白雪姫はシンデレラをご所望です!
ここ同和高等学校には二人の姫が在籍している。
1人は黒檀のような艶やかな髪と雪のように白い肌、そして血のように赤い頬と唇をもつ絶世の美女、のような男子生徒。文武両道、品行方正、眉目秀麗という絵にかいたような王子さまっぷりをいかんなく発揮する白薗雪斗である。その見た目の特徴と誰にでも優しい性格か密かに白雪姫と呼ばれている。
もう1人は無造作に伸ばされた色素の薄い髪に不健康そうな白い顔、所々よれた服を着ている女子生徒。しかし顔は整っており人当たりも悪くない、話を聞けば父子家庭で父親に迷惑をあまりかけたくないと言われれば彼女、灰崎姫乃を悪く言うものはいなかった。そしてその容姿と家庭事情からシンデレラと呼ばれていた。
この白雪姫とシンデレラがこの同和高校を代表する二大姫君である。
そんなある日、同和高校に一つの衝撃的ニュースが広まった。どうやら白雪姫がシンデレラをご所望らしいという内容だ。
それもこれも少し前の休日に、姫君の一人である白薗雪斗がいつものようにちょっと人には言えない趣味にっ身を投じていた時のことだった。
「おねーさん、今日ってもしかして一人?」
「いえ、人を待っているので、失礼します。」
「えー、いいじゃん!一緒に遊ぼうよ!!」
「あの、困ります。」
清楚な白いワンピースを着た女性を執拗にナンパする男。周りの者たちはその様子を遠目からちらちらと気にするものの誰も助けようとはしない。
このナンパ男……にナンパを受けている可憐な少女こそ白薗雪斗の趣味の姿である。
そう、雪斗の趣味はその美しい容姿を活かして女装することなのだ。
「ねー一緒に遊ぼーよ!絶対楽しいからさ!!いこっ!」
「…いい加減にっ!」
全く連れない雪斗にしびれをきらせたのかナンパ男は雪斗の腕をつかみ強引に連れ出そうとする。今までのらりくらりと交わしていた雪斗もさすがにこれにはイラついて腕を振りほどこうとすると。
「ちょっとお兄さん、やめときなよ。その女性困ってるじゃん。」
1人の少女が雪斗をつかむナンパ男の腕をつかんでその行き過ぎた行動を止めたのだ。
「さっきから聞こえてたけど女の嫌がもっとだとでも思ってんの?恥ずかしがってるんじゃなくて本気で嫌がってるんだってわかりなよ。」
ぐぐっと少女が腕をつかむ手に力を入れたのか、ナンパ男は小さくうめきながら雪斗の腕をつかんでいた手を離した。そのすきに少女は一歩前に歩み出て雪斗とナンパ男の間に体を滑り込ませる。
「それから、周りもっと見てみたら?あんたの行動が周りの人らから白い目で見られてること理解したほうがいいよ。」
「なっ!なんだよ、このっぶす!」
そういってパッと少女が手を離すとナンパ男はそう捨て台詞を吐いて逃げていった。
「あ、あの。ありがとう。」
「いいよ。お姉さんは大丈夫?災難だったね。」
「え、ええ。私は大丈夫よ、あなたは?」
「私?私は大丈夫だよ。まあ何はともあれお姉さんに何事もなくてよかったよ。」
ナンパ男に向けていた怖い顔とは打って変わって人好きのする明るい笑顔を浮かべる少女はそういってさっそうと去っていった。そう、この周りの大人たちがしり込みするような状況でも自分の正義を通す芯の強い少女こそ灰崎姫乃、その人である。
「はぁ…。灰崎さん、かっこよかったなぁ。」
あの日からふと気を抜くとそんな言葉が口をついて出てしまう。
一つ言っておきたいことが、雪斗は決して同性愛の気があるわけではなく純粋に自分の美しいと言われる容姿はみがけばどこまで光るのだろうかという興味から始めた女装が習慣化しただけで恋愛対象は女性だということ、そして決して自分を守ってくれた姫乃にきゅんときたのではなく、大人やほかの男たちでさえ目をそらし関わろうとしなかった状況下で自らの正義感に従い自分を助けてくれた姫乃の性格を好ましいと思ったのだ。
雪斗も男なので本来なら守られるよりは守りたいと思っている。
「灰崎さん…。」
「ゆーきと!またシンデレラのこと考えてんのか?」
