第一話 中年、魔皇になる!
はじめまして。タンバです。
これは短編で投稿した天魔の薬師様!! の連載版です。
俺、倉間九朗は三十代中盤のどこにでもいるおっさんだ。
特にこれと言った特技も特徴もない。しいて言うなら健康なのが取り得だったんだが、最近、妙な体調不良に悩まされており、いくつかの病院で診てもらったが診断はすべて過労。
最後に行った有名な病院では、最近導入された最先端の機器で体を隅々まで調べられると聞いていたんだが、その機器を使ってはもらえなかった。
なぜかと訊ねたら医者は露骨に不快そうな表情で、あれは最新機器ですので、特別な患者さんに優先していますと言われた。特別な患者さんというのは、お金を持っている患者だということはすぐに察しがついた。
なにせ医師の顔には、手間を取らせるなよ、貧乏人が、という心の声が如実に浮かび上がっていた。
ああ、そうだよ。どうせ俺は高卒の貧乏人だ。
だからこうして、死にかけている。
「はぁはぁ……」
ぼろいアパートの一室。
そこで俺はスマホを握り締めたまま動けなくなっていた。
激しい頭痛と眩暈に襲われ、体には何の力も入らない。
直感でわかった。これは死ぬと。
せめて両親に連絡をと思ったが、その力すらない。
ここで出てくるのが両親というのが悲しいかな。俺の人生で友達とか恋人だとかは出てこない。そういう親しい存在ができるような人生は歩んでこなかった。
休日は家で寝ているか、ゲームや漫画を読んでいるし、平日は工場で働いている。
まったくもって面白味にかける人生だった。せめて、最後くらい劇的に死にたいのに、このままだと孤独死パターンだ。
「ち、くしょう……」
悔しくて涙が出る。
こんな死に方をするために生まれてきたのかと思うと、居た堪れない。
なにもかも医者たちのせいだ。金にばかり目が行き、人を助けるという本質を忘れやがった。
もしかしたら、俺の体調不良の原因を特定できたかもしれないのに。いったい、何のために最先端機器を開発したんだよ。
ああもう……。もしもこの困難を乗り切れたなら医者を目指そう。そして俺みたいにお金のない人のために働こう。苦しみと痛みに耐えながら俺はそう決意した。
しかし、決意とは裏腹に意識がどんどん遠ざかる。意識が無くなればそこでお終いだと自覚しているため、なんとか繋ぎ止めようとするが、その努力は実らず、俺の意識はそこでプツリと切れた。
■■■
次に目を覚ましたとき、俺は白い部屋の中にいた。
気づけば苦しみも痛みも消え去っていた。
辺りを見渡せば、長い白髪の老人が椅子に座って水盤を見ていた。
「ふむ、やはり危険じゃのぉ」
「あの……」
「おっ! 目が覚めたか。上々じゃのぉ」
そう言って老人は好々爺然とした笑みを浮かべる。
おかしい。俺はさっきまで自分の部屋にいたはずなのに?
「あなたは?」
「儂の名はノーデンス。この世界エルデの管理者じゃ。まぁお主に分かりやすく言えば神じゃな」
「神様!?」
「そう驚くでない。儂みたいのはいくらでもいる。といっても、普通生きている者は認識できんがのぉ」
その言い方から察するに俺は死んだということか。
くそっ……。俺は一体なんのために生まれたんだ。まさかろくでもない人生を送るためだってのか?
