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The Searcher  作者: 深水晶
第二章 転入初日
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第九節 気の毒 (Side:隆司)

(……美人だとは思ってたけど)

 隆司は、百々加を正視できない。

(これで中身があの百々加さんだなんて)

 床を見つめて話をぼんやり聞きながら、隆司は心の中で呟いた。

(絶対詐欺だ)

 たぶん知らずに街中で出会ったりしたら、うっかり恋でもしかねない変わりようだと隆司は思う。

(まあ、百々加さん相手じゃ絶対まともな恋愛になんかならないけど)

「……恐いし」

 思わずボソリと呟いてしまい、慌てて周囲を見回した。そして隆司は蒼白する。来島理事長、恭一郎、百々加が、隆司をじっと見つめていた。

「……な……っ」

「……隆司、聞いてなかっただろう」

 恭一郎が呆れたような顔で言った。百々加の視線は凍えそうに冷たかった。来島理事長は笑顔のまま。ある意味一番読めない。

「す、すみません」

 隆司は慌ててテーブルにすりつけんばかりに、頭を下げた。

「いやぁ、随分疲れてるみたいだねぇ、隆司くん。明日にするかい?」

(明日? そんなわけにはいかない)

 その瞬間、隆司の意識が切り替わり、真剣な顔になる。

「いえ、申し訳ありませんでした。大丈夫です。遅刻して本当に申し訳ありません」

 礼をする。

「ほぅ、キレイなお辞儀をするねぇ。さすがに恭一郎くんの従兄弟だ」

「不出来な従兄弟で実に申し訳ありません、理事長」

「いやいや、私も話には聞いているからねぇ」

 その言葉に隆司はギクリと身を強張らせた。

「……気の毒に」

(そんなこと、あんたになんか言われたくない)

 別に自分が可哀想だと思った事はない。

 あの一件で可哀想だと言われるべき人間がいるとしたなら、それはあの日死んだ――殺された――里織だけだ。志村里織(しむら さおり)は隆司の叔父和豊の恋人であり、隆司の初恋相手でもあった。

