第十二節 恭一郎 (Side:百々加)
「もう一つ頼みがあるんだ」
恭一郎が言った。
「和豊の事だが」
「はい」
「2週間ほど神無町内に滞在していたらしい。特定の住所はなく、ビジネスホテルなどを転々としていたらしい」
「ご自分で調査されたんですか、オーナー」
「……シュウを通したくなかったんでね」
恭一郎の言葉に、百々加は怪訝な顔になる。
「どういう意味ですか」
「確証はない。だから断言はできないんだが、シュウの知人が、和豊と繋がっているかも知れないんだ」
「何故そんな事を?」
「内緒だよ」
恭一郎は苦笑しながら言った。
「盗聴器を仕掛けたんだ。で、気になった事があって調べさせた。なかなか面倒で、時間がかかったんだが、最近、その人物が頻繁にシュウに接触するようになったから、ようやく人物特定できたんだよ」
「一応確認しておきたいんですが、所長は知らないんですよね」
「勿論だ」
「あともう一つ確認しておきたいんですが、盗聴器を仕掛けたのは所長にだけですか」
「……昼食奢るよ、百々加。君の好きな物をごちそうするから」
恭一郎は微笑を浮かべたが、百々加は冷たい顔と声で言った。
「誤魔化さないでください。まさかまだ設置したままなんて事はないですよね?」
百々加の言葉に、恭一郎は困ったような笑みを浮かべて、
「ごめん」
と頭を下げた。
「……二度とやらないでくださいね」
冷たい静かな恫喝を込めて言った。さすがの恭一郎も、一瞬黙り込んだ。
「……悪用はしていないから」
「当たり前です」
百々加は無表情で言う。
「そんな事をしていたら、ただでは済ませませんから」
「そ、そうだな。すまなかった、百々加。悪い癖だとは思うんだが、きちんと確認しておきたかったんだ」
「部下の素行やプライベートを?」
「というより犯罪を」
恭一郎は真顔で言う。
「僕は、君を含めて皆の事が好きだよ。僕にとってはビジネスというよりは趣味に近いんだ」
「判っています」
百々加は笑みを浮かべた。
「オーナーは、本当はもっと簡単に済ませる事もできるのに、わざわざ遠回りで、厄介で面倒で、まわりくどい手段で、心までも救おうとしているんですよね。博愛もそこまでいけば、立派です」
「そこまで褒められるとくすぐったいというよりも、恐いな」
「何事もやり過ぎれば、迷惑だし、犯罪にもなります。それだけ念頭に入れて、慎重に言動してくだされば、文句も嫌味も忠告もいたしませんよ」
「……考慮するよ」
恭一郎は苦笑した。
「僕は皆に幸せになって欲しいだけなんだ。少々独善的で、強引で勝手な自覚はあるけどね」
「余計に質悪いですよ」
「ごめん」
恭一郎は申し訳なさげに苦笑した。
「過去の犯罪なら良い。だが、現在時点で、僕の関知しないところで、罪を犯してもらっては困る」
「気持ちは判らないではありませんが……」
「面と向かって尋ねて、素直に告白するバカはいないからね。相手の言葉が信じられなければ、自分で調べるしかない」
「だからといっても、限度があると思いますが」
「実はうちの職員は、隆司を除いて全員犯罪歴があるんだ」
「…………」
「この場合の犯罪歴は、刑事処分を受けたものだけで、それ以外は含めていないんだが、それについては、考慮した上でスカウトし納得している」
百々加は無言で恭一郎を見つめた。
「シュウが立件された以外の複数の犯罪に関わっているのは知っていた。だけど僕は、彼には更生して欲しかった」
「オーナーはお人好しですね」
百々加の言葉に、恭一郎は顔をしかめた。
「お節介か?」
「時には」
百々加の言葉に、恭一郎は痛そうな顔になった。
「だけど、それが有り難い時もあります。本当は助けを求めている場合には」
「シュウはどうかな」
恭一郎は自信なさげに言った。
「迷惑だろうか」
「私はシュウではありませんから」
百々加はキッパリと言う。
「シュウに聞いてください」
「……それができたら苦労しないよ」
「オーナーは考え過ぎるんだと思いますよ。しなくても良い苦労を、好んでしているとしか思えません。隆司の事でも。シュウはともかく、隆司には、はっきり言ってやった方が良いと思いますよ」
「それは無理だよ」
恭一郎は苦笑した。
「僕は隆司に嫌われているし、僕は隆司に嫉妬している」
「……面倒ですね」
百々加は呆れたように言った。
「意地ですか?」
「そうかもしれないね。少なくとも僕は、シュウにも隆司にも負けたくない。特に隆司には、弱味を握られたくない」
「くだらない意地ですね」
「判っているよ」
恭一郎は困ったように笑う。
「頭では判ってるんだが、感情では別なんだ」
「どうにも救い難いですね」
「慰めてくれるかい」
「ご冗談を」
百々加はしらりと言った。
「私は自分の事で精一杯ですから」
「……そうか。僕も出来得る限り力になる。何か悩みや心配事があるなら、真面目に相談に乗るから」
「有り難うございます」
百々加は頭を下げた。