「自分がどうして生まれたか。そんなことが気になるとは、人間とは不思議じゃなぁ」
「どうして!?」
「心くらい読めるわい。神じゃからな。そして答えてやろう。お主は幸運にも生を受けた。だから生きてきた。それだけじゃ。理由をもって生まれてくる者などおらん。まぁそれでも理由がほしいというなら儂が与えてやろう」
そう言うとノーデンスは指をパチンと鳴らす。するとテレビの画面のように床に映像が映りだした。
そこには黒い羽根の生えた人間がいた。いや、赤い顔に長い鼻。人間というよりこれは。
「天狗……?」
「そうじゃな。お主の国に伝わる天狗に酷似しておるのぉ。人間の発想力には驚かされるわい。しかし、こいつは天狗ではない。烏の魔物が千年の時を経て覚醒した〝魔神〟じゃ」
「魔神?」
「お主が住む世界とは別にある、この異世界ノルドでは多くの魔物が住んでおる。その中でも中央のひときわ大きいアステリア大陸は最悪じゃ。気の遠くなる時間のなかで力を貯めた魔物が覚醒し、神に匹敵する存在へとなる。それが魔神じゃ」
異世界ノルドとかアステリア大陸とか、しまいには魔物とか。
ファンタジーすぎて受け入れがたい。でも、死んだはずの俺がこんな場所で神様と喋ってるのも普通じゃないわけだし、受け入れるべきなんだろうか。
「それで……その魔神が俺とどんな関係が?」
「急くな急くな。こやつは〝ホウガン〟。まぁ自分で名乗っておるだけじゃが、こいつの能力がちと厄介での」
「厄介?」
「薬を作れるんじゃ。もちろん毒薬ものぉ」
薬や毒。
それを聞いて俺は瞬時に顔をしかめる。
今、一番聞きたくない単語たちだ。
「流行病すら疑似的に作り出せるこやつは最恐の魔神じゃ。じゃから儂は自ら排除することに決めた」
うん?
もしかしてこの展開って。
俺に力を授けて魔神を討伐させるパターンか? 小説、アニメ、漫画。いやもっと前の神話の時代から神は人に力を授けて問題を解決させる。
そうだ! それが俺が生まれてきた意味、理由。それをこの人が与えてくれるんだ!
「まぁお主の考えてることはわかる。じゃがのぉ。神はそこまで甘くはない」
「はい?」
「儂が動くのは世界が破滅しそうな場合のみじゃ。本来、魔神には〝天敵〟と呼べる存在がおる。ただ、こやつの能力は危険なのでのぉ。ちょっと動けなくさせてやろうと思う。そうすれば自然とそやつらが退治してくれるじゃろうて」
そう言ってノーデンスは俺に右手を向ける。
すると俺は見えないロープに縛られたような状態でいきなり宙に浮いた。
「ど、どういうことですか!?」
「お主の病は治した。それには五体満足な者が必要じゃったからじゃ。原則として、天界の者や物質は下界にはいけん。じゃが、逆は別じゃ。下界から天界には来れる。そして天界の者でないなら下界に送還することも可能じゃ」
「分かりやすく言ってください!」
「つまり、お主は儂が下界に放つミサイルみたいなものじゃ。この手段をとるには別世界から人間を連れてくる必要があったのでな。死にかけの人間を引っ張ってきた。よその神も文句はいうまいて」
「俺は文句しかない!!」
「じゃろうな。じゃが、お主の意見などどうでもいいのじゃ。それよりもホウガンをどうにかしなければ、この世界の人間が死に絶えかねん。じゃからすまんが、この世界を救ってきてくれんか?」
「断る! 絶対に嫌だ!」
そう大きく否定した瞬間、ノーデンスは笑って右手を振り下ろした。
その直後。俺は見たこともないスピードで地上に向かって降下していた。
なにか膜のようなもので覆われているのか、熱くもないし息苦しくもないが、そんなの何の慰めにもならない。
「ちくしょう! こういう救うじゃないんだ!!」
自己犠牲をするにしてももっとカッコよく散りたい。
せめて歴史に、いや誰かの心に残るような散り方でありたい。こんな人知れず人身御供なんて嫌だ。
しかし、どれだけ泣こうが喚こうが地上はどんどん近づいてくる。
