第七節 凶眼 (Side:百々加)
「何の真似ですか?」
百々加は、ほぼ同じ目線の男の腕の中で、冷淡に言った。
「挨拶だよ、モモカチャン」
にっこり笑ってシュウは答える。
「隆司がいましたね」
「うん、いたね。カワイイ女の子と一緒だったね」
「あれは何か妙な誤解してたと思われますが」
「誤解じゃないよ~。俺は本気だってば」
「挨拶じゃないんですか?」
「挨拶だけど、俺の愛情表現なの。だから俺の愛を受け止めてよ、モモカチャン」
本気とも冗談ともつかないシュウの口調に、百々加は冷めた口調で言う。
「所長、大事な人に告げ口しますよ」
「別にイイよ」
シュウはにっこり笑う。
「どうせ俺は全然相手にされてないから。気にしてくれたらラッキーみたいな?」
「……ヤケですね」
「俺、クールビューティーが好みなの。ツレなくされるとすっごくモエるの。だからモモカチャンもサイコーに好みでラブ。だから今すぐしよ? 大丈夫、モモカチャンもすぐ俺を好きになるから」
「そこまで言うとセクハラです、所長」
「え、でも、イヤがってないでしょ、モモカチャン」
シュウの言葉に、百々加の全身からユラリと殺気が立ち上る。
「…………」
「……ゴメン、調子に乗りました」
そう言ってシュウはニコリと笑った。百々加は無言で見つめる。
「しかし、本当に《暗示》だとしたら、和豊の手口に似てるんだけど?」
「問題なのは、実行犯のほとんどが、無関係な人間である可能性です。実際連中は何も知らないようでしたし」
尋問は既に終えている。
「まぁ、仮に《凶眼》の持ち主が黒幕だとしても、何とかなるって。俺もバックアップするし、和豊絡みならオーナーも動いているだろう」
「…………」
「百々加」
シュウは百々加の頬をそっと撫で、もう一方の手で頭を抱え込むように引き寄せた。
「あまり無茶な事はするな」
「…………」
「千尋は喜ばないぞ」
「……一言余計です」
百々加が堅い口調で言うと、シュウは百々加を解放した。
「そういうカタクナなトコロがソソラレるんだよね!」
シュウは軽い口調で茶化すように言った。百々加はそんなシュウをチラリと見たが、何も言わずにクルリと背を向けた。
「何処へ行くの?」
「仕事に戻ります」
「夕食奢るよ?」
「あなたと一緒では目立ち過ぎます」
「ムリヤリ口説かないって」
「お調子者の仮面は必要ありません」
「君には《察知》能力があるし?」
百々加は振り返り、無表情で言う。
「恋人にフラレて淋しいと言うなら、話は別ですが」
「……恋人じゃないよ」
シュウは淋しげに笑った。
「人恋しいのは、間違いないけどね」
「所長は」
百々加は少し呆れたような顔になる。
「本気と冗談を入り混ぜてくるから、非常に読みづらいです」
「何が言いたい?」
「あなたが企みや冗談でなく私に弱音を吐く筈がありませんから」
「……うーわ、バレてる?」
シュウは肩をすくめた。百々加はため息をついた。
「ま、でも身体の関係から始まる恋もあるから、一度だけでもトライ……」
「社交辞令は必要ありませんから」
「いや、かなり本気だけど?」
「付き合えません」
百々加はキッパリ言う。
「ヤケになってるだけでしょう。無意味です」
「慰めてよ?」
「仕事を始めたばかりですから」
百々加はまた背を向ける。
「ツレないね?」
「失礼します」
百々加はそう言って、シュウをその場に残して歩き去る。その背中を見送り、シュウは肩をすくめた。
「本当に恋人じゃないんだけどな」
一人ごちる。その時、携帯メールの着信音が鳴る。ゆるゆるとそれを確認して、シュウはため息をつく。
「……特別報酬は出ないんだろうな」
もう一度、シュウはため息をついた。