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……『彼』を四人に増やしてからと言うもの、「妹」と「彼女」の日常は格段に明るくなりました。二人の大好きな存在が、両方、あるいは四方からいつも見つめてくれる、まさに天国と言っても良い気分でした。
「いただきまーす!」
「「いただきまーす♪」」
宝石によって叶えられた願いによって、『彼氏』が二人も学校に来ていることは当然の事、という風になっており、周りから驚きの目線などはありませんでした。こうやって彼女が二人の『彼氏』と一緒にご飯を食べるときでも、周りはごく自然に反応を示してくれます。何より内気だった彼女が、彼氏とであったことでより笑顔になっていることを指摘されることが非常に嬉しいことでした。そしてそれは、二人の『彼氏』にとっても嬉しいことであります。
ですが、あの時の願いには一つだけ大きな抜けがありました。確かに、「彼女」自身と「妹」の間での『彼』を巡る争いは終止符を打ち、増えた『彼』同士でも争いが起きることは一切無くなりました。ですが、それ以外……この学校に通う他の面々に関しては別でした。内気でうじうじしていた「彼女」がどうして『彼氏』に好かれたのか、しかも二人も。その事に対して、嫉妬心を抱くものがいない訳がありませんでした。その存在は仲間を引き連れ、ごく自然な形で「彼女」を『彼氏』から引き離し、自らの鬱憤を晴らそうとするものです……。
そして、ある日の学校の終わり、『彼氏』とその「妹」が住む家に、学校終わりの明るい笑顔の『彼氏』とは対照的な表情の「彼女」が駆け込んできました。どうしたのか、とユニゾンする『彼氏』の心配する声も聞かず、「妹」と願いを叶えてくれる「宝石」が待つ部屋を目指しました。
「……何それ!?」
当然、「彼女」の話を聞いた妹が怒るのも無理はありません。ずっと前なら、いい気味だ、ざまあ見ろとでも思ったかもしれないですが、今の彼女は自分にとって話を聞いてくれる重要な存在。場合によっては、『お兄ちゃん』よりも頼りになる存在になっていました。そんな「彼女」が誰かから危害を加えられるなんてとても許しては置けません。言葉だけではなく手まで出されたと言うのは、スカートのしたの膝にある痣からも分かります。
『お兄ちゃん』には言ったのか、と尋ねた妹でしたが、彼女曰く、言ったのは言ったのだが、二人の『彼氏』君は優しく彼女を慰めてくれた、それだけだったようです。確かに今までも優柔不断、あまりにも優しすぎる一面がある『彼氏=お兄ちゃん』なのですが、ここまでなっても怒らないとなると……
「願っちゃいます?」
「ううん、私『彼氏』君が怒る姿なんていらない。『彼氏』君はいつも笑顔でいてほしい……」
その言葉に、妹も大いに賛成していました。恐らく「彼女」に対して行われた行為に対して一切怒ることが無かったというのは、あの時の願いの副作用も影響しているのでしょう。それを治さないとなると、別の解決策で相手を何とかすることが必要です。「妹」が出してくれた「宝石」を目の前に悩む「彼女」でしたが、しばらく「妹」のベッドにもたれかけながら唸った後、頭の中に良いアイデアが閃きました。
「なるほど、消去しちゃうんですね!」
「ううん。ただ消去しちゃうだけじゃ面白くないから、ちょっと仕掛けを加えちゃって……」
「?」
まだまだ宝石は大きな輝きを見せ続けていますが、それでも願いはある程度節約する必要があります。だったら、いつか考えるであろう願いも一緒にここで言ってしまえばいいのではないか、そう「彼女」は考えたのです。正直なところ、同じ顔が二つという状況に慣れてしまうと、「二つ」しかないという考えが芽生えてどこか空しくなります。それは、同じ顔が四つ並ぶ状況をよく迎えている「妹」にとっても同様でした。
「奇跡」というのは、人々のあくなき欲望が偶然実現したというもの。もしそれが思い通りに起こせるなら、「欲望」はより深く、より限りなく溢れ出続けるでしょう。今、「妹」と「彼女」はその深淵に足を踏み入れてしまったのです……。
「妹」の部屋が眩い光に包まれてから数分後、鳴り響いたドアホンに応えて「妹」と「彼女」、そして四人の『お兄ちゃん=彼氏』が迎えた先にいたのは……
「ただいま♪」「ただいま♪」「ただいま♪」「ただいま♪」
……新たに誕生した四人の『彼』……ほんの数分前まで「彼女」を苛めていた同級生の女子高生四人組だった存在でした。
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一度欲望が渦を巻き始めると、それを止めるのは至難の業。他人が誰かの暴走を止めるだけでも非常に骨が折れるというのに、自分自身の暴走を自らの手で止めるというのは、根気と根性、そして勇気など実に様々な要因が必要な大作業です。しかも、それらはすべて本人が「無自覚」である場合、すべて骨折り損になってしまいます。そして厄介なことに、こういう状態になったときは大概そういうパターンが多いのです。
それは、「彼女」と「妹」も例外ではありませんでした。
八人の『彼氏』や『お兄ちゃん』ではどこか物足りない、もっともっと、『彼』が欲しい。一人、また一人、どんどんその数は増えていきました。そして、あれから数日後には……
「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」
「妹」と共に暮らしているお兄ちゃん……『彼』の数は、20人にまで増えていました。しかも、どれだけ数が増えても、外見はそのままに家の内装は部屋の広さがそのまま大人数に対応してしまう、という不思議かつ都合の良すぎる事まで起きています。当然ながら、学校に10人の『彼』が行ってもちゃんとその分の席はあり、先生も仲間もごく自然にその環境を受け入れていました。文句を言ったり陰口を言う人も、気づけば「彼女」の周りからはあまり見かけなくなっていました。噂話などはしているのでしょうが、彼女や『彼』の前では数の暴力や何とやらで誰も言えなくなっているのでしょう。彼氏とであった頃の内気だった「彼女」の面影は、全くありませんでした。
