第九節 真夜中の放浪者 ~前哨戦~ (Side:百々加)
百々加は周囲に注意を払いながら、歩いていた。
先程捕えた学生達は、百々加を襲撃した事は覚えていたが、その理由について問い質すと曖昧で、『何となく気に入らなかった』『シメたい気分だった』『ムシャクシャしていたから』だった。
怪我をしない程度に少し暴力的な手段で、彼らの通う学校名、クラス、互いの関係や、交流関係を聞き出した。
それによれば、彼らは神楽坂学園高校の二年生。逃亡した残り一名については記憶がない。
剣道部所属の幽霊部員を含む遊び友達で、仲が特に良い訳でもないが、しばしばつるんで気に入らない人間を暴行してたり、恐喝したり、金銭を奪ったり、婦女暴行したりしていたらしい。
依頼人を恐喝した男達については、同じ学校の一学年上だが『キレてて手がつけられない』こと、『敵に回すと百人くらいは集める』こと、彼らの命令に逆らえば、学園・神無町内で生きることは不可能なこと。
死んだ少女は、神楽坂学園高校の二年生。数ヶ月前まで素行は悪くなかったが、最近はよく街中で複数の男と一緒にいるところを見かけたこと。おそらく売春行為を行っていたこと。
「…………」
百々加は隆司宛てに写メを送る。
先程の男達、少女の遺体が見つかった現場、ゲーセンの写真を、それぞれ簡単な注釈付きで複数回に分けて送信する。
それから『それとなく調べろ』と書いて送る。その後、写メを別の宛先に送信し、削除した。
駅前に来ていた。所々でたむろしている少年少女達がいる。大抵は複数で。一人でいる人間はいない訳ではなかったが、少なかった。
ざっと見回して、百々加は一組のカップルに目を留めた。
男は髪を染めているのか、ムラのないアッシュブロンドがかった茶髪で、バランスの取れた長身の色男。
相手は小柄で、華奢な黒髪ストレートのロング。フェミニンで清楚なワンピースを着ていて、人目を引く清純で美しい容貌だったが。
(?)
違和感を覚えた。二人はどちらともなく手を伸ばし、ごく自然に手を握った。それは恋人同士の甘い雰囲気よりは、同性の気心の合う友人同士のような雰囲気で。
黒髪の少女が何か言うと、金髪男は苦笑しながら何か言い、黒髪の少女が拗ねたような顔をする。それを見て金髪男が優しく甘く笑った。まるで恋人に向けるように。
百々加は通り過ぎる際に、カップルの会話を耳で拾った。
「……だからダイエットなんか、するだけムダだって。それよりただでさえナイ胸がこれ以上なくなったら、着る服がなくなるだろ。ただでさえチビなのに」
「樹龍と比べたら、大抵の人はチビになっちゃうに決まってるじゃないの」
「お前は規格外のチビっぷりだろ、渚」
「ヒドイ、樹龍。なんで私にばっかりそんな意地悪なの?」
「そりゃお前が女じゃないからだろ。俺は女にしか優しくしねぇの」
一瞬、空気が鋭くとがった。
「え、何? そんなに睨むなよ」
「…………」
背中越しに振り返ると、黒髪の少女が一人で歩き去ろうとするところだった。
(ああ、そうか)
先程の違和感の正体が判明した。百々加は少女の後ろ姿に視線を走らす。小柄で華奢すぎるくらいの骨格・体型。腕も足も首も、折れそうに細い。凹凸にも乏しい。確かにダイエットは不要だ。
……しかし。
(気付いてないのか?)
