルリ子ッ!」


 ルリ子が自殺薬を飲む直前に、息を切らしながら止めに現れたご先祖様。相当、焦ったのか、はぁはぁと呼吸を荒げて額も汗でぐっしょりだ。


「……! スグル……今更、遅いよ。どうして今更私が死ぬのを止めるの? お腹に赤ちゃんが出来てから、止めるの? 私だって本当は、スグルの子どもを産みたいよっ。大好きな人と私の子どもを……。好きなのよ、あなたのことが、本当に」


「すまない、すべてオレが悪いんだ……すまない。【レンのいない寂しさ】をお前にぶつけて、結局妻も幼なじみであるお前も両方傷つけてしまった。お前は知らないかもしれないが、ずっと凛堂家とも話し合っていたんだ。子どもはオレが面倒を見るから……産んでくれ……死ぬな。頼むから……死なないでくれっ……」


「レンのいない、寂しさ……」


 一瞬だけ明るくなったルリ子の表情が、さっきより一層曇る。


 ご先祖様は【もっとも言ってはいけないセリフ】を口に出してしまった気がする。


 レンのいない寂しさをぶつけるってことは、本当はレンの方が好きだと自白しているようなものだ。

 なのに、子どもを産んでくれって……。生まれてくる子どもには何の罪もないのだから、仕方がないけど。他に表現方法がなかったのだろうか?


 そのあとは、早く時間が過ぎていき経緯はよく分からなかった。

 妾になったルリ子が家神一族からの財産分与でひきついだ山、それが例の祟りの拠点であることが確認出来た。 


 或る日、思いつめた表情のルリ子が例のひきついだ山に現れた。使わなかった自殺薬を大切にしていた匂い袋に詰めて埋める。


『私は、【レンのいない寂しさ】を埋めるためだけのものだったのね……。スグル……あなたは今でも二言目にはレン、レン、レンッ! 私は所詮代用品、結局あの女の方が……私よりも、私よりもッ』


【呪いたいのか? 祟りたいのか? 七代先まで……】


 どこからともなく聞こえてきた、山に眠る何かの神の声……祟りをそそのかす黒い影。


『……うぅっひっく……ひっく……。レンのことも私のことも両方裏切っているくせに……っ。けど、好きなの……スグルのことが……大好きなの……愛しているのよぉぉおおっ』


 何気ないひと言が生んだ大きな大きな心の傷、それがやがて引き金となって……。


 大切にしていた匂い袋、死を願って手に入れた自殺薬……まさに愛憎の象徴なのだろう。たとえそれが、特別な祈願や呪いをかけた品物でなくても。


「これが、七代先まで続いた呪いの正体か……」


 オレの手のひらに、引き寄せられるようにちょこんと乗った可愛らしい匂い袋。


 かぐわしい香りは、おそらく優しさや喜びをもたらすためのもの。今では呪いの香りとなってしまっている……。


 ようやく見つけた呪いの拠点となる【何か】の正体は、1人の女性の愛と憎しみが封じ込められた哀しい遺物だった。


『ねぇスグル、あなたに届くかしら? 呪いの香りを七代先まで……』



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