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第二話 スタト村のマリル






 ノーデンスの姿が消えたあと俺の意識は暗転し、気付いたらベッドの上で寝ていた。

 視線を少し動かせば、血だらけになった服ではなく、簡素な古い服を着ていた。


「おー、目を覚まされたのでありますね! 黒髪殿!」

「……?」


 生きている。それを深く噛み締め、ゆっくり安堵の息を吐く。ノーデンスの言葉は嘘ではなかったようだ。そしてそれは俺自身に起きた変化も事実ということだ。

 とにかく状況を確認しようと思い、ベッドから体を起こす。

 そして少しぼーっとした状態で声の主を探す。

 するとオレンジに近い明るい茶髪の少女がベッドの近くにいた。

 年齢は八、九歳だろうか。肩にかかる程度に整えられた髪が小気味よく揺れ、海のように深い青色の瞳が俺を興味津々といった様子で見ている。


「君は……?」

「私はマリルと言うであります! 黒髪殿は流星が落ちたところに倒れていたのですよ! 騎士を志す者として見捨ててはおけないと、我が家に運んだのであります!」

「君が俺を?」


 どう見ても子供にしか見えないマリルが俺を運んだというのはちょっと信じられない。

 いくら魔術なんてものがある世界とはいえ、子供は子供のはずだ。


「あ、いえ、運んだのは近くに住む男の人であります。私は助けを呼びに走ったのであります!」

「なるほど……君は命の恩人ってわけだ。ありがとう。助かったよ」

「いえいえ! お礼には及ばないであります!」


 そうは言いつつ、マリルは照れたように笑う。ちょっと喋り方が独特だが、素直でいい子のようだ。


「それでマリル。ここはどこかな?」

「魔の山から少し離れたところにあるスタト村であります。大陸中央に位置するロンバルト同盟の名門、かの有名なドラゴーネ伯爵領の端にあるでありますよ!」


 かの有名とか言われても困る。駄目だ、これ。俺に必要最低限の知識が備わってないから情報収集すら満足にできない。

 まぁ言葉が通じているようだし、そこだけが救いか。


「黒髪殿のお名前は? 東方のヤマトの方でありますか? あの変わった服は御国の服でありますか?」

「俺の名前は……クラマ・クロウ。ここだとクロウ・クラマかな? 遠い異国から旅してきたんだ。だからこのあたりのことは全然わからなくてね」

「そうでありますか! お若いのに旅とはすごいでありますね!」

「若い?」


 お世辞か何かか?

 俺はもう三十代。いくらなんでも若くはないはずだけど。

 そんなことを思っていると、近くの窓に俺の顔が映った。

 日本にある窓なんかよりも不出来な窓ではあるが、しっかりと俺の今の顔を映していた。


「!!??」


 そこにはどう見ても十代の少年が映っていた。黒髪黒目で童顔。頼りないという言葉がお似合いのその顔には見覚えがある。なにせ昔は毎日のように見ていた。

 高校生頃の俺の顔と瓜二つだ。

 これはどういうことだ? もしかして魔皇なんてモノになったから若返ったのか?

 いや、原因はそれしか考えられない。マジかよ。何でもありにも程があるだろう。


「しかし、旅している最中に流星の爆発に遭うなんて、災難でしたね!」

「あ、ああ。あれのせいで最近の記憶も飛んじゃったみたいだ。一体、なにが起こったんだい?」


 まさかその流星が俺だとは言えない。

 若返ったことに動揺しつつ、都合がいいので、記憶が少し飛んでいることにしたらマリルが深刻そうな顔で語り始めた。


「昨日の夜のことであります! 凶悪な魔物が住むと言われてた魔の山という山に流星がおちて消し飛んだのであります! すごい爆発音だったのですが、不思議と周りに被害がなかったので、村人総出で様子を見に行ったら、クロウ殿が倒れていたのであります!」

「そうか……山が吹きとぶような爆発なのに被害はなかったのか。だから俺も助かったのかもね」

「ええ! あれは神様が放った流星だって、村の人が言っていたであります! きっと凶悪な魔物を倒してくれたんだって!」

「ずいぶんとアグレッシブな神様だね……」


 かなり真実を突いているため、少し目を逸らしてから答える。

 ただまぁ、そういう風な話になっているなら現場近くにいて俺が無事だったことには突っ込まれないか。

 魔皇マグヌスというのが、この世界でどういう位置にいるのかはわからないけど、俺としては特別目立った動きをするつもりはない。

 幸い、俺の魔法は薬作りということだし、薬師として各地を旅して人を治していくというのが理想だろう。

 もちろん薬は無料だ。できるだけ貧しい人を治していきたい。地球での俺のように貧乏ゆえに死にゆく人は見たくはない。ただ金持ちからはお金を取ろう。それくらいは許されるはずだ。

 そんなことを思っていると、俺のお腹が鳴った。


「お腹が空いたでありますね! 準備するであります!」

「い、いや、そこまでしてもらわなくても」

「騎士を目指す者として困っている人は見過ごせないであります!」


 そう言ってマリルがパンと具があまり入っていないスープを持ってきてくれた。

 お世辞にも豪華とは言えない食事だが、それだって貴重な食料のはずだ。ここは日本ではないのだから。

 実際、俺に差し出したマリルはジッとパンを見つめている。


「大丈夫だよ。マリル。これは君のだろ?」

「ち、違うであります! 私はもう食べたであります!」


 やはり素直な子だ。嘘が苦手なんだろうな。

 さて、どうしたものか。たしかに俺も空腹だが耐えられないほどじゃない。魔皇になったことで身体能力だって上がっているはずだし、いざとなれば自分で食料を確保するくらいできるだろう。

