あ? 俺の出身県ディスってんじゃねぇぞ!
「お前ら二人って出身県どこなん?」
全国高等学校枕投げ選手権大会、通称――――〝枕投会〟というものがある。
これは、高校の枕投部という枕投げを一種のスポーツとして昇華し、部活としている高校生たちが、試合会場であるとある温泉地の旅館に集結し、その大広間で繰り広げる枕投げの大会のこと。
全国的に枕投部なんていう部活はマイナー中のマイナーだが、枕投げと造詣が深い日本の各地温泉地には、昔からある程度そういった部活が存在する学校があった。
だが、近年の少子化の煽りもあり、全国的にそんな高校はみるみる減少。現在ではその競技人工の少なさから予選にして既に全国大会と同義になってしまうほどの部活数となってしまった。数えるとすれば、各県に一校あるかないかだろうか。
しかし前述のとおり、これはれっきとしたスポーツである。遊び半分で参加することなかれ。
ここでの枕投げとは修学旅行のそれとは一味も二味も違う。闇雲に枕を投げるだけではなく、ちゃんとスポーツマンシップにのっとって真剣に枕投げの実力を競う。
例えば――――『ユニフォーム』。
枕投げをプレーするのだから、その際は寝巻き姿でなければならない。
それぞれの枕投部は背番号と高校名、チーム名の入った寝巻き式ユニフォームを着てプレイをする。
ただ寝巻きならば特に制限はない。
王道のパジャマ風ユニフォーム、少しファッション性に特化したスウェット風ユニフォーム、動きやすさを重視したジャージ風ユニフォーム、オリジナリティのあるTシャツ短パン風ユニフォームなど様々。
女子の部にはネグリジェ風ユニフォームや男物のワイシャツ風ユニフォームを採用しているチームもある。……余談だが、これは非常に見物である。いやほんとマジで。
もちろんある――――『ルール』。
試合開始の合図は「ショート!」、試合終了の合図は「センセー!」である。
これは修学旅行の『消灯時間』と、『先生が来たぞー!』から由来していると云われている。そこの君、笑わない。
競技の方はドッヂボールよろしく、枕をキャッチすることは枕を当てられたと見なされるので、枕は自分の持っている枕でガードするか、避けるかしなければならない。
つまり攻撃をすると自分を防御するものがなくなってしまうため、この判断を適切且つ瞬時にできることが枕投げには欠かせない。誤れば自分の負けが決定すると言っていい。
最後に――――『チーム名』
枕投部というのは昔からその低すぎる認知度ゆえ、正式な部活ではないケースが多かった。
なので、他の部活のように『○○高校野球部』などではなく、『○○ドラゴンズ』のようなオリジナルのチーム名を使っていた伝統で、今でもそれが採用されていることが多い。
『○○』の部分はその高校の地名などが入るのだが、ミソなのがその後ろのネーミングだ。
――ここは現実に存在しない生き物、〝幻獣〟の名前にしなければならない。
つまり『○○タイガース』とか『○○ラビッツ』では駄目だということだ。
強制ではないが、枕投げの世界でこれは暗黙の了解となっていて、皆それを守っている。
そして各チームにはJリーグやプロ野球よろしく、その幻獣のロゴマークがあり、それはキャラクターとしてそのチームのマスコット的存在となる。
……ちょっと待て。なぜ幻獣ではないといけないのか? と、疑問に思うだろう。
確かにユニフォームやルールのように先代からのお達しということはもちろんだが、ちゃんとした理由もしっかりと存在する。
それは……また機会があれば別の物語で話そう。
まずは枕投げプレイヤーたちの日常のひと時を見て欲しい。
ちなみに今回の話――――枕投げなんつーもんは 全 く 持 っ て 関 係 な い 。
重要なのはこの旅館に全国各地から高校生が集結していること。そして今は試合もひと段落した夜更け。高校生たちは旅館の風呂を堪能し終わり、男女分けられてはいるが全高校全チーム混合の大広間で就寝前の自由なひと時を過ごしている。
こんな修学旅行みたいな雰囲気に思春期の彼らが素直に眠りに着くはずもなく、他校の生徒たちと話に花を咲かせるのは自明の理。というかもはや自然の摂理である。
