第十話 風魔術師マルクス
大陸中央にあるロンバルト同盟はかつて一つの国だった。
しかし、それが分裂し、多くの独立した小国が生まれた。
彼らは幾多の戦いを経て、このままでは周辺の国に飲み込まれると察し、同盟を組んだ。それがロンバルト同盟だ。
その同盟の設立に貢献した四つの名家があり、彼らは同盟参加国の太守が侯爵を名乗るのに対して、公爵を名乗ることを認められている。
つまり実質的に同盟はその四つの公爵家で回っているというわけだ。
その一つがドラゴーネだ。同盟内の呼称でいえばドラゴーネ公爵家。ただし、領内での毒竜ファフニール出現によってドラゴーネの力はこれまでにないほど落ちている。
そしてそんなドラゴーネに対して、同盟に参加する多くの国はあまり過度な支援を行わない。ドラゴーネという名家が失墜すればいいと思う輩が多いというのと、ほかの三つの家から圧力がかかっているからだ。
そんなドラゴーネに大量の支援物資と共にとある人物が到着した。
その名はマルクス・グリフォーネ。
「君がエレナ君が話していた薬師か」
キラリと爽やかな笑顔を浮かべて、マルクスは笑う。
金髪碧眼、長身で見るからに一目を惹く容姿。年は十代半ばだろう。地球であればスカウトと女が放っておかない美少年がそこにいた。
「は、はぁ……」
「クロウ殿! すごい男前であります!」
「そうだね……」
興奮するマリルと打って変わって俺のテンションは低い。いくらなんでもこんな男前のために薬を作りたくない。というか、薬が必要だとは思えなかった。
「それでいったいどのような薬が欲しいんでしょうか?」
「よく聞いてくれた。この話をするには、僕とエレナ君とのライバル関係から話さねばなるまい」
「勝手に語り始めたでありますね」
別にまったく興味もないのだが、マルクスはエレナとの幼少時の因縁を語り始めた。
だいぶ自己陶酔気味な人なのかもしれないな。
「僕とエレナ君はドラゴーネとグリフォーネというロンバルト同盟屈指の名家に生まれた間柄。剣のドラゴーネに対して、魔術のグリフォーネとして僕は常にエレナ君と競い合ってきた」
「そうなの?」
「はいであります。グリフォーネは魔術の盛んな領地で、とくに太守の一族は優れた魔術師を輩出しているであります」
「へー」
誇張ではなく本当にライバル同士なのか。そうであるなら、こいつもかなりの腕利きということになる。
だが、そうなるとエレナの言葉が引っかかる。
スカートをめくりたがるというのはどういう意味なんだろうか。子供の頃にそういう傾向があったとかそういう話か?
けど、エレナがそんなことをいつまでも引きずるとは思えないんだが。
「ロンバルト同盟に所属する太守の子供たちは、九歳で幼年学校に入り、必ず顔合わせをする。将来、共にロンバルト同盟を支える者として切磋琢磨するんだ。そして僕とエレナ君も幼年学校で顔を合わせた。一目見た時からピンときた。この子は終生のライバルになるに違いないと」
「それから僕はエレナ君に挑み続けた。だが、勉学にせよ、模擬戦にせよ、僕はエレナ君に叶わなかった。そして十歳の誕生日を迎えたあの日。僕はエレナ君に勝負を持ちかけた」
「ほう? どんな勝負ですか?」
「スカートめくりだ」
これほどのイケメンなのに、それを台無しにできるというのはもはや才能としか思えない。
マリルが横で固まっているのをよそに、マルクスは話を進める。
「僕は風魔術の使い手。エレナ君のスカートをめくれば僕の勝ちにしてほしいと言った。エレナ君はそれを飲み、そして僕は敗れ去った……」
「よかったじゃないですか。子供時代に汚点を残さずに済ん」
「それから僕は特訓に特訓を重ねた!」
「……は?」
「老若を問わず、朝昼晩、毎日僕スカートをめくり続けた! 僕はその特訓で微細な魔力コントロールを身に着け、絶妙な高さでスカートをめくるという高等テクニックまで身に着けた!」
「く、クロウ殿!? この人、変態さんであります! 私、変態さんを初めて見たであります!」
「そうだな……。このレベルの変態はなかなかいないわな……」
こっちがドン引きしているにも関わらず、マルクスは語るのをやめない。
というか、どう考えても汚点なのにそんな誇らしげに語られても困る。
「そして僕は幼年学校卒業の日。最後の決闘を挑んだ。当時、十二歳。エレナ君は大国の騎士学校に入学することが決まっていたから、勝負はそれが最後だと互いに感じていた」
