第十七話 同盟の魔皇
目を覚ますと知らないベッドで寝ていた。
しかも無駄に豪華な部屋だ。
「ここは……?」
「要塞の一室だよ。一番いい部屋を用意してもらったんだ」
体を起こして横を見るとエレナが座っていた。
傍ではマリルが眠っている。どうやら二人で見ていてくれたみたいだな。
「どれくらい寝てた?」
「半日くらいかな。すごいね、魔皇って。結構ボロボロだったのに寝たら治るなんて」
「みたいだな。この分じゃあの爺さんももう回復してるだろうな」
治ったから再戦なんてことをいいかねない爺さんだしな。
今来られると非常に困る。もう薬は使ってしまった。新しく作る時間も素材もない。
できれば大人しくアムレートに帰ってほしい。
「アムレート軍は?」
「無事に撤退したよ。アムレート軍もロデリック猊下に巻き込まれたようなものだしね」
「まぁそうだな。困った爺さんだ」
「その困ったお爺さんと同じ位置にクロウ君は立ったんだよ」
そういってジッとエレナが俺を見つめてきた。
なにか言いたいことがあるのかと思い、俺もその視線を見返す。
しばらくすると、エレナが根負けして頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「いきなり謝るなよ……反応に困るだろ」
「クロウ君にね、魔皇として名乗り出てほしくなかったの。クロウ君にはクロウ君のままでいてほしかったから」
「まぁ俺を思ってのことだとは理解してる。そこは感謝してるけど、それで君が危険な目に遭ってちゃ意味がない。以後気を付けるように」
そう言って軽くエレナのおでこを押すと、エレナはあうっと言っておでこを押さえた。
それで終わりだ。これ以上は必要はない。結局、どっちも無事だったんだ、結果オーライだ。
「でもこれからどうするの? 今、要塞には同盟の太守や太守の名代が集合していて、クロウ君を待ってるよ?」
「待ってる? なんで?」
「当たり前だよ。同盟は君を王と決めたんだから」
「いやいや、俺はそんなことを承知した覚えはないんだが……」
いきなり王様になってくれとか言われても困る。
俺に統治なんて無理だぞ。
「本当の王様って意味じゃないよ。同盟を拠点とする魔皇として膝を折ったって意味だよ。同盟はこれから君の言うことならなんでも聞くよ。その代わり、周辺諸国やほかの魔皇、魔神からの庇護を約束してもらうの」
「ああ、君臨すれども統治せずってことか」
「そうだね。有事の際だけ立ち上がってくれれば、誰も君に文句は言わないよ。まぁどの魔皇もそういう扱いだけどね」
「魔皇って俺のほかに五人しかいないんだろ? いない国はどうしてるんだ?」
「魔神が現れたときは魔皇の気が向くのを待つか、魔皇に懇願するのが普通かな。それがあるから魔皇が拠点としている国は特別な位置づけになるんだよ」
そんなもんか。
意外に面倒だな。まぁそこらへんは覚悟の上だけど。
「でもそういうのクロウ君嫌いでしょ?」
「ああ」
「だからクロウ君の正体は同盟の太守だけの秘密って形にしてもらったよ。まぁ戦場で姿を見ちゃった兵士の口止めまでは無理だけど、たぶんそこまで正体が漏れることはないと思うよ」
「本当か!? じゃあ薬店を続けられるか!?」
「うん。まぁ各地の王族や有力者には話が流れるだろうから、彼らを相手に商売っていうのは無理だろうけどね。もしもクロウ君が薬を売りに行ったら向こうは二つ返事で了承するしかないし」
「まぁそれはいいよ。金を稼ぐための手段だし、別に興味があるわけじゃないし」
金に困らないなら金持ち相手に薬を作る必要はない。
王様として崇めてくれるなら店を構えるのに不自由ないくらいの金くらいは工面してくれるだろうし。
「じゃあ、太守に顔見せをしてもらっていいかな? 魔皇にはみんな顔を覚えてもらいたいんだよ」
「顔見せって……なんか偉そうで嫌いだ」
「でもそれしてくれないとドラゴーネが嫉妬を集めちゃうよ。魔皇を独占してるって」
