第十一話 スカートを巡る戦い
「どういうつもりだ?」
「なにが?」
マルクスが店に来た次の日。
俺は太守の屋敷に向かっていた。
そこで仕事中のエレナに問い詰めたのだが、いつもの無表情で返されてしまった。
「あんな変態を俺の店に寄越した理由だよ」
「お金に困ってるでしょ? クロウ君」
「お金に困っているから、君のスカートをめくるのを手伝えと?」
「マルクス君はお金持ちだから稼げるよ?」
エレナの言葉に俺は顔をひきつらせた。
もう無表情すぎて何を考えているのかわからない。
スカートめくりくらいどうということはないのか、それとも領地のためにと苦渋の決断なのか。普通は表情から読み取れることがまったく読み取れない。
それがわからないことには薬なんて売れない。売った瞬間、信用というものを失いそうな気がするし。
「あのな、エレナ。君は……スカートをめくられてもいいと思ってるのか?」
「そんなこと思う女の子がいるなら見てみたいかな」
一瞬、表情が少しだけ冷たくなったように思える。完全に気がするレベルだが、もしや失言だったか。わからない人だ、やっぱり。
「ま、まぁそうだよな。けど、俺が薬を売るとマルクスは力を増すぞ? いいのか? 勝てる自信があるのか?」
「まぁ昔から負けたことはないし、大丈夫じゃないかな。普通に戦えば厄介だろうけど、スカートをめくることしか考えてないし」
「残念な奴だな……一層の事、スカートでいかないっていうのも手じゃないか?」
「昔その手を使って、大荒れに荒れて学校中の女子のスカートをめくったりしたから、できればしたくないかな」
どんだけスカートめくりたいんだよ。なにがあいつをそこまで駆り立てるんだ。
とてもじゃないが、スカートめくりにそこまで情熱を注ぐ奴の気持ちはわからない。まぁスカートの中が気になるよー、くらいなら理解ができんでもないが。
「子供のときからやめなよって言ってるんだけど、成長する素振りが見えないんだよね。結構、コテンパンにしてるのに」
「たぶん、コテンパンにされすぎて意地になってるんだろうな」
同年代の女の子にコテンパンにされすぎて、なんとか勝とうとしているうちにああなったのか。
あいつはあいつで可哀想な奴だな。
「まぁ、こんなくだらない勝負で支援物資を持ってきてくれるんだし、いい友達ではあるんだけどね」
「本人はくだらないとは思ってないと思うけどな……」
というか、マルクスにとってエレナは好敵手であって友達ではない。勝者と敗者でここまで相手に対する位置づけが違うのか。
まぁだいぶ例えが悪いが、イジメたほうは覚えてないというのと同じことだろうな。
エレナにとっては数ある幼少期の思い出の一つ程度なんだろう。
「まぁだから普通に薬を売っていいよ。支援物資も手に入ったし、マルクス君が支援物資を持ち込んだせいで、グリフォーネのおじ様もドラゴーネへの支援に舵を取るだろうしね。スカートめくられてもお釣りが来るかな」
「でも嫌なんだろ?」
「身売りするよりはマシかなって話だよ。実際、支援の代わりに結婚しろって話も多かったし」
「マジか……」
俺の知らないところでかなり苦労していたらしい。
まぁたしかにエレナは優秀な剣士であるが、同時に為政者でもある。気苦労は絶えないだろう。
ただ、無表情だからそれが他人からはわかりにくい。それを口に出せる性格ならいいのだが、そういう性格でもない。
「大丈夫だよ。平気だから」
とてもその話は信じられない。
というか、この話を聞いたうえで薬を売ったら俺は最低の男ということになるのではないだろうか?
しばし、考えてから俺はため息を吐く。
「薬は売るが、マルクスに不利になるような薬にする。それでいいか?」
「そんな都合のいい薬があるの?」
「あいつがあくまでスカートめくりに拘るなら、うってつけの奴がある」
そう言って俺は笑う。
これで俺の信用は保たれ、お金が手に入る。一石二鳥とはこのことだ。
「なんか笑い方があくどいよ?」
「ん? そうか、いや気を付けよう」
そうは言いつつ笑みは収まらない。
我ながら完璧な計画だ。
■■■
ドラゴーネにある練兵場。
そこにマルクスとエレナが向かい合っていた。
ギャラリーは俺とマリルのみ。一応、ほかの者には模擬戦と伝えてあり、俺とマリルは救護班ということになっている。
二人とも有名人なため、お金をとっても見たいという者も多かったが、観客はお断りということになった。
まぁ勝負がスカートめくりじゃ当然だ。できれば俺も気まずい思いをしたくないから、ギャラリーには入りたくなかったが、怪我をするかもしれないとエレナに言われて、仕方なくここにいる。
「俺必要ないだろ……」
「駄目であります! 何が起きるかわからないであります!」
「いや、薬置いておくからマリルがなんとかしてくれよ」
一応、布石は打っておいたがそれでもマルクスがエレナのスカートをめくる可能性もある。
そうなった場合、俺は非常に気まずい。だが、俺のそういう心境は考慮してもらえないらしい。
「勝負を受けてくれたこと、感謝するよエレナ君」
「うん、支援物資持ってきてくれたからね」
「この数年、僕は弛まぬ努力を続けてきた。正直、もはや僕のほうが上と思っていたが、君も誉れ高き竜殺しとなった。相手にとって不足なし!」
