第九話 テンマ薬局
「わっはっはっであります! すごいであります!」
「あんまりはしゃぐと怪我するぞ。マリル」
子供には明らかに重い荷物を軽々と持ち運びながらマリルが愉快そうに飛び跳ねる。
商品棚に薬を並べながら、俺は苦笑した。
マリルには〝剛力薬〟という薬を飲ませている。三分間だけ力が三倍になる。ただし、徐々に力が衰えるため過信は禁物だ。
一応、俺の店の目玉商品になる予定だ。
「さて、薬はこの辺でいいか」
並べられている薬はどれも庶民がかかりそうな病気への特効薬だ。
値段設定はすべてお手頃価格。
この大陸では銅貨、銀貨、金貨、白金貨、虹金貨という五枚の貨幣があり、銅貨五十枚で銀貨一枚、銀貨五十枚で金貨一枚、あとも同じ倍率で増えていく。
庶民の一日の賃金が銀貨一枚に届くかどうか。そんな中で我が店ではほとんどの薬が銅貨三十枚程度で買えるようにしている。まぁそういうのもドラゴーネ全体が今は非常に貧乏だからだ。
食料不足の際に、多くの民がお金を使い果たしている。もちろん食料を買うために。
そんな事情もあって、しばらくはこのぐらいの値段でいこうと思っている。ぶっちゃけ儲けはほぼないどころか、若干赤字だがしかたないだろう。
「クロウ殿! 裏の倉庫に薬を運び終えたであります!」
「うん、ありがとう。じゃあマリルは館に戻っていいよ。今日も稽古があるんだろ?」
「はいであります! 今日は剣術の稽古の日であります!」
ファフニール討伐から十日が過ぎている。
マリルは一度、スタト村に戻り、改めてこのメディオの街にやってきた。将来の騎士として専門教育を受けるためだ。
というのも、俺を助けてくれたのはマリルであり、また道案内もマリルがしてくれたと太守に説明したら、マリルにも何か褒美を出そうということになった。
ちなみに俺はこの店を褒美に貰ったわけだが、マリルはエレナの騎士になりたいと言い出した。
いろいろあって相談した結果、しばらくは太守の館で教育し、ある程度育った時点で騎士見習いになることが決まったのだ。
こんな年で親から離れて大丈夫かと思ったが、大好きなエレナと共にいられて本人は幸せそうだ。マリルの母親も快く送り出したらしい。
大人な親子だとつくづく感心する。
「じゃあ気を付けて」
「はいであります!」
勢いよくマリルが出ていき、店は静けさを取り戻す。
小さな店だが、これが今日から俺の城だ。幸い、太守の計らいで店の立地はいい。また二階建てで上に生活スペースもある。
エレナはこんな店で喜ぶ魔皇はいないって呆れていたが、俺にとっては十分すぎる。
ここから俺の薬師ライフが始まるんだ。ドラゴーネが復興したら旅に出るのもいい。大陸中を歩き回り、王侯貴族からがっぽり稼ぎ、そのお金で店を大きくする。そして最終的には巨大な薬品会社を作り、庶民に多くの薬が行き渡るようにする。
それが今の俺の夢であり、未来設計だ。
ただ、それを話したときにエレナはなんだか可哀想な人を見る目になったのが気になる。
「あれはいったい何だったんだろうか……」
エレナは本当に不思議な少女だ。
あれほど読めない人はこれまでいなかった。ただ、まぁあの目は魔皇なのにそんな夢を持っているのか的な眼だろう。
そのはずだ。
「さて、これを出すか」
俺は大きな看板を店の外に出す。
そこには大きく店の名前が書かれていた。
名前は〝テンマ薬局〟。漢字で書くと天魔薬局だが、この世界に漢字はないので諦めた。ちなみに書いたのはエレナだ。非常に達筆で驚いた。
その看板を見ながら俺は繁盛する店を思い描いたのだった。
■■■
開店から三日。
怒涛のように人が訪れ、会計に追われる毎日。
のはずだった……。
「なぜだ……」
「どうしてでありますか!? なぜクロウ殿のお店には人が来ないでありますか!?」
「マリル。そんな誤解を招く言い方はよせ! 初日は結構来た!」
そう初日は来た。だが、それ以降はぱったりだ。
「そ、そうでありますね! 初日は繁盛していたであります!」
純粋なフォローがせつない……。
