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閑話 フェニーチェの戦い



 ロンバルト同盟フェニーチェ公爵領。


 フェニーチェ公爵の求めに応じて集まったのはロンバルト同盟二十六家のうち二十伍家。

 唯一集まらなかったのはカルヴォ家だったが、そのカルヴォ家も現在、フェニーチェへ向かっていた。

 北方にあるカルヴォはフェニーチェとは逆側にあり、かつ太守がドラゴーネにいたため即座に行動ができなかったと言う理由がある。

 まぁそれはあくまで表向きの理由であり、本当は戦争に参加する気がないという魂胆であることを集まった者たちは知っていたが、眼前に敵が迫った状態でそんなことを指摘する者はいなかった。

 ロンバルト同盟の兵数は約二万五千。対するアムレート軍は約八万。三倍以上の敵軍に対して、ロンバルト同盟はフェニーチェ領にある要塞に籠っていた。

 だが、その戦いは初戦から厳しいものだった。


「さすがは誉れ高き竜殺し、エレナ・ドラゴーネ。私とここまで打ち合える相手は中々いませんよ」


 ロンバルト同盟最強の戦士にして、士気の源である竜殺しエレナの前に立ちはだかったのはオーレリアだった。

 オーレリアがいるということは、その後ろにはロデリックがいる。その事を察してロンバルト同盟の士気は一気に下がった。

 同時に頼みの綱であるエレナがオーレリア相手に苦戦しているという事実も士気が下がる一因だった。


「さすがは剣聖オーレリア。お見事な剣捌きです」


 代々ロデリックに仕える最強の剣の一族。

 剣聖の名を受け継ぎ、ロデリックの右腕として魔皇にすら立ち向かえ人間の到達点。

 その現在の担い手がオーレリア・オルムステッドだった。


「三百年以上生き続ける魔皇に対して、一族として忠誠を誓うあなた方、剣聖の家系とは一度剣を合わせてみたいとは思っていましたが、こういう形なのは残念です」

「私も残念ですよ。あなたが竜を殺すのではなく、今までどおり一時的に撃退しているだけならば我が主の興味は向かなかったでしょうに」

「それは申し訳ありません」


 どちらも会話しながら絶技ともいえる剣技を繰り出し続けているが、その表情は暗い。

 双方ともに乗る気ではないことは明らかではあったが、どちらも退けぬ理由があった。

 一族を背負うオーレリアにとってロデリックの命令は絶対であるし、同盟を守るためにここに来たエレナにとってオーレリアは倒さねばならない敵であった。

 しかし、どちらも決定打は見いだせなかった。技量はほぼ互角かややオーレリアのほうが上、扱う剣もエレナの魔剣グラムに対して、オーレリアは聖剣アロンダイト。共に大陸で五指に入る名剣だった。

