第三節 恐喝者たち (Side:百々加)
百々加は依頼主が最初に襲われたという公園が、窓から見えるアパートの一室にいた。手元にはノートパソコンがある。そこには、先に設置した隠しカメラの映像が、複数のウィンドウに分割されて表示されている。盗聴器はつけていない。
百々加はタンクトップにホットパンツというラフないでたちで、ハンバーガーをかじりながら、映像を確認し、全てのカメラが設置できている事を確認すると、珈琲で流し込んだ。
残ったポテトを直接口に放り込むと、手を洗い、ゴミを始末する。ホットパンツを脱ぎ捨て、いつものスーツの代わりに、トレーナーとシャツとジーンズを着る。それから、耳まで隠れる帽子を被り、指先をカットした革手袋をはめる。
それから思い出したようにサングラスをかけ、ナップサックを手に取り、携帯の電源を確認し、放り込む。
アパートの鍵とバイクの鍵を手に取り、ブーツを履いて外に出た。
「まあ、あれだけ言ってやれば、初日に音を上げたりはしないだろう」
百々加は呟き、部屋に鍵をかけて、階下へ降りる。百々加はバイクにまたがった。
向かう先は、とりあえず駅前。駐輪場に停めて、繁華街へと一人歩く。
時刻は午後5時34分。主婦らしき姿も見かけるが、学校帰りの学生の姿が目立つ。
(制服を着ていたという事らしいが)
大胆過ぎるにも程がある。もちろんそれをそのまま信じるつもりは毛頭ない。百々加は周囲を注意深く観察しながら、黙々と歩く。
とあるゲームセンターへと入った。
「すみません」
百々加が店員に声をかけると、振り向いた店員は、一瞬目を見開いた。
「……え?」
「少し、お尋ねしたい事があるんですが」
百々加が言うと、店員はマジマジと百々加を見た。
「あんた、女か?」
「ええ」
百々加は頷く。
「弟の知人を捜してるんです」
そう言って、百々加は高校生六人が映っている写真を店員に見せる。
「ご存じないですか?」
「……さぁねぇ」
店員はちらりと写真を見て言った。
「客の顔なんて、いちいち見てないし。だいたい、高校生なんか、制服着てたら全員同じ顔に見えますからね。見ててもほとんど覚えていませんよ」
「そうですか」
百々加は頷き、代わりに別の写真を取り出す。
「ではこちらの人は見覚えありませんか」
その写真は、美しい顔立ちのロングヘアの女子高生が映っていた。しかし、それは、右半分が切断されている。その写真を見た店員の顔が、僅かに歪んだ。
「……ご存じですか?」
「あ……いや……知っているという程のことは……」
「どこかで見かけた事があるんですか?」
口調は穏和で柔らかかったが、どこか拒絶できない気迫のようなものがあった。
「死んでたんです」
「……え?」
百々加の眉間に、微かな皺が寄った。
「そこの路地で」
店員が目線で示す。
「手首を切って、血塗れで」
店員はそれから、
「でも、俺が見たのはそれだけです。その日は遅番で、店終いをしてシャッターを閉めて、たまたまジュースが飲みたくなって。ほら、あそこに自販機あるでしょう?」
「店内にもあるのに?」
百々加が尋ねると
「シャッター閉めてから飲みたくなったんです。嘘じゃありません。喉が渇いて……」
「そうですね」
百々加は唇だけで笑った。
「そういう事もあるでしょう」
「声とか何も聞いたりしませんでした。本当です。もし、何かあったのだとしても、俺には聞こえませんでした」
店員は何かに脅えているような顔と口調で言った。
「そうですか。教えてくださって、ありがとうございます。お忙しいところ、失礼いたしました」
(まずいな……)
百々加は心の中で呟く。
(失敗したか……?)
おそらく少女は自殺と判断されたのだろう。未成年の自殺者の名前や写真は、公表されない。せいぜいで新聞記事の片隅に小さく載るくらいだ。話題にもされない。
家族が隠せば、通夜葬式ですら、死亡原因を偽られ行われる事さえある。
(念のため産婦人科も当たってみるか?)
そう考えて、顔を上げた時、視線を感じた。百々加は僅かに微笑んだ。
荒事が好きかと聞かれれば、答えは否だ。だが、平和主義かと言えば、それも否。人を殴って楽しむ事はできないが、自分の身体を限界まで動かす事は好きだ。
(病気かもしれないな)
時折思う。
所長のシュウに拾われなかったら、刹那的な生き方をして、ろくな死に方をしなかっただろうとつくづく思う。
一人、二人、三人、四人。いや、建物の影にもう一人。百々加は注意深く辺りを見回す。
(別に場所を選んだりするつもりはないが、人に迷惑はなるべく懸けたくないからな)
人気がいないことを確認して、振り向いた。