見えてくるのは巨大な山。その山頂に向かって俺は流星のように落ちていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!??????」
「なに!?」
地面に激突する瞬間。黒い人のようなモノにぶつかった。
そしてその衝撃により、巨大な山が消滅した。
「う、あ……」
病で苦しんだときよりもさらにつらい痛みが全身を襲う。膜のおかげで外傷はないが、とてもじゃないがすぐに動けそうはない。
筋肉痛の最上位版ともいえる痛み悶えていると、俺の近くで何かが動いた。
視線だけでそっちを見ると、ゆっくりと立ち上がる天狗がいた。
向こうは俺なんかよりも派手に怪我しており、右手を失い腹に穴が空いている。それでも立ち上がり、俺のほうを見てきた。
「人間が小賢しい真似をする……我を魔神ホウガンと知っての狼藉か……?」
よろよろとホウガンは立ち上がり、俺へと迫ってくる。
金色の目に睨まれて、俺はこれまで感じたことのない恐怖で身動きが取れなくなった。
「千年生きた……しかし、これほどの痛手は始めてだ……見たところ我らが仇敵というわけでもなさそうだが……よもや只人の分際でこれほど強烈な攻撃をしてきたか……?」
「あ、あ……」
「声も出ぬか……ならばそなたに用はない……神に逆らったことを後悔するがいい……」
ホウガンは苦しそうにしながら左手を上げる。
その瞬間、俺の頭に声が飛んできた。
『動かなければ死ぬだけじゃぞ?』
その声を聞いた瞬間、金縛り状態を脱して、俺は大きく後ずさった。
その行動を見てホウガンは舌打ちをする。
「脆弱な人間の分際で我の手を煩わせるな……!」
「はぁ……はぁ……」
『意外にダメージを食らってるのぉ。そして思った以上にお主のダメージは少ない。チャンスじゃな。殺してしまってかまわんぞ?』
「殺せるわけないだろ!?」
喋り方からノーデンスと察して、俺は大きく天を仰いで叫ぶ。
その様子にホウガンは怒りを露わにした。
「我に殺せぬと申すか……!?」
「いや、ちがっ!」
『そやつの弱点は強い光じゃ。今の弱った状態ならお主の機械でも動きは止められるじゃろうて』
怒りに任せて前に出てくるホウガンに対して、俺はズボンのポケットを探る。
そこには確かに死ぬ間際に持っていたスマホがあった。
咄嗟にそれを弄って、ライトをホウガンへと向ける。
「ぐっ!?」
強烈な光にホウガンが怯んだ。
けど、怯んだだけだ。徐々に俺のほうに近づいている。
「おのれ! 光魔術とは小癪……! だがその程度で我を止めらると思うな……!」
「効いてないぞ!?」
『それで殺せるわけなかろう。ほれ、そやつの腹の穴に手を入れろ。その先に魔神の力の源、魔玉がある。それを抉り出せばお主の勝ちじゃ』
腹の中に手を入れる!?
どうしてそんなグロいことしなくちゃいけないんだよ!
そんな反感が湧くが、やらなきゃ死ぬという直感が俺の右手を動かした。
左手でスマホをホウガンに向けたまま、近づいてきたホウガンの腹に右手を突っ込んだ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!!????」
悲鳴をあげたのは俺のほうだった。
まるで熱した鉄に手を突っ込んだような気分だ。皮膚が焼けていくのがわかる。
『魔神の血は人間には毒も同然じゃからな。我慢せい。生きたいならばな』
「小癪な……我の魔玉を奪うつもりか……!」
俺が必死に右手を進める中、ホウガンも左手を動かして俺の左手を掴む。
そして木の枝を折るように俺の左手をポキリと折った。
「ぐぅぅぅぅ!!??」
「矮小な人間は人間らしくしておれ……!!」
そう言ってホウガンは俺の首に手を伸ばす。
それとほぼ同時に俺の右手が何かを掴んだ。それが何かはわからなかった。
もはや意識も朦朧としていた。痛みが鮮烈すぎて気絶できないだけで、いつ意識が飛んでもおかしくない状況だった。
