家没落で婚約解消されました。
目の前に可愛い女の子がいる。
栗色のふわふわの髪と真っ黒な目、象牙色の肌、にこりと笑うとえくぼが出るバラ色のほっぺ。ピンク色のドレスはそこそこ似合っている。
しかし、今日は眉をひそめられご機嫌は斜めそうだ。
まあ、僕も機嫌はよろしくないけれど。
いまから僕、振られるんで。
「あなたのお家はもう貴族じゃなくなったって、ほんと?」
半信半疑というよりは確認ってことかな。
僕は黙って肯いた。余計なことは言わないに限る。なにせここは学校の食堂とか言う野次馬盛りだくさんの場所だからだ。
「父様が、もう、遊んではいけないって。貴族以外とは結婚しちゃダメって言うの」
まあ、普通の貴族的考えではそうだよね。否定はしないよ。生活レベルが違うと常識も違うし、求められるモノも違う。
僕は貴族的なものと家業的なものの両方を求められたから落差を知っている。
彼女がこちら側に来られないこともわかる。逆に僕が上に上がらなきゃいけないって事も。
「そうでしょうね。フィー、いや、ディルファ様」
呼び名を愛称から家名に呼び名を切り替えると彼女は目を見開いて泣き出しそうな顔をしてみせる。
「ええ。だから、バイバイ」
涙ぐんだ目をこすり彼女は覚悟を決めたように見える。
「婚約は解消いたします。もう二度と、目の前に現れないでくださる?」
ご令嬢の仮面をしっかり被ってさっさと去れと言わんばかりに冷たいまなざしを送ってくれた。
「お目にかかることはないでしょう。住む世界が違います。失礼します」
そう言って食堂から僕は立ち去る。その僕の噂でしばらく学校は大賑わいだろう。少なくとも婚約を解消されたのは問題のある僕で、彼女は一切非がないと速報が流れるはずだ。これで彼女は新しい婚約者を捜すことができるわけ。何も言わずに解消した日には何を言われるかわからないのが貴族社会というものだ。特に女性というのは、情報戦が得意ときている。
さて、これら一連の茶番を終えた僕の感想と言えば。
ああ。清々した。
だった。
最初に言っておけば、僕は性格がよろしくない。
これは遺伝的な何かと物心ついた頃に開いた記録の扉が良くなかったのではないかと思う。
僕、アーヴィ・ジン・ティアルは異世界からの魂を持ち合わせ、記録も所有している。こういう人は僕以外にも多少はいるらしい。珍しいけど、大都市に1人くらいはいるんじゃない? と言われる取り替えっ子だ。
ある日、地球と言われる世界の日本の片隅で普通の会社員として働いてたら心筋梗塞でお亡くなりに。死後、神面接を越えて異世界に爆誕したは良いけど以前の自分と今の自分は全然違ってたりする。生まれ変わりでもなく、融合したのでもなく、ただ、個人で使える情報が増えただけという。
七歳の時にその情報にアクセスして頭がショートして寝込んだ。
その頃には婚約者が居た。フィーリア・ディルファ嬢。ディルファ家の長女で同い年。その年代の子としては可愛いと評判の侯爵令嬢だ。
ちなみに我が家はお金で地位を買ったと言われる男爵家。買ったのは祖父で、生粋の貴族生活を始めたのは僕のあたりかららしいけど。
そんな地位の差があるのになぜに婚約できたのかというとこれもまたお金の話。
婚約時で我が家に借金をチャラに。結婚時には経済的援助を断続的に行うという取り決めがあった。
ただしく、政略結婚だったけど僕としては可愛い婚約者を好いてはいたようだ。
記録を思い出すまでは。
記憶ではなく記録と表現するのは、それはただの情報でしかないからだ。本や絵画と変わりなく閲覧はできるけれど感情移入や自分であったという連続性を感じない。人によっては感情移入しすぎて人格が変わったりもするらしいけど、僕はしなかった。
というのも相手が女性であったからとも言える。
性別の差は偉大だったようで、今でも身構えて記録を探ったりする。中々七歳の僕にはショッキングだったよ。ええ、本当に。多少の女性不信はこの辺りにあるのではないかなと思うけど。
