16
私は逃げようとしたが、すでに背中を深く刺されている身体は、思うようには動いてくれなかった。
「うぐっ」
今度は胸を刺された。
私はその場に座りこんだ。
薄れてゆく意識の中、正人の顔を見ながら私は思った。
――何故……。何故効かないの?
すると突然、正人が口から大量の血を吐いた。
その血が私の顔やすでに赤く染まっている胸にかかった。
正人はこれ以上ないくらいに目を見開いて、私を見た。
「まさか……おまえ……」
正人は私に手をかけようとしたが果たせず、そのまま地面に顔面から突っこんだ。
――やっと効いたのね。
正人が美咲と浮気をしていることを知ったとき、私は怒りに震えた。
浮気をする男なんて、人間じゃない。
人間じゃないものなら、殺したって全然かまわない。
私は正人の夕食の中に毒を仕込んだ。
ただすぐに死んでしまっては私が真っ先に疑われるので、小さな特別製のカプセルの中に毒を仕込んだ。
カプセルが溶けると毒が効くというわけだ。
計算では日が昇る前にカプセルが溶けるはずだったのだが、予定よりも大幅に遅れてしまったのだ。
――もっと早く毒が効いていれば、私だけは死なずにすんだのに。
そう思いをめぐらす私の意識も、やがて途絶えた。
終