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Ⅴ 転送機は兵器

Ⅸ 転送機は兵器


 1



 日菜と由紀は先週末、Y市を出て、行方不明になった。

 その由紀からイリエに連絡があり、事態が急変した。


 小雨がしとしと降り続く、火曜日の昼頃。

 小林教授宅に、由紀から差し入れのデリバリーピザが届いた。

 小林教授が待ちかねたように、ピザの箱を急いで開く。

 うまそうなチーズとスパイスの香りが、全員の鼻を突いた。

「いただきまーす!」

 彼らは遠慮なく手を伸ばし、腹ペコの子供のように一息に食べた。

 ピザは瞬く間になくなった。


 ピザが全部なくなった時、底からビニル製の小袋が現れた。

 イリエは最後の一切れを二、三口で頬張り、秘密の袋を手に取った。

「あいつ、すごいっスよ。こんな方法で送ってきて」

 イリエはアイスティーをがぶ飲みして、すぐPCに向かった。

「それが、例の……設計図か!? トキオが…日菜ちゃん達に託したんだって!?」

 ケッズがイリエの背後でピザを喉に詰まらせ、むせていたが、何とか飲み込んだ。

 小林教授は、PCの画面をひたすら睨む。

 何人かの研究生や、小林教授の助手も胸を躍らせ、見入っている。

 モモカは黙りこくって、何も言わない。

「オリジナルは日菜ちゃんと由紀くんが持ってます。これはコピー」

 イリエが答えた。

「早速、拝見しよか」

 気を逸らせる小林教授。少年のように、生き生きと瞳を輝かす。

 画面に映し出されていく設計図に、

「これが…タイムマシン……?」

 小林教授と研究生達は一様に圧倒され、しばらく声が出なかった。


 画面に現れた乗り物の外観は、彼らの心を捕え、魅了した。

 彼らが未来について思い描いてきたような、機能的で美しいフォルムを備えていた。

 その大半が意味不明な塊、集合であるとしても…、その謎めいた形状そのものが、彼らの探究心に火を点け、心を駆り立てていく。

 イリエは一心に、複雑な機械の3D透視図を見詰め続けた。

 未知なるものの秘密を探らずにはいられない、彼の性分で。

「転送する部分と操作部分は切り離されてるらしいっス」

 イリエが由紀に聞いた話を、その場の研究室仲間に告げた。

「そんなの、不便じゃないか」

「これ、本当に作るんですか?」

 イリエの後ろで、ざわめきが起きた。

「とにかく、この設計図通りに、やれるとこまでやってみましょうよ」

「ぴったり納まりますかぁ? 相当難しいんじゃないですか?」

「動力源、どこ?」

「これ、作動中に事故起こしたら、この家ごと吹っ飛びますよ」

「てか、Y市ごと終了っス」

 イリエが振り返り、口を挟む。

「もし作れたとして、誰が乗るんですか? そんな度胸のある人いる?」

 理解よりもむしろ、混乱の方が深まった。


 ふと、ケッズはモモカの異変に気付いた。

 モモカもみんなと同じように、画面に見入っている。

 彼女は腕を組み、珍しく暗い表情を浮かべる。

 画面を見詰め、小声でぶつぶつと独り言を漏らしている。

「そんなはずない。なんで、こうなっちゃうかなぁー!? これはトキオの設計じゃない…。未来から誰かが持ち込んだ…? そんなはずは…」

 モモカは頭を抱え、周囲の騒ぎに紛れる程度の声で呟いた。

「ああ、こんなものは意味ないじゃない…」

 ケッズには、彼女の呟きが聞き取れた。

「モモカちゃん、今のどういう意…」

 ケッズが問い質そうとした時に、小林教授が濁声を張り上げた。

「じゃ、今から由紀の工房に行ってみるかのうー!」

 すると、研究生や、教授の助手のセイが、

「ウォー!!」

 と、拳を突き上げて叫んだ。

 ケッズの声は彼らの雄叫びに掻き消され、モモカに届かなかった。



 モモカが一足先に、教授の書斎を出ていく。

 ケッズがイリエに目配せして、二人でモモカの後を追った。

 小林教授と助手、他の研究生達は、がやがや喋りながら支度している。

 その間に、モモカは鞄を肩に掛け、玄関を走り出た。

 外はまだ、小雨がぱらついている。

 空がどんよりしている。

 彼女は鞄から携帯電話を取り出し、誰かと通話し始めた。

「大変なことになっちゃった! とにかく、すぐに迎えに来て!」

 モモカは玄関から門までの間にある、短い石段を降りようとして、途中、自分の右足で左足を踏んだ。

 彼女は万歳をするように大きく両手を上げ、その姿勢で前方へつんのめった。

「あっ、モモカちゃん! 危ない!」

 ケッズとイリエは、モモカが見事なコケっぷりで石段を飛び越え、落下するのを見た。

 二人が駆け寄ると、幸い、モモカに怪我はなさそうだった。

 彼女は膝を擦りむき、門の手前に転がっていた。

 痛そうに鼻を擦り、モモカは石段に対して怒っていた。

「どうして階段なの!? エスカレーターにすればいいのに!!」

「モモカちゃん、大丈夫!? 今、顔面打ったよね?」

 ケッズはモモカに手を貸し、彼女を起こした。

 モモカはケッズとイリエを交互に見て、目を瞬かせた。

「あれ…、ケッズさん達、由紀くんの家に行かないんですか?」

 ケッズは我慢できず、ぶぶっと失笑した。

「モモカちゃん…、階段に慣れてないんだね。未来人だから?」

 モモカは蒼褪め、固まった。

 そして、泣き顔になった。

「えっ、なんで知ってるの? ケッズさん、い…いつから気付いてたの!?」

 モモカは慌てふためき、思わず認めてしまった。

「わりと最初っからっスよ。バレまくりっス。モモカちゃん、嘘が付けないタイプだねー」

 イリエも吹き出し、大笑いしてしまった。




 2



 その同じ頃。

 日菜はようやく、目を覚ました。

 彼女は知らない部屋にいた。

 夜中に一度、目を覚ました時は、確か、VIPルームで由紀とくっついて寝ていた。

 彼の体温と寝息に安心し、再び眠りについた。


 それなのに、今は知らない部屋に一人きりで、由紀が見えない。

「ここは…どこ…?」

 日菜は起き上がろうとして、上の段のベッドに頭をぶつけた。

 彼女が寝ていたのは、二段ベッドの下の段。

 この部屋には二段ベッドの他、デスクが二つ、クローゼットが二つ、窓が一つ。

 細くて狭い部屋で、デスクとベッドの間は、人が通れる幅だけしかない。

 カーテンの隙間から見える景色は、高層ビルの谷間。

 日菜が寝ていた部屋のドアには、「C」のプレートが付いていた。ドアは「A」から「D」まで、等間隔で並ぶ。

 日菜は廊下に出て、向かい側の部屋を覗いた。

 広いけれど、ありふれたLDKだった。

 システムキッチンはシンクも鍋もぴかぴかで、清潔。

 食器棚に皿が整然と並び、几帳面な性質の存在が窺える。

 ダイニングテーブルには、椅子が八脚。

 そのテーブルの下から、突然犬が飛びかかってきた。

「うわっ」

 日菜に雑種の小型犬が飛びつき、彼女の手を舐めようとする。