 技量も武器も大きな差がないのであれば、残るは周囲の状況だけであり、そしてその周囲の状況が形成を決めつつあった。


「っ!?」


 エレナが周囲の状況を確かめようとしたとき、オーレリアの鋭い突きが襲う。

 なんとか受け止めたものの、エレナは大きく後退した。


「私を相手によそ見をする余裕はないと思いますよ。エレナ・ドラゴーネ」

「そのようですね……」


 しかし、確認しないわけにはいかない。

 このオーレリアとの対決にも負けるわけにはいかなかったが、エレナはそれ以上に同盟軍を負けさせるわけにはいかなかったのだ。

 圧倒的物量とロデリックの臣下たちという達人集団。この二つから攻撃を受けて、同盟軍は瓦解寸前となりつつあった。

 それを立て直すにはエレナが行動する必要があったが、オーレリアが相手ではその余裕を作り出せない。

 焦燥が胸の内に沸き起こり、エレナの行動が精細を欠き始めた。

 その隙を見逃さず、オーレリアの強烈な攻撃がエレナを襲った。

 横薙ぎの一閃。なんとか間にグラムをいれて受け止めたものの、エレナが身に着けていた軽装の鎧の横腹部分にはヒビが入った。


「ぐっ……!」

「降伏しなさい。あなたが降伏すれば同盟軍も降伏します。そうすればいらぬ犠牲は出ません」

「そういうわけにはいきません……」

「ならば新たな王に出陣を懇願しなさい。この状況ではそれしかないはずです」


 やはりとエレナは自分の考えが正しかったことを確信した。

 ロデリックの狙いは六人目の魔皇であるクロウであり、同盟への侵攻はクロウを引きずり出すための餌でしかないのだと。

 そうであるならば尚更負けるわけにはいかない。同盟軍が敗退したが最後、始まるのは魔皇狩りだ。

 それが始まればあの優しい魔皇が黙っているわけがない。

 エレナがクロウと出会ってからずっと恐れていることがあった。エレナが出会った魔皇はすべて人と呼ぶには異常な存在だった。しかし、クロウは違った。普通の人間であり、常識的な価値観を持ち合わせていた。

 だが、魔皇として正体を明かし、魔神を打ちたおし、各地の魔皇と争いを重ねていけばいずれクロウもそうなるのではないかと。だからエレナは頑なにクロウの出陣を拒んだ。

 自分を助けてくれたクロウが本物の魔皇になってしまうのが怖かったのだ。


「あなたたち魔皇の陣営はいつも勝手です……自分の都合だけを押し付けてくる」

「魔皇とはそういう存在ですから」

「だから私はあなた方を拒絶する。少しは思い知るといい。世の中には理不尽に屈しない者もいると!」


 エレナは持っていた小瓶を取り出すと、その中に入っていた赤い液体を飲み干した。

 全身に激痛が走り、エレナは痛みでその場にへたり込むが、次の瞬間体中に力が漲った。

 竜血薬。竜の血を取り込みやすくし、一時的に竜の力を得られる薬だ。毒竜であるファフニールの血は普通の人間には猛毒なため、さまざまな素材で薄められているが、それでも大幅なパワーアップが期待できる。

 効果時間は三分。その三分で決着をつけると決意しながら、エレナはオーレリアの懐に飛び込んだ。


「なっ!?」


 突然スピードアップしたエレナにオーレリアは驚きを隠せなかった。今までの打ち合いで実力を隠しているようには思えなかったからだ。

 さきほど飲んだ薬に何か秘密があるのか。そう考察する間もなく、エレナは猛烈な勢いでオーレリアに攻撃を加え始めた。

 元々、ほぼ互角の二人である。片方が強化薬を飲んだのあれば決着は見えている。

 守勢に回るオーレリアは苦し気に呻き、大きく距離を開けた。

 逃すまいとエレナが前に出ようとしたとき、それは突然現れた。

 二メートルはあろうかという鉄の騎士。それがオーレリアとエレナの間に三体出現したのだ。

 エレナは目標をその鉄の騎士に切り替える。

 強烈な一撃と巧みな連携を駆使する鉄の騎士は、オーレリアに勝るとも劣らない強敵だったが、エレナそれらを強引に切り伏せた。

 そして最後の力を振り絞ってオーレリアに向かおうとしたとき、破壊した鉄の騎士たちの残骸がエレナの体にまとわりついた。


「なっ!?」


 瞬時にその鉄の残骸はエレナを拘束する十字台へと変化した。

 両手両足を拘束されたエレナは、拘束を外そうと竜血薬で上がった力で無理やり引きはがすが、引きはがしても引きはがしても再生してエレナを拘束する。

 やがて竜血薬の効果時間が過ぎたエレナは、抵抗できなくなり、磔にされたまま身動きもできなくなった。


「見事な戦いぶりだ、エレナ・ドラゴーネ。さすがは誉れ高き竜殺しといったところか」


 その男は風と共に現れた。

 仕立ての良いスーツに品の良い帽子、左目にはモノクルをつけ、ステッキを手に持つ姿はまさに老紳士。地球にいる者が見れば教授と言いたくなるかもしれないその男こそ、今回の戦争を引き起こした魔皇、ロデリック・カルヴァ―トであった。


