第十八節 油断 (SIDE: 百々加)
百々加は安堵した。
(これで隆司の事は忘れて、自分の仕事に専念できる)
百々加にとって、一番頭が痛い問題は、隆司のあまりにも酷い方向音痴である。
(この校舎は隆司でなくても、迷いそうな構造だからな)
常に誰かがそばにいるという状況は、探索には不自由や不都合もあるだろう。だが、隆司が迷子になって仕事に全く取り掛かれない状況よりは、マシなはずだと百々加は思う。
「どうしてですか、百々加さん」
玄関までついて来た隆司が、情けない顔で百々加を睨む。
「今更、信用できると思っているのか?」
百々加は言った。隆司は言葉に詰まる。
「今朝、学校へ来るまでは、信用していたよ」
百々加は冷たく言った。
「まさかこんな日に、遅刻するはずがないと思ったからな。だから、オーナーがお前の遅刻を心配した時も、大丈夫だと言ってしまった」
「あ……っ」
「おかげでいらぬ恥をかいた。別にそれは済んだ事だから、気にはしないが、今後ずっとそれじゃ困る。私も自分の仕事がしたい」
「……すみません」
意気消沈した声で、隆司はうなだれた。
「とにかくお前は、自分のできる事をしろ。無理はするな。報告を忘れない事。自己判断は決してしない事」
「判りました、百々加さん」
落ち込む隆司に、百々加は笑った。
「では、私はもう行く。頑張れ、弟」
「……百々加さん」
殊勝な声だ。
「何だ?」
「呆れましたか、俺のこと」
「呆れたよ。失望した」
百々加の言葉に隆司は痛そうに顔を歪めた。百々加は苦笑した。
「だけどまぁ、そんなに使えない事もない。たまに偶然かもしれないが、面白い情報も拾ってくるし。私には出来ない事を、お前はやれる。だから愛想を尽かすところまでは、いってないから安心しろ」
「本当……ですか」
隆司の顔が嬉しそうに紅潮した。百々加は自分の顔が、ゆるんでいる事に気付いていたが、その顔があまりにも嬉しそうで幸せそうだったので、表情をゆるめたまま言った。
「世辞は言わない。調子に乗られたくないからな」
百々加の言葉に隆司は苦笑する。
「百々加さん、すみませんでした」
頭を下げた隆司に、百々加は少し困ってしまった。何となくモヤモヤするものを感じたが、原因は良く判らなかった。自分で自分の気持ちが理解できず困惑しながら、百々加は言った。
「謝るな」
百々加は言った。
「悪いと思うなら、仕事で返せ」
いつものように、冷たく突き放す。
「判りました」
隆司はニッコリ笑った。百々加もつられて笑ってしまった。
「じゃあ、またな」
百々加は隆司に背を向け、外に出た。
後になって、百々加はこの日の事を後悔する事になるのだが、この時はそんな事は夢にも思わなかった。
百々加はこの時、たいした事はなく、さほど時間はかからないと思っていた。油断していたのだという事に、気付かずにいた。