 彼女は犬を飼ったことがないので、突然の挨拶に慌ててしまう。

 人懐こい小型犬は三匹もいて、全て雑種だった。

 リビングの棚の上には、猫が一匹いる。

 リビングは漫画や雑誌、脱いだ衣類で散らかっている。

 ゲーム、薄汚れたスニーカーが転がり、なんとなく若い世代の生活感がある。


 犬の鳴き声が聞こえたらしく、ダイニングの内線が鳴った。

「日菜、起きた? 店の方へ来いよ。今いる場所から、リビングのドア出て、廊下を左な。いいか、右の奥は立ち入り禁止だぞー」

 由紀の声がした。

 日菜は言われた通りに歩き、バーの厨房に到着した。

「おはよ、日菜。よく眠れた?」

 由紀がカウンターの椅子から背伸びして、日菜の方を見た。


 彼は黄緑色のブドウ、ロザリオ・ビアンコを皮ごと齧っていた。

「今、イリエさんと話してたんだ。例の設計図、コピーを取って、教授の家に送っといた。日菜、店の人が朝メシ作ってくれたよー。そこに、熱いコーヒー。何でも好きなもの、飲めよ」

 由紀に言われ、日菜は厨房の冷蔵庫を開け、牛乳をグラスに注いだ。

 彼女はカウンターへ回って、由紀の隣りの椅子に座った。

「イリエさん、何て言ってた? 由紀がイリエさんの連絡先知ってたなんて、意外」

 日菜はおいしそうなサンドイッチを見て、急に腹の虫が鳴くのを感じた。

「まず、食えよ。話はそれから」

「お店の人は? リンはいないの?」

 日菜は他に誰もいない、昼間のバーを眺め回した。

 外が曇っているせいか、窓から光が余り射し込まず、店内は薄暗い。

 静か過ぎて、厨房の時計の音と、水槽の|泡≪あぶく≫の音がはっきり聞こえる。

 カウンターからの眺めは、レザーの椅子とソファーが青い波のようだ。

「リンは仕事。海外だって。この店は午後七時から、夜中の四時まで営業。バイトの人はもう帰った。オーナーは昼間寝てるから、北側の居住スペースには入るなよ。ここの|子供≪ガキ≫は学校行った」

 由紀は話しながら、ブドウを齧り、料理雑誌のページを捲った。

 すっかり寛いでいる由紀を見て、緊張が解けない日菜は、何だかもどかしい。

「由紀。犬と猫がいっぱい。犬は全部雑種だけど」

「オーナーに拾い癖があるんだよ。あ、見て、見て。日菜、このスィーツ、マジでうまそう」

 由紀がページの写真を指差す。

 日菜は冷めた表情で指摘する。

「由紀さ、昔は甘いもの苦手じゃなかったっけ?」

「別に。嫌いじゃねーけど?」

 由紀の態度に、次第に日菜は呆れた。

「あ、そう。こんな時によくのんびりしてられるね。私達、逃亡中の容疑者なんだよ。これからどうするの?」

 日菜が口を尖らせたら、由紀が笑い出した。

「寝坊するわ、食欲落ちねぇわ、おまえこそ緊張感ねぇなー。あーあ、俺の分まで食っちゃって。日菜、どうなんだよ。昨日の設計図、理解できた?」

 サンドイッチを平らげた日菜に、由紀はほっとしたようだ。

 話は、トキオの設計図のことになった。

 日菜は斜め上を見上げ、束の間、考えた。

「うーん…。正直、もっと時間がほしいなぁ。父さんの物理のノートに、何かヒントがあったような気がするけど、全部焼けちゃったからね。図面見た時は…何か閃いた気もしたけど…やっぱり、そんな簡単じゃないよ」

 日菜は舌を出した。


 日菜の父親は物理学者だった。

 太陽が燃えているのは何故か? 宇宙の端っこはどうなってるのか?

 素朴な子供の疑問に、一つ一つ答えてくれた父。

 日菜は父の遺した道標を辿ろうとしている。


 由紀は彼女の肩に手を掛けた。

「日菜が頼りだよ。俺達の専門じゃねーもん。図面見ても、なんであれで時空を越える転送が出来るのか、わかんねーよ。理論も理解できなきゃ、コピーの転送機だけ完成しても意味ねぇし」

 由紀が言葉に熱を込めた。

 日菜も勿論、転送の原理に興味があった。それこそ、宇宙の仕組みを解き明かすことに関わると思うからだ。

 今日の科学では、あの転送の在り方は説明がつかない。

 アインシュタインの相対性理論でもない、素粒子論でもない、別の革新的な理論が必要だ。

 自分にその回答が、カンニングのように先に見られる機会が訪れたことに、日菜は少なからず興奮している。

 しかし、さっぱりわからないことにかけては、由紀と同レベルだった。

「…由紀、その格好、何!?」

 日菜はカウンターに頬杖を着き、由紀を眺めた。

 彼はサイズの合わないミリタリーシャツの袖を折り返し、カーゴパンツを履いて素足だった。

「オーナーの服を借りたんだよ。日菜はリンの服を貸してもらいなよ。リン、いいって言ってたから」

「リンが? 本当に!?」

 リンの大ファンの日菜は喜んで、椅子から跳び上がった。


 彼女は由紀と、禁区の北側居住スペースへ入った。 

 由紀は足音を忍ばせて歩いた。

「静かにしろよ。オーナーは怒ると怖い人だから。突き当りがオーナーの部屋。その手前が、リンの部屋」

 由紀はリンの部屋に侵入し、壁一面のクローゼットの扉を端から端まで、全てオープンにした。

 日菜は憧れのリンの部屋で、笑顔がとまらない。

 ドラマのヒロインみたいに、オシャレな部屋だ。

「わぁ、スゲェ派手ー。日菜、着れそうなのある? デニムは脚の長さが違うから、無理な。…痛てっ!」

 由紀は日菜に、耳を引っ張られた。


 彼はリンのクイーンサイズのベッドに胡坐(あぐら)をかいた。

「なぁ、日菜も座れよ。…これからどうするか。…俺はね、ちょっとY市へ帰る。ま、俺一人なら何とかなると思うし。時々、ケッズさんかイリエさんに会って、話進めなきゃなんねーから。俺より、日菜の方が目立つだろ。おまえはここに隠れててさ、少し展開を待ってなよ」

 いつの間にか、由紀の方が主導権を握っていた。

 日菜はここに置いてもらう身で、発言力が弱くなった。

「由紀がもし、帰って来なかったら、私はどうしたらいいの?」

 日菜は鏡の前で、リンのワンピースを自分に当てて見ながら、鏡に映っている由紀を見た。

「ひゃはは。そん時は、日菜はモモカちゃんと連絡を取って。俺のことは心配いらね。せいぜい、記憶を消されるだけ」

 日菜は違和感を感じ、由紀を振り返った。

「いつの間に、そんな覚悟出来たの? ヘタレの由紀が?」

 日菜は由紀を別人みたいに感じた。

 けれど、成長したのなら歓迎だ。

 へタレの由紀より、頼りになって優しい由紀の方がいい。

「俺はいいとこ見せようとして、頑張ってんの。本音は逃げ出したいぐらいだよ。ガクガクプルプル、へタレのまんま。…じゃ、話、決まりな。行くか」

 由紀が日菜の手を引き、廊下へ出た。

 日菜は繋いだその手が、信頼の証だと思った。


 日菜は廊下を歩きながら、由紀に話しかけた。

「ねぇ、由紀。歴史を変えちゃおうよ。ヤバくなるかも知れないけど、私達の発明のせいで、大勢死ぬなんてヤダ。私、何も発明したくない。もし、私とトキオで未来を変えれるなら、変えちゃった方がいい。変えるべきだよ」

