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 昔々、あるところに二人の少女が……


「いい加減お兄ちゃんに付き纏うのはやめてください!」

「あんたより私のほうがお似合いって言ってるのよ!」


……修羅場の真っ只中でした。


 夜のリビング、照明に照らされた机を挟んで、長髪の背が低めの少女と、茶色混じりの短髪で背が高めの少女が互いに睨み合い、一歩も自身の立場を譲らない形を取っていました。文字通り一触即発といった様相で、どちらとも目に怒りの涙をにじませています。どちらとも悪口の応酬で済んでいるようですが、一方が手を出してもおかしくない状況なのです。

 一体どうしてこのような事態が起きてしまったのか、それを遡ると一人の青年に辿り着きます。低い背の少女にとって、彼は何年も共に過ごしてきた『お兄ちゃん』でした。親を早くに事故で失い、親戚からの仕送りで生活を賄ってきた兄と妹でしたが、いくら衣食住が十分に揃っていても、両親がいないという孤独感を癒すことは出来ませんでした。いつも夜になると寂しさの余り涙を流してしまう妹を兄は優しく抱き、泣きじゃくる彼女を支えてくれました。いつしか妹は、自分にとって彼は『お兄ちゃん』を超えた存在になっているように感じ始めていました。ただ、兄が自分の事を本当はどう思っているのか、それを聞く勇気は彼女には無かったのです。

 そして、自身の気持ちを打ち明けようとした矢先でした。兄の口から、「彼女」が出来たという言葉が出てきたのは。


「『彼氏』君はね、自分の言葉で私を好きだって言ってくれたのよ……何度言っても分からないようね」

「そんな出任せ、聞くわけありませんよ」


 今、妹が自分よりも背も胸も、そして態度も大きい「彼女」を見上げながらそれでも敬語を続けているのは、その言葉の由来どおり彼女を敬っているからでは決してありませんでした。自分のほうが、より『お兄ちゃん』のことを良く知っている。言葉遣いも荒い「彼女」と同等扱いではない、という妹なりの抵抗手段でした。本当ならここで彼女から実力行使で愛する男性を奪取したいところなのですが、必死にその一線を越えないようにしようと我慢しているという事もありました。そのような事をすれば自分の負けである冷静な心を、僅かながら残していたのです。

 そして、それは「彼女」の方も同じでした。彼女にとっても、『彼氏』は同じ高校、同じクラスの仲間である以上に、何者にも耐え難い、自身にとっての大事な存在。ずっと内気で何をやっても駄目な性格だった自分に気を遣ってもらい、様々な形で危険が迫ったときには身を挺して庇ってくれる。様々に自身を磨き上げている今の姿は『彼氏』がいなければ決して作ることが出来なかったものなのです。そしてそれ故に、自身の恋敵がいるという事に対して衝撃を抑えることは出来ませんでした。

 彼氏が何度も自分を家に招待し、妹とも話す機会を何度も持たせているという所を見る限り、彼氏にとって妹はあくまで『妹』、一線を越えたようには捉えていないというのは彼女にはよく分かっていました。しかし、そう思われている方についてはその事を一切信じず、自身の思い描いた『兄』の姿を盲目的に追い続けている、そう「彼女」は感じていました。いや、いちいち推測せずとも、隙あらば大好きな『お兄ちゃん』の傍らに付き添い、自分のほうがよりお似合いであることを見せ付けていたのですから。


 今まで何度も続けてきた、一人の青年をめぐる無言の戦い。その中でずっと怒りや憎しみ、嫉妬など様々な負の感情を溜め込んできた堪忍袋の緒が、とうとう双方とも同時に切れてしまったのです。ですが、相手に手を出せばその時点で『お兄ちゃん』、『彼氏』君は自分を嫌い、離れてしまう。互いに解決方法が一切見出せないまま、リビングは再び沈黙に満ちていました。


「……」


 そんな中で、「彼女」の脳裏にずっと慕っている『彼氏』の姿が浮かびました。一度寝るとなかなか起きず、妹の手をいつも煩わせていると言う彼氏の寝相の良さは、どうやら今も発揮されているようです。ずっと彼のことを想っている二人の少女が修羅場になっている事を一切知らずに……。


「そうよね……」


 ふと頭に焼きついた一つのイメージは、「彼女」の中であっという間に大きくなりました。そもそもこのような事態を起こしたのは誰なのか。あまりにも優しすぎて現在のバランスを崩すのを嫌い、双方の真の気持ちを受け取る事が出来なくなっている……単刀直入にいうと「優柔不断」な『彼氏』君ではないだろうか、と。自分と妹、絶対に両立できない組み合わせを、欲張りにも彼はどちらも自分のものにしようとしている……。


「そうよね、一番悪いのは『彼氏』君なんだよね」


 そして、自身の考えが口に出た時、ついに膠着状態は解かれ、戦いは始まってしまいました。

 

