第五節 シュウ (Side:百々加)
目前に対峙する、木刀やナイフ、鉄パイプなどを握る学生服の男達を見て、百々加の口角は自然と上がる。
本当に病気だな、と百々加は小さく呟いた。それから肩をすくめ、そっけない調子で言った。
「……何か用か?」
勿論どんな用かも判っている。他に人はいない。
「面倒な手順を踏むのは嫌いじゃないが、軽い運動も嫌いじゃない」
百々加のアルトの声が、静かに響く。
百々加はゆっくりと手の平を上に右腕を上げ、挑発するように人差し指をくいっと曲げた。
「来いよ、坊や達」
学生服の男達が、無言で百々加に襲いかかってきた。百々加は軽やかなバックステップで距離を取る。
まず木刀で振りかぶってきた1人目の足を引っかけて転ばせる。次にナイフの2人目の利き腕を蹴り上げ、屈んで頭を狙った鉄パイプを避けて、3人目の胸元に飛び込み、鳩尾に肘鉄を叩き込む。
そこへ4人目がナイフを投げつけてきたが、それをあっさり避けて肉薄する。4人目は更に懐から折り畳みナイフを取り出そうとするが、百々加が殴りつける方が早かった。
素早く視線を走らせるが、建物の影にいた5人目は既に姿を消していた。チラッと見ただけだが、襲ってきた男達に比べ5人目は華奢な印象だった。
もしかしたら、荒事が苦手なのか、伝令役だったのかもしれない。いずれにせよ、早々に片をつけて逃げ出そうと、百々加は思った。
襲撃者達は、声を発する事なく、体勢を整え、一斉に百々加に突進してきた。
(何!?)
さすがの百々加も驚いた。
しまった、油断したと思ったその時、パンパンパン、と軽い音が響いて、4人の男が次々に倒れた。
「っ!?」
驚いた百々加が振り返ると、違法改造モデルガンを無造作に握った、軽薄そうな派手な長髪男が立っていた。
「モモカチャ~ンッ、いくら腕っ節には自信あるからって過信は禁物よ~?」
緊張感のカケラもない軽い口調で言う男に、百々加はギクリと身体をすくませる。
「……所長」
その派手な男は、サカキ・エージェンシーの雇われ所長──百々加の上司で恩人──のシュウ。そのシュウが笑顔で立っていた。
「職場の肩書きで呼ぶのはヤメテって言ってるでしょ、モモカチャン」
シュウはニッカリ歯を見せ笑う。
「どうしてここに」
「ソレは勿論、モモカチャンのピンチをカッコ良く助けるために。ね、ホレた?」
「助けていただき、有難うございます」
「違う! 違うよ、モモカチャン。そういう場合は抱きついて熱烈にキスして、熱い目で俺を見つめてくれなくちゃ」
「そういう冗談はやめてください、所長」
「……その鉄壁ぶりがステキさ、モモカチャン」
シュウは情けなさげに眉を寄せて、嘆息するように言った。
「冗談はやめて、本題をお願いします」
その言葉に、シュウは渋々といった顔で告げる。
「半年前まで、問題の学園に高村和豊らしき人物が、産休代理の講師として面接に訪れていたらしい。採用はされなかったらしいけどね」
「え?」
百々加は表情を強張らせた。
「というわけだから、ボウヤにはそれとなく言っておくと良いかも。生徒は知らなくても、一部の教職員は知ってるかも知れないから。理事長には一応口止めしておくけどね」
「……隆司の養い親ですか」
「なんか珍しくオーナーも心配してたよ。なんだかんだ言って、皆ヤケちゃうくらいボウヤに甘いよねぇ」
「まだガキだからでしょう」
「ガキねぇ?」
シュウは笑った。
「ま、中身はまだガキだけどね。とりあえずボウヤが暴走しないよう頑張って」
「ここまで来て、会って行かないんですか」
「俺は嫌われてるしね。どうせ顔見るなら、モモカチャンの方がイイよ。眼福だし」
「…………」
百々加は無言でシュウを見つめた。
「そんなに見つめないで。テレるから♪」
シュウの言葉に、百々加は視線をゆっくり反らせた。
「相変わらずクールだね、モモカチャン。そういうトコがとても好きさマイスイート・ハニー」
「ところで所長」
表情を変えない百々加に、シュウは悲しげな顔をする。
「なんだい?」
「尋問手伝ってくださいませんか」
「やり方が荒っぽい上に、人使い荒いんだね」
「……いえ。たぶん尋問しても、何も出ない気がします」
「どういう意味?」
「おそらく《暗示》をかけられて行動したのではないかと思います」
「確信あるの?」
「いえ、ただの勘です」
「勘、ねぇ?」
シュウは首を傾げた。
「ま、モモカチャンの頼みを俺が断れるハズないしね」
シュウはにっこり微笑んだ。