 出会った時には既に失恋していた。だから、本当は告白する気などなかった。

『すごくいい子ね、隆司くん。大好き』

 無邪気な顔で、里織は言った。苦しくてしようがなかった。彼女を困らせるだけだと知っていたのに。

『いい子なんかじゃないよ』

『嘘。だって私、こんなに親切で優しい男の子、隆司くんしか知らない』

『……里織さんにだけだよ』

『え?』

『里織さんが好きだから。だから、好かれたくて、嫌われたくなくて、必死に取り繕ってるだけだよ。ちっともいい子なんかじゃない』

 男として愛されなくても良いと思っていた筈だった。和豊になりかわる気などなかった。だけどいつまでも小さな男の子扱いされるのは苦痛で。

 それくらいなら、嫌われても、愛想つかれても良いと思えるくらいに。優しいいい子だなんて、何も疑わない無邪気な顔で言われたくなかった。

『初めて会った時からずっと好きだった』

 そう言った隆司に里織は、

『……ごめんなさい』

 と頭を下げた。

 それは何度もシミュレーションして、こうなるだろうと予測したリアクションの一つ。受け入れられると期待した事は一度もなかった。

『うん』

 だから、笑って欲しかった。

『気にしないで』

 声が上擦ったけど、必死で平静を装った。里織はうつ向いたまま、目を合わせてくれなかった。だからひどく不安だった。

『フラレるって知ってたから。だから、里織さんが幸せそうに笑っていてくれたら、それだけで幸せなんだ』

 かなわない事は知っていた。だから、本当は告白する気はなかった。

 なのに、血迷った。一瞬だけ魔が差した。

『ごめんね』

 見返してきたのは、泣き濡れた瞳。

『隆司くん、いい子で大好きだけど、そういう風に見られない』

 仕方ない。仕方なかった。

『知ってたよ。判ってた。だって俺は、和豊と一緒にいる時の里織さんが、一番好きだったから』

 だから、謝らなくてはならないのは、自分だと思った。

『和豊と幸せになって。応援してるから』

 だけど、男として意識されたかった。子供扱いされたくなかった。

『里織さんが好きだよ。だから幸せになって欲しい』

 苦しいけど、本気でそう思った。

『だから、高校は全寮制の学校へ行く』

『え?』

『学力は足りているから奨学金で行けるよ。特殊なカリキュラムで、朝から晩まで勉強浸けになるらしいけど、たぶんその方が良いや』

 里織を忘れるには、その方が良い。そう思った。

『それ、和豊に言った?』

『いや、まだだけど』

『和豊が聞いたら悲しむわ。だって和豊はあなたを溺愛しているもの』

 隆司は苦笑した。

『俺は子供じゃないよ』

 本気でそう思っていた。

『だから大丈夫。和豊には里織さんがいれば問題ないよ。俺も安心して寮に入れる』

 和豊は家事能力がゼロだったから。隆司も里織もいなければ、2日と生活できないと思っていた。

『里織さんがいなかったら、俺、和豊置いて寮になんか入れないよ、恐くて』

 冗談めかして言った。

『一石二鳥なんだよ。だから気にしないで』

 火事はその9ヶ月後だった。

 高校入って最初の5月の連休。両親や親戚の墓参りをした後、アパートへ戻って、夕食を食べた。

 未だに夕食後の記憶を思い出せない。ただ、形を成さない曖昧で断片的な記憶がある。 里織の泣き顔、和豊の怒声、割れたグラス、それから血痕。無表情な和豊の顔のアップ、目眩いと頭痛。

 身に覚えのない、隆司の首に点々とついていた指の形の欝血。里織は刃物で何度も刺されていた。火事の前に死んでいた。だから、あの晩見つけた時には、既に絶命していたのだろう。

 しかし、何故あの時、駆け寄れなかったのか、助け起こす事ができなかったのか、何故逃げてしまったのか――その事を隆司は今も後悔し続け、自分を許せずにいる。

(死んだ方がマシだとは思わない。だけど死んでも良かったと思う)

 あの時、本当に手遅れだったのか、確認していないから。最後の最後で保身に動いてしまったから。それが無意識下の行動だったとしても、そうだとしたら余計に許せなかった。

 原因が判らなければ、理由が判らなければ、たぶん同じ事を繰り返す。それが恐かった。自分の事なのに、大切な人の事なのに、大好きだった和豊の事なのに、思い出せない。 知っている筈なのに、思い出せない。

(俺は嘘つきだ。最低最悪の裏切り者だ)

 絶対に幸せになって欲しいと思っているつもりだった女性すら守れなかった。それどころか逃げた。そして一人生き延びた。

 だから、半ば贖罪――自分の裏切りの許しを得るために、自分が納得するために、里織と自分に起こった出来事の真相を知るために、隆司は探し屋になった。

 それが恭一郎が出した条件だった。探し屋になって、恭一郎を納得させられるだけの誠意を見せたなら恭一郎が調べた情報、真実を教える、と。

(……誠意、か)

 今考えれば、随分厄介な条件だと思う。

(あの頃は、自分がこんなに情けない役立たずだとは思わなかったよな)

 自分の事しか考えてなかった。自分しか見ていなかったし、自分の全てでさえ見えていなかった。

「俺は大丈夫です」

 恭一郎と百々加の視線が痛かった。

「初日に遅刻して申し訳ありません。心からお詫びいたします」

 深々と頭を下げた隆司に、理事長はダハハと笑いながら言った。

「まぁ、そう、しゃちほこばらずともよろしい。まぁ、椅子にかけたまえ。……いやぁ、恭一郎くん。……」

 理事長が恭一郎に耳打ちすると、恭一郎は満足げににっこり笑った。

「えぇ、来週中には。その時はまたご連絡します。こちらが無理を言ってお願いしておりますから。どうか従兄弟をよろしくお願いします」

「任せてなさい、恭一郎くん」

 理事長はにやりと笑み崩れた。隆司は嫌な予感がした。

「隆司、話は済んだ。お前のクラスは3年1組。担任は今授業中。2限目の授業の始まりは、9時50分だ。自力で教室に行けるか? 行けなければ、俺か百々加が付き添う」

「一人で行ける」

 隆司が答えると、恭一郎は唇を歪めて笑った。

「全くだ。そうあって欲しいと思うね。勿論、迷子になる事なく」

 隆司は、自分の顔に血の気が上るのを感じて、唇を引き締めた。

「授業が終わるまで、あと40分ある」

 物凄く嫌な予感がした。

「とりあえず食堂へ行こう。この時間なら無人だという話だ」

 恭一郎は真顔だったが、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「話をしよう、隆司。聞きたい事もいっぱいある」

 ニヤリと笑うが、目が笑っていない。

(説教だ)

 より正確に言えば、説教という名の嫌味の襲撃に遭う。隆司は大きな身体を小さくすくめ、身震いした。

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