「猊下……」

「すまんな、オーレリア。苦戦していたようだから助太刀をさせてもらったぞ」

「ありがとうございます。ですが、猊下が出るほどの相手ではございません」

「まぁそうだろうな。だが後ろで見ているのも意外に暇なのだよ」


 暇だから参戦した。

 血を流し、命のやり取りをしている兵士たちにしてみれば憤慨ものの理由を述べながらロデリックは磔にされたエレナを見る。


「どうだろう、エレナ・ドラゴーネ。そろそろ降伏してわが軍門に下らないか? 君ならオーレリアと同等の立場を約束しよう」

「お断りします、猊下……」

「ふむ……ではこの場にいる君の騎士たちを殺す。そう言ったら考えを変える気になるかね?」


 どうして残虐な言葉がこうも自然に出てくるのだろう。

 エレナは目の前で悠然と佇む男は人間の皮を被った悪魔なのだと確信した。

 そして決意も新たにした。このような男に屈するわけにはいかないと。


「私の騎士たちに臆病者はいません」

「ほう……私を恐れないということかな?」

「はい、私も騎士たちもあなたを恐れたりはしません」


 なるべくいつも通り、淡々とエレナは告げる。

 恐れないと言う言葉が只の強がりであることは重々承知している。だが、ここで弱気を見せればそれに付け込んでくる。その確信がエレナにはあった。


「ふむふむ……ならば君の領地を壊滅させる。それなら返答は変わるかね?」

「っ!? あなたは……何事も自分の思い通りにできると思っておられるようですね」

「そうは思ってはいない。だが、私自身の力で思い通りにしてきたことは事実だ。国の王が権威を振るうのと同様に私も魔皇としての権威を振るってきた。今も昔も変わりはしない。私は魔皇。世界の王なのだからね」


 傲岸不遜。

 そんな言葉がピッタリだとエレナはロデリックを評した。

 三百年以上生き、その大半を魔皇として過ごしてきたロデリックは王であることが染みついている。

 あの優しい魔皇もいずれはこうなるのだろうか、そんな思いがエレナの中によぎる。

 やがてこのような悪魔に成り下がるのが魔皇の宿命ならば、今、自分がしていることは無意味なのではないか。

 そんな絶望的な思いが胸の中に広がる。

 しかし、そうではないと言う自分がいた。救われたからそう思うのではなく、この僅かな期間で知った彼の為人が最悪の未来を否定する。

 だからこそ守りたいと思ったのだと、エレナは強く自分に言い聞かせた。


「返答を聞こうか。エレナ・ドラゴーネ」


 気づけば戦闘は止んでいた。

 魔皇が出てきた以上、もはや同盟軍とアムレート軍の戦争は終わっていた。

 軍同士の戦いなど魔皇の前では意味のないものだと誰もが理解していたからだ。

 これから先は絶対強者による裁きの時間。逆らうことなど許されない。

 唯一、人間で抗えるのは同じ魔皇のみ。そう同盟軍の兵士たちは認識していた。

 だが。


「私はあなたには屈しない。最初からあなたに捧げる剣など持ち合わせてはいない」

「ほう……」

「暴虐な王よ。あなたは恐怖で人を動かしてきたのでしょうが、恐怖で動かない人間もいるのですよ」

「ふっふっふ……小娘が知ったようなことを言う。たしかにそういう人間は存在する。だが、そういう人間はすべて私の前で見せしめとして死んでいったよ。ちょうどいい。君を串刺しにしてドラゴーネの民に見せてやるとしよう。魔皇に逆らってはいけないと教えてやらねば」


 そう言ってロデリックは右手を高く掲げる。

 すると、周囲に落ちていた武器が集まり、鋭い槍へと変化する。

 そしてその槍はロデリックの力で宙に浮いたまま、エレナの前で制止した。


「冥途の土産に教えてあげよう。この鉄を操る魔法は〝鋼竜の細工師〟。君と同じく私も竜を殺したことがあるのだよ。ただし魔神の竜だったがね。とても苦戦させられたよ。だが、おかげで便利な魔法が手に入った」


 自慢げに話しながらロデリックはゆっくりと槍を進ませる。

 近づいてくる槍を見て、エレナは目を閉じる。もはや抵抗はできないが、意地だけは貫いてみせる。

 泣き喚く醜態は晒さない。

 自らが守りたいもののために死ねるならば騎士の本望。そう心に言い聞かせていると、遠くから大きな咆哮が聞こえてきた。

 その咆哮はエレナには聞き覚えがあった。もちろんロデリックにも。


「なんだと……!?」


 それは紛れもなく竜の咆哮だった。


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