第六節 ラーメン (Side:隆司)
(あれ?)
隆司は、ここにいる筈のない人物を見かけたような気がして、ドキリとした。しかし、同行者の吉良はお構いなし。
「あ、ここの八百屋さん、すっごくお得なんですよぉ。先週はピーマン一掴み48円セールとかやってて……」
(アレってシュウ? それに隣にいるの百々加さん……)
その時だった。不意にシュウが百々加との距離を詰め、
「!?」
シュウが百々加を抱擁し、その頬に口づける。隆司は思わず凝視してしまう。
「わぁ、背の高いカップルですねぇ」
「…………」
(嘘だろ? だって百々加さん、恋人いる筈じゃ……)
そう考えて、ハッとする。
(も、もしかして浮気!? ふ、二股なのか!?)
隆司は激しいショックを受ける。
「そんな……百々加さんがそんなことするなんて……」
「高村先輩?」
キョトンとした顔で、吉良が隆司の顔を覗き込む。
「先輩、知り合いですか?」
その言葉にハッと我に返る。
「い、いや、全然!」
隆司はぶるぶると首を振る。
「あ、その、魚屋さんが何処にあるのか教えてくれないか」
「先輩お魚好きなんですか?」
「う、うん。肉より魚。マグロの赤身とか」
「サンマやブリは好きじゃないんですか?」
「脂っこいのは苦手で。でもネギトロは平気」
「そぉですか。あたしは脂こい方が好きですぅ。焼肉大好き♪」
隆司は内心、吉良とは絶対食事は一緒に行けないと思った。
「あ、良かったら、おいしいラーメン屋紹介します。トンコツで味に深みがあって、コッテリ系でサイコーなんです!」
「あ、別に……」
いい、と言いかけたが、吉良は隆司の腕を取って、すぐ近くにあったラーメン店の引き戸を、勢い良く開け放った。
その音に、シュウと百々加が振り返った。だが、次の瞬間、隆司は店内に引きずり込まれ、引き戸を閉められた。隆司は呆然としたまま、席に座らされてしまった。
「高村先輩、何を注文します?」
「……は?」
状況が把握できず、隆司はキョトンとした。
「だから、注文ですよぉ。あたしはチャーシューラーメン定食。ライスとギョーザ付きです」
「え、あ?」
何故店内にいるのか、どんな流れで椅子に座ってしまっているのか、混乱して突差に思い出せなかったが、隆司はサッとメニューに視線を走らせ、
「……ネギラーメン」
と答えた。吉良はにっこり笑って店員を呼ぶ。
「すみません、チャーテイとネギラー」
(は? 何ソレ)
「はい、チャーテイ、ネギラー入りまーす」
(……つ、通じてる?)
隆司は呆然とした。
(なんで、こんなトコにいるんだっけ)
それからぼんやりと先程見た光景を思い出す。シュウと百々加が抱き合っていた。その上、キスを(頬に)していたのだ。
(なんで? あの二人、そういう関係だったっけ?)
少なくとも、隆司が知る限り、そんな気配はなかった。二人とも独身だから、もし仮に付き合っていたとしても、全く問題はない。
しかし、疑問はある。
(百々加さんが持ってた黄ばんだ写真)
そこに写っていた、眉目秀麗で聡明そうな男の顔。それをやけに真剣な、思い詰めたような目つきで、熱心に見つめていた百々加。隆司が恋人かと尋ねた時、百々加は否定しなかった。
(なのに、シュウと付き合ってるっていうのか?)
隆司はズキン、と胸の痛みを覚えて、息を止める。
(嘘だろ?)
そんな筈がないと思う。
(百々加さんは、そんないい加減な人じゃない)
ドクドクと心臓が脈売っている。
(百々加さんは二股なんてしない)
そう思い、再度、脳裏に先程の光景を思い浮かべる。その途端、胸の痛みを覚えて、隆司はグッと拳を握りしめ、唇を噛み締めた。と、つっと額を伝う汗に我に返った。
(……俺、動揺してる?)
呆然と天井を仰いだ。
「先輩?」
キョトンとした吉良が、隆司の顔を覗き込む。
「あ、いや、大丈夫。ちょっとぼうっとしてた。ごめん」
隆司が頭を下げて謝ると、吉良はクスッと笑った。
「先輩、マジメな人ですねぇ。全然平気ですよ。ただ、具合悪かったのかなと思ったから」
「いや」
それは違う。どちらも違う。別にそういうわけじゃない。だが、言えなかった。
「すごくいい人ですね、高村先輩」
その言葉に軽く凹んだ。昔、ほぼ同じ台詞で、初恋相手にフラレていたから。
「…………」
しかし、吉良はにっこり笑って、隆司に言った。
「なんだか好きになっちゃいそうです、高村先輩」
「…………」
隆司は思わず絶句した。そこへ店員の声が降ってくる。
「チャーテイ、ネギラー、お待ちどう!」
目の前に、チャーシューラーメン定食と、ネギラーメンを置かれる。
「キタキタ! サイコー! 待ってましたッ!」
吉良はそう言って、慌ただしく割り箸をわり、ズルズルと音を立てて、ラーメンを食べ始めた。
隆司はソレを呆然と見つめる。
「ふぁめらいんれふか」
一瞬、何を言われたか判らず、混乱する。
「へ?」
すると、吉良は口の中のものを飲み込んでから、言う。
「食べないんですか。伸びちゃいますよ、ラーメン」
「あ」
ネギラーメンに視線を落とす。
「有難う」
そう言って、隆司も箸を割って、慌ててかきこみ始めた。