第一節 探し屋 (Side:百々加)
「カッコイイですね、百々加さん」
高村隆司が高久百々加に、そう言った時、百々加は何に対して言われたのか判らなかった。
「恋人ですか?」
そう聞かれて始めて、百々加はそれが写真の事だと理解する。それは千尋の17歳の誕生日に撮った写真。実年齢より老けて見えるのは、その長身と、達観したような静かな瞳のせいだろう。
当時の千尋の年齢と同じ17歳の隆司は、鈍いようでいて、意外に勘が鋭い。下手な嘘はつくだけ無駄だ。しかし、だからといって本当の事を語る気もない。
だから、曖昧に笑った。
「やっぱり」
隆司がそう言って頷いた。どうやら肯定と判断したようだ。どちらでも構わない。憶測は詮索は苦手である。相手がそうだと思いたがる方だと思わせておけば、余計な説明も面倒も必要ない。そう思い、百々加は微苦笑を浮かべた。
「でも、百々加さんと並んだら、男前二人にしか見えませんね」
百々加はピクリと眉を上げた。隆司は仕事に関してはなかなか有能だが、一言以上多すぎるのが、の欠点の一つだ。また、とんでもなく方向音痴で、ナビがあっても、迷子になったり、道を間違えたりする。だから、いつまで経っても半人前だ。
しかし、童顔を生かして、学校へ潜入する必要がある場合には、重宝する。だが、今回の依頼は、百々加と二人で組む事が既に決まっている。
現在の百々加を一目見て、女と見破る人は少数だ。しかし、見る人が見れば、どんな恰好をしていようと、男女の差は明らかなのだと言う。その少数派の一人である百々加の友人は、
『骨盤が違うのよ』
と言った。
他にも違いはあるが、整形や去勢、ホルモン注射を受けても、絶対に男の骨盤が、女の骨盤のように、大きく広がったりはしない。だから、男か女かを一目で判別するには、腰と尻を見れば良い、ということらしい。
なるほど、と思う。確かに言われてみれば、太めの男性でも、女の尻のように横に大きく張ったり広がったりはしない。だからといって、そう役に立つ知識でもないが。
百々加は、サカキ・エージェンシーという調査事務所に勤務している。一方、隆司は現役高校生で、アルバイトとして同事務所で働いている。
百々加はボーナス無しの完全出来高払いの月給、隆司は時給で即時払い。月によっては、隆司の方が多かったり、百々加の方が多かったりする。だが、時折即時現金払いの隆司が羨ましく感じる事もある。
しかし見かけによらず、隆司も苦労していて、幼い頃に両親を亡くし、親戚に引き取られ、稼いだ金は、ほとんど学費に消えるらしいので、あまり羨む環境ではない。
あの無神経さと、気配りのなさはどうしたものかと、百々加は思うが、隆司は自分よりも冷静で、現実的だと思っている。
学歴に関係ない職種を選んだとは言え、やはり知識や学識は、ないよりある方が便利だ。百々加は因数分解や、分数の割り算が解けない事に関しては後悔しないが、英語やローマ字が判らない事に関しては、とても後悔している。カタカナ英語はチンプンカンプン、外国人の名はサッパリだ。
実は中学はギリギリの出席日数しか通わず、勉強もほとんどしていない。試験のための丸暗記はしたが、結局身についていないために、卒業と同時に全て忘れてしまった。
最大の原因は、千尋を探し続けたためだ。だが、単純に向学意欲がなかった事や、高久への反発心等も理由の一つだ。事務所所長のシュウが、拾ってくれなければ、どうなっていたか判らない。
百々加が女だと知って、大抵の人間が驚くポイントは179cmという長身以上に、その髪型である。一部を除いて、いっそ角刈りに近いくらいに短くし、左右にそり込みを入れたベリーショートの髪を、オレンジをベースに、左の生え際辺りの髪を一房だけ伸ばし、銀のメッシュを入れ、根本で立ち上げて、額に垂らしている。基本ノーメイクだが、眉はいつも整えている。
また、日常的にフィットネスを欠かさないので、特に肩や上腕あたりの筋肉は、我ながらたいしたものだと思う。しかし多少悩みがないでもない。
流石に下着は女性物だが、肩や上腕の筋肉が厚いため、既成の女性服ではなかなか良いものが見付からない。だから、オーダーか、男性服を買ってサイズ直しする。おそらくそれも、性別不詳に見える要因の一つだろう。
しかし、最大の原因は、女らしい言動をしないからだ。ぶっきらぼうで冷淡、無愛想。だが、それがかえって女性ウケしたりするらしい。
これまで百々加は男性に口説かれた経験はほとんどないが、女性に口説かれたり、ナンパされたりすることは、しょっちゅうだ。
大抵は「女だから」と断るのだが、ごくたまに「それでも良い」という人もいる。百々加を口説くのは、大抵ストレートの女性である。今のところ、真性の同性愛者に口説かれた事はない。
百々加はどちらかと言えば、女性より男性を好む方だが、恋愛経験はほぼ皆無である。奥手というわけでもないし、潔癖というわけでもない。単に好きだと思える相手が見つからなかっただけである。
大抵の男性は、百々加の身長だけで、恐れてしまう。現在の髪型にしたのは、いずれにせよ相手に威圧感を与えるなら、それにより磨きをかけようと決めたからだ。
百々加の仕事は主に人捜しだが、荒っぽい事も多い。一応空手と柔道の嗜みはあるが、一番良いのは争わずに済む事である。少なくとも百々加は、女装(?)している時でさえ、色気や女らしさは皆無である。