そしてここは男子のいる大広間。女子の方じゃなくて大変遺憾であるとともに申し訳ない。
そしてそんな中、誰かが言い出した。
「お前らって出身県どこなん?」
なぜか腕相撲をしている二人にそう問うたのは埼玉県西谷津温泉が地元の生徒(以下埼玉くん)。
「うらぁぁぁあぁぁぁ! っしゃ! 勝った! え? 出身? 俺らは横浜」
「痛ぇ~」
腕相撲に負けてうな垂れる相手を背に神奈川くんが答えると、埼玉くんは眉を顰める。
「いや、出身〝県〟を聞いたんだけど。何で市名で答えるんだよ」
「え? んなもん神奈川に決まってんだろ。横浜なんだから」
「いやまぁそうなんだけどさ……。ってか横浜って温泉ないよな? そんなところに枕投部あるのって珍しくね?」
「ああ。それはよく言われるわ。箱根にもう一校枕投部ある高校あるしな」
すると少し離れたところから「うわー出た出た」と嫌味ったらしく言う者がいた。
そう言うのは千葉県小湊温泉が地元の生徒(以下千葉くん)。
「横浜の奴って出身どこか聞くと絶対県名言わないでなぜか『横浜』って答えるよな。あと神戸の奴も兵庫って答えずなぜか『神戸』って答える。名古屋の奴も愛知って答えずなぜか『名古屋』って答える。岐阜の奴に関しては岐阜なのに『名古屋の近く』とか意味不明なこと言い始めるからな。ムカつくわー。何? お前らそんなもんがイケてるとでも思ってんの?」
するとその大広間にいた数人の肩がピクッと跳ねる。兵庫県有馬温泉が地元の兵庫くんと愛知県西浦温泉が地元の愛知くんだ。あと岐阜くん、下呂温泉が地元。
「おいお前、今神戸をディスったな?」
「神戸じゃなくて兵庫な」
「おいお前、今名古屋をディスったな?」
「名古屋じゃなくて愛知な」
「おいお前、今岐阜をディスったな?」
「岐阜じゃなくて岐阜な。……岐阜だった」
千葉くんが三人にアンサーし終わると神奈川くんが口を開いた。
「しっかし岐阜と滋賀ってどっちがどっちかよくわからなくなるよな」
すると埼玉くんが「あ、それわかるわ」と同調した。
「首都圏の人は大体そうだべ。琵琶湖ってどっちにあんだっけ? みたいな」
それを聞いた岐阜くんは怒り心頭。
「何でなん……!? 全然違うやろ。琵琶湖は滋賀。一緒にすんな!」
そのディスがまた一人の肩をピクッと跳ねさせる。あれはたぶん滋賀県雄琴温泉が地元、滋賀くん。でも彼はそれだけで話には入って来なかった。
しかし空気の読めない神奈川くんと埼玉くんは相変わらず岐阜&滋賀ディスをやめない。
「いやー何かあんま使わない難しい漢字二文字ってのがキャラ被ってる」
「そうそう。音似てるけどなぜか佐賀は被らないんだよ。常用漢字だし九州だし」
「はぁ? 大体『首都圏』って何様やねん。ムカつくわぁ。東京に縋ってんやないぞ。このコバンザメが」
岐阜くんの的確なディスに首都圏(笑)組は一瞬「う……」とたじろいでしまう。
「ちょっと待て。東京に一番縋ってるのは千葉だから。一緒にしないでくれる? っていうか岐阜だって名古屋に相当縋って……」
そんな神奈川くんの千葉ディスに当人は黙っているわけもなく、
「あぁ!? 何勝手なこと言ってんだ! 千葉のどこが東京に縋ってるって!? てめーはもうランドにもシーにも来んなよクソが!」
すると神奈川くんが大げさに噴き出す。
「ででで出たー! ディズニーランドを自分の物だと勘違いしてる千葉県民! それ違ぇーから。正式名称知ってる? あれ〝東京〟ディズニーランドって言うんだかんな?」
「ち、千葉にあんだから千葉のもんで間違いねーだろ。つーか神奈川とかいう東京とタメ張ってると勘違いして実はボロ負けな恥ずかしい奴よりはマシだわ」
「なっ……んだとぉ!?」
「なぁ埼玉。ここは一緒に神奈川潰そうぜ。お前もあいつの出身県横浜発言にはイラっときたろ?」
「え……? まぁ……ね。確かに神奈川県って調子乗りすぎ感が否めないし」
「ちょっ、おま!? 裏切るのか!?」
「はっはっは! 残念だったな! 千葉と埼玉は昔から神奈川が大嫌いなんだよ! ざまぁー」
「……へっ! 別にいいし! 崇高な神奈川はてめぇら雑魚どもと馴れ合うつもりなんかねぇし! 全然平気だし! つーか要らねぇし!」