「それは困るな……。じゃあ行くか」
どうせすぐ終わるだろうということで、俺とエレナはマリルをベッドに寝かせて別室に移動した。
■■■
同盟二十六家のうち二十五家の太守かその名代が長机に座っていた。
俺が入室すると全員が一斉に跪いた。
「ロンバルト同盟二十五家が猊下に拝謁させていただきます」
一番奥の席が空いており、その近くに座っていた壮年の男性が代表してそう言った。
おそらく公爵家の人だろうなと思いつつ、エレナに促されて俺は一番奥の席に座った。エレナは俺から見て左側の一番近い席で立ち止まるが座らずに俺へアイコンタクトをしてくる。
「あ、ああ。顔を上げてください。あと席にもついてください」
「失礼いたします」
また代表の男性が声を上げ、顔をあげた。
薄茶色の髪のその男性は彫りの深い顔立ちで、今でも十分男前だが若い頃はさぞや女性にモテただろうなという印象を受けた。
「あなたは?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はフェニーチェ公爵家のウェルナー・フェニーテェと申します。此度は我が領地をお救いいただき、心より感謝申し上げます」
「ああ、あなたが。すいません、なんだか俺があの爺さんを引き寄せたみたいで」
「いえ、我が同盟に魔皇猊下が座していると知り、今は感激に震えております。あのロデリック猊下との死闘は我が家にて千年先まで語り継がせましょう」
「は、はぁ……」
崇拝に近い視線を向けられて俺は困惑してエレナに助けを求める。
エレナはそれを見て、自分の左隣にいる人物を紹介する。
「猊下。グリフォーネ公爵、セルジュ・グリフォーネ様です」
「お初にお目にかかります。猊下」
ウェルナーの隣にいた男性が頭を下げる。年は二十代かいっていても三十代といったところか。
金髪碧眼の端正な顔立ちには見覚えがある。
「マルクスのお兄さんか何かですか?」
「息子をご存知ですか。恐縮でございます」
「父親……?」
若い……。どう見ても兄弟くらいにしか見えないんだが。
まぁそれはいいか。
とりあえず今いる公爵家の紹介は終わったので、エレナが話を先に進める。
「皆さま、こちらにいらっしゃるのが六人目の魔皇猊下、クロウ・クラマ様です。今は縁あってドラゴーネに滞在されています」
そう紹介されるとすべての出席者が恭しく頭を下げた。
全員、今の俺よりどう見ても年上なのにそういう態度を取られると反応に困る。
「どうすればいい……?」
「座ってて。私が話を進めるから」
小声でエレナに聞くとすぐにそんな頼もしい答えが返ってきた。
よしじゃあ任せるかと思っていたら、ドタドタと大きな足音が聞こえてきた。
「失礼! カルヴォ公爵遅ればせながら参上した! 戦に間に合わず申し訳ない!」
入ってきたのはドナート・カルヴォだった。
そういえばこいつだけ遅れていて戦争に参加してなかったんだっけか。エレナが戦をしたくないから戦が終わったあとにやってくるって言ってたけどその通りだったな。
まぁそういう理由で太守たちがカルヴォ公爵を見る目はかなり白い。しかも今は大事な挨拶のときだしな。
「いやぁ、さすがはフェニーチェ公爵だ。貴公の見事な指揮でアムレート軍を撃退したのであろう? 誠に喜ばしいかぎりだ」
そう言ってドナートは自らの席へ向かう。
そうか、わざと戦場から遠のいていたこいつは戦の詳細を知らないのか。
「ん? どうして僕の席が末席なんだ!?」
公爵家の中で一番端という意味だろうな。
同時にドナートは一番端に俺がいることに眉を吊り上げた。
「お前はドラゴーネの薬屋じゃないか! ここは太守だけに許された場だぞ! しかも上座に座るなんて! 無礼にもほどがあるぞ! 下民!!」
一瞬、場の空気が凍り付いた。
一部の太守は俺の怒りを恐れてテーブルの下に隠れて震え始めている。
グリフォーネ公爵とフェニーチェ公爵もさすがに顔から汗を流している。