 日菜は本気でそう思った。

 由紀は前を向いたまま、落ち着いて答えた。

「日菜はスゲェ。他の奴らはみんな、自分の責任に於いて歴史が変わることが怖いのに」

 彼は日菜をC室へ連れていった。

 日菜は急に、疑問を感じた。

「それじゃ、由紀。転送機が発明された時代の人達って、どんな反応をしたのかな? 未来を知ることができて喜んだのか、知らなくてもいい未来に恐怖したのか」

 日菜は思ったままの疑問を口にした。

 由紀は皮肉たっぷりに答えた。

「戦慄するんだろうな。転送機はまず、核の抑止戦略を無効にしてしまうよ。従来はさ、核ミサイルで攻撃されたら核でやり返しますよーってね、相手の核攻撃を思い留まらせるって考え方だった。…でも、転送機さえありゃ、不利な状況になっても、何回でもやり直しが効く。情報を未来から入手して、相手の攻撃を防ぐことも、外交で先手を打つことも出来る。つまり、転送機があるだけで、勝利が確定してしまうんだ…」

 由紀がデスクの椅子を引き、ベッドを向いて座った。

 日菜は下の段のベッドに、腰を下ろした。

「ノグチ達も、そんな風に転送機を軍事利用してるんだろうね。あのロボットウォリアーの部隊を、ああして好きな時代に送り込んで…」

 日菜はノグチのことを思い出すと、ゾッとした。

 思いきり頭を押さえ込まれ、地面を引き摺られた時の恐怖が、名前を口にするだけで脳裏を掠めた。

「そうそう。俺達日本人って、コバ見ててもそうだけど、平和ボケしてるじゃん。転送機にしても、平和な利用方法しか思いつかねぇの。これが外国だったら、まず転送機を軍事利用する為に熾烈に奪い合って、何とか自分らだけが独占しようって目論むんだろなー」

 由紀は柄にもない、真面目な話をして、自分が可笑(おか)しくなった。

 彼は自分を嘲って笑った。

「俺には関係ないけどね」

「由紀。転送機は兵器って呼べる? 転送機は未来を変える力を持つことで、人の命を奪う武器になる?」

 日菜が身を乗り出し、由紀に尋ねた。

「戦略兵器とか、そういう言い方ならできるんじゃねぇ? 歴史を変えたら、最悪、何十万、何百万とかの人間を存在しなかったことに出来る。…使い方次第じゃ、この世を丸ごと消せるかもよ?」

 由紀はへらへら笑って答えた。

 彼にとっては馬鹿馬鹿しい、仮定の話。

 しかし、日菜は衝撃を受けた。

 転送機のコピーを作ることは、そんな混乱や事故を招きはしないだろうか?

 転送機を作る動機の一つは、ただ、トキオと会いたいだけの、切なさや寂しさだ。

 二人はしばらく、沈黙した。


 そのうち、日菜は狭い部屋をきょろきょろと見回した。

「転送機の試作が出来るまで、由紀とこの部屋に二人きり?」

 日菜は頬を膨らませ、口を尖らせて文句を言った。

 由紀は面白がった。

「不満かよ。そこのベッド、下の段はカーテン付いてて、着替えられるし。バス・トイレ付き、三食メシ付き。逃亡生活としては、相当贅沢じゃん。それとも、別の心配? 俺がブス日菜を襲うほど、女に困ってるとか思ってんの? あれ?」

 由紀が大笑いした。

「ひゃはは。リンみてぇーなキレイな()が時々帰って来るんだから、日菜はそんな心配すんなー。俺は元カノと楽しくやるから。ひゃはは!」

 日菜はからかわれたことを知り、真っ赤になって、枕を掴み、由紀に投げた。

「むかつく! エロ猿ー! リンに触らないでよ、バカが感染(うつ)る。最悪だ。リンもこんなのとつき合ってたなんて、残念過ぎる!」

 日菜がベッドのカーテンを、勢いよく閉ざした。

 由紀は投げ付けられた枕を躱し、余裕で言った。

「ひゃはは、今頃気付いたって遅ぇんだよ。俺は結構モテるんだよ。んじゃ、六時が晩メシ。ダイニングに来いよ。それまで、お互い自由。この部屋の鍵、閉めないでくれよ」

 彼は笑いながらドアを閉め、どこかへ出掛けて行った。




 3



 一方、小林教授と助手のセイ、何人かの研究生は、由紀の工房に到着した。

 工房は宮島家の車庫に隣接した建物にあった。

 何台もの高級車が並ぶ車庫、そして個人工房にして町工場より大きそうな、由紀の工房。

 小林教授達は傘を差し、思いもしなかった規模の建物を見上げている。

「あいつ、飛行機でも作っとるんか?」

 小林教授が皮肉を言いたくなるぐらい、いい設備が整っている。

 その日は由紀が留守なので、彼の母親が小林教授達を案内した。

 広い作業場を歩き、空調の効いたクリーンルームまで見学していく。


 小林教授は満足そうな笑顔なので、助手のセイの方が心配した。

「先生の研究に、遅れが出ちゃうと思うんですけど」

 教授は濁声で、がっはっはと豪快に笑った。

「コツコツ進めるから、心配せんでええ。それより、セイくん。あの二人は警察に追われとる。ワシらも気ィ付けんといかんの」

 教授の笑い声を聞き、他の研究生が応じた。

「教授。そりゃ、タイムマシンですからね。なんせ、日本はスパイ天国。日本だけ、スパイを取り締まる法律がない。きっと、すごく卑怯な手を使って、設計図を奪いに来ますよー」

