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第十三話 出陣





「俺もついていく」


 メディオに戻って、戦支度を整えていたエレナに俺はそう告げた。

 元々、俺がドラゴーネに留まっていたのは戦に対する備えという意味もあった。

 相手は大国。俺が出るくらいしなきゃ勝ち目はないはずだ。

 だが。


「ううん。必要ないよ」

「どういう意味だ? 相手は大国なんだろ?」

「アムレートは大国だけど、強国というほどじゃないから。同盟が守勢に徹すればそのうち撤退すると思うよ」

「その程度の相手なら君が出ることもないだろ? 助けにいく相手は君に手を貸さなかった連中だ」

「同盟誓約。各太守は外敵に対して一丸となって当たるっていう誓約を結んでるの。だから行かないわけにはいかないよ」

「そんなの形だけ出陣すればいい。そういう奴らだっているはずだ」

「うん。そういう人たちもいるよ。けど、ドラゴーネは違う。それに……そういうやり方を私自身が許せない」


 真っすぐな瞳で見つめ返されて俺は返す言葉を思いつかなかった。

 そんなこと言われては行くなとは言えない。


「……じゃあせめて俺をつれていけ」

「それも必要ないよ。魔皇が人間同士の戦に立ち入ると犠牲が増えるから」

「そんなこと言ってる場合なのか? 誰もがこのタイミングで大国が攻めてくるのは変だと言っている。なにか攻め込んできた理由があるはずだ」


 俺がそういうとエレナはしばし考え、やがて小さく笑う。


「理由は私にもわからないけど、たぶんドラゴーネの弱体化が引き金だと思うよ。同盟の武を担ってきたのはドラゴーネだから」


 嘘だ。

 直感でわかった。エレナは今、何かを隠すために違う理由を口にした。

 そんな気がした。だが、エレナの無表情がそれを上手く隠している。

 追及していいものかどうか。しばし、迷ったあとに俺はさきほどと同じことを口にした。


「俺をつれていけ。俺が魔皇であることを明かせば、戦はしないで済むかもしれない」

「魔皇であることを明かせば、クロウ君は絶対に不幸になるよ。各国にいる魔皇のほとんどがもう人間じゃないんだよ。魔神や魔皇と戦い、自らを高めることにしか興味がないの。そんな人外たちと肩を並べたら、普通のクロウ君はきっと疲れちゃうよ」