女と見ると、傘にかかったり、脅せば済むと凶器を持ち出すような輩もいるため、いちいちそれらをのしていくより、威圧させて数を減らしてからの方が楽である。しかし、威圧的な外見だけで、争い事を避けるのは難しい。
隆司が荒事一切苦手で、血を見てしまうと気分が悪くなってしまうため、荒事に関わる場合は、隆司の担当分野であっても、百々加がボディーガード代わりと補佐に就く。
今回の依頼は、学生ばかりを襲って金を奪う男を見つける事だ。通常ならば、警察署などに被害届を出すのが筋だが、秘密裏に処理したいというのが依頼人の希望である。
「金持ち坊ちゃんの道楽?」
金持ちの男というだけで、冷たい目になる隆司が、肩をすくめる。
「なんでそんなの受けるかな、シュウは」
「所長と呼べ。あと、受けた依頼に文句つけるな」
百々加は隆司をたしなめる。
「でもさ、援交っていうか、要は買春・売春だろ? ほっときゃイイんだよ。俺はそういうの、見たくも聞きたくもない」
「イヤなら辞めて、他のバイトを探せ」
「え……っ、いや、ソレは……」
百々加の言葉に、隆司は焦る。
「うちの給料が他の学生アルバイトより率が良いのは、そのためだ。金さえ払えば、犬でも顧客だ。お前に選択の義務はない」
キッパリと言い切る百々加に、隆司はうなだれる。
「……判ったよ。俺が悪かった」
無神経だが、素直なところが、隆司の長所だ。反省しているのを目で見て確認すると、百々加は唇に笑みを浮かべる。
「判ればそれで良い」
だが、百々加の笑みは、すさまじく不敵で恐ろしかった。それを正面からまともに見てしまった隆司は、震え上がる。
「は、はっ、はい!」
百々加はいぶかしげに眉をひそめ、しかし何も言わずに続ける。
「とりあえずお前は校内に潜入してくれ。これが届け出。オーナーのコネで、特別に編入試験は免除だ。保護者名は、一応私になっている。続柄は姉。同居はしない」
関係書類や、当座の調査費、しばらく住む事になるアパートの鍵の他、連絡用の携帯電話や、盗聴器その他の入った手提げバックを手渡す。
「了解」
隆司は短く答える。真剣な表情だ。百々加は頷く。
「疑問は抱くな。自分で判断しようとするな。お前はただ、事実を調べるだけで良い。情報を判断・分析するのは、お前の仕事じゃない」
「どうせ半人前ですよ」
隆司は少し拗ねた口調で言う。
「そういう問題じゃない」
百々加はピシャリと言う。
大学生が学生――高校生――に金を脅し盗られたというだけならば、簡単だった。それならば、警察に被害届けを出せば良い。だが、その大学生は援交、つまり未成年売春をネタに脅された。しらばっくれようにも、証拠写真と盗聴テープが握られている。
『一回きりだったのに』
襲われた青年は蒼白な顔で、母親と共に、涙を浮かべて、やって来た。
『僕は家業を、父の後を継がなくちゃいけないんです』
要求額は段々増え、自分の小遣いでまかなえなくなって、ようやく母親に相談し、依頼に来たという経緯だ。
「受けた仕事に、義理人情や倫理・道徳など考えるな。考えたければ、終わってからにしろ。情に振り回されれば、見える筈のものも、見えなくなる」
「クールですね、百々加さん」
「クール?」
百々加は目をすがめた。
「……子供には、難しい事を言ってしまったようだな」
「な……っ!」
「まぁ、聞きたい事や悩み事、迷った時は、定時でなくても連絡しろ」
「どうせ俺は、修行が足りませんよ」
「むくれるな。図体が大きいお前が、すねたりむくれても、可愛くない」
百々加の言葉に、隆司は顔をしかめた。
「お前は、校内から、売春や恐喝に関わっている学生を調べろ。資料として、恐喝に使われた写真や、コピーを更に録音したから音質は悪いが、ボイスレコーダーに、音も入っている。今日中に必ず確認しておけ」
百々加の言葉に、隆司は泣きそうな顔になる。
「俺、彼女いない歴=年齢なんですけど」
「だから何だ? 慰めろとでも?」
「いや、あんまり生々しくてキツイ内容だと勘弁して欲しいなと」
「慣れろ」
百々加は容赦なかった。隆司はがっくりと肩を落とす。
「あまり深く考えるな」
百々加は苦笑した。
「どうせだから、フリだけじゃなく、仕事を忘れない程度に、学園生活を楽しんで来い」
「他人事だと思ってますね」
「他人事だ」
百々加の言葉に、隆司は悲しそうな顔になった。
この小説は、十年ほど前に「KILLING Heart ~瞳の支配者~」というタイトルでゲームにしようと考えたプロットを元にしています。
「KILLING Heart」は神楽坂学園高校を舞台にしたものであり、当初はメール参加型RPG(指示or選択したURL(画像などの説明あり)に書いてある状況で、自分が何をするかをメールでGMに連絡→次の指示が来る)の予定でした。
次にサウンドノベルで(プレイキャラを複数から選択可能)作ろうとしたけど、全キャラの立ち絵を描くのが面倒になって没。
そして、そのサウンドノベルで隠しキャラに設定していた、選択肢によっては全てのイベントに絡む、謎の転校生・高村隆司を主人公の片割れにして、学園以外の部分を主軸にして書いたのが、この小説です。
荒事担当→百々加、学園内を中心とした各種人物と仲良くなっての情報収集担当→隆司です。