 それにマリルの服装や家を見る限り、豊かな暮らしをしているとは思えない。

 やっぱり、これは食べられないな。


「これは君が食べるべきだ。俺は自分で食べ物を探すから平気だよ」

「それは無理であります! この領地に……食べ物はほとんどないのであります……」


 今にも泣きそうな顔を見せるマリルに俺は嫌な予感を覚えた。

 服装や家を見た限り、この世界の文化水準は中世ヨーロッパ、よくて近世ヨーロッパといったところか。

 そういう時代には飢饉もあれば疫病もある。それがこの周辺を覆っているのかもしれない。

 飢饉はどうにもならないが、疫病ならどうにかなるかもしれない。

 そう思ってマリルに状況を聞こうとしたとき。

 家のドアが乱暴に殴りつけられた。


「おい! ガキ! 出て来い!!」

「あいつらが来たであります……!」

「あいつら?」

「クロウ殿は隠れているであります!」


 そう言ってマリルは早足で家のドアまで行くと外へ出た。

 どう見ても様子がおかしい。

 そっとベッドから出ると、窓から外の様子をうかがう。

 外には村人たちが多く集まっていた。いや、集められていた。


「おい! 本当にこれだけか!? 隠しても良いことはねぇぞ!?」

「本当にこれだけじゃ。食料がないことは知っておるじゃろ?」

「はっ! お前らのことだ! 隠してるんだろうが!」


 ガラの悪い若い男が十人ほど。

 腰には剣を差しており、どう見ても村人を脅しているようにしか見えない。


「山賊か」

「おい! 探ってこい!」

「へい!」


 リーダーらしき男が一人の手下に命じて、俺がいる家、つまりマリルの家を探らせようとする。

 それを聞いたマリルが慌てて飛び出てきた。


「ま、待つであります! 私の家を荒らすなであります!」

「うるせぇ! くそがき!」

「きゃっ!」


 そう言って手下がマリルを押しのけて家に入ってきた。

 小さな家のため、俺はすぐに見つかる。まぁ隠れる気もなかったが。

 がめつい手下は俺に出されたパンも見つけたようだ。


「へっへっへ! お頭! 中に男が一人。あとパンもありましたぜ!」

「はっ! やっぱり隠してやがった!」

「返せであります! それはクロウ殿のモノであります!」

「俺たちが見つけた以上、これは俺たちのモノなんだよ!」


 そう言って手下は再度マリルを押し飛ばす。

 今度はかなり強めに押されたのか、マリルの顔が苦痛に歪む。

 手下はそんなマリルを見ることもせず、パンをお頭に手渡した。


「恨むなら配給を停止した太守様を恨むんだな!」


 配給?

 さっきマリルも食料がないと言っていたが、どうやら俺が思っている以上に複雑な状況なのかもしれないな。

 ただ食料の奪い合いで世紀末状態というのは理解できた。だからといって今の所業も見逃せない。

 マリルのパンを食べようとしていたお頭に近づくと、俺はその手を押さえる。


「なんだ? お前?」

「それはあの子のパンだ。返してやれ」

「うーん? 聞いてなかったか? 兄ちゃん。これは俺たちが見つけたんだ。だから俺のモノぉぉぉ!!??」


 威嚇のつもりで手に力を込めたつもりだった。

 本当に威嚇のつもりで力をいれたはずだったんだが、男の手首からはボキッという骨が折れる嫌な音が聞こえてきた。

 握力がなくなり、落ちていくパンを空中で拾う。その反応も今までの俺とはけた違いの速さだった。

 これが魔皇になったということか。


「くそっ……! やっちまえ!」


 右手を抑えてうずくまるお頭は、手下にそう指示を出した。

 指示を受けた九人が剣を抜いて俺を取り囲む。

 手入れの行き届いていない剣は逆に痛そうで、刃物と縁のない俺に原始的な恐怖が襲ってくるがそれを気合で封じ込める。


「かかれ!」


 号令がかかり、手下たちが襲い掛かってくるがその動きは遅い。そしてバラバラだった。

 一番最初に動いた手下を蹴り飛ばし、その次に来た奴を殴り飛ばす。

 そんなことを数回続けると、立っているのは俺だけだった。


「ひ、ひっ……!!」

「化け物だ!」

「失敬な」


 そうは返しつつ、俺は自分自身の変化に驚いていた。

 喧嘩に一度も勝ったことがないどころか、喧嘩をしたこともなかった俺があっさり九人の武器を持った男に勝ってしまった。

 しかも相当手加減しながら。

 これで人間と言うのは確かに無理があるかな。


「おい、逃げたら殺すぞ?」

「ひぃぃぃぃ!!」


 こっそりと逃げようとしていたお頭にそう言うと、腰を抜かしてしまった。

 ただの脅しだったんが、お頭は本気と受け取ったらしい。好都合だ。


「ため込んでいる食料はどこにある?」

「た、ため込む!? な、ない!」

「ないわけないだろ? あちこちの村から奪ってるんだろ?」

「う、奪ってきても俺たちが食う分でなくなるんだ!」


 嘘をついている風にはとても思えない。どう見ても俺にビビッて降参状態だし。

 確かめるようにマリルを見ると、神妙な顔で頷いた。


「嘘ではないと思うであります」

「……聞かせてもらえるかい? このあたりで何が起きてるのか」

「はい。わかりましたであります」


 こうして俺は魔皇になってさっそく大事に首を突っ込んだのだった。


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