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Ⅱ 追跡

 Ⅳ 追跡


 1



 桜の花吹雪が舞う。

 坂の下から、赤茶けた煉瓦風の建物を見上げている。

 本来なら、坂の上であの人が待っていて、

「よく来たね。入学おめでとう」

 と笑いかけてくれるはずだった。


 トキオが夢のように消えてしまい、日菜は大学の構内に彼の幻を探している。

 ここはトキオが四年間過ごした場所で、卒業してからは修士課程で、小林教授の研究室にいた。

 どこにも、トキオの存在を示す証拠はなくなってしまった。

 彼に会いたい思いが募ってきて、日菜は階段の古い木製手摺に寄りかかった。

 見下ろす、吹き抜けの玄関を出入りする学生達に、時折、トキオが紛れているような気がした。


 その時だった。

 冷たい風が、廊下の開け放した窓から吹き込んできた。

 風とともに、桜の花びらがはらはらと舞い込む。

 日菜は風に誘われるように振り返り、その男を見つけた。

「…どなたでしたっけ?」

 日菜は落ち着き払って、相手を見据えた。

 この男が再び現れる日を、どれだけ待ち続けたことか。


 階段をゆっくりと、一段一段踏みしめるように降りてくる男は、薄い唇を斜めに引いて、形だけの笑みを作った。

「…ノグチと呼んで下さい…。お元気でしたか?」

 外国人のようなイントネーション、しかし、顔立ちはどう見ても日本人。

 闇を切り抜いたような黒スーツは喪服を思わせ、陰気な表情と痩せた顔が死神を思わせる。


 ノグチは眼鏡に指を添え、日菜と擦れ違う瞬間に、こう囁いた。

「私はアナタに警告しました。この大学に来るのはやめた方がいい、とね。でも、アナタは来てしまいました。命が惜しくないのですか?」

 日菜はノグチの表情の向こうに、永久に融けない氷河が見える気がした。

「ノグチさんに命令される理由がないよ。私の自由じゃない?」

 日菜がノグチに言い返した。

 ノグチは踊り場で彼女を見上げた。

「何も知らないうちは、強気でいられるものですね…。日菜さんは、トキオみたいになりたいですか? 彼は生まれて来なかった。誰も知らない。私も、トキオなんて知らない。存在がマズイ存在は、こうやって消えてくんですよ」

 日菜の心臓が胸の中で膨らみ、鼓動が強くなり、ドンドン音を立てている。

 彼女は冷静に努めていたが、ノグチの挑発的な態度に、とうとう抑えきれずに言葉が迸り出た。

「なんで消されなきゃいけないの? トキオが何をしたって言うの。トキオは機械の修理を手伝ってあげたんでしょ。それが何か、マズイ話? 消す必要ないでしょう?」

 ノグチは喉を反らせ、大声で嘲笑った。彼の声が、明治時代のモダン建築のような、円天井の吹き抜けに響き渡った。

「トキオが私達の…機械修理…を手伝った。知ってますよ、勿論。それはマズくない。…日菜さんは仲間と、トキオを捜すつもりみたいですね。私は何でも知ってます。だって、未来から来てますから。トキオ捜しか。どうせ、無駄なのにね。トキオは未来にいるんですから!」

