⑤
あれから、さらに数日が経ちました。今、「妹」と「彼女」の元には、合わせて4種類の『彼』がいます。それぞれと一緒に学校へ向かい、クラスメイトとして接する『彼』と、それぞれの家の留守を守り、身の回りの世話をしてくれる『彼』です。二人の手元に思いの人がいつでも存在できるように願った後も、欲望は留まることを知りませんでした。ずっと『お兄ちゃん』と一緒にいたい、『彼氏』君と共にいたい……本人はそんな純粋な願いを叶えてもらっているだけだとずっと思っていました。
確かに、例の「宝石」に願い事をかければ、元からずっとその願い事の状態だったという世界が生まれ、周りもそれに従って行動を取ってくれます。ただ、それでも避けられない視線というものはありました。それは……
「……まだかな……」
『彼』に囲まれるという生活を続ける、「妹」や「彼女」への視線でした。ただ、ずっと前にあった敵意という名の視線はとっくに排除し、それらを向けたものの存在は二人によって『彼』の一群の中へと吸収させられました。ずっと仲良しの同じ姿の青年に加わり、妹や彼女に愛でられるものへと変わっていたのです。しかし、それでも視線は止む事はありませんでした。『彼』と共に過ごしている彼女への、興味や好奇心の目線。『彼』が同時に複数存在するということはなんら異常ではなくなったのですが、共に暮らしている「妹」や「彼女」に対しては、羨ましいという視線のほかに、どういう経緯でそうなったのか、どうやって暮らしているのか、そんな興味本位の視線が向けられるようになったのです。
ただ、そこから二人に手をだそうとする者は幸いにもいませんでした……と言うより、そういう存在は既に周りから消えていたというだけかもしれません。「彼女」のほうもそういう辛さや寂しさを感じたときは、大事な親友である「妹」と話しているうちに明るい気分へと戻るようになりました。相手側も同じように、自分を頼ってくることが多くなっていました。自分の方でも大変なのに、向こうは高校生の体格や頭脳を持ち合わせた中学生の『彼』が大量にいる学園生活、その苦労は計り知れないでしょう。
ただ幸いにも、双方とも二つの逃げ道を見つけることが出来ていました。一つは既に説明した通り、同じ秘密を共有する存在同士。そして、もう一つ。部室の影、視線を感じる事が少ない場所で「彼女」はもう一つの「逃げ道」がこちらへ向かってくることに気づきました。それが分かる証拠は、少々うるさい部室の扉の音と、そこから連なる百の足音……
「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」
あっという間に部室の影は人でごった返しました。「彼女」の思いの人である、100人の『彼』です。
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「妹」の家に200人、「彼女」の家にも200人。今、この世界には400人の『彼』が存在しています。あの後も「宝石」に何度も何度も願い事をかけ続けた結果です。
「うふふ!」
「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」「ははは♪」
昔は『彼氏』君と二人だけだった帰り道も、今や100人の『彼』に囲まれ、賑やかなものとなっています。全員ともまったく見分けのつかない同じ姿に同じ声、そして爽やかな笑顔を彼女に振りまき続けています。そんな『彼』の様子をを見るだけで、「彼女」はいつも幸せでした。日々のストレスも一気に吹き飛んでしまいます。今の「彼女」にとって、より多く『彼』とより長い時間を過ごすという事が、何よりも重要なこととなっていたのです。
しかし、既に「彼女」はある事に対して完全に麻痺していました。先程も述べたとおり、今の彼女や『彼』に敵意や畏怖などのネガティブな視線を見せるものはいません。ですが、興味や好奇心などのポジティブな視線を見せるものを、彼女は気づかないでいたのです。それは学校だけではなく、この世界のあちこちにいる、という事を……。