百々加は金髪男を注視した。男は慌てて相手を追いかけ、拝み倒す。それは拗ねた恋人の機嫌を直すために謝ろうとしているように見える。
(気付いてなくて、わざとでもないのだとしたら、隆司以上の鈍感で、不用意な言動をするやつだ)
「…………」
百々加自身も、男に女ではないと言われた事は何度もある。だが、今のところ、言われて傷付くような相手に言われた事はない。また言われても、ただの事実だ、としか思えない。
(あれが素だとしたら、殺されても仕方ないだろうな)
一瞬、殺気にも似た空気を感じた。それは直ぐに抑え込まれ、和らいだが。
(それを溜め込み続ければ、いつか殺意に変わるかもな)
愛情が憎悪に変わる瞬間。それは一瞬に見えて、そうではない。
長い間の蓄積。欝屈・不満・恨み・妬み・怒り。一つ一つは、些細なことだとしても、塵も積もれば山となる。
基本的に、感情・心に、男女の区別はない。多少、感じ方や考え方が異なるだけだ。
大抵はその『多少』がトラブルの要因になることが多いのだが、それは必ずしも男女間にのみ生じるとは限らない。個体差、個人差というものだと百々加は思う。人と人のトラブルの主な要因は。
それは時に人を傷付け殺す。傷付ける側は、傷付けた側の痛みを真に理解することはない。
同じ一つの経験を、全く同じように感じたり捉えたりすることは、他人同士は勿論、本人ですら、全く同じになるとは限らない。
ある程度の予測・分析は出来るかも知れないが、絶対ではなく、必ず不確定要素、あるいは運・不運のようなものがある。
先程のカップルは見えなくなった。
男がもし謝罪し、それが受け入れられて、表面的には仲直りしたとしても、根本的な問題を解決しない限りは、同じ事を何度も繰り返す。
そして運命の振り子が振りきれてしまった時、良くも悪くも変化して、二度と元には戻らない。
覆水盆に返らずという言葉がある。
起こってしまった事には取り返しがつかないという意味だが、それが生じるには、運を含めて何らかの要因がある。
水脈のないところで井戸を掘っても、水が出ないように。全ての物事は偶然だけでは生じない。そんなことは稀だ。全ての物事には、理由・裏付けがある。
(駅前は明る過ぎる)
百々加は公園に向かう事にした。だんだんと暗く、人気がなくなって来る。だが、決して無人ではない。
公園入り口付近のベンチに、大っぴらに愛を語り合う男女がいたが、それは無視。百々加は全身のアンテナを総動員して、周囲の人の気配を探る。一見無人に見える暗がりの中にも、うごめく影、気配、音。
百々加は猫のように、足音を立てず、密やかに闇に溶け込み、気配を消して、夜の公園を放浪する。百々加の聴覚が小さな悲鳴を聞き取った。気配を殺したまま、足早に移動する。
一人の男が、複数の男達に暴行を受けていた。まだ少女と呼んで良い年齢の女が、半裸姿で拘束されている。
隠しカメラの設置場所とは異なる。手持ちにデジカメや古いカメラ付き携帯くらいしか無い事を悔やみながら、なるべく音を立てずにカメラを取り出し、動画撮影。それから、フラッシュなしで数枚静止画で撮影。
「……判ったか」
腕組みして見ていた男が言った。それを合図に、一時的に暴行が止む。
依頼人を恐喝した者達の一人だ。暴行する側は学生服、少女も制服、暴行されていた男だけが私服だ。
「……こんな事して、ただで済むと思って……っ」
学生服の男がニヤリと笑って、懐から十数枚の写真を取り出して、私服の男の目の前にかざして見せた。
「……っ!」
「あんた、未成年に金を渡してこんな事したら、犯罪だろ?」
「…………」
「あんた、神無大学の学生さんだろ? 確かあの大学って、危ないサークルあるって聞いたんだけど、あんた聞いた事ない? 酒に眠剤入れて女にムリヤリ飲まして、マワすんだって。それに比べりゃ俺らなんかカワイイもんだよな」
ケタケタ笑って男は、私服を小突く。
「……しっ、知らねぇよ! そんな事!!」
「ま、ンなことどうだってイイんだ。悪ぃけどニイチャン金貸してくれよ。俺ら困ってンだよ。とりあえず今のところ有り金全部でイイよ。財布は返してやるからよ」
そう言いながら、私服の身体を探り、財布や携帯・家の鍵や免許証などの所持品を奪う。
「なっ、や……っ!」
抵抗しようとする私服を殴りつけ、学生服の男達はそれらを検分する。その時だった。
「何をやってんだ! お前ら!!」
聞き覚えのある声に、嫌な予感がして、そちらを見ると、憤然とした表情の隆司だった。
(……あのバカ……)
一瞬目眩いを覚えた。見捨てて傍観しようかとも思う。だが、百々加は良く知っていた。
「お前ら、よってたかって何してやがる! 恐喝か!? 金目当てなのか!? 男はどうでも良いけど、女の子に暴力振るうなよ!」
「……は?」
百々加は頭痛を覚えた。
(……こいつまだ写真に目を通してないな)
呆れるどころの話ではない。だいたい、その少女は、連中の仲間だ。事前に渡した資料の中にも、その名と写真があったはずなのだが。
「オイオイ、ヒーロー気取りかよ?」
学生服の一人が呆れ声で言う。
「俺は暴力が嫌いなんだよ!」
隆司が怒鳴る。百々加は諦めて、荷物をしまい始めた。戦闘準備だ。