 ノグチは続けて、げらげら笑った。

 いくら笑っても、この男の眼は死んでいた。

「トキオはどうなっちゃったの? 現代では消されたのに、未来にいるの?」

 日菜は知りたかったヒントに気付き、階段を駆け降りた。

 追いつかれぬように、ノグチも歩を速めて降りた。

「日菜さん、お利口にしてて下さい。トキオのことは忘れて、おとなしくしてないと、アナタもリセットしますからね!」

 ノグチは言い捨てると、玄関を出て、白昼の眩しい光の中に消えた。




 2



 その日の夜、日菜が由紀の家を訪ねた。


 日菜が入口に立ち、由紀の部屋を眺め回す。

 広い部屋を埋めるゲーム機と工具と、自作ロボットたち。由紀が十分ほどかけて、座る場所を片付けている。

「女っ気ないねぇー、由紀」

 日菜は心から同情し、溜息をついた。

「うるせー。でも、思ったほど散らかってねぇだろ?」

 由紀が床のゲームやロボットを蹴散らし、ソファーに腰を下ろした。彼はだらしなく沈み込んで、日菜に同意を求めた。

 日菜はソファーにあったフィギュアを由紀に投げつけ、彼の横の狭い隙間に座った。

 膝を抱え、黙り込む日菜をそっちのけで、由紀はオンラインゲームを開始する。

「…ずっと考えてたんだ…」

 日菜が俯いて喋り出した。

「何が?」

 由紀はゲームを続けながら、返事をする。

「トキオは未来の自分と会ったって、言ってた…。それって、すごくない? 自分の将来を聞いちゃったって。へこんでたよ」

 日菜が真面目に話しているのに、由紀はぶぶっと吹き出した。

「しょぼい人生だったんだろな。トキオ、気にすることねぇのに。そんなもんだろ」

「あんたはね! トキオはいっぱい、夢があったんだからね。…だから、きっと、何かへこむような未来だったんだろうなぁー。未来を知るとかって、ちよっと怖いな」

 日菜は想像し、悲しく思った。

 自分に置き換えて、考えてみた。

 日菜は将来、誰と結婚して、どこに就職して、どんな夢をかなえるんだろう。

 それとも、夢を挫折して、立ち上がれなくなったり、道に迷って苦しんだり、大きな失敗をして毎日悔んだりするんだろうか。

 余り楽しくないことは、先に知りたくもない。


「未来の自分に会ったってことはさ、まだ死んでねぇってことだよな。未来は今日の続きなんだから」

 由紀がわかったようなことを言い、ペットボトルのコークに口を付けた。

 日菜は空想から現実に引き戻され、隣りにいる由紀を見た。

 大型テレビの画面の中では、ハリウッド映画みたいなロボットを着込んだキャラクターが、由紀の操作で動き続ける。

 現実のようで、何だか曖昧な、ゲームの中にいるみたいな日常。

 由紀はゲームの進行の中にいながら、日菜に現実のことを聞いた。

「日菜、未来って、どんくらい未来なんだよ?」

「そういう、人間が着脱するタイプのロボット。そんな遠くないうちに実現しそうだよね。あいつら、米語喋ってたよ。未来の米軍かな?」

 日菜の返答に、由紀は面白そうに笑いこけた。

「ひゃはは。トキオ、甘いんだよな。アメリカが宇宙人の技術から作ったUFO、その修理を手伝ってしてしまった。それで奴らは機密保持の為、日本人エンジニアを攫って抹殺ー!! 案外、そんな話じゃね? ひゃはは…」

 由紀のバカ笑いを見ていると、日菜は今日訪れたノグチのことを、相談する気がなくなってきた。


 由紀がゲームを投げ出し、ソファーで大きく伸びをした。

 彼は、

「それにしても、おまえ、よく無事だったねー? 拉致されたのが、あのオッサンだけとは」

 と、嬉しそうに言う。

 日菜も、ずっとそう思っていた。

「未来の日本人?に助けられたんだよ。トキオを拉致したのとは、別のグループみたい。髪の毛がツンツン立ってて、顔はカッコよかった。私の顔見て、ヒミコの生まれ変わりか? って聞いたんだよ」

 日菜が思い出し、笑ったけれど、由紀は笑わなかった。

 彼は頬杖を付き、真剣に考えていた。

「さてと。ここから、どうするかな。あの医者、見張らないと」

「私が見張る!」

 日菜が言い張った。

 しかし、由紀は嫌がった。

「色仕掛けで吐かせるのかよ。やめてくれよ」

 いや、別に日菜はそんな色っぽい手段は考えてない。

 けれど、由紀の妄想というか、嫉妬には苛々した。

「何が言いたいの? 私にフラれたから、アメリカに留学行ったんでしょ?」

 日菜の話が逸れた。

 由紀はコークを噴き出した。

「おい。言いにくいこと、サラッと言うな。おまえとトキオがくっつきそうでくっつかなくて、見てらんなかったよ。俺がスゲェ邪魔っぽかった。だから、ちよっと二人きりにしてやったんだよ。わかるぅ? 俺の優しさ」

