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35年間

作者: 怠惰な人

 一人の中年の男がいた。彼の名前を佐藤タケルと呼ぶ。タケルはヨレヨレのTシャツに短パン,ビーチサンダルというなんとも不格好であった。しかし,その不格好さはこの暑い夏を過ごすのに最適であった。タケルは通い詰めしているラーメン店で今日も早めの晩飯を取る。

深夜からアルバイトだからだ。ラーメン店に席に座る。注文はいつものやつだ。座るとテレビが目に付いた。タケルはテレビが嫌いであった。その飾りに飾りつけられてとげとげしい言葉は常にタケルの心を刺す。


「高学歴の〜」「話題のあの人が〜」という言葉を聞くたびに地位も名声もないタケルには痛く突き刺さった。

「復興の象徴が〜」という言葉を聞くたびに何もしていない自分を省みて恥ずかしくなった。

「熱き青春の血潮が〜」という言葉を聞くたびに無駄に年を食らった自分を失敗作として処分したくなった。

タケルにとってテレビとは劣等感を刺激するものそのものであった。


だから,テレビを処分した。

大丈夫,今はネットもある。ネットがあれば事足りる。そう思っていた時期がタケルにもあったがそれは甘かった。むしろネットの方が匿名性の仮面をかぶっている分発する言葉が直接的で辛辣である。

「〇〇な男七選」「あなたは大丈夫?」などテレビ以上の爆弾であり,インタラクティブな媒体であるから余計に相互作用して特大の爆弾を爆発させることもある。


 そんなタケルにとって大事な存在がゲームであった。ゲームの中では自分は役割がある。その役割をこなせば名誉も与えられる。そのゲームの中の人には自分が助けられる人がいる。この世界では自分の地位や名誉や容姿を気にする必要がないのである。しかし,それも一時の麻酔。終わってしまえば夢の彼方へ。


 逃げ場はない。


「はい,お待ち。」

 そう言われて出されたのは醤油ラーメンと餃子にライスであった。ここのラーメンは値段も安くなかなかうまい。先ほどまで鬱々と考えていたのが嘘のように現実に引き戻してくれた。

 しかし,負のスパイラルはそう簡単に抜けられるものではない。また,考え込んでしまう。


 若い頃,周囲の人に心を開けば心を強くしあえる仲間を作れたかもしれない,あの時苦労していればこんな様になっていなかったかもしれない。そして,今でも,こんな自分でも受け入れることができればもっと楽に生きられるかもしれない。

 しかし,タケルにはそのどれもが無理であった。この35年間,拙いながらも自分の足で生きてきた。学校でのちょっとしたことで笑い,泣き。仕事に於いても上手にできるというほどではないがなんとか人並みにはできるようになったと思う。だが,それだけだ。それを賞賛するものもそれを評価するものも,この自分の世界にはいない。


 「心を強くしろ」「過去にとらわれるな」「怒りをコントロールしろ」「変化が大事」「他人より自分が変えられる」

 これらのパワーワードには怒りを覚える。


 「35年間」


タケルが自分の人生に費やした時間である。


「最近はやりの言葉ごときで倒せると思うなよ」


そう言ってタケルは冷えたラーメンをすすった。

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