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第四話 旅立ちの決意



 祭りの次の日。

 俺は朝早く目が覚めた。

 しかし、外では村人たちの声が聞こえる。現代日本とは違って、朝が早いようだ。


「一応、容態を見に行くか」


 家の中を見渡せば小さなベッドでマリルが寝ていた。

 すやすやと気持ちよさそうに寝ているため、起こさないようにそっと家を出た。


「うーん……空気が美味いなぁ」

「おー、薬師様。おはようございます」

「おはようございます。村長さん」


 声をかけてきたのは杖をついている白髪の老人。このスタト村の村長だ。


「昨日はありがとうございました。おかげで皆、順調に回復しているようですし、腹も満たされました」

「いえ、助けていただいたことへのお礼ですから。お気になさらずに」

「なんとお優しい方だ……マリルがあなたに懐いたのもわかります。これでエレナ様もご無事ならばあの子の気がかりも晴れるでしょうに……」

「太守のお孫さんでしたね。マリルとはどんな関係なんですか?」


 興味があった。

 小さな村の少女と太守の孫娘じゃ接点がなさすぎる。なにかこの二人を結びつけるものがあるはずだ。

 すると村長はかすかに視線を落として話し始めた。


「マリルの父はエレナ様の護衛騎士だったのです。特別才能があるわけではありませんでしたが、誠実な人柄を買われての抜擢でした。エレナ様もマリルの父親を信頼しており、エレナ様とマリルは姉妹のような関係となったのです。ただ……」

「ただ?」

「……四年前。マリルが四歳の頃にマリルの父は亡くなりました。エレナ様を庇って命を落としたのです。それ以来、エレナ様はマリルを気に掛け続け、マリルも亡くなった父のかわりにエレナ様の騎士になることを志し始めました。なのでマリルにとってエレナ様は姉であり、敬愛すべき主君でもあるのです」


 ふむ。

 そう言う事情があったわけか。

 母が倒れ、姉同然の主君は行方不明。よくそれで明るく振舞えたな。


「ただ、さすがに今日は緊張の糸が切れたようですね。いつもは早起きですから」

「そうなんですか?」

「ええ、私たちが心配になるほどあの子はしっかりしていたのです。しっかりせねばならなかったというべきでしょうか。私たちにはどうにもできませんでしたが……薬師様のおかげでようやくあの子も子供に戻ることができたのかもしれません」


 深々と村長が頭を下げてきた。

 困るなぁ。そこまで言われるほどのことはしていないんだが。

 薬師の力を持つ者として当然の行いだと思っている。少なくとも、薬師ないし医師ならあの状況で何もしないということはしてはいけない。そういう俺の中の価値観がそれを許さない。

 だから助けただけだ。まるで神のように崇められると困惑が先に来てしまう。


「頭を上げてください。自分がしたくてしたことですから。それに最初に助けていただいたのはこちらですから」

「……感謝いたします」


 そう言って村長は目に涙を浮かべながら礼を言ってきた。

 しかし、そんな村長と別れたあとも、集会所に行くまでに何人もの村人に捕まってしまった。

 誰もが涙を流しながら礼を言う。そのたびに俺は居心地の悪さを覚えていた。


「ふぅ……」


 なんとか集会所にたどり着き、俺は一息いれた。

 これでお礼攻撃も落ち着くだろう。

 集会所の中に入ると、多くの病人が体を起こしていた。


「あら、クロウさん。おはようございます」

「おはようございます。お加減はいかがですか?」


 マリルの母が笑顔で俺を迎える。

 その笑顔には昨日よりもだいぶ生気に満ちていた。


「おかげ様で好調ですよ」

「それはよかった」


 笑顔で答えつつ、俺はさっと集会所の様子を見る。

 まだ斑点が残っている者もいるが、大部分の斑点は消えつつあった。これで魔力吸収は止まるし、衰弱した状態でほかの病にかかることもないだろう。

 この病だけでは死に至ることはないが、ほかの病にかかれば別だ。マリルの口ぶりでは死んだ者もいたようだが、その人たちはおそらく弱ったところでに別の病を抱えてしまったんだろう。


「皆さん、もうしばらく安静にしておいてください。まだまだ体は弱っているので無理は禁物ですよ」


 俺が集会所の人たちに念を押すと元気な返事が返ってきた。

 これなら大丈夫だろう。そんなことを思っていると、マリルの母が寝ていた場所に一つの本があることに気づいた。


「それはなんです?」

「ああ、これは童話です」

「童話?」

「はい。竜殺しの童話です。英雄が魔剣で竜を殺す童話。ドラゴーネでは最も有名な本ですね」

「なるほど。どうしてそれを読んでいたんですか?」

「この童話には竜が蘇ることには触れていますが、毒というのは書いていないんです。今回だけ竜が毒の力を手に入れたとするなら、それは一体どうしてなのだろうと思いまして」