それでも右手だけは確かに動いていた。動かしていたのはただ一つ。
純粋な生存欲求だった。
「俺は……」
「死ね……!!」
「生きる!!」
ホウガンの手から逃れるように俺は体を後ろに倒す。
するとゆっくりと右手が抜ける。ほぼ皮膚が剥がれ、骨が露出した右手には禍々しいほど黒い玉が握られていた。
「ばか……な……千年貯めた我の魔力が……!!」
『予想以上に深刻なダメージを受けていたようじゃのぉ。まさか只の人間に魔玉を引き抜かれるとはのぉ』
聞こえてくる声が遠い。
視界がどんどんぼやけていく。しかし、そのぼやけた視界の中でホウガンの体が崩れていくのと、俺の右手にある魔玉から黒い煙が沸き上がって俺を包んでいくのがわかった。
「我が……こんな人間に……」
『この展開は予想外じゃの。まさか本当に魔神殺しをしてしまうとは……ただの時間稼ぎのつもりがとんでもない介入をしてしまったのぉ』
ノーデンスは呆れたように呟く。
その声を最後に俺の意識は途切れた。
■■■
目を覚ますとまた真っ白な部屋にいた。
辺りを見渡すとノーデンスが椅子に座っていた。
「……死んだのか……俺は」
「いいや。今はお主の意識だけをここに連れてきただけじゃ。お主は生きておる」
「嘘はよせ……あの怪我で生きてるわけないだろ」
「まぁ瀕死だったのは事実じゃな。しかし、お主はホウガンを打ち倒した。完全に偶然ではあるがのぉ。そしてそのホウガンがため込んでいた千年分の魔力がお主に流れ込んだのじゃ」
魔力が流れ込んだ?
意識を失う瞬間見えた黒い煙はそれか。
けど、それでどうして瀕死の体が治るんだ?
「それと俺にどんな関係が?」
「魔玉に溜められていた魔力は最も近くにいたお主に流れ込み、お主はその魔力によって人間ではない者に変質した。その過程で怪我はすべて治ったのじゃよ」
「そんな馬鹿なこと……」
「起こるのじゃよ。魔神がため込んだ魔力はそれほど強大なのじゃ。そしてその魔神を殺した者は魔神に近い存在へとなる。人はそれを〝魔皇〟と呼ぶ。かつては勇者や救世主とも呼ばれておった。まぁお主ほど平凡な者がなるのは歴史を紐解いても初めてじゃな」
魔皇なんて物騒な名前だ。
勇者や救世主とは真逆じゃないか。それに今の説明から察するに。
「つまり……俺は魔神に成り代わったと?」
「うむ。良い表現じゃ。そのとおり、お主は魔神の魔力を奪い、魔神に近い存在となった。有り余る魔力は魔皇にしか使えない〝魔法〟へと変わる。それは魔神たちが持っておる固有の能力である〝呪法〟に影響を受ける。お主が得た魔法もホウガンの呪法に近しいものじゃ」
「……じゃあ俺も天罰の対象というわけか……」
強い弱いではなく、毒をまき散らせる物騒すぎる細菌兵器。だからホウガンは神自らが制裁を加える対象となった。
それと似た能力を持った以上、俺も同列だ。
ここに連れてこられたのはそのためか。なんだ……もしかしたら第二の人生があるかもと少し期待したのが馬鹿らしい。
「ふむ……最初はそのつもりであったのじゃが……今はお主をどうこうするつもりはない」
「え?」
「元々、お主は儂にとっては捨て駒じゃ。しかし、そこから見事お主は成り上がった。両親の愛でもなく、また神の奇跡でもなく、お主自身の手によってお主は自ら命を勝ち取った。ならば儂にそれを取り上げる権利はあるまい。覇を目指すにせよ、静寂に生きるにせよ、好きにするがよい」
「いいんですか……?」
「まぁ平和な国に生まれたお主ならば世をそこまで混乱はさせまいて。しかし、よいかクラマ・クロウ。お主は与えられたわけではなく、自ら命と人生を勝ち取ったのじゃ。誇りをもって生きるがよい。自らの生き方を曲げるでないぞ。ああ、そうそうお主が勝ち得た魔法名は【天魔の薬師】じゃ。簡単に言ってしまえば、ありとあらゆる薬を作れる魔法じゃ。賢く使うのじゃぞ」
そう言ってノーデンスはゆっくりと遠ざかっていった。
待てという声は出ず、俺は遠ざかるノーデンスを見ていることしかできなかった。