二人の鴉
-2022年11月20日太平洋時刻午後8時半:太平洋上
激しい時化の中、原子力空母ジョージ・ワシントンのカタパルト
にて離陸の準備が進められていた。
北朝鮮の核の脅威に曝される日本・韓国を防衛するため、
アメリカは沖縄に加え樺太が必要だった。
特に南樺太はロシアの実効支配下にあるが実質的には何処の国の領土でもなく、
「侵攻」ではなく「進出」と結論付けられると考えたのだった。
その「進出」予定の島に偵察に向かう航空機が、今まさに発艦しようとしていた。
外の騒ぎに反して物静かな艦橋内は実験の失敗を伝えるテレビの音、
そして会話と命令が飛び交う。
そう、これは戦争なのだ。訓練ではない。
対Gスーツに身を纏った男は一時間前のミーティングで聞いたその言葉を
頭の中で反芻しながら、甲板へと向かっていた。
この男の名はアダム・クリントン。
水密ドアを開けた途端に強風と滝のような雨が身体に打ち付け、
ジェットの排気音が耳を劈く。
甲板に上がると、発進の準備が整い位置に着いたRF-15偵察機が出迎えていた。
中で待機していた観測手がキャノピーを開け、乗り込むよう手で合図した。
アダムはコクピットに着き、なんとはなしに左右を確認する。
観測手《『あー早く風防を閉めてくれ。機械がイカれちまう』》
タッチパネルを操作し、キャノピーを閉鎖する。
外界から聴覚、触覚、嗅覚が遮断され、一気に静まり返る。
観測手《『遅かったな。何してた?』》
アダム『...コーヒーを飲んでた。砂糖のたっぷり入ったヤツな』
観測手《『じゃあテレビ見たか?あそこの実験、失敗したんだってな。』》
アダム『...俺達が心配しなきゃなんねぇのは、昨日のウィスキーを、
モートが全部飲んじまわねえかって事だけだろ。
あの酒...俺が持ち込んだのによ』
指令《『雑談はそこまでにしろ。シャドウ3-5、これよりカタパルトを加圧する。
お前の酒は既に没収済みだから、心配せずとも安心して飛べるぞ』》
アダム『.......こちらシャドウ3-5、了解した』
観測手《『アダム・クリントンに神のご加護があらんことを。アーメン。』》
笑いを堪えながら発進指示を観測手が行い、カタパルトが蒸気を噴き出し始める。
観測手《『よし、さっさと行こうぜ。』》
甲板作業員が退避し終えたその数秒後、機体が一気に加速され、
身体がシートに押さえつけられ顔をしかめる。
しかし直ぐに機体は安定し、アダムは旋回軌道を取るように操舵する。
観測手《『エンジンよし。加速よし。ほい、ギアアップ。』》
指令《『シャドウ3-5、高度制限を解除。第11艦隊、8番駆逐艦の左側を旋回し、
方位280へと進入せよ。尚、貴機の進路に朝鮮軍と思わしき艦隊を捕捉。
作戦制限時間及び燃料に限りがあるため進路そのまま、
なるべく低空を飛行し、有事に備えて兵装を起動。』》
アダム『こちらシャドウ3-5、進路上に敵艦、回避行動優先及び交戦許可ありの旨、了解』
指令《『復唱よし。』》
アダム《『マスターアーム・オン。マスターアーム・オン。異常無し。』》
鴉は縄張り主の顔も知らない様な土地へ平気で入り、
餌を取って気付かれない間に巣へと戻る。
今日も綴りも知らない島へと"餌"を求め、"糞"を垂らし、直ぐに帰るだけである。
"現実の世界"であるならば。
夜が明けるまで、残り10時間。