 確かにそうだ。

 数百年単位で蘇る竜。それはまぁいい。しかし、蘇るたびに力をつけていくならそういう風に書かれるはずだ。

 しかも毒。いやでもホウガンの顔がチラつく。ホウガンは死んだが、今回のこの地域での呪病はホウガン絡みのような気がしてならない。


「その竜がいる場所というのはどんな場所なんですが?」

「そうですね。この村の近くにあった魔の山。領内中央にあるメディオ。そして竜が蘇る山、ドラゴ山。これらは綺麗な三角形を描く位置にあるんです。一種の結界で、これのせいで竜は数百年単位でしか蘇れないのではないかと言われています。ここからだとメディオにもドラゴ山にも馬で一日の距離ですね」

「馬で一日か……」


 おそらくそのドラゴ山に太守の孫娘、エレナもいるはずだ。

 少なくとも呪病が続いている以上、竜討伐には成功していない。最悪、返り討ちにあった可能性もある。

 だが、今のままではそれすらわからない。


「この村に馬は?」

「村長が一頭保有しています。他は食料としてしまったので……」

「仕方ないことですね。しかし、一頭いるのか……」


 それなら借りて様子を見に行くということも可能だ。

 ただし問題が一つある。

 俺が馬に乗れるのか? という問題だ。

 身体能力が爆上げされているし、仮にも魔皇と呼ばれる存在だ。馬くらいささっと乗りこなせないなら拍子抜けもいいところなんだが。

 俺って昔からそういうところ不器用だし、それは魔皇になっても変わっていない気がする。

 うーんっと悩んでいると、集会所の扉が勢いよく開かれた。


「話は聞いたであります!」

「マリル。やぁおはよう」

「あ、おはようございますであります」


 朝の挨拶をすると、マリルは丁寧に頭を下げた。

 しかし、すぐに頭をあげてまたテンションを上げ始めた。


「クロウ殿! あなたは馬が苦手と見たでありますよ!」

「え、ああ、まぁね。得意ではないんだよ」

「そうでありましょう! けど、馬にのってドラゴ山の様子を見に行きたい! そう考えているでありますね!?」

「……ついてくるというなら却下だ」

「それならばこのマリルがお供を……あれぇ!?」


 先手を打つとマリルが素っ頓狂な声をあげた。

 やっぱりついてくる気だったか。まぁ気持ちはわかるが、危険地帯に子供を連れていくわけにはいかない。


「君はお母さんの傍にいるんだ。ドラゴ山には俺一人でいく」

「馬が苦手なのにでありますか!? 道はわかるのでありますか!?」

「馬には慣れるし、道は地図を見てなんとかするよ」

「私がいれば馬になれる必要はないであります! 子供の私なら一緒に乗っても負担にはならないでありますよ!? それに私は道を知っているであります!」


 マリルを連れていくメリットはたしかにある。というか是非とも来てほしい。

 ただし、マリルは子供だ。大人の都合で危険な目に遭わせるわけにはいかない。どれだけ有能だろうと子供は子供として扱うべきだ。



「どれだけ君が必要だろうと、俺は君を連れて行く気はないよ。君は子供だ」

「私は子供である前に騎士であります! クロウ殿は昨日、そう言ってくれたであります!」


 強い目でそう言い返されて、俺は反論に困った。

 あのときはあのときだ、というのは簡単だがそれで納得するとも思えないし。

 困ってマリルの母親を見ると、マリルの母親は柔らかい笑みを浮かべて頭を下げてきた。


「助けていただいておいて、このようなことを言うのは心苦しいのですが、どうか娘の我儘を聞いていただけませんか?」

「……本気で言っていますか?」

「はい。この子にとってエレナ様は姉同然。私にとっても夫が命をかけたもう一人の娘です。どうか、この子を連れて安否を確かめてはいただけませんか?」

「母上……」

「……条件があります」

「何でありますか!?」

「俺の指示には逆らわないこと。いいね?」

「はいであります!」


 元気のいい返事に少し不安を覚えつつ、俺はマリルの母親に向き直る。


「少しの間、娘さんをお借りします」

「はい。どうぞ、こき使ってあげてください」

「頑張ってこき使われるであります!」


 飛び跳ねて喜ぶマリルを見て、再度不安を覚えながらも俺はドラゴ山に行くことを決めたのだった

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