「強がんなよ~。ほんとは仲間に入りたいんだろー? 素直になれば入れてやらんこともないぞー? 出身県横浜さーん?」
「くっ……! ち、千葉なんて有名な施設ってほとんど〝東京〟って名前付いてるくせに調子乗んなよ。ランドとシーはもちろんのこと、新東京国際空港、ららぽーとTOKYO-BAY、東京ドイツ村、東京歯科大学……どんだけ東京のおこぼれ貰ってんだ。ほんと東京のコバンザメの名に相応しいぜ」
「コバンザメじゃねーしー。東京がどうしてもって言うから貸してやってるだけだしー。神奈川は東京に嫌われてるからって変な言いがかりしないでくんない? 恥ずかしい奴ぅー」
「は? 別に嫌われてねぇし。こないだ俺東京の友達と一緒に遊んだし。そういやその時めっちゃ千葉の悪口言ってたからな、その東京の友達」
「嘘つけ。東京の人がそんなこと言うわけねーだろ。適当なこと言うんじゃねーよ。現実逃避してねーで陰で嫌われてんのにいいかげん気付けよ」
「ほんとのことだしー。じゃあ茨城県民に聞いてみろよ。そん時茨城の友達もいたからー。千葉は茨城と仲良いんだろ? 何だっけ? ちばらぎって言うんだっけ?」
「おい、その呼び方やめろ。茨城なんて田舎と一緒にすんな」
すると埼玉くんもぼんやりと呟いた。
「そういえば『いばらぎ』なのか『いばらき』なのかよくわかんないんだよなぁ。あれどっちが正しいの? どっちにも読めるじゃん?」
「つーか何でたまにあいつら千葉に喧嘩売ってくんだよ。お前らが千葉に勝てるわけねーだろ」
また誰かの肩がピクッと跳ねる。あれは筑波山温泉が地元、茨城くん。
しかし利口な茨城くんは膝を上げない。なぜなら茨城は千葉や埼玉に勝てないんじゃないかと薄々思っているからである。
「あー、そんなこと言っちゃっていいのかなー? 俺は茨城好きだけどね。下妻物語とかDVD持ってるくらいだし」
「完全に見下してんだろそれ。あんな茨城の田舎アピール激しい映画他にないわ。あと言い忘れてたけど空港は改称してちゃんと成田国際空港になってっから。情報が古いんだよ。まったく神奈川は時代遅れだな。なのに無駄におしゃれ感出してるのがマ~ジで痛々しいわ」
「あ? じゃあてめぇらの県におしゃれスポットあるのかよ? ねぇだろ。こっちは横浜・湘南っていう最強コンビがいんだよ。笑わせんな」
「はぁ? そんなもんいくらでもあるわ。なぁ! ……あ、でも埼玉にはないか」
千葉くんの独り言を埼玉くんは見逃さなかった。
「あ? おい。今なんつった……?」
「え? いや別に何も……」
「お前、今埼玉にはなにもないとか言ったろ? 言ったよね? 言ったよな?」
「だから言ってねーって! 何もないなんて言ってない! ダ埼玉なんて言ってねーから!」
「てめぇー言ってはならないことを! 同盟はもう終わりだ! マジ千葉とかクソだわ。何も分かってねぇー!」
それを見た神奈川くんは二人をせせら笑う。
「いいぞいいぞ。てめぇら埼玉千葉は熾烈な首都圏三位争いをしててほんとは仲悪いの知ってっから」
原始の頃より埼玉と千葉は犬猿の仲なのである。
「お前らな、埼玉なくなったらこの世のアニメほとんど無くなるんだからな。 言葉を慎め」
突然変なことを言い始める埼玉くんに「いやいや」と神奈川くんと千葉くんは手を振る。
「ほとんどは言いすぎ。俺おしゃれだからアニメとか全然詳しくないけど、確かアニメの舞台で言ったら神奈川の方が上だし? エヴァもあるし? 埼玉アニメのビックネームなんてクレヨンしんちゃんくらいだろ? 俺おしゃれだからアニメなんて全然詳しくないけど」
「つーかエヴァだってあれ第三新東京市じゃねーか。千葉のこと東京のコバンザメとか言えた義理かよ」
「あん? じゃあ千葉って何かアニメあんの? 浦安鉄筋家族くらいしか浮かばねぇんだけど? どーせ他にあっても深夜にやってるオタク臭さ全開の恥ずかしい萌えアニメしかねぇんだろ?」
「お前バカか? エヴァだって十二分にオタク臭ぇだろ。萌え要素もあるし何言ってんだ」
すると「あー! うるせー!」と埼玉くんが声を上げた。
