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第八話 剣士の目覚め



 眠ってしまったエレナを担いで山をおり、なんとか動けるようになっていたパウロたち騎士と共に休みながら一日半ほどかけて中心都市メディオに移動。

 その後、メディオの太守館にエレナを送り届け、エレナの祖父にエレナがファフニールを討伐したことを報告。

 話を聞いたエレナの祖父がその事実をメディオ全体に告げ、動ける騎士たちが総出で領内にそのことを告げて回った。

 この時点でファフニール討伐から二日が経っていたが、エレナが目覚めることはなかった。

 眠るエレナの世話はマリルが甲斐甲斐しくしており、俺はメディオに多数いた病人の診断に追われた。

 黒呪病自体に殺傷能力はないが、体力を消耗した者は病にかかりやすい。そういった病人たちにいくつも薬を用意している間にさらに二日が経った。

 ファフニール討伐から四日目。さすがにずっとエレナの世話で疲れてしまったマリルは別室で寝ていた。代わりに俺がエレナの様子を見ていると、ちょうどエレナの目が開かれた。


「……生きてる……?」

「死なれちゃ困る。苦労して助けにいったんだし」


 ベッドで眠るエレナの横で、この世界の文献を読んでいた俺はその本を閉じてエレナの傍に近寄る。

 軽く熱と脈をはかり、異常がないことに一つ頷く。こうした何気ない行為も魔法の恩恵らしい。ほぼ考えることもせず、自然と医療行為ができるというのは最近になって気づいたことだ。


「……どうして助けてくれたの? 六人目の魔皇猊下」

「六人目? それに猊下? 仰々しい呼び名だし、俺みたいのが五人もいるのか」


 通りすがりの薬師だよと貫き通そうと思っていたが、気になる言葉に思わず反応してしまう。

 そんな俺をエレナはまっすぐジーっと見つめてきている。

 その目を見て、俺はとぼけるのを諦めた。どうせ彼女は気づいているんだし。


「知らなかったんだ……」

「無知なものでね。それと君の質問にはあの時点で答えたはずだよ。マリルに頼まれたんだ。君を助けてほしいって」

「マリルはあなたが魔皇だと知ってるの?」

「知らないだろうね。教える気もない」

「……私の知ってる魔皇は魔神と戦うことにしか興味がない人ばかりだよ。魔神を狩ることで彼らは更なる高見に上ることができるから」


 それはどうなんだろうか。まぁ魔神なんて危険極まりないものを積極的に討伐しようとするのはいいことなんじゃないだろうか。ただし、それ以外に興味を示さないってのはどうかと思うが。


「俺はあんまり興味はないかな」

「……変わってるんだね。君は」


 少しだけエレナが笑う。口調も砕けた感じになったし、少しあった壁がなくなったように思える。

 そんなことを思っていると、エレナが起き上がろうとする。俺はそんなエレナの額を押して、ベッドに押し戻した。


「あう……」

「四日も寝てたんだ。まだ起き上がっちゃ駄目だ」

「……私の姿を見せたほうがみんな安心するから」

「駄目だ。君の主治医として許可できない」

「主治医?」

「そう。一応ファフニール討伐の流れは君が毒に侵されて動けなくなっているところを、俺が薬で助けて君がファフニールを討伐した。こういう流れになってる。だから君のお爺さんに君をよろしくって言われるんだ」