 由紀の顔面に、日菜がクッションを投げつけた。

 赤くなった彼女は、ソファーから立ち上がり、照れ隠しに怒鳴った。

「由紀は何でもいいんじゃないの! モモカちゃんと付き合えば?」

 由紀は目が点になって、日菜を見上げ、おどおどした。

「え、何だよ、それ。モモカちゃんに失礼だろ。…でも、まぁ、あの女の子は嫌だ。鈍いふりして、人の心を透かし見てそうで」

 由紀はクッションを盾にしつつ、言い返してみた。

 日菜は戸惑いの表情を見せた。

「モモカちゃんが? あの子はそんなんじゃないよ」

「信用すんなよ。あの先輩達だって、本当はトキオのこと憶えてて、わざと隠してる可能性もあるだろ!?」

 由紀の暴言に、日菜も今度ばかりはショックを受けた。

 一方、彼は内心に積もっていた不信をぶちまけ続けた。

「バカ日菜。考えてもみろよ。未来人は何だって出来るかも知れねぇんだ。警察も助けてくれない。俺達に、何が出来る?」

 憤る由紀の顔なんて、日菜は見たことがなかった。

「考えようぜ。俺は日菜を心配してんだよ。おまえまで誘拐されたら、俺はどうすりゃいいの? 一人、この時代に取り残されて。楽しかった記憶も消されて。つまんねぇんだよ。俺達は弱いんだ。もう少し、無難に生きる方法ないの?」

 由紀が日菜の顔を覗き込んで言う。


 日菜の眸が光り、涙が溢れ出した。

 彼女は消え入りそうな声で呟いた。

「じゃあ…、トキオはどうなっちゃうの? 由紀、助けてあげないの? 私達、トキオの友達じゃない…。お願い、手伝ってよ…」

 日菜は由紀の腕を引っ張り、揺すった。

 彼は睨み返してきた。

「死ぬほどの危険冒して、助けるの? ふーん、俺はそんな暇人じゃねぇ。トキオも、自分のケツは自分で拭けよ。そうだろう?」

 由紀が黙った。

 どんな時でも強がりばかり言っていた日菜が、今はまるでか弱い、普通の女の子みたいに泣いている。

 嗚咽して、両手の拳で涙を拭い、鼻を真っ赤にしている。

「パーカ」

 由紀は逆らうのをやめた。

「わかったよ。貸しにしといてやる。スゲェ高ぇぞ。おまえ、何がしたいんだ? 言ってみな」

 由紀が差し出したティッシュの箱から数枚抜き取り、日菜は鼻をかんだ。

 それから、彼女はきっぱりと言った。

「トキオを助けに行く。過去だろうと、未来だろうと」

 由紀は目を見張り、改めて聞き直した。

「はぁー? 何ですか? それはどうやって? チッ。もう、いいや。好きにしろよ。俺以上のバカ。怖いものなし。それで、何から手を付ける?」

 由紀は諦め半分で、日菜に従った。

 日菜は瞳を輝かせ、彼の返事に嬉々とした。




 3



 深夜、日菜が居候先の穂高医師のマンションから、由紀に携帯電話で電話してきた。

 彼女はひどく慌てた様子で、早口にまくし立てた。

「由紀! トキオが見つかった! 今、連絡があったの。未来から逃げて来たんだって。でも、ヤバいんだ。このままじゃ、トキオが殺されちゃうー!」

 日菜が興奮し、喚くのを面倒臭そうに、由紀は欠伸混じりに答える。

「ふぁ…、マジで未来行ってたのか。スゲェな、あいつ。…チクショー、一生帰って来なけりゃ、日菜は俺のものだったのに…。…で、どこまで迎えに来いって? あのオッサン」

