閑話 南の魔皇
大陸南部にある大国、アムレート王国。
ロンバルト同盟とは比較にならない大きさのこの国の首都。そこに店を構える超高級レストラン。王立御用達のそのレストランには、国内外の上流階級が集まる。
そのレストランに一人の男がいた。
いやその男のためにレストランは〝貸し切り〟となっていた。普通ならばありえないことだ。
しかし、その男の権威とそれに対する畏れがそれを可能にした。誰も望まないのだ。その男と会食などという愚かにすぎる行為は。
「ドラゴーネの跡取り娘が竜殺しに成功したか……ふむ」
サラダをつまみながら男を呟く。
綺麗に仕立てられたスーツに身を包み、左目にはモノクル。優雅な動作で食事をすすめる男は一見すると老紳士のように思える。
しかし、その周囲に控える一騎当千の猛者たちが顔も上げずにひれ伏している点を鑑みれば、男がただの老紳士ではないことは明らかだった。
「優秀だとは聞いていたが、それほどだったか」
興味を持った男は微かに思考した後、自分の考えを整理するように声に出し始めた。
「ロンバルト同盟には確実に魔神がいた。〝我々〟の魔神に対する感覚は絶対だ。外すことはない。しかし、忽然と姿を消した。我々の調査に気づいたのか、それとも誰かに消されたのか。そして同時期にドラゴーネの竜も敗れた。聞けば復活した竜は相当力を増していたという。にもかかわらず、完全に竜を殺しきった……」
ふむと男は呟き、居並ぶ猛者たちの中で側近中の側近に問いかけた。
「これをどう見る? オーレリア」
「彼女が魔神殺しに成功したのか? という問いかけならばノーです。猊下」
金髪碧眼でグラマラスな美女。
年齢は二十代前半くらいか。鎧を身に着けず、腰に一本の剣を差している。
男の側近の中で、男と口を聞ける者は少ない。問いかけられ、質問に答えられるという立場が確立されているという時点で、大陸屈指の戦士であることの証明でもある。
「なぜだ?」
「彼女は優秀ではありますが、魔神に挑むような気質ではありません」
「ほう。では魔神はどこに消えた?」
「おそらく彼女以外の誰かがあなた様と同列に上ったのでしょう」
「それは面白い六人目が生まれたというなら、これほど喜ばしいことはない」
男は笑みを浮かべながら出されたステーキをカットしていく。
そして口にいれてニヤリと笑う。
その場の誰もが男の考えを察していた。
オーレリアも当然察していたが、止めるということはしない。止められないし、その行為ほど無駄なものはないと知っているからだ。
「では私が狙っていた獲物を横取りした新参者に挨拶をせねばなるまい。どうするべきだと思う? オーレリア」
「あなた様が思うがままに振舞われるのが得策かと存じます」
「よし、では戦争だ。ロンバルト同盟に侵攻すれば出てこざるをえまい」
「もしも……ロンバルト同盟に縁がない方だった場合は?」
拠点を持たない魔皇も中にはいる。たまたまロンバルト同盟で魔皇になっただけの場合、ロンバルト同盟との戦争は益がない。
しかし。
「それならそれでロンバルト同盟を征服し、優秀な人材を臣下に加えるまでのこと。とくに竜殺しは欲しい人材だ」
「彼女は素直に頷かないかと」
「若いな、オーレリア。人を従わせる方法などいくらでもある。私が欲しいのは忠義ではなく力なのだからそれで充分だ」
臣下の前で忠義はいらないと躊躇なく言ってのける男。
その男が正義とは程遠いとはわかっていても、だれも文句は言わない。いや言えない。
この男こそ、現在最古参の魔皇、ロデリック・カルヴァート。何体もの魔神を討伐し、そのたびに魔法と強力な魔力を獲得してきた最強の戦士なのだから。
「それでしたら、アムレート王に話を通す必要がありますね」
「そうだな。野心家のあの男のことだ。飛びついてくるぞ」
楽し気にロデリックは笑う。
彼にとって闘争こそ生き甲斐だからだ。同類の魔皇や宿敵である魔神と戦い、更なる高みへ上ることにしか興味を示さないロデリックは、生粋の魔皇であり、もはや人間とは乖離した存在である。
そんなロデリックにとって、小国を潰すことくらいなんということはないのだ。その過程でどれほどの人が死のうともロデリックが気にすることはない。
「我々も戦支度を整えます」
「そうしておくといい。ロンバルト同盟の軍は少数だが勇猛だからな。この国の軍だけではいささか頼りない。私は相手の魔皇が出てくるまでは高見の見物だ。上手く事を運んでくれ」
そういうとロデリックは立ち上がって、臣下から帽子と杖を受け取った。
その立ち姿はまさに紳士ではあるが、ロデリックが紳士としての姿を見せるのは表だけである。
この男が勝負事になればどのようなことでもすることを、オーレリアはもちろんすべての臣下が知っていた。
臣下の中には卑劣な手段で臣下に加わらざるをえなかった者も多い。
だが、だれしも声はあげない。この傍若無人な魔皇を止めることができるのは、同格の魔皇か魔神であると知っているからだ。
ゆえに彼らは願う。
新たに出現した六人目の魔皇が強者であることを。
「さて、新参者は私を楽しませてくれるだろうか」
「魔皇となられた方ならば、猊下の期待を裏切ることはないかと」
「そうだろうな。我々は人の身で魔神を破った埒外の存在。どのような方法であれ、我々は格上を食らった者たちだ。そういう者たちと戦うからこそ楽しいのだ。わかるか? オーレリア」
「いえ、私にはわかりません。魔皇と戦うことに積極的にはなれませんので」
「ふっ……そうだろう。この感覚は我々にしか理解はできん」
そう言ってロデリックは歩き出す。
新たな強敵との戦いに心を躍らせながら。