「それもそうじゃの。チビるわー」

 小林教授が笑い飛ばした。

 セイも笑うしかなかった。

「これで何とかなりそうじゃの。イリエ、由紀に電話して、言うといてくれ。おまえらもはよう来んかーって。…ん? イリエはどこにおるんじゃ?」

 小林教授は今頃、イリエとケッズがいないことに気付いた。



 イリエとケッズは教授宅の前のカフェで、モモカと向き合って座っていた。

 いつものウッドデッキは雨に打たれ、客席がない。

 今日は店内の、一番奥の角の席にいる。

 店内は、客が疎ら。

 沈んだ空気が重苦しい。


 モモカの前には、抹茶パフェがある。

 抹茶ソースの絡んだ生クリームと抹茶アイス、小豆、抹茶ゼリー、抹茶ブラウニー、マロンが一粒載って、底はフローズンヨーグルトのようだ。

「いただきます」

「どうぞ、モモカちゃん」

 ケッズ達はコーヒーを飲みながら、パフェを食べるモモカを眺めた。

 モモカは何も話さず、どんどんスプーンを口に運ぶ。

 見てる間に、パフェが減っていく。

 イリエは好奇心から、モモカに質問した。

「モモカちゃん。誰にも言わないから、俺達にだけ教えて。何しに、この時代に来てんの?」

 モモカのスプーンが止まった。

 彼女は視線を泳がせつつ、

「…トキオの設計のサポートと…日菜ちゃんの保護」

 隠し切れないと悟り、素直に白状した。

「未来、トキオが転送機を設計するんだね?」

 薄々気付いていたケッズが、モモカの言葉を補った。

 イリエは驚愕し、身を固く強張らせた。

 トキオが何故、拉致されたのか、彼にもやっとわかった。

 ケッズの方は、

「待てよ。ということは…。転送機の設計に詳しいモモカちゃんがいれば、俺達でも転送機がスムーズに作れるってことだね?」

 落ち込むモモカと逆に、手を叩いて大喜びした。

 モモカは長い吐息を吐き出した。

「はぁ。そういうことなの。ケッズさん。私達、トキオが行方不明になったから、この時代のフォローに来たの」

 彼女はここまで来たら、もう全部話して、協力してもらった方がいいと考えた。


 たぶん、ケッズとイリエが最も信頼できそうな相手だと、モモカは以前から思っていた。

 ただ、どう話していいやら、何も思いつかなかった。

 未来の社会が、環境が、この現代と丸きり違うから。

 モモカは話したいけれど、一から説明するとなると、何時間もかかるだろう。


 ケッズはモモカの事情を察した。

 彼はしきりに頷き、一つずつ、事実を確認していった。

「トキオのサポートに来たのに、いつまでもトキオを見失ってるの?」

 モモカは頷き、あののほほんとした口調より、やや早口に話し始めた。

「予定が狂ったの。トキオの失踪以来、歴史が本来の流れから逸れて……私達の知らない歴史に向かってる。この時代のトキオと日菜ちゃんは、まだ平凡な学生のはずなのに。本当はね、日菜ちゃんが統一理論を発表してから、トキオがその応用で、世界初の転送機(トランスファー)を発明するの。理論が未完成のまま、トキオ抜きで転送機作っちゃうなんて、まるでデタラメだぁー!」

 叫んでから、モモカは口を手で押さえた。

 モモカは何か喋り過ぎたように思い、焦ってしまった。

 聞いていたイリエが、急に怒り出した。

「トキオと日菜ちゃんが発明する兵器って、転送機のことだったんだ!? 兵器なんて言い方されたから、日菜ちゃん、傷付いてたんスよ!?」

 イリエが呆れ返り、モモカは慌てて言い訳した。

「私も、兵器って言い方は少し違ってると思う。…でも、イリエさんは知らないだろうけど、未来じゃ、転送機は実際に戦争で使用されたよ!!」

 モモカは開き直り、未来について更に詳しく語った。

「転送機自体が、戦争の引き金になった。自分達だけで転送技術を独占しようとする国が幾つも現れて、世界が滅茶苦茶に混乱したよ。すぐ規制が始まったけど、世界は一旦、壊れた! いくら修正しても、元通りには戻らなかったらしいよ」

「壊れた!? それって!?」

 イリエがオウム返しに尋ねた。


 ケッズは顎髭を撫でながら、

「それで、とうとう、トキオと日菜ちゃんを抹殺した方がいいと考える者が現れたり、二人から発明を早期に強奪しろと指示が出たり、…未来から襲撃があったわけか?」

 と、推理してみた。

 モモカはパフェを食べ終わり、スプーンに付いた生クリームを舐めた。

 彼女は話の内容に興奮して、スプーンを指揮棒のように振った。

「そう! その通りなんだよ、ケッズさん! 私達はこれ以上、歴史を歪めたくないんだけど、法律を守るどころか、利益の為になりふり構ってない人達もいるよ。その人達の行動には転送機が絡んでるから、今後どうなるか、未来から来た私達にも予測できない。過去が変われば、私達だって突然、この時代から消えるかも知れない。つまり、リセットされる……」

 モモカは悔しくてならなかった。

 彼女はノグチほど、自由に動けない。

 企画書通り、そして上司の指示通りに動く。何でも、許可を取らなくちゃいけない。

「誰がトキオというカードを押えるか。それが最も重要な、この事件の謎を解く鍵だな」

 ケッズは大まかに把握できたようだった。




 4



 モモカはくたびれて、教授宅へ戻った。

 日菜のいない部屋で一人、携帯電話を取り出す。

「…ゴメン。待った? ケッズさんとイリエさんに、私の正体バレちゃったんだ」

 モモカは鞄を床に投げ出し、ベッドに寝転がった。

 彼女の携帯電話は、見た目はこの時代のものだけれども、中身が少し違うようだ。

 モモカの携帯電話の画面には、スパイラルの髪がボリュームたっぷりの、妖しいほど美しい女が映っていた。

 紅島綾生だ。


 日菜は紅島の部下のカノンに連れられ、昨年の七夕の夜まで時空を越えた。

 そして、紅島がトキオを攫うのを目撃した。

 モモカは日菜からその話を聞いたが、トキオのその後のことなどは知らない。


 紅島がモモカを心配し、

「モモカ、大丈夫? 警戒されたり、敵視されたりしなかった?」

 と、尋ねた。

「そんなことないよ。どっちかって言うと、歓迎された」

 モモカは今日の出来事を、紅島に報告した。

「今日、由紀くんがピザに隠して、トキオから託されたって言う、汎用転送機の設計図を送ってきたの。誰がトキオに、そんなものを提供したのかな? 彼が発明する転送機とは、全く性能も性質も違うんだけど。綾生、誰かが歴史の時計の針を、大幅に狂わせようとしてるよ。トキオは今頃、どこで何してるんだろ? ……綾生、どうしてそこで笑うの? 聞いてる?」

 モモカがベッドで起き上がった。

 紅島は不敵に笑う。

「歴史を変える? 面白いじゃない。やってみれば? って感じ」

 そんな紅島を見たモモカの方が、戸惑う。


 モモカは紅島の笑みの理由を、別の話と勘違いした。

「綾生。結婚式のこと考えて、笑ってたんでしょ? まだ先じゃない。こっちはこれから、転送機の試作が始まるよ。作っちゃっていいの? 一人の天才少女エンジニアがサポートすると、あっという間に完成しちゃうかもよ?」