窓際の一番後ろという好立地の自分の席から窓の外を眺めている雪斗に友人の小村赤弥が話しかけてくる。
「いやーしっかし白雪姫をここまで悩ませるなんてシンデレラもなかなかやるねぇ。白雪姫がまるでシンデレラを探す王子様みたいになってるよ!」
「茶化すな。第一灰崎さんは俺と会ったことなんて覚えてないよ。」
「そこが謎なんだよなー!雪斗みたいなイケメンと会ったらちょっとくらい覚えててもいいはずなのに、雪斗も灰崎さんも知らない覚えてないってどういうことだよ。」
それもそのはず姫乃が会ったのはあくまで女装をした雪斗であって、みんなの知る完璧麗人の雪斗とは面識がないのだ。しかしそれを自分からあの時あなたに助けていただいた女性は俺ですなんて言い出すこともできずにただただ手をこまねくことしかできないでいたのだ。
あの時助けていただいた女性ですなんてとんだ鶴の恩返しだなと薄く笑ってそこでハタと気づく。鶴の恩返しでもはじめ鶴はあの時助けていただいた鶴ですなんて名乗らずに、全くの別人の女性を装って物語の主人公にお礼をしに来た。
「なら俺も別人のふりをすればいいのか。」
「は?そしたら意味なくなねーか?」
「いや、どうせ覚えられていないなら別人のふりをしたほうが早いだろ。」
そう、それは別人の、あの女性のふりをするのでなく、女性とは別人の俺のふりをすればいい。適当にあの時助けていただいた女性の弟か従姉弟のふりをして初対面のふりをすれば彼女と仲良くなれるのではないだろうか。どうせ俺自身は認識されていないんだからそうしたほうが早い。
思い立ったが吉日と雪斗は姫乃のいるクラスへとさっそうと歩きだした。
一方その頃姫乃はというと、白雪姫がシンデレラをご所望という噂を聞きつけた女子生徒達に囲まれていた。
「灰崎さん!!いつの間に白薗くんと仲良くなったの!?」
「え、いや、わかんない。」
「えー!わかんないってあれだけかっこいい白薗君に会って覚えてないってそんなのある?」
先程から口々に同じような言葉を投げかけられるが姫乃は本当に雪斗に会った覚えがないのだ。それもそのはず姫乃が会ったのは女性の格好をした雪斗だったし、そもそも姫乃は通常の時の雪斗の顔さえあまりよく覚えてはいなかった。
「逆に私が教えて欲しいくらいなんだけど。」
「えー……。本当に覚えてないの?」
「うん。ごめんね?」
姫乃が本気で困った顔をしているのがわかったのか女子生徒たちはしょうがないねと言い合って、ひとりまたひとりと姫乃の元から離れていった。
「姫乃ちゃんお疲れ様。」
「ん。ありがとう。」
最後に残ったのは姫乃の友人である根津味一花だ。一花は女子の猛攻に疲れ机に突っ伏した姫乃の頭をよしよしと撫でていたわっている。
「白薗雪斗ねー。ほんといつ出会ったんだろ。」
そんなふうに考えていると俄に姫乃のクラス前の廊下が騒がしくなってきた。姫乃がなんだろうと突っ伏していた机から顔をあげると同時に先程まで話題にしていた白薗雪斗が教室に入ってきて、姫乃を見つけると思わずうっとりと頬を染めてしまいそうになるほど麗しい笑顔をたたえて近づいてきた。
その表情に姫乃はほんのちょっとの既視感を覚えた。
「やあ灰崎さん、君にお礼が言いたくて来たんだ。実は先日君がナンパ男から助けた女性は、」
女性は僕の従姉なんだ、と続けようとした雪斗のセリフは姫乃の次のセリフでかき消されてしまう。
「ああ、どこかで会ったと思ったらあの時の女性が白薗だったんだ。」
そこで否定してそれは従姉だといえばいいのに姫乃が自分に気づいてくれたことが嬉しくてつい、
「あの時助けていただいた女性です。貴女の心の強さに惚れました、付き合ってください。」
「……は?」
しまったと思った時には時すでに遅し、ついに白雪姫がシンデレラに交際を申し込んだと周りは騒ぎ立て、当の雪斗は顔を真っ赤に染め姫乃は状況が理解出来ていないのかぽかんと口を開けて固まっている。
これはちょっと男前なシンデレラがちょっと女々しい白雪姫と恋に落ちるまでの物語。