閑話 エレナ・ドラゴーネ
24時にもう一話投稿します
ドラゴ山の麓。
そこにある大きめの小屋に入っていく人影があった。
すでにこの一帯の人々は避難しており、人影があること自体珍しいことである。
ましてや、その少女が見目麗しいとなると、珍しいだけではなく特異であった。
まるで雪のように白い銀の髪に、透き通った海のようなエメラルドグリーンの瞳。軽装の鎧に身を包んだ少女はまるで戦女神のようで、見る者すべてを虜にする美しさを持ち合わせていた。
そんな少女は水の入った桶をもって、小屋に入っていく。
小屋には五名の男たちがいた。四人は寝込んでおり、一人も消耗している風だった。
「……もう、しわけ……ありません……エレナ様……」
「いいよ。ここは毒の本拠地だし、魔剣を持っていないみんながこうなることは予想済みだったし」
さらりと役立たずと言われた五人は、心の中で涙する。
しかし、だれも抗議の声はあげない。彼らはドラゴーネ領の騎士たち。自らの主であるエレナ・ドラゴーネがそういう人物だと知っているからだ。
基本的には物腰柔らかで心優しいが、クールで淡々としており、表情もほとんど変えない。少々ドライな少女なのだ。
そんなエレナがどうして五人の世話をしているかといえば、この山に来た途端、五人が動くことができなくなったからだった。
代々ドラゴーネに伝わる魔剣グラムを所持しているエレナには、呪いや毒に対する強い耐性があるが、ほかの騎士たちは鍛えていてもしょせんはただの人間。毒にかかって動けなくなるのは明白だった。
そのため、エレナは当初一人でこのドラゴ山に来たのだが、五人がついてきてしまったというのが真相だった。そして、その行動によってエレナは中々、山に入ることができなくなってしまっていた。
「エレナ様……どうか我々を置いていってください」
そう発言したのは唯一、寝込んでいない騎士だった。
名はパウロ。端正な顔立ちをした二十代半ばの騎士で、騎士隊長を務める男だ。エレナを除けばドラゴーネ一の剣士でもある。
しかし、そのパウロですら毒には勝てず、徐々に体力を奪われていた。
せめて援護くらいはできるはずと、エレナの後を追ってきたにもかかわらず、すぐに足手まといになったことをパウロはひどく後悔していた。
だが。
「そうだね。さすがにこれ以上、領地の人たちを待たせるわけにはいかないからね」
「え、あ……はい……」
思った以上にあっさりと言葉に同意されてパウロは沈みこむ。
しかし、そんなパウロにエレナは水を渡しながら告げる。
「でも、まだ山には登れないんだ」
「い、いえ、我々にはお構いなく!」
「ううん、そういうことじゃなくて結界が山を守ってて入れないの。グラムで斬っても壊れないし、結界を通り抜ける方法を考えないと、竜にはたどり着けないんだよ」
「あ、そういうことですか……」
過去の文献にはそのようなことは書いていなかった。
搦手を使うような竜ではない。それがドラゴーネ全体の認識だった。
しかし、今回現れた竜は毒をまき散らし、自らの本拠地を結界で守るという今までにない行動を示している。
なにかがおかしい。それをひしひしとパウロは感じていた。
「エレナ様……ここは一度退き、諸外国に援軍を頼んではいかがでしょうか?」
「もうドラゴーネにはそれを頼めるお金はないよ。お金を払えなきゃ、もっと大きな物を要求されちゃう」
「ですが……」
「竜は魔神じゃない。だから魔皇たちは決して動かない。だけど人間の手には余る。大国の精鋭が集まれば討伐できるだろうけど、それを依頼したが最後。ドラゴーネは大国の傀儡になっちゃうよ」
パウロはエレナの言葉に唇を噛み締めた。
ドラゴーネは大陸中央に位置するロンバルト同盟の中では名門であるし、豊かな領地ではあるが、それでも大国と比べれば天と地ほどの差がある。
さらにここ一か月、エレナの人脈を使って各国から食料を買いあさったこともあり、ドラゴーネはかつてないほどお金のない状況だった。
世の中、金がすべてとは言わないが、国を動かすには金が必要であることも事実である。
そのことをパウロは痛いほど痛感していた。
「……申し訳ありません……我々の力が足りないばかりに……」
「ううん。誰のせいでもないよ。大丈夫。私が竜を討伐すれば終わるし、きっとドラゴーネも再興できるよ」
エレナは騎士たちをそう言って励ます。
その顔には微かな笑みが浮かべられていた。滅多に表情を変えないエレナにとって、それは非常に珍しいことだと騎士たちはわかっていた。
それゆえに騎士たちは辛かった。
すでに食料はほとんど尽きており、護衛のためにエレナは睡眠もほとんど取っていなかった。その状況で自分たちを励ますために笑顔まで見せる。
無力感に苛まれながら騎士たちは神に祈った。
どうかこの健気な主を救いたまえ、と。