 ぶつぶつ呟き、頭を掻きながら、由紀がベッドから起きた。

 受話器の向こうでは、日菜が、

「明日の夜、港公園の噴水で待ち合わせなんだ。由紀も来て!」

 と必死で頼み込む。

 由紀は余り、気乗りしないようだ。

「チッ。面倒臭ぇ。でも、うちから近いから、行ってやるよ」

「じゃ、七時に港公園だよ」

 電話が切れた。



 翌日、日菜は港公園前でバスを降り、日が暮れた公園に入って行った。

 ここに来るのは、去年の七月以来だった。

 港公園は、潮の匂いがする。

 樹齢の古そうな木々に囲まれ、海風で葉擦れの音が絶え間ない。

 海側の空はいつも赤味を帯び、一晩中、暗くならない。でも、夕焼けの美しさとは違って、不気味でしかなかった。

 日菜は噴水の前を通り抜け、海の彼方を見詰めていた。


 日菜の名前を呼びながら、由紀がタクシーから降りた。

「日菜ー、トキオはどこー?」

 風に吹かれ、長い黒髪をなびかせながら、寒そうな表情をしている日菜を、由紀が見つけた。

 二人は薄暗い周辺を見回し、街灯の照らす先まで目を凝らした。

「あ、あれじゃない?」

 日菜が埠頭の方向へ続く道を指差した。

 芝生側の街灯の光が、道の端まで届かない。その光届かぬ端を、誰かが歩いてくる。

 肩幅が広く、がっちりした体格で、足取りも堂々として大股である。

「あれだな。あのズングリしてダセェのは、トキオに間違いねぇよ。トキオー!」

 由紀が走り出した。

 日菜が追い抜いて、大喜びでトキオに飛びついた。彼の首に両手を回し、ぴょんぴょん飛び跳ねて叫ぶ。

「トキオー! 会いたかったー! 心配したよ。焼け死んじゃったか、監禁されてると思ったよー!」

「トキオ! 心配させてやがって…」

 日菜の後ろから由紀も、トキオにしがみ着いた。

 だが、当のトキオは何も言わない。

 濃いグレーのパーカーを着て、そのフードを目深まで被り、両手をデニムのポケットに挟んだまま。


 再会の場面を演出する舞台照明のように、突如、スポットライトが彼等を明るく浮かび上がらせた。

 そのライトとは、公園の外に止められた、一台の車のヘッドライトだった。

 舞台で、驚いたように動きを止め、光を振り返る日菜と由紀。

 光の中で、運転席のドアが開き、穂高医師が降りた。

「穂高先生…。なんで、ここに…?」

 日菜が驚いて呟く。

 穂高医師は満足そうに微笑み、

「偶然通りかかってね…。…そんなわけ、ないでしょう」

 革靴の音を立て、公園に入ってきた。


 穂高医師は手術着の上に白衣という、いつもの姿ではなく、スーツにネクタイという格好だった。

 でも、真面目で爽やかな青年医師という印象は変わらなかった。

 彼はまるで、診察を始める時のように、優しく話しかけてきた。

「やあ、トキオくん。由紀くん。初めまして。…日菜ちゃん、残念だよ。これで君とお別れだよ。どうして、記憶を思い出しちゃったの?」

 穂高は盗聴していたことを、悪びれることもなかった。

「トキオくんは入国管理局に引き渡す。君は既に、住民票どころか、日本国籍も持ってないんだ。だから、もう日本にいることはできないんだ」

 穂高の説明に、由紀が激怒した。

「何だ、そりゃ。その屁理屈、誰が考えた?」

 穂高は会心の笑みを浮かべながら、由紀を無視し、トキオを眺めた。

 トキオは日菜と由紀より、頭一つ背が高かった。トキオは肩幅に足を開き、嵐にも動じぬ大木のように、力強く立っていた。

 穂高は捜していたトキオを目の前にして、ひどく興奮していた。

「トキオくんと日菜ちゃんは、未来に重大な犯罪をしでかす。なので、今回、過去に遡って、君らは逮捕される」

 穂高は実に面白そうに言った。

 日菜は腹を立てた。

「それじゃ、現在、まだ何もしてないってことでしょ? 私達、犯罪なんかに興味ないよ。バカじゃない?」

 日菜は胸の前で腕を組み、刺々しく言い返した。

 穂高はバカにした目で見られ、悔しそうに唇を噛んだ。

 彼は、日菜とトキオを順に指差しながら、

「いやいや、心当たりあるんだろう? 君ら、二人は……将来、これまでの核ミサイルさえ意味を持たなくなるほどの、残虐な兵器を発明するそうじゃないか? 君らは未来世界を恐怖のどん底に陥れる、凶悪犯罪者なんだよ!」

 声に凄みを持たせようと、喉から声を振り絞った。

 日菜は愕然とした。

 全く、心当たりなんかない。


 日菜は自信を持って、反論した。

「私、兵器なんか発明しないし。トキオだって、ただの物理オタクだよ!」

 そんなデタラメな話の為に、ノグチに追い回され、トキオが拉致されたのかと思うと、日菜は怒りが込み上がってくるのを感じた。

 兵器の開発には、巨額の資金と相当な設備が必要だ。

 日菜には何もない。彼女はごく普通の、大学生。

「穂高先生、入管連れて、帰ってよ。勘違いもいい加減にして。私とトキオに、兵器なんか作れるわけないじゃない。大体、日本国籍はもうないって、じゃあ、トキオをどこへ強制送還するの?」

 日菜が叫ぶと、トキオが答えた。

「アメリカかな? つまり、その最強の兵器を少しでも早く、確実に入手したい相手……」

 日菜と由紀がびっくりして、トキオを見た。

 トキオがパーカーのフードを脱いだ。

 院生のケッズだった。

 

