第二十節 手紙 (SIDE:シュウ)
「間違いなくバカだよな」
シュウは1人呟き、溜息をついた。
「何をやってんだろ、俺」
そう言いながら、唇には笑みを浮かべる。
「報われねーよなぁ。好きなんだからしようがねぇけど。いい加減マゾくせぇよ。ヤバイな」
ガリガリと頭を掻いた。フッと気配を感じて顔を上げると、目的の人物の姿が見えた。シュウは車のクラクションを軽く鳴らした。
相手はこちらに気付き、驚いた顔をして急いで駆け寄って来る。それが嬉しくて、ますます顔がゆるんでしまった。
「ヤッホー、モモカチャン。スッゲー ラブリー、超キュート。いやぁ、イイモノ見ちゃった。デートしない?」
シュウがそう言うとさすがに呆れた顔をした。
「所長。仕事サボって何をしてるんですか、こんなところで」
「アパートまで送るよ。あと、渡したい物がある」
「知ってたんですか?」
それは神楽坂学園高校の正門前。赤い流線型の2シーターの派手なスポーツカー。実用というよりデート向き。学校へ迎えに来るには派手過ぎる車だ。
しかも運転席に座る男は、アロハシャツに光沢のある黒いジャケットを羽織り、シルバーのネックレスと片耳ピアスをそれぞれ3連。手首にはバングル。キツネ色の肩先までの長髪は、無造作にセットされていて、日に灼けた肌と白い歯の対比が眩しい。
「田舎では浮く恰好ですね」
百々加の正直な感想に、シュウはガックリした。
「イヤーン、超カッコイイって言ってよ、モモカチャン」
「冗談はともかく、何ですか、渡したい物って」
「助手席に乗ってくれるまでは、教えてあげない」
シュウがそう言うと、百々加は溜息をついたが、助手席側に回って乗り込んで来た。
「乗りましたよ」
「じゃ、出発進行! シートベルトしてね、モモカチャン」
そう言って車を発進させた。
「所長、反対方向です」
「喫茶店行こうよ、モモカチャン。どうせ君の部屋は珈琲とか置いてないでしょ」
「その通りですが……何ですか、教えてください」
「君が喜ぶモノだよ。考えてみて」
「私が?」
「そう」
シュウがコクリと頷く。
「今の仕事に関係ある情報?」
「仕事は関係ナシ。プライベートで」
「……ますます見当がつきません」
「そんなに難しくないよ。君が探し屋になった原因は?」
「……まさか」
百々加は表情を変えた。
「千尋、ですか」
百々加の声が震えた。
「そういう事。なんと1週間前に投函された手紙で、差出人は村上千尋、リターンアドレス付き」
「どう……して」
百々加の声がかすれた。
「受取人が死亡していたから未開封でゲット。開けるも捨てるも、君次第。どうする、百々加」
「どうやって手に入れたんですか?」
「ま、コネだけどね。時間外報酬で、ついでに貰ったヤツの1つだから、百々加にあげるよ」
そう言ってシュウは笑った。
「なんで」
驚きと戸惑いと喜びが入り混じった表情で、百々加はシュウを見つめた。視線を感じて、シュウは照れ臭そうに笑った。
「君が喜ぶと思って」
その言葉に、百々加は不安げに顔を歪めた。
「あの、所長」
「二人きりの時は、シュウって呼んでよ」
「……シュウ」
シュウは唇をゆるめた。
「何?」
「無理していませんか」
百々加の言葉に、シュウは苦笑した。
「あのさ、百々加。男の仕事の半分は、女の前でカッコつけることなの。そういうワケだから、男の裏事情は聞いちゃダメ。カッコ悪いでしょ?」
「……ですが」
「敬語もやめて、モモカチャン。じゃないとキスしちゃうよ?」
「嫌だと言っても、あなたはどうせしたい時にするんでしょう」
「……誘ってるの?」
「え?」
シュウの言葉に、百々加はキョトンとする。
「キスだよ」
シュウの言葉に、慌てて百々加は首を振る。
「まさか」
そう言うと、シュウは大仰に溜息をついた。
「他の男に惚れてる女に惚れるのって、切ないねぇ」
「ご冗談を」
百々加は苦笑する。
「冗談じゃないよ、本気だよ?」
シュウは笑って言った。
「誰にでも言ってるくせに」
「だからぁ、モモカチャンは特別なんだって、言ってるでしょ。他は全部、社交辞礼だってば」
「本当に質が悪いですね。本気と冗談の区別がつかない」
「どちらも本気だとは思わないワケ?」
シュウの言葉に、百々加は笑う。
「あなたにはもっと素敵な女性が似合いますよ」
「俺は百々加がイイ」
シュウが言うと、百々加は困った顔になった。
「嘘だよ」
シュウは言った。
「そんな顔しないでよ、傷付くでしょ。男はナイーブなんだから」
「すみません」
百々加は苦笑した。シュウは右にウィンカーを出した。
「ねぇ、百々加」
「はい」
「俺が、本気で百々加を欲しいって言ったらどうする? 千尋の身柄と交換で」
百々加の方を見つめ、真顔でシュウは言った。
「あなたは、そんな事を言ったりしません」
百々加も、シュウを見つめて答えた。
「……そんなに信じられると、信頼裏切りたくなっちゃうなぁ」
「シュウは、私のヒーローですから」
「ヒーローねぇ?」
シュウは首を傾げた。
「そんなモノより恋人になりたいんだけどな」
「シュウはロマンチストですね」
「なんで?」
シュウはキョトンとした。
「永遠の恋を探しているみたいに見えます」
シュウは苦笑した。
「俺は恋の狩人だから、それをやめたら死んじゃうの。ってなワケだからモモカチャン、俺と永遠の愛を育もう。1時間でもイイから」
「勘弁してください、そういう冗談」
「本気なのに~」
「歌わないでください」
シュウは喫茶店の駐車場に車を停めた。
「シュウ」
「何?」
「本当に無理はやめてください。本気で心配してるんですから」
百々加が真剣な表情で言うと、シュウは柔らかく微笑んだ。
「うん、有り難う」
穏やかな笑みは、しかしどこか苦しげに切なげに見えた。
「シュウ?」
百々加が問いかけると、シュウはかすめるように、百々加の唇を奪った。
「!」
百々加が息を呑むと、シュウは悪戯っぽく笑った。
「隙だらけだよ」
「だからって何故キスするんですか」
「それくらい考えなよ」
「……趣味と実益?」
「何ソレ」
「オーナーの迷言です」
「あー、恭一郎ね。彼なら言いそう。でも、俺は違うからね」
「違うんですか?」
「そ。だから、考えて。期限はつけないけど宿題ね」
シュウはニッコリ笑った。百々加は戸惑う顔で見上げた。