「分かってねぇー。お前らは何も分かってねぇー。埼玉はな、日本で一番アニメで地元活性化を推進してる県なんだぞ! お前らにはできない斬新な発想ができて且つ実行に移せるのが埼玉なんだよ!」
すると千葉がぷぷーとバカにしたように笑う。
「そりゃ斬新じゃなくて残念って言うんだ。もうアニメで地元活性化って時点でダサさに拍車かかってるわ。さすがダ埼玉ですわ。むしろ何で地域活性化にアニメなんて選んじゃったの? もっとイケてる感じのもんでできなかったのそれ? まったく埼玉も神奈川もアニメで覇権争おうとか器が小さすぎるわ」
「埼玉アニメディスってんじゃねぇーぞ! 千葉県民は一生落花生でも食ってろ!」
「まぁ千葉なんてシスコンしかいねぇしな。つかダサさに関しては千葉だって人のこと言えねーから」
「神奈川お前絶対アニメ詳しいだろ。隠れオタとかキモいんだよ。つうか千葉はダサくねーから。むしろかっこいいよ。なんたって千葉は英語で言うとサウザンド・リーフだぞ? ルビ振ったら千 葉だぞ? めっちゃかっけーだろこれ!」
千葉くんは二人に手をかざし、「喰らえ! サウザンド・リーフ!」と技名っぽくそれを叫ぶ。
「なにぃ? それなら神奈川だってゴッド……ゴッド……ゴッド・リバーだ!」
「おいおいおい。〝奈〟はどこ行ったんだよ。埼玉に関しては初っ端から英語でなんて言えばいいかわからないようだし?」
千葉くんは横で「埼……? 玉は……ボール?」と考えあぐねていた埼玉くんを見て言う。
するとこの期を狙い、大勢の野郎共が参入し始める。
「おい、北 海 道を忘れるなよ。なまらかっこいい!」
「青 森のがイカす。カラーが入ってるのはデカい」
「いや岩 手だろ。ロックバンドを下敷きにした感じがナイス!」
「福 島へようこそ! 今あんまハッピーじゃないけど……」
「群 馬とかヤバくね? オブを使っちゃう感じとかもうヤバい」
「いーや、三 重には誰も勝てんわ。これ最強な」
「大 阪! 間違いなくこれやろ! 強すぎや!」
「和 歌 山……くっ、我ながら超ダサい……」
「香 川か。ってか川、山、島の率高くね?」
「熊 本……いやほら、ベアー・ブックだとプーさんの絵本みたいだからさ」
「京 都こそ至高……! なんたってダブルやもん」
と、次々に皆自分の県の中二ネーミングを披露するというカオスな状態に。
「おい! お前らいい加減にしろよ! ここはもう東京の奴に順位決めてもらおうぜ! じゃなきゃ収まりつかねー!」
埼玉くんの鶴の一声に皆は次第に声を小さくする。
「えー? この古都京都様が東京に順位決められんのー? 何か癪やなそれ」
「せや。大体東京もんはあのゲロみたいなお好み焼き食ってんやろ? わけわからんわ。あんなもんよう食えるな。それこそ食って速攻ビッグバンしてまうわ」
「いや、東京都民はお前らみたいに粉もんにアイデンティティなんかねぇから。もんじゃが東京の食べ物だって認識もそんなにないから。普通にお好み焼きの方がよく食べるから。神奈川県民もそう」
「何で神奈川は東京都一緒みたいな空気出す。でらウザいわ。三大都市にも入ってないのに」
「いや日本三大都市は東京、大阪、福岡ばい。名古屋は何かの間違いばい」
京都、大阪、神奈川、名古屋、福岡の五大『勝手に東京のライバル気取り』は口々に文句を垂れる。
「うるせーよてめーら。おい。東京出身の奴いないのか?」
埼玉くんが呼ぶが返事なし。
「あー、東京には温泉ないけん。じゃーなしや」
「いやあるだろ。……え? ないの?」
「うーわ。温泉ないとかダサない?」
東京人がいないと知ると、今度は東京ディスが始まる。
「ってか東京って絶対チャラい奴しかないべ」
「わかる。めっさ遊んでそう」
「あんなとこで育ったらいい大人になれんわ」
「いや、東京は意外と初体験の平均年齢遅いんだぞ。むしろ地方の方が断然早い。他に娯楽が少ないから」
「嘘やん! 東京もんなんてみんな中坊で済ませてんやろ? 治安最悪やろ?」
「それ、大阪にだけは言われたくねぇんじゃねぇか……?」
「確かにエリートっぽいイメージもあるのぉ」
「東京マジでわからん。迷宮都市だわ」
