第八節 真面目 (Side:百々加)
隆司は呆然としたように百々加を見ている。百々加は舌打ちする。
「百々加……さん……?」
信じられない、という声。その素直過ぎる反応がいちいち気に障る。
(どうせ似合わない事くらい知っている)
だから黙らせる。それ以上は言わせない。隆司が決して嘘を言わない事を知っているから。気遣ってお世辞を言う事など有り得ない。
「黙れ」
そう言うと、隆司は青くなった。
「す……すみません、お、俺、間違えて反対行っちゃって……」
「お前を信用した私が悪かった」
「え?」
「迎えに行くべきだった。後悔している」
「……す、すみません……」
「私に謝るな。謝るなら、オーナーとここの理事長に言え」
「えっ、ま、まさか恭一郎が!?」
「オーナーと呼べ」
「いや、それ無理だから!!」
隆司の言葉に百々加は眉をひそめる。
「恭一郎は恭一郎だし、絶対無理だ」
「…………」
百々加が睨むと、いつもなら青くなる筈の隆司の顔が、何故か赤くなった。
(何だ?)
百々加は怪訝に思った。
「隆司?」
呼びかけるとビクリと肩を震わせ、耳まで真っ赤に染まった。
「どうした」
そう言ってからふと、具合でも悪いのかと心配になる。近付くと、隆司は慌てふためきながら、後退さる。
「隆司?」
更に隆司は、よろめきながら後退して、背中を壁にぶつけて慌てたように後ろを見て、百々加から距離を置こうとするかのように、壁伝いに移動する。
「あ……っ、いや、その……っ」
「熱でもあるのか?」
更に近付くと、焦ったように首を振る。
「いっ、いや、ないですっ!!」
近付くと、額に汗の粒が浮いている事に気付いた。
「顔に汗かいているぞ」
「いや、あの、なんか暑くて! は、走りましたし!!」
「……そうか」
納得はしていなかったが、これ以上聞くなと隆司の顔に書いてある。百々加はため息をついた。
「お前の方向音痴と、道に迷っての遅刻は今更だが、何故連絡を怠った? 最低限の義務だろう」
「ごめん。連れがいて色々あったら、つい忘れてしまって」
「連れ? どういう意味だ」
隆司は愛と遭遇したこと、交わしたやり取りや、彼女を保健室に運んだ事などを簡単に説明した。百々加は眉間に微かな皺を寄せた。
「じゃあ、案内してやるからジュースを買って保健室に行け」
「え?」
「折角得た縁だ。何か後日、役立つ事があるかもしれない。とりあえず失礼のないよう、相手の機嫌を損ねないよう振る舞っておけ。ただし、深入りはするな。会話が出来る顔見知りの付き合いに留めておけ」
「了解」
隆司は生真面目に頷いた。
(……真面目なのは良いが、つくづく融通の利かないヤツだな)
百々加は思う。悪くはないが、若いくせに一体何を考えているのだろうと思う。
(小学生だって、自我や欲求はあるだろうに。何が楽しくて生きてるんだ?)
「しかし、先に理事長への挨拶だけは済ませよう。これ以上待たせる訳にはいかないからな」
「了解」
百々加の言葉に、隆司が再度頷く。それを確認する前に百々加は背を向け、スタスタと歩き出す。百々加の数歩後に隆司がつき従う。百々加は理事長室のドアをノックした。
秘書の女性が出てくる。
「申し訳ありません。大変遅くなりましたが、弟が到着しました」
「かしこまりました、どうぞ奥へお入りください」
笑顔を浮かべて、ドアを開けて、奥のドアを示して、会釈する。
「すみません」
隆司は言って、頭を下げる。百々加は目線で来いと促し、奥のドアをノックする。
「どうぞ」
「……失礼します」
百々加は隆司の腕を掴み、ドアを開け、中へ連れ込み、ドアを閉めてから、腕を離した。
「申し訳ありませんでした」
百々加は深々と頭を下げる。それに習い、隆司も隣で慌てて無言で頭を下げる。恭一郎は隆司の姿を確認すると同時に立ち上がり、
「本当に申し訳ありません」
と、礼をする。
「いやぁ、別に構いませんよ。それより、お姉さん、一緒に今夜、飲みに行きませんかな」
「申し訳ありませんが」
百々加は言う。
「残念ながら二十歳未満ですから、アルコールはまだ飲めません」
理事長は軽い渋面を作ったが、
「僕も未成年でなければ、お供するのですが。父に申して、後日埋め合わせいたします」 恭一郎がフォローすると、黙り込んだ。
「……ふむ、そうですな」
理事長は暫し考えてから、勿体ぶった口調で頷いた。
「申し訳ありません」
恭一郎は笑みを浮かべて、満足そうに頷いた。