「責任転嫁しないでください!」

「転嫁なんてしてないわよ!こんな事態を引き起こしたのは間違いなく『彼氏』君じゃない!」

「『お兄ちゃん』の悪口言うなんて!それでも貴女は『お兄ちゃん』の彼女なの!?」

「うるさいうるさい!あんたこそ、悪口一つも言えないの!?本当に心が通ってるの!?」


 もはや敬語やら何やら、ずっと我慢していた一線を越えてしまった二人。一気に言いたいことを口に出してしまい、息が切れてしまいました。肩を震わせながら、目にうっすらと涙を浮かべた彼女の目に、棚の上で大事そうにガラスケースに収納されている一つの石が留まりました。そういえば前に『彼氏』君から聞いたことがあります。一見すると表面が滑らかなだけの川原にある普通の石に見えるかもしれませんが、これは両親が残してくれた大事な形見。本当に困ったとき、どうしようもなくなった時に真の力を発揮してくれるだろう、という言葉が幼い頃から印象に残り続け、二人でずっと大事にし続けている、という……。しかし、今の「彼女」には、単なる石ではなく、妹が自身と『お兄ちゃん』=彼女にとっての『彼氏』の絆を嫌でも見せ付けているような強烈な印象を受けました。そして、彼女の怒りの矛先はあっという間に物言わぬ石へと変わり……

 

 ……唖然となる二人の足元には、双方の怒りと嫉妬、憎しみ、そしてそれが迎えるであろう結末を予知させるかのように粉々になったガラスの破片と、同じように粉砕された石の欠片が散らばっていました。例え接着剤などで直したとしても、もう二度とこの石の滑らかさは元に戻る事はありません。

 そして、しばしの沈黙を打ち破るかのように彼女は泣き叫びました。こうするしか無かった、と。何をやっても『彼氏』君を悲しませるだけ、一体自分はどうすれば良いのか。



「こんな事なら……こんな事なら……!」


 ―――――『彼氏』君が二人いれば良かったのに!!



 ……まさにその叫び声と同時に、粉々に砕け散った石の欠片の一つが、突然眩い光を発しました。あまりにも突然の事態に、妹も彼女も、緑色の光を腕で遮ることしかできませんでした。

 そして、ようやくリビングを包み込む光が天井の照明だけになった時でした。廊下からこちらに向かってくる足音が聞こえたのは。間違いありません、いくら寝相の良い『お兄ちゃん』=『彼氏』でも、先程の騒乱はその目を覚まさせるのに十分なものだったのです。一体どうすれば良いのか、顔を真っ青にして互いの顔を見合わせる彼女と妹でしたが、何も解決手段を見出すことは出来ませんでした。まさに自らの悪事や怠慢がばれ、先生や上司に怒られる寸前といった様相でしょう。もはやどうすることも出来ない、これで関係は終わりだ……。


……そして。


「大丈夫か?」

「なんか凄い音したんだけど……」


 部屋の中に、『お兄ちゃん』()『彼氏』が入ってきました。普段はその優しく甘い声に癒され、そして心踊らされる二人でしたが、今回は逆に心が色褪せ、呆然とした表情を見せていました。背丈の違う二つの顔が並ぶ様子を見た『兄』と『彼氏』でしたが、不幸中の幸いというのはこういう状況を言うのでしょうか、ここまで酷い状況になっても彼女たちの間に起きた惨劇を一切想定していないようでした。むしろ、二人が今にも倒れそう、泣き出しそうな表情をしているのはこの石をうっかり粉々にしてしまったからだと思っていたようです。


「心配するなよ」「これくらいで父さんや母さんの絆は壊れたりしないさ」


 だから、そんな顔をしないで元気を出してほしい。『兄』と『彼氏』はそれぞれの掌で妹と彼女の頭を優しく撫でて慰めてあげました。少しづつですが、その暖かい感触は二人の少女に普段の聡明さや冷静さを取り戻させ始めていました。そして、掃除機を持ってくると言って、『兄』と『彼氏』は部屋を出てい……


「「ふ、二人ぃぃぃぃっ!????」」


 ……ようやく妹と彼女は、事態の異常さに気がつきました。


 貴方の『お兄ちゃん』って双子だったのか、という彼女からの質問に、妹は首を物凄い速さで振りました。先ほど見たのは幻覚であり、そんなわけの分からないものは振り払いたい、と言わんばかりの様相です。ですが、やりすぎて少々痛くなってしまった妹の細い首の付け根や、一思いにつねってみた彼女自身の程よい柔らかさである頬の痛みは、間違いなく現実のものです。すると、あれは一体どう言う事なのでしょうか……。

 と、その時。砕け散った石の破片の中から、妹は見慣れない石……いや、宝石のようなものを見つけました。『お兄ちゃん』に掃除機で吸い取られてはたまらないと思い、急いで自身の掌に乗せたその宝石の色は、つい先程部屋を包み込んだ緑色そのもの。そして今もなお、まるで天井の照明のように輝き続けているのです。


「こ、これって……なに?」

「さ、さあ……」


 二人の『お兄ちゃん』=二人の『彼氏』が手際よく掃除をしている間も、妹と彼女はそれを見守ることしか出来ませんでした。そして、妹の掌で、例の宝石は静かに光を放ち続けていました。

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