そんな中、エレナが淡々と俺のことを紹介した。
「カルヴォ公爵。こちらは六人目の魔皇猊下、クロウ・クラマ様です。此度の戦ではロデリック猊下を撃退していただき、今は太守の方々に顔見せをしている最中です」
静かで冷たいエレナの声が事態の深刻さをより鮮明にする。
ドナートは一瞬、何を言われたのか理解できず、エレナの言葉を繰り返している。
「六人目……? 魔皇……?」
「ええ、カルヴォ公爵。メディオの薬店であなたがさんざん足蹴にしたこのお方こそが六人目の魔皇であり、同盟の救世主なのです」
「あ、足蹴!?」
「どういうことだ! カルヴォ公爵!?」
エレナの爆弾発言に二人の公爵が腰をあげる。
奥に座る太守の中には魂が抜けたように放心している人もいる。刺激が強すぎる発言だったみたいだな。
「あ、あ、あ……あのロデリック・カルヴァートを撃退した魔皇……? この下民が……?」
「無礼だぞ! カルヴォ公爵!!」
周囲の反応から冗談ではないと察したのか、すぐにドナートは膝をついて頭を垂れた。
「ひ、非礼をお詫びいたします! まさか魔皇猊下とは知らず!!」
「と仰られていますが?」
エレナが俺に判断を仰いでくる。
どうやらエレナは相当あのときのことを根に持っているらしいな。
まぁ処分なしでも問題ないんだが、こいつはマリルを叩いたんだよなぁ。さすがにそれを許してはおけないし、わざと戦に参加しないように遅れてくる奴を放置してもいいことないか。
しばし考えたあと、俺はドナート以外のすべての太守に問いかける。
「エレナが同盟は俺の言うことを聞く。そう聞いたのですが間違いありませんか?」
「ま、間違いありません! 我々はあなたに忠誠を尽くします!」
聞いてないのにドナートが答えた。
必死すぎて惨めだし、誠意も感じられない。この場をしのぐことしか考えてないように思える。
まぁ好都合か。そういうことなら。
「ではドナート・カルヴォ公爵。あなたの爵位をはく奪します。以後、爵位は真っ当な人間に引き継がせてください」
「なっ!? なぜです!?」
「同盟の一大決戦に遅れる人が公爵じゃ示しがつかないでしょう?」
「それには理由があったのです!」
「あなたより遠い領地の人も来ていますから。理由はお察ししますので、家は取り潰しません」
俺の説明にドナートはこの世の終わりのような表情を見せた。
そしてすぐにヒステリーを起こした子供のように怒りの表情を浮かべて、わめきはじめた。
「ふざけるな! 僕はカルヴォ公爵だぞ! 偉いんだぞ! お前みたいな下民にどうして僕が従わなきゃいけないんだ!!」
「残念ながら魔皇が公爵より上だからだろう。別に従わないなら好きにすればいい。俺はドラゴーネしか守らない」
別にそこまでするつもりはないのだけど、その言葉ですべての太守の決意が固まったようだ。
全員が俺の言葉を了承した。
「それじゃあグリフォーネ公爵、この人の面倒を見てください。この人は市民として汗水たらして働くことを覚えたほうがいいと思うので。あと爵位の引継ぎもお願いします。手を結んでいたわけですし、責任を持って事に当たってくださいね」
「は、はっ……寛大なご処置に感謝いたします。全力をもって役目に励ましていただきます」
「勝手に決めるな!」
そう言ってドナートが俺につかみかかろうとする。
しかし、そんなドナートの目の前に剣が突き付けられた。
「うわぁぁぁぁ!!!!????」
「この方に指一本でも触れれば、私があなたを斬ります」
いつの間にかエレナが剣を抜いて俺とドナートの間に入っていたのだ。
淡々とした冷たい口調がエレナの言葉に説得力を持たせる。
茫然としたドナートはその場でへたり込んでぶつぶつと何やら呟いていた。
そんなドナートを何人かの太守が部屋から連れ出す。これ以上、場を荒らされては困ると思ったんだろう。
その後、俺の決定がよほど恐ろしかったのか、ほとんどの太守が余計な口を聞くこともなく顔見せは終了したのだった。