「とりあえずいつも言ってるけど、女の子のスカートをめくるのやめたら?」
「ふっ、勝負の前にそんなことを言うもんじゃない。これからするのは真剣勝負、僕は手を抜くつもりはない!」
「すごいでありますね。話がかみ合ってないであります」
エレナも諦めたのかため息を吐いて、グラムを抜いた。
そして俺のほうに視線を向ける。心得たとばかりに頷き、俺は右手をあげて、それを勢いよく振り下ろすと同時に声を張った。
「始め!」
これほど虚しい開始の合図もないだろう。なにせ勝負はスカートめくりなのだから。
ちなみにエレナはマルクスに一撃いれたら勝ちだ。
そんな勝負の開幕で、いきなりマルクスが仕掛けた。
『風魔の三・打風』
魔術はそれぞれ属性ごとに十三の階位がある。今、マルクスが使ったのは風魔術の三番目。
基本的には階位が上がるごとに威力は増す。本来の打風は部分的な突風を巻き起こし、相手を吹き飛ばす魔術だが、今回、マルクスが発動させた打風はほぼ練兵場全域。それも下から上に吹きあがるように調整されていた。
「うわぁぁぁであります!?」
「っ!? 派手なことをする奴だ」
これではエレナもどうすることもできまい。
そんなことを思っていると、呆れたような声が後ろから飛んできた。
「クロウ君。なにを飲ませたの?」
「魔力の総量を大幅に増やす魔強薬だ。これで繊細なコントロールが必要なスカートめくりはできないと踏んだんだが、そうでもなかったな」
「はぁ……クロウ君って意外に抜けてるね」
「はっはっはっ! エレナ君。ギャラリーのほうに逃げるしかなかったみたいだね! 僕がそちらに配慮すると読んでの行動かな?」
いや違うだろ。
マルクスの風はこちらにも来ていた。
単純にエレナは風に合わせて飛んで、こちらに着地したに過ぎない。
本人はコントロールしたつもりのようだが、コントロールはできていない。それはこちらの思惑どおりだな。
魔力が増えて威力が上がればコントロールは難しくなる。いつもは慣れでしている動作が違ってくるわけだから、いつもどおりとはいかない。
「マルクス君は正真正銘の天才だから、そのうち慣れちゃうよ」
「それは参ったなぁ。できるだけ早く負かしてくれ。そうすればウチの常連にできる」
「簡単に言わないでよ。私はスカートを気にしながらなんだから」
ひらひらと揺れるスカートをつまみながら、エレナは淡々と告げる。
まぁたしかに難しい話だわな。けど、あのファフニールと互角に渡り合ったエレナなら、そこまで難しくないように思える。
俺の魔皇としての感覚がそう言っている。
「さぁ! エレナ君! 観念するんだ!」
『風魔の七・龍風』
東洋の龍を象った風が生み出され、エレナに向かう。
エレナはとんでもない速度で移動し、その龍を躱すがマルクスはそれを見事にコントロールしてエレナを逃がさない。
「ああ! まずいであります!」
「いや、そうでもない」
「え?」
「段々、龍の精度が落ち始めた」
最初は的確にエレナを追っていた龍が追えなくなっている。
マルクスの集中力が持たなくなってきたんだろうな。
エレナは勝機と見て、マルクスの懐に飛び込む。
しかし、それを見てマルクスはニヤリと笑った。
「かかったな! エレナ君!」
『風魔の三・打風』
最初のような全体攻撃ではなく、エレナの足元からだけの集中攻撃。
風が微かに揺らめく。その瞬間、エレナは足元にグラムを振って、沸き起こるはずだった風を切り裂いた。
「グラムは魔術を斬れるんだよ」
「あのタイミングで斬るなんて!?」
「成長してるのはマルクス君だけじゃないよ」
そう言ってエレナはマルクスの背中側に回って、剣の平たい部分でマルクスの頭をたたいた。
勝負ありと判断して近づくと、叩かれたマルクスは目を回して気絶していた。
「マリル、人を呼んできてくれ。運んでもらう」
「はいであります!」
マリルに人を呼びに行かせている間、とりあえずマルクスの体を調べるが異常はない。
ちゃんとエレナも手加減したようだ。
「気絶してるだけだな。この程度なら薬もいらない」
「そう。じゃあ全部解決だね」
そう言ってエレナは柔らかい笑みを浮かべた。
エレナには珍しい笑みだ。普通の人からすれば微笑み程度だが、エレナのいつも様子と比べれば満面の笑みに近い。
そんなエレナの笑みに思わず見とれていると、ヒューっと風が吹いた。
マルクスが起こした風ではない。自然に発生した風だ。
それはマルクスが挑んでも挑んでも崩せなかった牙城を容易くこじ開け、エレナのスカートをふわりと浮かせた。
「っ!?」
エレナがすぐにスカートを押さえるが、倒れているマルクスを診察していた俺の位置からは純白の下着が見えてしまっていた。
エレナのイメージからもっと地味なモノを履いていると思ったが、意外にも可愛らしいタイプだった。
一瞬、沈黙が場を支配する。
何を言っていいのかわからずにいると、エレナが言葉を発した。
「……かった……」
「ん?」
「クロウ君に見られるとは思わなかった……」
微かに頬を染めて、エレナは視線を逸らす。
いつもは無表情なエレナの貴重な恥じらい姿を見て、こっちまで気恥ずかしさを感じてしまう。
自分の顔が赤く染まるのを感じながら、俺はエレナから目を逸らす。
「ご、ごめん……」
とりあえずそれだけ言ったあと、マリルが人を呼んでくるまで俺たちはずっと無言だった。