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第1話 若年最強の術師と呼ばれて


 それは、長く続いた夏休み最後の日の出来事。なんとか、夏休みの宿題を片づけた僕にとって、その日、わざわざ外出する予定なんてさらさら無かった。特に、今年はごく稀にみる記録的な猛暑だったのだ。涼しいクーラーの部屋でまったりとミルクかき氷でも味わいながら、癒しの時間を過ごしても良いだろう。

 うちの姉は気まぐれで、思いついたように用事を放り投げてくる。「お味噌が切れたから、ちょっとスーパーに行ってきて」とか、「ミミちゃんが大好きな猫缶がセールなの、買ってきて」とかそんな感じだ。ちなみに、ミミちゃんとは我が家で飼っているメスの白猫のことである。


 両親は仕事の関係で海外におり、諸事情で日本に居残った高校生の僕、家神スグルは、大学生の姉ツグミ、中学生の妹アヤメ、ペットのミミちゃんと女ばかりに囲まれて暮らしている。我が家の女性陣は当然のように、雑用をこなすのは男である僕だと思いこんでいるのだ……おそろしい。


 こんな時の予感はなぜか当たるもので、姉がパタパタと廊下を歩く音が聞こえてくる。ちょっとおつかいを頼みたいといった雰囲気で、ふすまを開き、にこやかに告げた。


「ねぇ、スグル。ちょっと異界に行って、あやかしを退治してきてちょうだい」

「はぁ? 今からっ」


 思わず素っ頓狂な声を発してしまう。今から異界にワープして、めんどくさいあやかしどもとバトルしろって……? だから、家神使いの家系になんて生まれたくなかったんだ。


「アヤメに行かせれば、いいだろっ。アイツ、暇そうだし、受験もしないで済んでいるし、家神使いデビューしたばっかりだし……経験を積むいい機会だろ」


 ふたつ年下の中学生の妹アヤメは、エスカレーター式の学校に通学しているため中学生にも関わらず、受験勉強がない。暇だ、退屈だと、しょっちゅうぼやいているのだ。そのくせ、バーゲンのたびに友人と買い物に出かけたり、家ではスマホばかりいじっている。


「それがねぇ、なんか今回のあやかしさん、久々のSSSランクらしくって。家神使いになりたてのアヤメちゃんの術力じゃ、無理そうなの。最低でも、陰陽師の中でもハイクラスジョブの異界術士レベルじゃないとね」


 家神使いとは、いわゆる術士の一種で札の霊術や契約済みの式神を召還しつつ、家神様のご加護の元にあやかし退治を行う術士のことである。我が『家神家』は、その名の通り陰陽師一族の末裔だ。

「SSSって、いきなりラスボスクラスかよ」

 心の準備も出来ていないのに、高難易度レベルのあやかし退治を任命されてさすがに気が滅入る。

「だから、現世との結界を守りながら滅裂術を極めている術士のチカラが必要で……。ねっお願い! 若年最強の陰陽師さん!」


 特に、僕の場合契約している家神様が、異界と現世の管理をしている関係で異界での任務がほとんどだ。同業者は僕のことを『若年最強の陰陽師』なんて、呼ぶけれど……僕は、静かにまったり暮らしたいんだよ!


 せめて美少女のパートナーでも出来れば、話は別だけど。



 * * *



 緊急の任務を引き受けることになった、僕。術士の正装に着替えて、お札やら数珠やらを確認し玄関へ。途中、僕が外出する気配を察した妹とミミちゃんが見送りに現れた。

「えっなになに、お兄ちゃん任務に行くの? 帰りに異界で何かおいしいお菓子買ってきて」

「みゃーんっ」

「ああ、余裕があったらな」

 異界のゲートは、自宅の裏山にある亡き祖父の別荘にあるため、他人と接触せずに異界へと転移が可能だ。妹からすると気軽に行ける異界というイメージがあるのか、近所へお散歩レベルの認識と化している。


「そうそう、家神様ね……何でも隠居される決意をしたとかで、今日から新しい家神様に世代交代されるんですって。お話によると今回就任される家神様が、スグルの正式なパートナーとなるんじゃないかしら。孫のことをよろしくって。はい、別荘の鍵!」

 これまでの家神様はご高齢なこともあり、僕ひとりであやかし退治を行っていた。だが、次の家神様は一緒に戦ういわゆるパートナーとなるらしい。誰か、腕の良いサポート術士を探そうとしていたところなので、ちょうど良い機会だ。

「隠居か、そういえば最後にお会いしたときにそんな事を話していたよな。正式なパートナーね……まさか、新しい家神様がパートナーになるとは思わなかったけど。分かったよ、新しい家神様のお迎えもきちんとしてくるから」


「いってらっしゃいっ!」



 一歩外へ出ると、残暑厳しい午後の日差し。じんわりと滲んでくる汗を拭いながら庭を抜けて裏の敷地へ。裏山に鬱蒼と生い茂る樹木や植物が作り出す木陰が、わずかながら突き刺す太陽を和らげた。時折、まとわりついてくる小精霊たちの霊気を払いながら、10分ほど傾斜の緩い山を登る。


 すると、亡き祖父が僕たち孫に遺してくれた別荘が見えてきた。別荘は、レンガ作りの洋館で、その気になれば普通に居住できそうな雰囲気だが、今は異界のゲートとしてしか役割を果たしていない。

 いつもだったら、鍵を使い洋館の中へと向かうところだが、今日は勝手が違う。洋館のさらに奥にある敷地奥の古いほこらを目指す。新しい家神様の、お迎えをしなくてはいけないからだ。

 先代の家神様が引退された影響なのか、ほこらの周囲は既に前回訪れたときには見られなかった苔が蒸し始めていた。ご神気を取り戻すためにも、早く儀式を行わないと。


「さてと、早速お迎えの儀式をしなくちゃな。まずは、お札をほこらに新しく貼り替えて……新しい家神様ってどんな神様なんだろう? 孫をよろしくってことは、結構若い神様なのかな」

 布でほこらの掃除を兼ねながら札を貼り、一枚ずつの札に神気を込めてひとつひとつ丁寧に儀式を進めていく。丸い手のひらサイズの水晶玉を、ほこらの窪みに納める。


 異界とのつながりを解除する最後の儀式札を祭壇の扉の前に貼る。やがて、雷雲が上空になり響き、ぽつりぽつりと雨が降り注ぎ始め……清廉な光とともにひとりの美少女が現れた。

 長い絹のような淡い青紫色の髪、大きく透き通る水色の瞳、雪のように白い肌は細身ながらも柔らかそうな艶を放っている。


「新しい継承の家神、名はスイレンじゃ。よろしく頼むぞえ」


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