第一節 遅刻 (Side:隆司)
「うわ、まいった……」
今日は神楽坂学園高校の転入初日。隆司は途方に暮れていた。
「おかしい。学校が何処にもない」
しかも、同じ学校の制服を着た生徒の姿も見えない。左手の腕時計が示す時刻は8時20分。
確か8時30分始業だと、渡された書類には書かれていた。手元には手書きの地図がある。それによれば、アパートからバイクで5分の距離だと書いてある。ちなみにアパートの鍵を閉めたのは1時間も前のこと。
「ここは何処だ?」
現在地すら判らない。何故、学校が見えないのかは、考えたくはないし、理解したくもないが、明白だ。
それは道を間違えたから。あるいは、通り過ぎてしまったから。だが、通り過ぎたわけではないだろうと思う。
地図によれば、今まで走ってきた道の延長上または逆方向にある筈で、左折も右折もする必要がない。この状況で、道に迷うというのはどうかしていると自分でも思うが、迷ってしまったものは仕方ない。
こうなったら確実な方法は二つ。1、学校に連絡して教えてもらう。2、百々加に泣き付いて、迎えに来て貰って、送って貰う。
「……いや、2は却下だな」
やる気あるのか!と怒られて、殺されかねない。ゾッと身震いする。まずは現在地を突きとめなくては、どうにもならない。
幹線道路らしく、車の交通量は多い。歩道にバイクを引き入れて、ため息をついた。それからゆっくりと、隆司は辺りを見回した。
すると先程までの進行方向から、どこか見覚えのある制服を着た、茶髪のセミロングの少女が、つまらなさそうな顔で、こちらへ歩いて来る。
この時間では遅刻か遅刻ギリギリではないかと思われるのに、少女は全く急がない。ふてくされているようにも見える。だが、遠目でも目立つ美少女だった。
(あ、神楽坂学園高校の制服だ……)
ということに気付いた。隆司は慌てて少女に駆け寄った。
「ごめん、君……」
「ナンパは結構」
少女はピシリと突き放す。
「私、忙しいの」
しかし、隆司は必死だ。だからメゲない。少女の冷淡な反応など全く気にしない。
「俺も神楽坂学園高校生なんだ。学校へ行くには、どうしたら良い?」
隆司の切迫した口調と言葉に、少女は怪訝な顔になる。
「は? この通りを真っ直ぐ行けば、左手だけど?」
その言葉に、隆司は安堵する。
「なんだ、逆方向に来ただけか。良かったぁ……」
隆司は嬉しさを声ににじませ、微笑んだ。
「…………」
その顔を見て、暫し少女は無言で立ちつくす。
「有り難う」
隆司がニッコリ子供のように笑うと、少女の頬が僅かに赤く染まった。だが、隆司は全く気付かない。
「じゃあ、俺はこれで」
バイクのエンジンをかけ直し、車道に出ようとした隆司の腕を、少女が強く引いて引き留めた。
「……え?」
キョトンとした隆司に、少女は言った。
「お礼に私も連れて行って」
言われて、隆司は頷いた。
「ごめんね、気付かなくて」
返事の代わりに少女は微笑み、隆司はその笑顔に、一瞬見惚れてしまった。
(うわ、すごく色っぽい女の子だな)
隆司は思う。
(友香さんには負けるけど)
永峯友香は、サカキ・エージェンシーに勤めている。基本は事務員だが、時折『探し屋』――興信所などでいうところの調査員――になる。
Fカップの胸の谷間を美しく見せる事にかけては、類を見ない。しかも美人で優しくて、可愛い。隆司にとって理想の女性だが、あまりにハードルが高すぎる高嶺の花だ。
緊張しすぎて、会話一つ満足にできないくらいだ。目の前にいる少女は、美人で可愛くて色気がある。プロポーションも申し分ない。
まるでアイドルかグラビアモデルだ。
「アイドルの五島愛に似てる……」
思わずそう呟いた隆司に、少女は、
「五島愛よ」
と答えた。
「え、同姓同名?」
驚く隆司に、少女は苦笑する。
「だから、本人」
「え……っ!?」
動揺のあまり、隆司の声は裏返った。
「だから、同姓同名じゃないわ」
隆司は真っ赤な顔になった。
「ご、ごめん」
深々と頭を下げて謝る隆司に、愛は優しく微笑む。
「ううん、良いの。それより、早く行かなきゃ遅れちゃう」
その言葉に、隆司は我に返った。