 モモカはふざけて言ったのに、紅島は真剣に、

「モモカ、私に考えがあるの。だから、それ、作っちゃって。元々、あなたには転送機の設計のサポートをしてもらうつもりだったんだから、これでOK」

 と指示した。

「え? そう? じゃ、試作は私とセイに任せて。綾生は外国のハイエナみたいな奴らをお願い」

「それは大丈夫。カノンに替わるね」

 紅島が画面から消え、カノンと切り替わった。

「お疲れ様、モモカ」

「おつー、カノン。日菜ちゃんの居場所、掴めた?」

 モモカは仕事としてじゃなく、本当に日菜が好きで、とても心配していた。

 問われたカノンは、項垂れた。

「ダメだった、モモカ。この時代って、どこでも潜伏できそうだ。蟻みたいにウジャウジャ人間がいて、捜し切れない」

 カノンは情けないことを言う。


 日菜には警備班が付いていたが、Z市で妨害に遭い、日菜と由紀を見失った。

 カノンは厳重注意されたらしく、かなり落ち込んでいる。


 年下のモモカが、カノンを慰めるように言った。

「由紀くんが送ってきたピザ、Y市の店からだったよ。そのピザ屋、調べてみたら?」

 すると、カノンは驚くべきことを呟いた。

「そうだ、モモカ。僕、今日、トキオを見かけたよ。僕らの現代のバイクショップに居たー」

「えっ、本当!? トキオ、何してた?」

 モモカの鼓動が速くなった。

「自由な感じで、楽しそうにバイクを試乗してた。僕も、あっ、トキオ発見ー! って思ったんだけど。トキオ、そのまま、バイク盗んで逃走ー。…また、行方不明になっちゃった!」

 カノンは面白そうに話して聞かせたが、モモカは真っ青になった。

「カノンのバカ!! 早く、綾生と替わって!!」

「いや、紅島さんはもう、現場オフィスを出た。ウェディングドレスの試着だってさ。あの人、自分の結婚式のことしか頭にないよ。僕やモモカが毎日、指定時間超過で現場にダイブしてるのに…」

 カノンが溜まった不満を漏らす。

 モモカはトキオを確保し損なって、残念だった。

「わかった…。カノンは由紀くんの実家を見張ってて。由紀くん、マザコンだから家に帰って来るかも」

 モモカが通話を切った。




 Ⅹ 深海の住人


 1



 午後六時の晩メシまで自由。

 そう言い残し、由紀はどこかへ行った。


 日菜はこの辺りに詳しくないし、何もすることがない。

 ビルの中をうろうろするうちに、非常階段から裏口へ降りた。

 トラックヤードの片隅に、シベリアンハスキーが繋がれていた。氷河のように、冷たいブルーの眸をした犬だ。

 誰がここに繋いだのか。そこに皿も犬小屋もないので、日菜は不思議に思った。

 建物の角を曲がったところで、小汚い男が野良猫二匹に、缶詰の餌を与えていた。

 日菜は黙って、その光景を見た。


 男は伸ばし放題の固まったような髪を、雑に束ね、洗濯し過ぎて薄っぺらくなった、色褪せた長袖シャツの前をはだけていた。

 筋肉は引き締まっているものの、痩せた体が丸見えで、ズボンも生地が伸びてぶかぶかだった。

 素足にスポーツサンダルで、センスも何もない。

 まともに働いている感じはしない。

 異様なのは、男の眼つきだ。

 前髪が長く垂れた隙間から覗く眸は、鋭くて恐ろしい。

 日菜はその男を、ジャングルから帰還したばかりの兵士みたいだと思った。

 そのぐらい、怪しかった。


 男が日菜を振り返った時、日菜はびっくりして、一歩下がった。

 男は無言で、彼女を凝視した。

 その時、男のシャツのポケットから、仔猫が顔を出した。

 アメリカンショートヘアーのシルバータビー柄で、不安そうに震えているのが、日菜の母性本能をくすぐった。

「可愛いー! アメショだ!」

 猫が好きな日菜は思わず、怪しい男の間近まで近付いて、仔猫の顔を覗き込んだ。

「さっき、ひろった」

 男は無愛想な上に、話し方も棒読みみたいだった。

「捨て猫ですか?」

「たぶん…」

「飼うんですか?」

「たぶん…」

 男は日菜の視線を避け、ポケットの中の仔猫を撫でた。

「よかったー。この子、ラッキーだな。拾ってもらえて」

 日菜が心から喜んで言うと、男は照れたように真っ赤になった。

 彼は立ち上がり、

「さよなら…」

 と、日菜に言った。

 そして、繋いであったシベリアンハスキーを連れ、ビルの中に入っていく。

 男はこのビルの関係者みたいだった。

 日菜は勝手にホームレスかと思い込んでいたので、ちょっと驚いて、男の消えた裏口を眺めた。




 2



 日菜がC室へ戻り、うたた寝していたら、誰かがドアをノックした。

 まだ夕食の時間でもなかった。

「由紀? 鍵は開いてるよ」

 眼を擦りながら、日菜が声を掛けた。

 ドアが開いた。

「お姉ちゃん、入っていいですか? 僕、タクトと言います」

 中学校の制服を着た、利発そうな少年が、おずおずと入ってきた。

 日菜は急いで起き上がろうとして、二段ベッドの上の段に、また頭をぶつけてしまった。

「痛てて。…待って、ベッドから出る。…もしかして、オーナーさんの息子さん? 私は、日菜」

 日菜が顔をしかめながら、挨拶した。

 彼女を見上げる小柄なタクトは、性格は真面目だが、口は丁寧でも辛口だった。

「オーナーは独身です。僕はオーナーに拾われて、ここに住んでる兄弟の兄の方です。お姉ちゃんも、オーナーに拾われた?」

 日菜は頭を掻き、苦笑いした。

「私は…行くとこなくて、困ってて。由紀が元カノのリンさんのお世話になろうって言うから、まぁ、図々しくもここにいるわけで…」

「リンさんの元彼? 多過ぎて、わかんないですよ」

 タクトは純真そうな顔立ちで、ませたことを言った。

 日菜が言い返せずにいると、タクトは、

「僕、今日からお姉ちゃんの世話係になったんで、何でも聞いて下さい。バスルームの使用時間とか、洗濯機とか、色々決まりがあるんで」

 と大人びた物言いをした。

「そうなの? いつまでいるかわかんないけど、よろしく頼むよ」

 日菜とタクトが握手した。

 タクトは忙しそうに腕時計を睨み、

「じゃ、僕、今週の賄い当番なんで。ルイさんの手伝いに行かなきゃ」

 と、キッチンへ急いだ。

 面白そうなので、日菜もついて行くことにした。


 キッチンでは、セロリを持った若い男が、スーパーの袋を両手に下げた大学生に怒鳴っていた。

「ピヨ! 玉葱入ってねぇぞ! おまえ、カレーに玉葱入れたくねーのか? 俺は入れたいんだよ…」

 食材の話だ。

「す、すみません。ルイさん。た、玉葱買ってきます…」

 大学生がおどおどしながら答えた。

 ルイは大学生の頭を、セロリで軽く叩いた。

「もういいから。店の厨房行って、中玉四個、分けてもらって来いよ」

 ルイに怒鳴られた大学生が、日菜とタクトの間を擦りぬけ、走り出ていく。

「ピヨさんは、ここで一番新入りです」

 タクトが日菜に耳打ちした。


 その後、夕食が出来上がり、ダイニングテーブルに並べられた。

 中学生のタクトがエプロンを外し、椅子を引いて、日菜を迎えた。

「お姉ちゃんはここに座って」

 日菜は小声でタクトに聞いてみた。

「オーナーさんは?」

「オーナーは遅く起きて、一人で食べます。オーナーは、生活の時間が乱れてるから」

 タクトが小生意気に答え、微笑んだ。


 そのうち、由紀が帰ってきた。赤毛で鼻ピアスのバーテンダー・ココアと一緒だった。

 二人が何か盛り上がって話し込みながら、日菜の隣りに座った。

 新入りのピヨ、賄い当番のルイ、タクト、その弟で小学生のチェロが、夫々の席に着いた。

 高校生のコハクが帰宅して、日菜の向かいに座った。コハクは髪が長めで、女性のように綺麗な顔をしていた。

 ダイニングの席が埋まった。

 この中で、最年長は二十四歳のルイ。

 女性は日菜の他に、ココアだけ。


 全員揃うと、ルイが立ち上がり、咳払いをした。

「日菜ちゃん、ようこそ。いっぱい食べてね。みんな、仲良くしてあげて。日菜ちゃん、自分の家と同じようにしていいから。何でも、タクトにやらせればいいから。冷蔵庫のアイスも、勝手に食べてくれていい。俺はルイ。住み込みのバーテンダー兼厨房担当」