その記録の中で、コレ重要とわざわざ神様のコメント付きの情報が、この世界はかつて日本で流行った乙女ゲームに類似した世界、ということだった。
正確に言うと逆で、この世界に類似したゲームを日本に輸出したらしい。なぜって、新しい刺激が欲しかったんだそうだ。神様が。停滞期に入っていて発展しないからむしゃくしゃしてやった。反省はちょっぴりしているそうだ。
そして、日本の魂を逆輸入し今に至る。
それで、僕のゲーム上の立ち位置というのは、ヒロインの元婚約者で貴族から平民に没落するけど再び地位を得るメインヒーローその一だそうだ。婚約を破棄されたことから見返してやろうと頑張る立ち位置だそう。尚、ヒロインに選ばれなくてもヒロインの側にずっと居たりする不憫な人でもある。その場合、一生独身とかもう不憫だ。
そうなったら僕は僕のことを哀れむよ。
そんな情報を手に入れてしまった僕がしたことと言えば、没落しても問題ないように準備することだった。
まず、家族に相談した。
我が家には何代かに1人くらいの割合で取り替えっ子が生まれる家系で、元々相談しやすかった。だって、うちには取り替えっ子対応マニュアルとか用意されてるんだよ? しかも文字が読めるようになったらすぐに読まされるとかおかしいよね?
まあ、それは置いといて。
7年後くらいには没落が確定してますと。原因は、既に芽が出てた。うちには美人過ぎる姉と母と伯母がいるのだ。次の代に王様が変わるとまとめて愛人にしてやると言われちゃうのだそうだ。
……なんというひどい話。ちなみに王様は7年後、25歳くらい。現在は女癖が悪いがそれ以外はそこそこの王太子様。王様は愛妻家。ただし、肥満から発生した体調不良でそろそろ死ぬんじゃない? と言われてる。
現王太子も攻略キャラで俺様のタラシということにはなっている。真実の愛とかに目覚めちゃうんだってさー。おまえ一人で良いって自分で集めた女をいらないって捨てちゃうとかひどいよね。いえ、別にハーレムを妬んでいるわけでは。
……ちょっと羨ましくはある。僕だって男だし。可愛い女の子を侍らしたい。でも、裏では泥沼がありそうで恐くて挑めないよ。ああ、鈍感ヒーローになりたい。
まあ、そんな目の前にある危機を知った祖父と父が怒り狂い本気の準備となるとは思わなかったけど。
ひとまず、伯母と母と姉は国外の修道院に避難が決定し、姉と伯母の夫を捜すことになった。
僕はと言えば、婚約者とそこそこ仲良くし、貴族としても商人としてもやっていけるように色々叩き込まれた。商人としては異世界の知識は役に立ったけど、貴族のやり方については全く役に立たなかった。
そうして七年後の14歳。家は没落しました。
没落理由は不正の濡れ衣で、元凶は我が家への借金で首が回らなくなった貴族様たち。あと、王様の姉が手に入らなかった事に対する嫌がらせ。
やだなー、そんなことで借金帳消しに出来ると思ってんのー、やだー。
みたいな書面を父があちこちにばらまいて差し押さえに行ってたり、祖父が手際よく商売をたたんでたりしている中、僕がされたことと言えば、公衆の面前で婚約を破棄されるという茶番である。
これからあの子は僕のことが忘れられないと言いつつ、イケメンと楽しくやっていくのであった(予定)。
そこに僕が加わることはないけど。
この国の中で商売はもうやらず、姉が嫁ぐ予定の他国で新たに商売を始めるつもりだ。
なんせ、ただの商家にもどったわけだし。泥舟からは逃げるに越したことはない。
元の乙女ゲーム、あと3年後開始だけど始まる前に戦争が一回起きてるんだよね。それで僕は名と地位を得る。でも、そんなのゴメンだ。
さて、新天地で何をしようかな。
それは僕に神様が心ないコメントを送りつけてくる数日前のことだった。
ゲームからの離脱おめでとう。
君のおかげで歴史に新しい展開が出てきたよ。
ご褒美にちょっとした加護を与えよう。
追伸:次はモブだから安心したまえ。