ここ数日、「彼女」はこうやって『彼』と共に帰るといつも直行で自分の家へと向かっていました。そこで待っているもう100人の『彼』の笑顔に迎えられたいから、ということもありますが、実はもう一つ、気になる理由があったのです。それは、この前の休日の夜に「妹」から届いたメールでした。しばらくの間、家に訪れないで欲しい、というものだったのです。決して嫌ったわけではないし、「彼女」さんは大事な親友だ。だからこそ、本当に申し訳ないけど、来ないでください、と。そして、理由を言うことは出来ないと最後に大文字で付け加えられていました。
驚きと悲しさの表情を見せてしまった「彼女」に、200人の『彼』が一斉にどうしたのか、と集まってきたのは言うまでもありません。ただ、『彼』に同じようなネガティブな表情をさせる事を許さなかった彼女は、大丈夫だと言い、この事を隠しました。多分今の『彼氏』君に言ったとしても、大丈夫だよ、大丈夫だよ、といういつもどおりの言葉のユニゾンしか返ってこないでしょう。それから数日、ずっとそのまま耐え続けてきた彼女でしたが、やはり自分の足で理由を聞きたい、という思いが揺らぐことはありませんでした。
「この道を歩くのも久しぶりだねー」
「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」「そうだね♪」
100人の『彼氏』君が一斉に返す言葉は、まるで心地よい波の響きのように聞こえ続けていました。もっとこの気持ちよい感覚を味わいたい、などと思っているうちにもう「妹」の家……本来この100人の『彼氏』が住むべき場所が見えてきてしまいました。楽しい時間はあっという間に過ぎるものなのか、と思いかけたとき、ふと家の外側の様子が妙な事に気がつきました。中学校の制服姿や格好いい私服で身を包んだ『彼』が詰め掛けているのなら話は分かります。ですが、あのようなスーツ姿やフォーマルな格好の大人たちはあまり見たことがありません。それに、あんなにたくさん玄関先に集まっている事も。一体あれはなんだろうか、そう呑気なことを思っていたときでした。突如、「彼女」の腕が斜め下のほうへと強い力へ引っ張られたのは。何事かと思って見下ろした先には、今さっきまで会おうとした相手……「妹」がいました。
「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」「久しぶり♪」
『彼』が100の笑顔を大事な存在へと向ける一方、「彼女」の方は「妹」の異変にすぐ気がつきました。息を早く、顔は蒼白。体調が悪いというわけではなさそうですが、それ以上に大変なことになったという事を示しているようです。笑顔をふりまく『お兄ちゃん』に、先に家に向かっているよう命令のように告げ、「妹」はそのまま「彼女」の腕をつかんだまま、一目散にそれとは反対方向へと走っていきました。
住宅街を抜け、町の人混みの中を駆け続けて、ようやく二人が落ち着いたのはビルとビルの間にある少し広い空間。一度「彼女」も訪れたことがある「妹」の秘密の隠れ家でした。これまでは二人の秘密の話はいつも「妹」の家にある部屋でこっそりとしてきたのですが、一体どうしてこの場所に……いや、そもそもこの数日の間、妹に一体何があったのでしょうか。単刀直入にそちらのほうを尋ねた「彼女」に戻ってきた返事は、予想だにしないものでした。
「私のせいだ……私のせいで大変なことに……」
「お、落ち着いて……何がどうなったの?」
「マスコミに……マスゴミの連中に、嗅ぎつけられたんです!」
この世界には、嫉妬や羨望、興味、好奇心など様々な目線が存在しています。その中で最も影響力があるのは、他の多数の人々へ自身が捉えた様々な情報を伝えるという「マスコミ」の目線でしょう。ですが、彼らは人々を喜ばせようとも悲しませようとも、そこから利益が出ればそれで良いという存在。情報そのものを自らの資金や利益にするマスコミ……妹に言わせれば「マスゴミ」たる彼らにとっては、相手がどう思おうと関係ないのです。その恐るべき視線の矛先が、とうとう『彼』……妹にとっての『お兄ちゃん』、彼女にとっての『彼氏』君へと向けられたのです。