 続いて、赤毛のココアが日菜に向かって、片目を閉じてみせた。

「ココアだよ。二十歳、バンドマン、店ではバーテンダー。立ち入り禁止の北側に住んでるから、用がある時は内線してね」

 ココアが舌を出すと、舌にもシルバーのピアスがあった。

「ココアさん、日菜に服貸してやってくれない? リンの服、派手過ぎて、あんなの着れねぇって」

 由紀が頼んだ。

「OK。ロック系でよければ」

「ココアさんのデニム、全部破れてるからなぁー」

 由紀が言い、その場の面々がどっと笑った。

 由紀は彼らと、とても親しそう。

 そこでいきなり、ルイが、

「おい。誰か。スギノくんに餌やったか?」

 と大声で聞いた。

「餌やったよー」

 タクトが返事した。

 こうして、とてもアットホームで和やかな雰囲気の中で、食事が始まった。



 夕食が済むと、何人かがばたばたと席を立った。

 最初にピヨが制服で店に向かい、七時半ぐらいには、ルイとココアも制服に着替え、厨房へ入った。

 店の制服は、昔の水兵(セーラー)服をモチーフにしたレトロなデザインで、とても可愛かった。

 日菜はタクトの皿洗いを手伝いながら、

「みんな、お店で働いてるんだ?」

 と聞いた。

「僕らは店に出ません。子供は宿題して寝るの。あの高校生と、ルイさんとココアさんは、オーナーの親戚。ここの店、家族経営なんだ」

 タクトは素早い手つきで皿を洗い、拭いていく。

 日菜は邪魔なぐらいだ。

「みんな、とっても優しいよ。血縁より、一緒にいるから家族なんだと思う。上下関係は厳しいけどね。ゴミ出しは、僕とチェロの仕事。ルイさんとココアさんは、トイレ掃除当番なし」