「それでも人が死ぬよりマシだろ?」

「その通りだよ。だから私が行くの。クロウ君のおかげで私も有名人だからね。私がいけば敵が退く可能性も高いと見てるよ」


 まぁたしかに普通の人間は竜殺しと戦う気にはなれないだろうな。

 単騎で竜と渡り合えるエレナは戦場ではまさしく一騎当千の強者だろうし。

 普通に相手にいたら立ち向かえないだろうな。

 けど、相手にだって強者はいるはずだ。そいつらが出てくればどうしたって戦争になる。

 それに。


「アムレートに魔皇はいないのか? そいつが出てくる可能性は?」

「……アムレートにも魔皇はいるよ。けど、国外に出ることは滅多にない人だから出てくることはないよ」

「アムレートの防衛専門ってことか」

「うん」


 俺の言葉にエレナは頷き、もう話しは終わりとばかりに戦支度を再開した。

 止める言葉もなく、引き留める理由もない。

 俺にできることはもはや大して残っていなかった。


「出陣は明日だろ? それまでにできるだけ薬をつくる」

「うん、助かるよ」


 幸い、ファフニールの亡骸から貴重な素材も手に入ったし、マルクスから巻き上げたお金でそれ以外の希少素材も買っている。戦で役立つ薬もいくつかは作れるはずだ。


「ねぇ、クロウ君」

「ん?」

「戦が終わったらどこか出かけよう。マリルも連れて」

「もう戦が終わったあとの話か?」

「うん。今回の戦で同盟はドラゴーネの重要性を再認識するはずだし、戦が終われば余裕が出ると思うんだ。まだ行ってない場所もあるでしょ? 案内するよ」

「確かに限られた場所しか行ってないな。無事に終わったら頼むよ」

「うん! 頑張るね! あ、そうだ。行く前に渡しておくね」


 エレナは机の奥から何やら白い布を取り出した。

 それを手渡され、広げてみると長い白衣だった。


「これは?」

「薬師様らしく白い服が必要かなって」

「なるほど。たしかに薬師は白衣だわな」


 医師や薬師は白というイメージは地球と一緒らしい。

 試しに着てみると意外なほどしっくり来た。


「ほう。これはなかなか。ありがたく使わせてもらうよ」

「いいえ。いつものお礼みたいなものだから。それを着て頑張ってね……」


 エレナは笑う。

 その笑みは俺が見た中で一番悲し気だった。それはこれから人を殺しにいくからか、それとも違う理由なのか。

 判断がつかず俺はそのことに言及することはしなかった。

 そして次の日の朝。

 俺が徹夜で作った様々な薬を持って、エレナとドラゴーネの騎士団は出陣していった。




■■■




 ドラゴーネはロンバルト同盟の中央に位置する。

 どの領地にも数日で行ける立地であり、昔から危急の際には真っ先に駆け付けるため同盟内での信頼も高いらしい。

 今回、公爵家がドラゴーネの復興を邪魔するのも、そういうドラゴーネを警戒するためだからだそうだ。

 そんなドラゴーネをエレナたちが発ってから五日が過ぎた。もうエレナたちは前線にたどり着いた頃だろうし、敵軍とも激突する頃だろう。

 できれば何事もなく終わってほしい。

 そんな儚い願いを抱きつつ、店の開店準備をしているとマリルが慌てた様子で入ってきた。


「た、大変であります! クロウ殿!?」

「どうした? マリル、そんなに慌てて」


 マリルが慌てて入ってくるのは別に珍しくはない。

 ただ、今日はいつもと様子が違う。なにか必死さを感じた。


「あ、あ、あ」

「あ?」

「アムレート軍に魔皇が参加しているであります!!」

「……どういうことだ? アムレートの魔皇は国外に滅多に出ないんじゃないのか?」

「そんなことないであります! アムレートを拠点としている最古参の魔皇ロデリックは、最も好戦的な魔皇で、魔神がいるとわかればどの国でも行き、何度もほかの魔皇と交戦している危険人物であります! そのロデリックの臣下たちがアムレート軍に多く参戦していて、たぶんロデリックも参戦しているはずだという情報が今来たであります!」


 頭を金づちで殴られたような気分だった。

 エレナの言葉は嘘だった。

 一体なんのために? 決まっている。俺を戦に出させないためだ。

 魔皇が出てきたとなれば俺が出ることになる。エレナはそれを嫌ったんだ。

 気づけば俺は屋敷に向かって走り出していた。

 屋敷へと入り、制止する騎士たちを振り切ってエレナの部屋へ押し入る。

 すると、そこには白髪の老人がいた。


「そろそろ来られる頃かと思っておりました。猊下」


 その言葉で俺は察した。

 目の前の老人、エレナの祖父にして現ドラゴーネ太守、ラザル・ドラゴーネもすべて知っているのだと。


「いつ俺の正体に?」

「エレナが旅立つ前に教えてくれました。そしてあなた様に謝っておいてほしいとも」

「謝る……? どういうことです? エレナはどうして俺を連れていかなったんですか!?」


 自然と語気が強くなる。

 しかし、ラザルはまるで風を受け流す草花のようにそれを受け流す。


「アムレートの魔皇が我が同盟に興味を示した理由はあなた様だとエレナは気づいておりました。ですので、あなた様を連れていくわけにはいかなかったのです」

「魔皇には魔皇でしか対抗できない……それが常識なのでは?」

「ええ、常識です。普通ならばあなた様におすがりするのですが……困ったことに我が孫娘はあなた様が魔皇として戦にまみれた人生を送ることが嫌で仕方なかったようでして」


 ラザルは悲し気に微笑む。その頬には一筋の涙が伝っていた。

 そしてラザルを俺の前で片膝をつく。


「どうかお気をお鎮めください。猊下。我が孫娘はあなたの騎士として死地に赴いたのです。それはあなた様への忠義と恩義によるもの。どうかお受け取りくださいませ……」


 忠義と恩義?

 俺がいつそんなもの欲しいって言った?

 俺がいつ戦いたくないと言った?

 俺はドラゴーネのためなら戦ってもいいと思っていた。マリルやエレナのためになら戦おうと思っていた。

 それなのに。


「勝手な奴だ……」

「そういう子なのです……どうかお許しを」

「……これは説教が必要だな」

「なっ!? まさか今から行くおつもりですか!? 間に合いはしませんぞ!? なにより孫娘の気持ちを裏切ることに!」

「関係ない。俺の心情を無視してエレナは行動したんだ。俺もエレナの心情は無視させてもらう。誰がなんと言おうと俺はエレナを助けにいく」


 そう宣言して俺は屋敷を出た。

 目指すのは俺の店。

 そこに起死回生の薬があるからだ。

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