第十五節 憂鬱 (SIDE:隆司)
隆司は憂鬱だった。
(恭一郎に徹夜で説教……さ、最悪だ)
やはり嫌がらせだ、と思う。五島愛のモバイルサイトを検索しようと思ったら、バッテリーが切れていた。充電器は持っていないため、お手上げだ。
泣きそうな気分だった。自然、足取りは重くなる。
(あー、なんで俺ばっかりこんな目に遭わなくちゃならないんだ)
大抵の災厄は、恭一郎が運んで来ている気がするが。
(だいたい恭一郎は職権濫用で、ずるいんだよ。例えば)
先程の百々加の姿を思い出す。
(絶対に俺が頼んだって、百々加さんはあんな恰好してくれないし、俺はしょっちゅう問答無用で、加減なしに殴られたり、蹴られたりしているのに、オーナーだからってセクハラまがいの事しても、殴られないし、敬語使われてるし気遣われている)
チリチリと胸に痛みを覚えて、シャツを掴む。
(シュウだってそうだ。毎日かなりセクハラまがいの事ばかりしてるし、キスだって)
隆司はズキリと痛みを感じて顔をしかめた。
(抱きしめて頬にキスしたって、シュウなら許されるんだ)
憂鬱に宙を見上げる。
(俺が同じ事したら、下手したら殺される。間違いなく許して貰えない)
別にそんな事したいわけじゃない、と隆司は思う。
(俺は男として意識されてないし、それ以前に対等の人間だとも、認識されてない。なんだか犬扱いされてる気がする。それにしても乱暴で酷い扱い受けてると思うけど)
恭一郎なら許せはしないが、我慢できるし、諦められる。昔からの付き合いで身内だからだ。
シュウにからかわれるのは理不尽だが、絶対的な能力差があり、自分とは比較にならないと思うから諦められる。
だけど、百々加に粗雑に乱暴に扱われる事には、いつまで経っても慣れそうにない。絶対的な能力差があるのは確かだ。抵抗してもかなわないと思う。
シュウと百々加の一番大きな違いは性別だ。別に性差別ではないと思う。だが、割り切れない。もっと優しくされたいと思う。笑いかけて欲しいと思う。認められたいと思う。男として、あるいは相棒として頼りにされたいと思う。
だが、自分でも納得行く仕事は出来ていないのだから、認めて貰えないのも信頼されないのも仕方ないと思う。
(たぶん人間として好きなんだ)
隆司はそう思う。
(シュウに負けるのは仕方ない。だけど、恭一郎には本当は負けたくない)
それは悔しいと思う。
(俺、わがままなのかな)
自問自答する。
(恭一郎が子供扱いされていないのに、俺だけ子供扱いなんて理不尽だ)
隆司は溜息をついた。
「なんで俺ばっかり」
呟いたその時、
「あっれぇー?」
上から女生徒が1人、階段を降りて来た。
「昨日ラブホ前とかにいた、超アヤシイ人?」
その言葉に隆司は愕然とする。女生徒が近付いて来る。
「き、君は……っ!」
それは、男とラブホから出てきて、公園に消えて行った女生徒だった。
「まさか……本物の生徒だったなんて」
隆司の呆然とした呟きに、少女は笑った。
「本物ってナニ考えてんのよぉ、ヤーラシイ!」
隆司は絶句した。彼女にヤラシイなどとは言われたくない、と隆司はガックリした。
「君は……確かサキちゃん?」
「あー、やっぱ聞き耳立ててたんだぁ、ヤラシー」
隆司は苛立ち、ムスッとした顔になった。
「聞かれたくなかったらボリューム落として喋る癖つけたら?」
「あ~、ソレは言えるね。ところでそっちの名前は?」
「高村隆司」
「ふーん、リュージくんか。じゃ、リューね?」
「は?」
隆司はキョトンとした。
「呼び名。アタシは江川咲子だからサキ」
隆司は無言で少女を見つめた。
「今日から友達。ってことで昨夜のことはナイショ。ね、お願い」
隆司はようやく納得した。
「ああ、口止めしたかったのか。別にわざわざ念を押さなくても、他に話したりしない」「イイの?」
「そんなことをする利点がない」
「いつもそんなこと考えてるの? 普段から」
「別に」
そういうわけじゃないと思う。ただ、人と必要以上に関わるのが苦手だからだ。人と出会い話をするのは、全て情報を引き出し集めるためだ。全ては仕事のため。そうでなくては、煩わしいだけだ。
隆司にも、事件以前は普通に友人がいた。あの事件で失くしたのは、里織や家族だけじゃない。友人も、平和な学生生活もだ。
隆司や隆司の家庭、隆司の家族の事を、マスコミは面白おかしく報道した。3ヶ月以上、恭一郎宅から一歩も外に出られなかった。
そして3ヶ月目に、自主退学をするよう求められた。学校の友人は1人も来なかった。隆司は荒れた。
物に当たったり、暴力を振るったりはしなかった。表面上は静かにおとなしく、内面だけ少しずつ、ゆっくりと壊れていった。
不安と恐怖、自信の喪失、劣等感、孤独、猜疑、不信。それらが隆司の心を食い荒らした。
それでも、元のままの性格や名残は残っている。人格や性格が劇的に変わったわけではない。
ただ、以前のような自尊心や自信は持てず、明るく饒舌に屈託なく振る舞えなくなった。以前の自分が、他人のように感じられる。
記憶はあるが、他人の記憶のように共感できない。心が揺らされない。感動しない。もうずっと泣きたいと思った事はあっても、声を上げて泣いた事はなかった。
以前のように、一生懸命なりふり構わずがむしゃらになる事もなかった。仕事や勉強に手を抜いた事はない。無気力で根性なしで、根気や粘りや執念深さはないが、真面目な点は変わらない。
ただ、何かに熱中することなく、いつも冷めているために、のめり込む事もないが、いつもどこか甘く抜けていた。
「ふーん、ま、イイけど」
サキはニッコリ笑った。
「じゃ、とりあえず電話番号とメアド教えて?」
言われるまま、隆司は少女と連絡先を交換しあった。
「なんかさ」
少女が苦笑しながら言った。
「リューってダルそうなのに、矛盾してる」
「え?」
「本当はどうでも良いと思ってるのに、愛想良く振る舞おうと、ムリしてるみたいに見える」
隆司は絶句した。
「なんだか秘密隠して、何か探りだそうとしているみたい」
「……サキ」
隆司の声はかすれてしまった。サキは悪戯っぽくニッコリ笑う。
「なんだか興味持っちゃった。じゃ、後で連絡するね、バイバイ」
そう言って立ち去った。隆司はそれを呆然と見送った。
(まさか……バレた?)
蒼白になる。隆司は慌ててサキを追いかける。だが、どこにもいなかった。隆司はサキに電話をかけた。
2コールで応答があった。マナーモードになっていたのか、着信音は聞こえなかった。「サキ?」
隆司が慌てた声で、彼女の名を呼ぶと、サキは答えた。
『アタシもなの』
「え?」
『アタシ、エリカを殺したヤツを捜してるの』
「殺し……た?」
『エリカは絶対に援交したり、自殺する子じゃないの。だから調べてるの、アタシ』
「……まさか」
『だいたい、自殺で両手首なんかどうやって切れるのかしら。そう思わない?』
隆司は息を呑んだ。通話はそこで切れた。隆司は呆然と立ちつくした。