 タクトとチェロがD室。高校生はB室。

 高校生のコハクが、タクトの勉強を見てくれる。

 日菜はその様子を微笑ましいと思った。

 彼女はトキオに勉強を見てもらっていた、子供時代を思い出した。


 日菜がC室のドアを開けた。

 由紀は二段ベッドの上の段で読書していた。

 彼はその日、ココアと店のグラスの買い出しに行っていたらしい。つまり、彼は荷物持ちだ。

 日菜はデスクの椅子に座り、読書に耽る由紀の横顔を見た。

「ねぇ、由紀。ココアさんとルイさん、カッコいいなぁー。あの制服も可愛いし。私もお店手伝いたいな。泊めてもらって、食べさせてもらって、これじゃ悪いよね?」

 日菜は彼女なりに気を遣っていた。

 しかし、二人は逃亡中。

 由紀が許すわけないと思ったのだが。

「オーナーに頼んでみれば?」

 彼は関心なさそうに、本を読み続けた。

 日菜は未だ挨拶もしてないオーナーに、興味を引かれていた。

「オーナーさん、きっといい人なんだよね。タクトくんとチェロちゃんを引き取って、子供は働かせないらしいよ。どんな人か、会ってみたいなー」

「夜中、店行ってみれば?」

 由紀は素気ない。

 日菜は夜中まで起きていられず、そのうち寝てしまった。


 深夜。

 鍵の閉まっていないC室のドアが、乱暴に開いた。

 騒がしい物音と同時に、

「飲んだろば、飲び過ぎでん、歩けんどー!」

 酒臭い息で誰かが叫び、よろめきながら日菜のベッドに倒れ込んできた。

「きゃっ!! 誰ぇー!?」

 日菜が悲鳴を上げた。

「おっ、女がいぐぞぉー! デハ、女ー!」

 酔っ払いの顔が、日菜の間近に迫った。

 彼女はけたたましい悲鳴を連続して発した。


 ぱっと、部屋の照明が点いた。

 入口に、B室の高校生コハクが立っていた。

「カイト! この酔っ払いが! いい加減にしなよ!!」

 コハクが酔っ払い少年の腕を掴み、か細い腕で体格のいい相手を抱え、ドアの外へ引き摺り出した。

 顎髭を生やした高校生カイトは、既に強烈ないびきをかいていた。

「何かあった? 日菜」

 上のベッドから、由紀が蝙蝠のように逆さまにぶら下がり、日菜に尋ねた。 

 日菜は驚き過ぎて、まだ震えている。

「すみません、由紀さん! お休みのとこをお騒がせして…」

 コハクは由紀を見るなり、顔を強張らせた。

 日菜と由紀が見ている前で、コハクは眠りこける相棒を一発蹴りつけた。

「この不良狂犬がー! お仕置きしてやる!」

 コハクが泥酔した相棒を引っ張り、B室へ入った。


 由紀は何事もなかったように、のんびり欠伸をして、ベッドから軽く飛び降りた。

「そろそろ行く? オーナーのとこ」

 彼に誘われ、日菜もベッドから出た。




 3



 深き海のように、魚達がしなやかに身を躍らせ、時に鱗がキャンドルの光を反射して、岩影へ消え去る。

 店内は暗く、水槽の光で藍色に染まり、泡が上へと昇り、水槽と岩と通路の境界が曖昧にぼかされている。

 営業中のバーSALVAGEは、昼間とは別世界。

 静かなBGMが流れている。

「パジャマでも、見えやしねぇ」

 と、由紀が日菜に言った。

 だから、二人とも、Tシャツにハーフパンツで、足元はスリッパだ。

 雑誌で紹介されるオシャレな店内を、ぺたぺたとそぐわない足音で歩く。


 由紀が、誰もいないテーブルに、飲みかけのロックグラスが一つ置かれているのを発見した。

 グラスに水滴がついている。

 由紀はそこが、オーナーの席だと言う。

「ここで待ってようか」

 由紀は厚かましく、隣りの椅子を引き、腰を下ろした。

 日菜は暗いホールを見回し、オーナーらしき人を探した。

 店は平日にも関わらず、結構混み合っていた。


 やがて、日菜はそれらしき人を見つけた。

 その人物は背が高く、黒いスーツが似合い、背筋がぴんとしていて、他の客や従業員と空気の色が違う。

「由紀、オーナーって、あの人?」

「おっ、目敏いじゃん。当たりだよ」

 由紀が笑った。

 オーナーはさすがにリンの実兄だけあって、一際目を引くタイプだ。

 年齢は二十代後半ぐらい。

 端正で鼻梁が高く、はっきりした二重瞼の外国人っぽい眸をしている。髪は後ろへ|梳≪す≫き、整えている。目元はリンとよく似ていた。

 誠実そうな、はにかむような笑顔が魅力的で、男女問わず客に人気があると見え、話はどこのテーブルでも長く続く。

「わぁ…。リンのお兄さん、カッコいいんだぁ…」

 日菜が呟くと、由紀も頷いた。

「そうなんだよなぁー。あの人はスゲェカッコいい…」


 オーナーがこっちに気付き、微笑みながら席に戻ってきた。

「ああ、由紀か。…なんだ、おまえ。その格好?」

 オーナーは由紀の格好を見て、驚いた。

「だって、寝てたんですよ。北見さん」

 由紀が言い訳した。

「リンの部屋か?」

「ううん、住み込みの相部屋です。リンから聞いてると思うけど。この女の子と」

 由紀が日菜を振り返った。

 オーナーが初めて日菜に視線を向けた。

 日菜は緊張して立ち上がり、頭を下げた。

「こんばんは。初めまして。日菜です。昨夜から泊めてもらってます」

 オーナーは優しく笑みを浮かべ、

「初めまして。この店のオーナーの北見です」

 と、ごくシンプルに挨拶し、会釈した。

 そして、そのまま行こうとした。

 日菜が慌てて呼び止めた。

「あっ、あのっ…、…ご迷惑おかけしてますけど、まだしばらくいると思うんで…食事代と宿泊代の分、このお店で働かせてもらえませんか!?」

 オーナーは即座に断った。

「とんでもない。そんな気を遣わなくていいんですよ」

 それでは、日菜の気が済まない。

 彼女は繰り返し頼み、オーナーが折れた。

「わかりました。じゃ、ココアにドリンクの作り方を教えてもらうといいですよ。バイトも社会勉強だ。時給は店長と相談しておきます」

 オーナーはアルバイトとして、日菜を雇おうとした。

「そんな。お給料なんて、いただけません」

 日菜は必死に頼んだ。

「ここに住む人から、家賃や食費を取ってないんです。あなたもそうして下さい。家族と同じなんです」

 オーナーは帰る客を見送る為、その場を去った。

 日菜は感激して、オーナーの後ろ姿を眺めた。

「すごくいい人…」

 日菜はオーナーに好感を抱いた。


 しばらく後に、悲しい別れがあるとも思わずに。




 4



 日菜は翌日から、バーテンダー見習いとして、店に出ることになった。

 しかし、彼女は水兵風のレトロな制服ではなく、一人だけ、メイド服を支給された。

 紺色のワンピースにレースの縁取り付きエプロン、頭には純白のリボン。

 日菜のメイド姿には、由紀もルイも、感嘆の声を上げた。

 本人は不満だった。


 店には、たくさんのスタッフがいた。

 シェフのニノはいつも機嫌が悪く、厨房でルイと怒鳴り合っている。

 店長のリュージは男前だが、仕事にはとても厳しくて、おっかない。

 ホール担当は大学生やフリーターが多く、日菜と同世代で、話が盛り上がった。いい人ばかりだった。

 いつもは人見知りの日菜なのに、みんな優しいので、打ち解けることができた。

 

 由紀はY市に通い始めた。

 イリエやケッズに会いに行くのが忙しくて、日菜に構う暇もなさそうだ。

 転送機の試作の話が、順調に、極秘に進められていく。

 日菜は大学の仲間達に会いたかった。

 特に、モモカ。

 モモカはきっと、心配してることだろう。


 日菜には気になることがあった。

 彼女はゴミ出しに行く途中、中学生のタクトに聞いてみた。

「スギノくんはどこに住んでるの?」

 名前はよく耳にするのに、日菜はまだ、ダイニングでスギノくんを見かけたことがない。

「お姉ちゃん、スギノに会ったことないの? 北側の立ち入り禁止のとこにいるよ。その辺を歩いてたりもするけど」

 タクトは裏口のゴミ置き場周辺を指差した。

 日菜はぴんと来た。

「スギノくんって…もしかして、ちょっと汚いバサバサの髪の男の人? このビルの人みたいだけど、タクトくん、知ってる?」

 日菜は真剣に聞いているのに、タクトは笑い転げた。

「それ、誰のこと言ってるのー!? お姉ちゃん、スギノは人間じゃないよ! 犬の名前だもん。人間に、餌やるとか言うー!?」

 タクトは腹をよじり、笑い過ぎて涙が出そうになった。

 日菜は唖然とした。

 犬にしては、変な名前だ。

「スギノはオーナーの愛犬の名前。死んだ友達の苗字なんだって」

 ゴミ出しが終わり、その話も終わった。



 バイトの時間になり、日菜が客を席までエスコートしていると、オーナーがシベリアンハスキーを連れ、店のエントランスまで入ってきた。

「リュージ。スギノに何か、おやつあげて」

 オーナーが店長に言った。

 あのハスキー犬がスギノくんだった。

 ということは…。

「オ、オーナー。もしかして、あの、アメショの仔猫…」

 あたふたする日菜。

「ガルファンのこと?」

 オーナーはスーツの懐から、手品のように銀色の仔猫を摘み出し、日菜に受け取らせた。

 鼻と肉球がきれいなピンク。

 大きな耳、大きな眸、ふわふわの柔らかな毛皮を纏っている。


 この間の汚い男…あれはオーナーの私服姿。

 スタイリング剤をつけたまま寝て、寝起きに犬の散歩に出たところ。

 日菜はそれを知った時、ちょっぴり幻滅を感じた。

 それでも、彼女のオーナーへの尊敬は変わらなかったし、親しみを感じるようにもなった。

 日菜はこの時以来、仔猫のガルファンと、とても仲良くなった。




 5



 日菜は転送原理を理解する為の勉強を始めた。

 由紀は、

「日菜にしかできない」

 と言う。

 かつて、カノンが、

「日菜さんはアインシュタイン級の理論を発表した」

 と語った。

 日菜にはそれが、途方もない嘘に思えてくる。


「進んでる?」

 Y市から帰ってきた由紀が、日菜の顔を見るなり聞く。

「ここじゃ、資料が足りないんだってば。大学にも、図書館にも行けないもん」

 日菜にはもう、お手上げだった。

「東大くんに相談してみれば?」

 万年賄い当番のルイが、対面式のキッチンから提案した。

 由紀の舌打ちが、日菜の耳に聞こえた。

「俺、あいつ、嫌い。目がヘビみたい」

 由紀のよく知る相手らしい。

 タクトがこっそり、日菜に、

「東大くんは店のお客さん。天才だから、そういう仇名で呼ばれてるんだって。由紀さんと東大くんは仲が悪いんだ」

 と囁く。 

「私は資料を貸してくれる相手だったら、ヘビでも何でもいいんだけど」

 日菜は頬を膨らませ、由紀に不満を垂れた。

 Y市に連れて行ってくれないことへの、不満でもあった。

「そう? 店長に頼んどくよ。今度、東大くんが来たら、日菜ちゃんに会わせてくれって」

 ルイが言い、由紀は見つからないように顔をしかめた。


 それから数日が経過し、東大くんが店に来た。

 東大くんは三人の仲間と一緒に、VIPルームに入った。

 店長に呼ばれ、日菜もVIPルームへ向かった。

 彼女は資料を借りる期待と感謝で、東大くんに会った。

 東大くんは開口一番に、

「君、由紀なんかとつき合ってんの?」

 と言った。

 日菜は少し不愉快になった。

「いい友達です…」

 日菜が答えたら、相手は本当に、獲物を狙うヘビみたいに執念深そうな視線で、彼女の爪先から頭のてっぺんまで凝視した。

「友達だって。ハハ、聞いた? この子、何も知らないから、そんなこと言えるんだな。俺達、誰も、あんな奴と友達しないぜ。ヤバいからな、あいつ。…資料は一通り、足りない分は追加もして、いくらでもご提供するけどね。君と話すのはいいけど、由紀と関わるのは御免なんだよね」