うなだれていると店のドアが開いた。
「いらっしゃい……ませ……なんだ、エレナか」
「うん、私だよ。やっぱりお客さんいないんだね」
俺のおざなりな言葉に怒るでもなく、エレナは淡々と呟いた。
やっぱりという言葉に俺は思わず眉を顰める。
「やっぱりとは?」
「クロウ君は店が繁盛すると思ってたみたいだけど、私は絶対繁盛しないって思ってたってこと」
「はっきり言うなよ……ちなみに根拠は?」
「これ」
そう言ってエレナはビンに入った青い薬を見せてきた。
それは。
「アダプ薬か。それがどうして繁盛しない理由になる?」
アダプ薬。
アダプ草と呼ばれる薬草とペトロ茸と呼ばれるキノコを煮込んで作る薬だ。どちらもすぐに手に入る素材のため、お手軽な薬だ。
効果は自然治癒力を高めるというもので、一種の万能薬だが、強い効果を出すにはさらに色んな素材を加える必要がある。まぁ、風邪とか過労にはピッタリの薬だ。
その効果に目を付け、俺はドラゴーネ全体にその作り方を広めた。この薬によって黒呪病にかかった人たちの回復が早まるからだ。
「これを領内に広めたからクロウ君の薬は売れないんだよ。クロウ君の薬に頼る必要がないから」
「え、でも……それってそんな効き目がない薬なんだが……」
アプデ草は素材を加えると強い効果を発揮するが、同時にシビアなタイミングでのペトロ茸の投入と絶妙な煮込み時間によって効果が変わってくる。ぶっちゃけ素人が作ってもそこまで効果は高くならない。
「たしかにクロウ君が作った物に比べれば、一般家庭で作る物はまったく効果がないに等しいけど、それでも普通に暮らすには十分な効果があるよ」
「いやでも!」
「そもそも重い病気にかかる人って稀だし、だから薬は高いんだよ。軽い病気ならアプデ薬で十分だから、初日に来た薬がすぐに必要な人達以外は来ないんだと思うよ。剛力薬も普通の人には需要ないし」
「そんな……」
まさか良かれと思った善行が俺の首を絞めていたなんて。
いや別に金儲けがしたいわけじゃないし、アプデ薬を広めたことも後悔はしていない。ただ、自分の店が繁盛しないというのはやっぱり心に来る。
「あと言おうと思ってたんだけど、クロウ君。どう考えても君に商才はないと思うよ」
「なっ……!?」
「エレナ様……容赦ないでありますね……」
「そうかな? 誰が見ても明らかだと思うけど」
「誰が見ても……!?」
「それもまた容赦がないであります……」
エレナの口撃をうけ、俺はガクリと項垂れる。無表情で言われているから言葉以上にダメージがデカい。こういうところがドライと言われるゆえんか。
「だからお店を持つのは諦めて、太守家の雇われ薬師になりなよ。お給料も弾むし、お爺様も喜ぶよ?」
「それはいい案であります!」
「いや……俺はあくまで庶民に寄り添った薬師でありたい。太守に雇われては庶民に寄り添っているとは言えないじゃないか!」
「うん、わかったよ」
え、早い。
さすがはドライと言われるだけあるな。感情に訴えることはしないらしい。
まぁしつこく説得されるよりはマシか。俺はもうこの道で生きると決めたんだ。
「でも、早くこの状況なんとかしないとクロウ君、貧乏になっちゃうよ?」
「うっ……それは」
「そもそもウチの家がお金ないことに気を遣って、報奨金も受け取ってないんだし。早めに稼がないと大変なことになるよ?」
「そ、それは問題ない! 新商品を打ち出すから大丈夫だ!」
「本当に?」
「本当だ! 心配する必要はない!」
ジーっとエレナの綺麗な翠眼が俺を捉え続ける。
その圧力に負けて、俺のほうから先に目を逸らすとエレナはため息を吐いた。
「私のほうで薬を買いそうな人を探しておくね。クロウ君の薬なら高値で買いそうな人知ってるから」
「本当か!?」
「うん、でもあんまり気乗りしないんだけどね」
「なんでだ?」
「私のスカートをめくりたがるから」
一瞬、俺はエレナが何を言ってるのかわからなかった。
しかし、その人物と対面したときようやくエレナが言っていることの意味を理解したのだった。