「まるで互いに望んでいたみたいな言い方はやめろよ……」
「その頃には僕の勇名も轟いており、風魔術に関しては幼年学校にいる教師でも敵わないほどになっていた」
「才能の無駄遣いでありますね……」
「一方のエレナ君も剣術に目覚ましい才能を見せており、すでに魔剣グラムも所持していた。だれもが勝敗を予想できない好勝負だと言っていたよ」
「予想できないんじゃなくて、くだらなすぎて予想したくなかったんじゃないか?」
「最初に仕掛けたのは僕だった。エレナ君の真下から風を起こしたが、エレナ君は軽々と跳躍で回避してみせた。背後に回られることを恐れた僕は、空中にいるエレナ君のスカートをめくりにかかった。しかし、エレナ君は魔剣グラムで僕の巻き起こした風を切り裂き、意表をつかれた僕はそのまま敗れ去った……あの勝負からもう四年。あの敗戦を忘れたことは僕は一度だってない」
忘れるべきかスカートへの執着だろと突っ込みたかったが、どうせ無駄だと思って口をつぐむ。
とりあえず、こいつに薬は売るまいと決意していると、語りを終えたマルクスが真剣な表情で俺を見つめてきた。
「あの日から僕は精進を重ねた! 魔術師の階級も一番最高位の虹金の次に高い、白金まで上り詰めた。最年少記録を更新し、大陸屈指の風魔術師としての地位を確立したんだ! だが、僕の頭からはエレナ君に敗北した瞬間が消えなかった! この四年間、スカートめくりの特訓も欠かしたことはない! 少し前には大国の王妃のスカートを演説中に遠距離からめくってみせた。もはや自分の腕が髪の領域に迫っているという自負すらある。だが、どうしてもエレナ君に勝てるイメージが見つからないんだ!」
「見つけるべきはそんなイメージじゃなくて、人としてのモラルだと思うんだが……」
「クロウ殿、この人を犯人として突き出せば報奨金がもらえると思うであります」
「証拠がないからなぁ」
ここではペラペラしゃべっているが、突き出したところでしゃべるとは限らない。
いや素晴らしいと褒めたたえれば、何もかも喋りそうな気はするな。いや、でもさすがにリスキーか。
しかし、エレナもよくこいつと連絡を取ったな。
「しかし、先日、エレナ君から連絡があった。支援物資を持ってきてくれるなら勝負に応じてもいいと! 僕はすぐに用意して旅立った! だが、道中も不安でいっぱいだった。竜を討伐してみせたエレナ君にはたして僕の技が通用するのかどうか、と」
「完全にカモにされているでありますね……グリフォーネはたぶん支援をしないように圧力をかけていたでしょうに、この人のせいで台無しであります」
「エレナも良い性格してるな……」
ようは自分のスカートをエサにこいつに支援物資を持ってこさせたというわけだ。
そこまでするからには負けない自信があるんだろうし、負けたところでそこまで被害もデカくないというのも理由の一つだろうな。
「僕は悩んだ。どうすればいいのかと。そんな不安な道中、エレナ君からまた手紙が届いた。優秀な薬師がいるから、不安ならそこで薬を買っていけばいい、と。敵に塩を送るとはさすがはエレナ君だ。勝者の余裕を感じたし、僕のプライドにも障ったが、敗者としてプライドに拘るわけにはいかない。だから、僕はこの薬局に来たんだ。どうか僕の風の魔術を強化できる薬を売ってほしい! お金はいくらでも出そう!」
そう言ってマルクスはどんと袋を台の上においた。
そこには金貨がたっぷりと詰まっていた。
思わず手が出かけたが、俺は自分の右手を理性で制す。とびつけば最後、大事なものを失う気がする。
「す、少しお時間をください……そういう薬があったか探してみますので」
「そうか! 僕はしばらくこのメディオに留まる。貴族としてこのような惨状を放っておくわけにはいかないからね。では、薬のことがわかったら僕に伝えてくれ」
そう言ってマルクスは良い笑顔で帰っていった。
はぁ……。これはとんでもないことになってしまったぞ。
薬を作ればエレナが負けるかもしれない。けど、薬を作らないとお金はもらえない。
「エレナめ……紹介するならもっとまともな奴を紹介しろよ」
「スカートめくり以外は普通の人みたいでありますよ。スカートめくり以外は」
「そこが問題なんだよなぁ」
頭の中にはいくつか薬が浮かんでいる。
しかし、それらを作っていいものかどうか。
俺はため息を吐きながら、思考にふけり始めた。
こういう変態キャラ書いたのは初めてかもしれません。新しい体験でしたw