 東大くんは由紀のことを、馬鹿にするように話した。

 日菜も頭に来て、

「じゃ、もう要らないです」

 と言い返した。

「いや、提供するって。させてくれ。あいつに貸しを作るのも悪くないや」

 東大くんが仲間と大笑いした。

「ネイ。それぐらいにしとけよ。殺るぞ」

 店長のリュージがいつの間にか、日菜の背後にいた。

「ネイ。協力するのか、しないのか? 俺の顔を潰して、怒らせたいのか?」

 店長が凄むと、東大くんは蒼くなった。

「い…いや、別に…。ちょっと、最近、由紀が調子に乗ってて、ムカつくから…」

「ネイ。由紀と俺が怒らないうちに、おまえ、店から出ろ!」

 店長が言い捨て、その場から去った。

 東大くんはおろおろして、日菜に頭を下げまくった。

「あ、明日の朝一番に、役に立ちそうな資料を届けさせるから…好きなだけ勉強して下さい…」

 東大くんは鞄を抱え、逃げるように店を出て行った。


 日菜は心配になり、カウンターにいたココアに相談した。

「東大くんは常連のお客さんみたいなのに、私のせいでマズくないですかー? 店長、暴言吐いて、追い出しちゃったんですけど」

 ココアは笑みを浮かべ、

「大丈夫。ネイさんは店長より下なんだ。この店ができる前から…」

 と不思議なルールを教えてくれた。



 日菜がバーでバイトをしてる頃。

 由紀の工房では、小林教授をリーダーに、転送機の試作が始まっていた。

 宮島重工の従業員まで助っ人に入り、工房は活気に溢れていた。

 ケッズ達は今まで通りの生活をしながら、この秘密の活動にも参加した。

 先の見通しは、まるで立たなかった。

 でも、夫々が夢で胸を膨らませていた。


 週に何度か、由紀が工房を訪れた。

 彼は進行を確認し、小林教授、ケッズやイリエと打ち合わせをして、必要なものを搬入する手配をした。

 由紀は変装がプロ並みで、毎回警察を煙に巻いた。

 彼のママでさえ、一瞬では溺愛する息子だとわからなかった。


 

 モモカは頻繁に、工房へ顔を出した。

 技術的な部分では、彼女のサポートなしに進まない。

 ある日、モモカはようやく、由紀と会うことができた。

「由紀くーん!!」

 モモカが両手を激しく振りながら、走り寄ってきた。

 由紀はモモカが苦手。

 モモカを見た途端、不機嫌な顔になったが、一応、彼の方から話しかけた。

「元気? モモカちゃん」

「元気だよー。由紀くん、日菜ちゃんは来ないのー?」

 機械の音に負けじと、モモカが声を張り上げた。

 由紀は苦笑し、親指で工房の出口を示した。

 二人は工房を出て、その裏手の和風庭園に入っていった。

 

 池に二人の姿が映り、錦鯉が寄ってくる。

 由紀は庭を眺め、伸びをした。

「日菜も元気だよ。毎日、物理の本を読んで、勉強してらぁ」

 モモカは少し安心した。

「由紀くんもこんなに度々来て、大丈夫? 警察に捕まるよ」

「俺、そんなにトロくねぇし」

「何言ってんの? みんな、心配してるよ。ケッズさん達、由紀くんのママも、大学の同じ学科の人達も…」

 モモカの方が切羽詰ったように興奮している。

「うぜぇー、そんなの」

 由紀が拒んだ。

「いい人ぶったって、モモカちゃんも未来から来てんだろ。何か目的があって、俺達を利用してるんじゃねぇの?」

 人間不信の由紀。

 彼の言葉に、モモカは傷付いた。

「ケッズさん達から聞いた? 私は過去の人を利用しようなんて、全然思わないよ。由紀くん、そんな言い方しないで。生まれた時代は違っても、私達、今この一瞬を生きてることは同じじゃない?」

 モモカが泣き出しそうになると、由紀は笑って、

「もういいよ。モモカちゃんいないと、転送機できねーもん。俺達も、未来の人間を利用してる。お互い様だな」

 と、冷たく開き直った。

「嫌だ。お互い様とか…」

 モモカは遂に涙を落とした。

「俺はモモカちゃん、嫌いじゃねーよ。…結構好きかも知れねぇなぁー。…でも、全然信用してねぇ。ゴメン」

 由紀は心を閉ざした。


 モモカは以前、彼みたいな人間不信の少年を知っていた。

 その少年を思い出さずにはいられなかった。

「由紀くん、お願い。日菜ちゃんに会わせて。日菜ちゃんはいつ、どんな勢力に拉致されても不思議じゃないの。由紀くんが警察に捕まったら、私達、日菜ちゃんと連絡がつかなくなる…!」

 モモカが拝むように頼む。

「大丈夫だよ、モモカちゃん。日菜は信頼できる友人に預けた。そこは絶対に安全。俺にもし、何かあったら、日菜がモモカちゃんに連絡することになってるから。もう、そんなに心配しないでくれる?」

 由紀は面倒臭そうに、自分の足元を見詰めている。

「じゃ、モモカちゃん。うち入ろうよ。何か甘いものでも食べて、疲れ取ってよ」

 由紀が家に案内しようとした時だった。

 急に、モモカが、

「由紀くん、そのストール暑くない? 取ったら?」

 由紀が首に巻いていたストールを、力ずくで引っ張った。

 首が締まり、彼は悲鳴を漏らした。

「モモカちゃん、俺を殺す気? これは夏物だよ!」

 モモカは焦って、言い訳を考えた。

「ゴメン。でも、見た感じ暑そう。取った方が、そのペンダント目立ってカッコいいよ」

 まだストールを握って離さないモモカの両手を、由紀が押さえた。

 彼が本気で、モモカを睨んだ。

「余計なお世話じゃねぇ?」

 可愛い女の子のような由紀の眸が細められ、眼光が炯々(けいけい)として、モモカには恐ろしかった。

「首筋、ちょっとだけ見せて…」

 モモカは震えながら頼んだ。


 由紀はモモカを突き放し、その場から足早に去った。








 








 

 




 

 


 

 











 




 







 


 

 

 



 

 







 






 

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