皆が色々言い合っている中、神奈川くんが先ほど腕相撲をしていた、いつの間にか布団に入っているチームメイトに声をかけた。
「おい。寝てんじゃねぇぞ。これは俺ら神奈川県民の沽券に関わる問題だぞ。起きろ」
「ん~? 今何時だよ。勘弁してくれよ」
「お前それでも神奈川出身かよ。ほらほら!」
神奈川くんは彼の布団をもぎ取る。
「やめろよ~。え~……つーか俺神奈川出身じゃないし」
「はぁ? 寝ぼけてんのかよ。じゃあ何で俺と同じ高校なんだよ」
「俺、生まれも育ちも東京。小五の時にこっち越してきたんだよ」
「……んだと!? お前東京出身だったのか!? ふざけんな!」
その声に大広間中の生徒が振り向く。
「おい! 東京! お前的には大阪が最大のライバルやろ!?」
「何言ってんだ! こいつは今神奈川県民なんだよ。だったらもう神奈川に決まってんだろ!」
「あー、そういう贔屓するんだ。もう神奈川は除外な。不戦敗な」
「っていうかまず首都圏での順位決めてくれ。千葉より埼玉のが上だよな?」
「は!? 千葉のが上に決まってんだろ! てめーなんぞ眼中にねーんだよ!」
わいわいがやがやとまたしても場は揉める。
「っていうかさー……何の話してたの?」
眠たそうな目を擦りながら東京くんが尋ねる。
「何って、どの県がどの県より優れているかって」
「え? そんなことで揉めてたの?」
「……あ、ああ。まぁな」
「みんな一位でいいじゃん。お手繋いでみんなが一位。ゆとり教育万歳。じゃ、おやすみ」
「おいちょっと待て! 余裕こいてんじゃねーぞ東京!」
「えー? じゃあ東京が最下位でいいよ。神奈川も最下位でいい」
「ふざけんな! 勝手に神奈川最下位にすんな!」
多勢に無勢。東京くんの布団にみんなが群がる。
やめろよ~と必死に布団にしがみつく東京くんだが、この人数相手では太刀打ちできない。
そして……、
「あ~……も~……く だ ら ね ん だ よ ! ! 殺 す ぞ て め ぇ ら ! !」
普段は比較的温厚な東京くんなのだが、こうも無残に眠りを妨げられて黙っているほどのお人よしではない。
そのギャップに思わずたじろいでしまう各都道府県の面々。
そう、今やっと皆は気付いたのだ。
彼の言うとおり、これは、この話し合いは……、
も の す ご く く だ ら な か っ た 。
東京は誰もが認める絶対に揺らぐことのない全国一位であるがゆえ、逆に東京都民は自分の県に変な誇りやプライドがない。順位がどうとか何が強みかなんて考えたこともない。争う意味が理解できない。
そんな東京くんだったがすぐに心を沈め、彼らにいつもの笑顔を向ける。
「……いやね。早く寝ないと明日の試合に響くでしょ? それでコンディション崩したらそれこそ自分の県の負けじゃんじゃないのかな? 勝負はちゃんと試合で決めようぜ」
そう言い終わると彼は「電気消していい?」と尋ね、皆は黙ってうんうんと頷く。
程なくして全員大人しく就寝。
そして布団の中で誰もが思った――――、
「東京、マジぱねぇ……」
了
作品内の話。
実は私の処女作が枕投げを部活としてやる高校生たちのスポコン小説だったのですが、これはその中のネタです。
とは言ってもその作品、プロットはできつつも本編は主人公たちが公式戦に出るまでは書いていないので(確か他校との練習試合の途中で断筆)、これはずっと消化不良になっていたネタなのです。
この際枕投部じゃなくて普通の部活でも全く持って問題なかったのですが、連載中の長編のほうでこれに所属しているキャラがいたので、なんとなく枕投部を引用致しました。(実は東京出身だったあいつ)
誰しもが自分の出身県に誇りやプライドをお持ちかと思われますが、それはどの県にも必ず独自の魅力があるからなのでしょう。
みんな違ってみんないい。要は私と小鳥と鈴となんですよ。金子みすゞなんですよ。皆さん小学校で習ったでしょう。だからもうこんなくっだらないことで無碍に争うのはやめましょう。日本人同士仲良く平和にいきましょう。
では最後に一言……
神奈川は全国二位だから! ボクシングで言うと東京がチャンピオンで神奈川が一位だから! つまり東京に勝負挑めんのは神奈川だけだから! ふぅ……笑