ただ、それでも「彼女」には空しさという仮面をかぶった「欲望」がまたもや生み出されていました。学校や「妹」の家に行けばいつでもたくさんの『彼』に会いにいけるし、自宅へも招待できるという事は気軽に出来ます。それでも、血の繋がりがある「妹」と比べても自分は単なる部外者、疎外感と言うのは出てしまうものです。これまではそれが敵対する存在に対する憎しみや嫉妬へと変わっていたのですが、今はそんな感情を通り越して、一つの「欲望」へと真っ先に結びつきました。
「自分用の『彼氏』……つまり、「彼女」さん専用の『お兄ちゃん』?」
「専用にはしないわよ。だって『彼氏』君は私のものだけど、「妹」ちゃんのものでもあるでしょ?」
「そっか、それなら話は分かりました。私も賛成です!」
「さすが「妹」ちゃん!」
話が決まれば、早速宝石に願い事です。昔は恐る恐る『お兄ちゃん』や『彼氏』に対する願い事を、頼み込んでいたのが、今やまるで食堂で『彼』を頼むかのような感覚です。二人が慣れてきたのと反比例するかのように宝石の大きさは確実に縮んでいましたが、それでも願い事を叶えてくれると言う効力は変わりませんでした。
またもや「妹」の部屋が眩く輝いてから数分後、部屋をノックする音が聞こえました。あの「宝石」は既に引き出しの中に閉まっているので、安心して『彼』を部屋の中へ迎え入れる事が出来ました。どうやら「彼女」を迎えに来た一団が、下のリビングで待っているようです。早速その様子を見に、心臓の鼓動を押さえながら階段を駆け下りた「彼女」と「妹」を待っていたのは……
「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」「お待たせ♪」
全く同じ学生服を身につけ、全く同じ髪型で、全く同じ笑顔をこちらに見せながらリビングを囲んでいる、20人の『彼』でした。その壮観な様子に目を奪われる二人の少女の後ろには、さらに同じ数の『彼』が現れていました。こちらは全員とも全く同じ私服を着込んだ、元からいる『彼』です。
「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」「よう、俺♪」
40人もの『彼』が一斉に挨拶と笑顔を交わす様子に、「彼女」と「妹」の目が輝いたのは言うまでもありません。
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こうして、「彼女」と「妹」、二人の家にそれぞれ同数の『彼』が住む事になりました。幸いにも「彼女」の家の方もうまく願い事が作用していたようで、両親から彼をよろしくというメッセージが寄せられているのを目撃しました。どうやら過去自体にも何かしらの作り直しが起きたようで、元から双方の家には何らかの繋がりがあり、「彼女」は『彼氏』の幼馴染に近い存在から恋仲へと発展した、と言う風になっているようです。ただ、そんな事は「彼女」にも「妹」にも関係ありませんでした。先祖に影響が起ころうが未来がどうなろうが、たくさんの『彼』と一緒に暮らせる今の生活が続けられればそれで良い、他人の幸せも不幸も関係ない……。
そんな中で、今度は「妹」の方に悩みが発生しました。
確かにずっと「彼女」が羨ましがっていた通り、「妹」は家に帰ればいつでもたくさんのお兄ちゃん……『彼』が待っています。一緒に夕食を食べたり、一緒にテレビを見たり、様々な形で接することが出来ます。ですが、いざ同じような生活を「彼女」がし始めるとなると、今度はそれ以外の時間……学校での時間がネックになってきました。
「え、中学生の『お兄ちゃん』が欲しいって!?」
現在、「彼女」は様々な願い事の末、50人の『彼』と共に同居し、数十人の『彼』によって構成されたクラスでただ一人の女子として、いわば逆ハーレムのような形で過ごしています。当然、そのような事を聞いて「妹」が悔しがらないはずはありません。昔はここで直感的に相手に危害を加えることが真っ先に浮かんでいたのですが、様々な平和的な解決策を見出してきた中で、妹のほうもだいぶ頭が冴えてきたようです。普段は「彼女」の方から願い事を考えるときが多かっただけに、妹側から意外な提案が出されて驚いていました。
「でもそれって、制服とかも違うんでしょ?部活とかも……」
「そこら辺は何とかなると思いますよ。「彼女」さんがうまく行ってたみたいに」
むしろ「妹」の方が一年早く高校生になった方が良いのでは、と尋ねた彼女でしたが、「妹」はそれを否定しました。例えそれなりの知識を得たとしても授業そのもののノリについていけるか不安ですし、何よりそんな事をしたら今までせっかく使い分けてきたお兄ちゃん……『彼』がごちゃごちゃになる、と。それに……
「中学校の制服の『お兄ちゃん』、見てみたいですよね?」
「……分かった♪」
……即答でした。
そして次の日、「妹」の家からは……
「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」「いってらっしゃい♪」
50人の『お兄ちゃん』の明るい笑顔に見送られながら、中学の夏服に身を包んだ妹と……
「いってきまーす!」
見送る『お兄ちゃん』と同じ体格や髪型、笑顔の、中学の男子用夏服を着込んだ『お兄ちゃん』が50人、元気に外出していきました。
「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」「いってきます♪」