既に、週刊誌にはこの「奇妙」な家についての情報が赤裸々に載せられていました。何百人もの同じ青年が暮らすという状況に、確かに周辺の人たちは完全に慣れていました。そして、それ以外の人々も慣れているはず……休日に200人の『お兄ちゃん』と共に町の外へと服を買いに出かけた「妹」は、ずっとそう信じきっていました。そうであって欲しいとも思っていました。ですが、残念ながらその思いを口に出すことも無ければ、その場に例の「宝石」もありませんでした。その結果が、テレビ、新聞問わず詰め掛けた恐るべき悪魔たち……ずっと妹を家から一歩も出せない状態に追い詰めた存在たちだったのです。
「じゃ、じゃあ私の家に逃げても……」
「駄目でしょう……ね……」
ずっと二人は、羨望や期待のまなざしを心地よいものだとばかり思っていました。二人が対立していた頃からそれはずっと変わらず、今も『お兄ちゃん』や『彼氏』と共に歩く自分を皆が羨ましがっているとも感じていたのです。それが見事に裏切られた形となってしまいました。もはや家は無数のマスコミの餌食、戻ることは出来ないでしょう。
こんなことなら……妹の口をついて出そうになった最悪の願望を、慌てて「彼女」は自分の手でとめました。そんな事をして、また『彼氏』君=『お兄ちゃん』を元の状態に戻してしまっては、その時は良くても再び争いが起きるだけです。今までの苦労が水の泡になってしまいます。しかし、今の悪夢をどうすれば良いのか、混乱している妹は分かりませんでした。ただ、自分の発言をあわやと言う所で止めてくれたのは不幸中の幸いだったようです。真剣な顔を維持し続ける「彼女」を見て冷静さを少しづつ取り戻した「妹」は、覚悟を決めたかのようにポケットから厚紙で出来た箱を出し、そしてその中に大事に収納されているものを掌に取り出しました。もし今の言葉をそのまま最後まで言ってしまえば、彼女の掌に握られた宝石……何度も願いを叶え続け、今では砂利に使われていそうな小石ほどに縮んでしまったこの不思議な塊が、お節介にもそれを叶えてしまったかもしれません。
「こんなに小さくなっちゃったんだ……」
「多分、あと少しだけですね……」
しかし、この危機的な状況を乗り切るのはこの宝石しかありません。あの忌まわしいマスコミをこの世界から消してくれるように、と祈ろうとした「彼女」でしたが、ふと脳裏に一つ考えがよぎりました。もしこのまま消したとしても、また悪意を隠した「好奇心」や「興味」の目が向けられる可能性は高い。しかしそんな存在をいちいち消すわけにもいかない……そういう感情を取り除いてしまう、というのも一つの手かもしれないが、それよりももっと突っ込んだ、一言で表すと「究極」とも思える方法を、彼女は思いついたのです。
「妹」にそれを説明する前に、「彼女」は念押しのために「宝石」に一つの願いを叶えさせました。
――何も食べなくても飲まなくても、世界中の人間がずっと不老不死になれるようにして!
……眩い光の後、先程まで少しだけ感じていた空腹感が嘘のように消えたことを見る限り、恐らく願いは叶ったようです。しかし、何故突然そんな事を願ったのかと文句交じりに尋ねた「妹」に、「彼女」は答えました。その表情はどこか吹っ切れたような笑顔でした。
「ねえ、正直ずっと思ってたんだけど……
『私』と『妹』ちゃん、それに『彼氏』君。この世界って、それだけいれば十分じゃない?」
「……え?」
色んな人が存在するから、いくら願い事をかけてもどこかで必ず問題が起こり、新たな願い事を叶える必要が生じてしまう。ならばいっそ……。
「……今まで何度も考えてた。でも、正直とっても怖くて……」
「……実は、私もなんです。『お兄ちゃん』しかいらない、ずっとそう考えていて、でも怖くて……」
そして、「妹」は「彼女」に尋ねました。どうして自分だけではなく、もう一方も残してくれるのか。
「彼女」からの返事は即答でした。「妹」が、自分にとって何よりも大事な存在だから、と。同じ秘密を共有し、同じことを互いに思い、そして同じ苦しみを抱えている。そんな人は放っておけない。その力強い言葉に心を打たれ、うずくまって目から流れた涙を拭いた「妹」の心も、既に覚悟を決めていました。
宝石の大きさから見て、もしかしたらこれが最後の願いとなるかもしれません。ですが、もう二人には悔いは全くありません。二人の願いを受け、「宝石」は自らの真の力を発揮するかのように、今までで一番強く光り輝きました……。