「人が寝ている間に話を捏造するなんて……」


 不満気な様子でエレナが呟く。ただし表情はほとんど変わらないから読めない。ただ声色が少し不満気という感じだ。

 何を考えているのかわからない。気持ちが表情に出にくいのか、それとも気持ち自体の揺れ動きが小さいのか。

 どちらにせよ付き合いづらいタイプの人間だな。


「寝ちゃった君を運んだのは俺だし、決め手をあげたのも俺だ。それくらいは許してほしいね」

「……知らないようだから教えておくけど、魔皇として正体を明かせばまさしく王様として扱われるんだよ?」

「興味がないね」

「やっぱり変わってるよ。よくそんな普通の感性で魔神と戦う気になったね?」

「そうだなぁ。できれば戦いたくはなかったよ。神様に運命を操られたんだろうな」


 俺の言葉にエレナは怪訝な表情を浮かべる。たしかに言っていることは意味不明だ。

 しかし、事実として神のきまぐれで魔神と戦う羽目になったわけだし、俺の言ってることは間違いじゃない。


「まぁいいよ。君がどんな人であれ、助けてくれた事実は変わらないから。ありがとう、おかげでたくさんの人が救われました」


 エレナはベッドで体を起こし、丁寧に頭を下げた。

 仰々しくはないが、とても感謝の念を感じるお辞儀だった。まぁ普通の人から見れば淡泊としか思えないお礼なんだが。


「それでね。助けてもらっておいてあれなんだけど、一つお願いがあるんだけど」

「聞くだけ聞こうか」

「うん。ありがとう。今のドラゴーネはボロボロなのはわかってるよね?」

「まぁさすがにね」

「だから復興するまでドラゴーネにいてほしいの。凄腕の薬師として君の名前は大陸中に広まる。それを目当てに人が集まってくるから、ドラゴーネの復興は早まると思うんだ」

「それぐらいならまぁいいよ」

「あと、万が一、ドラゴーネが戦に巻き込まれたときの対策としてって意味もあるよ」


 あー、それを言うのか。

 だいたい察してはいたし、別にその程度の利用なら文句はないと思っていた。

 スタト村の人たちが戦で被害を受けるのは嫌だし。

 しかし、あえて言わないという選択がエレナの中にはなかったらしい。

 根が誠実なんだろうな。


「将来の為政者としてそれを言うのはどうなんだろうか?」

「恩人を騙して利用する気はないよ。状況が許しても私が私を許せないから」

「ご立派だこと。まぁ二つ目の理由も了解。俺としても当面の活動拠点が欲しかったし、それを提供してくれるなら構わないよ」

「活動拠点?」

「俺は薬師だからさ。自分の店を持たないと」


 さも当然だろうという風にいうとエレナはまたしても怪訝そうな表情を浮かべた。

 どうしてだ、と思っているとエレナのほうから答えを教えてくれた。


「変だよ。魔皇なのに薬を売るの?」

「変かなぁ? あ、なるべく安く売るつもりだから。まぁ金持ちからぼったくるけど」

「うん、やっぱり変かな。王様らしくして、薬を人に恵めばいいんじゃないかな。お金なんて欲しいって言ったら大陸中の人がくれるよ?」

「うーん、ちょっと俺の理想とは違うんだよなぁ。上から見下ろして助けるんじゃ、俺が嫌いな医者と同じになる気がする。困ってる人たちと同じ目線で俺はいたい」


 そのために魔皇ということはバレていけない。

 世界に六人しかいない魔皇とわかれば、野心をもって近づく人も増えてくる。そういう人たちが周りにいると普通の人は近づきにくくなってしまう。

 それじゃあ駄目だ。


「うんまぁ、君がそうしたいなら私は尊重するよ。だけど、どうしよう」

「うん? なにか問題でも?」

「うん、すごい問題。私、君のことなんて呼べばいいのかな? 呼び捨て? 様付け?」


 超どーでもいい。

 しかしエレナは真剣に悩んでいる様子だ。もしかして天然混じってるのか、この子。

 しばらく悩んだあと、エレナは両手を軽くたたく。


「決めた。クロウ君って呼ぶね。大丈夫?」

「好きに呼んでくれ」

「じゃあクロウ君で。自分で言ったんだし、私は君のことを普通の人間として扱うよ?」

「もちろんそうしてくれ」

「じゃあ、竜殺しの英雄として領民に顔を見せに、あう!?」


 どさくさに紛れてベッドから出ようとしたエレナの額を、俺は再度おしてベッドに押し戻す。

 ベッドに寝転がったエレナは非難の眼差しを俺に向けてくるが、そんなの痛くもかゆくもない。


「王様じゃないなら私の行動を妨げないで」

「王様じゃないけど、主治医だから妨げる。大人しく寝てろ」

「もう元気だよ」

「病人はみんなそう言う」


 そんな会話をしていると、部屋のドアが開いた。

 見れば水とタオルをお盆にのせたマリルが入ってきていた。


「クロウ殿、申し訳ないであります。ここからは私が代わりに……」


 ガシャン。

 そんな音が部屋に響く。マリルが持っていたお盆を落としたからだ。

 しばし茫然としたあと、マリルが上ずった声でエレナの名をよんだ。


「エレナ様……」

「おはよう。マリル。ごめんね、心配をかけて」

「エレナ様!!」


 エレナの声を聞いて安心したのか、マリルはエレナに駆け寄ると泣きながらエレナの胸に縋りついた。


「うっうっ……うわーん!! よ、よかったであります! エレナ様がもう目を覚まさないのではないかと、私は不安で不安で……!」

「もう大丈夫だよ。ありがとう」

「本当でありますか!? どこか痛いところはないでありますか!?」

「うん、もう平気。みんなにも顔を見せにいこうか」


 微笑んでベッドから出ようとするエレナの額を押そうとすると、今度は両手で防御された。

 しばし俺とエレナの視線が交錯する。


「もう大丈夫だから」

「許可できない。寝てろ。そのうち屋敷の人たちが面会に訪れるから」

「みんな忙しいだろうし、私が会いに行ったほうが早いよ」

「忙しいならなおさら病人が会いに行ったらまずいだろ。ここで寝てろ。俺は太守に報告しにいってくるから、マリル。ベッドから出さないように」

「はいであります! クロウ殿!」


 俺に従うマリルを見てエレナは驚いたように目を見開く。

 意外にもマリルが味方してくれないことがショックだったらしい。これでもう無理してベッドから出ることはないだろう。


「休むのも仕事のうちだ。君が無理して動くと心配する人も多い。あんまり周りに心労をかけるのはよくないぞ」

「もう大丈夫なのに……」

「駄目であります! エレナ様は寝ているであります!」


 責任感に目覚めたマリルによって、ベッドに釘付けにされているエレナを尻目に俺は部屋を出たのだった。

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