 穂高は失望の余り、口から泡になった唾を飛ばし、よろめいた。

「あっ…ああっ! お、おまえはトキオじゃない!! お…おまえら、…私を騙したなぁっ!!」

 膝が震えて、立ってられないほどの穂高に、

「すみません。トキオの同級生だった者です。ちょっと、ふざけただけ。トキオはまだ、見つかってません」

 ケッズは正直に白状し、頭を下げた。

 ケッズは日菜と由紀を促した。

「行こう、日菜ちゃん。由紀くん。君らは今のところ、まだ法律に触れてないんだから」

 穂高は狼狽し、転びそうになった。

「ま…待てっ! 言うんだ、トキオの潜伏先を…! あいつはどこに隠れてる? いつの時代に? すごい賞金がかかってる。一千万ドルだ! 日菜ちゃん、私と山分けにしよう。半分あげるよ。トキオの居場所を言ってくれぇー!!」

 穂高がしがみ付くのを、日菜は冷たく振り払った。

 そして、彼女の方が逆に、

「先生は誰に頼まれて、私を監視してたの? 誰から賞金が貰えるの?」

 と、問い詰めた。

「か、監視なんて…、バカな…。日菜ちゃんは私の彼女じゃないか。私を好きだと、君も言ったじゃないか…」

 穂高が焦り、口籠った。

「穂高先生は、大原院長の愛人。入院中、看護師さんが言ってたよ」

 日菜が突き放すと、穂高は芝生に両手を着いた。

「頼む、教えてくれ! トキオはどこなんだっ…!?」

 日菜は土下座する穂高を見捨てて、さっさと公園の出口へ歩いていった。

 気分が悪かった。

 穂高は項垂れ、言葉もなく芝生を見詰めている。

 由紀が、

「核を上回る兵器の開発を、たった一千万ドルか。安く買われたな、オッサン!」

 地面に唾を吐き、傍らを抜け、日菜の後を追った。


 公園の出口で、遅れた由紀をケッズが待っていた。

「急いで。警察に囲まれてるみたいだ」

 ケッズが告げ、日菜と由紀をワンボックスカーの後部に押し込んだ。


 ワンボックスカーでは、イリエとモモカが待っていた。

「ねぇ、あれが未来人ー?」

 モモカが穂高を指差した。

「あれは、医者。未来人は釣れなかったな。モモカちゃん、ウィンドウ閉めて。公安が来てるかも」

 ケッズが助手席に座り、急いでシートベルトをした。

「ウホー、公安っスかー!」

 イリエが大張り切りでハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。

 ところが、危険が大好きなイリエと真逆の由紀は臆病風に吹かれ、後部座席で縮み上がっていた。

「逃げたところで、俺と日菜は顔が割れてんじゃん。俺達、明日から大学行けるの?」

 由紀の嘆きに、誰も何も言わない。

「日菜。あの医者のとこ、もう帰れねぇだろ。荷物持ってきたか? 俺んち、来る?」

 由紀が心配して言う。

 日菜は反対方向を向いた。

「嫌だ、エロ猿のとこなんか。モモカちゃんの部屋に泊めてもらう」

 由紀は気を悪くした。


 イリエが小林教授の自宅前に車を停め、日菜とモモカを降ろした。

 日菜は振り返らず、教授の家へ入っていく。

 兵器を発明だの、穂高に言われたことについて、日菜は一人で考えたかった。


 由紀はモモカを呼び止め、

「モモカちゃん、バカ日菜をよろしく。あいつ、いびきかくし、寝相悪いし、喋り出すと止まらないからうるさいと思うけど、目を離すと無茶するから…」

 と頼んだ。

 モモカは無邪気に笑い、

「任せて。ちゃんと日菜ちゃんを守るから。じゃ、由紀くん。おやすみー」

 と、跳ねながら手を振った。

「ああ、おやすみィ」

 由紀は素気なく言い、スライドドアを閉めた。


 運転席で、にやつくイリエが口笛を吹いた。

「ようよう、モテるねぇー。どっちにするのー?」

 イリエが冷やかすのを流し、由紀はケッズに話しかけた。

 女の子達が降りるのを待っていたように。

「ケッズさん、これからがヤバいですよね? 日菜の記憶喪失も、これで通用しないし。ケッズさん達はもう、関わらない方がいいと思います。俺と日菜は、しばらく大学休んで、どっか隠れてた方が…」

 彼の言っていることは、冷静な判断かも知れない。

 それじゃ、トキオはどうなるんだろう、とイリエは心の中で思った。

 ケッズは慎重に考え、適切に判断した。

「まだ何も発明してないんだから、逃げなくていいさ。大学も、今まで通りで」

 由紀はあれこれ、考えてしまう。

「発明しなきゃいいんですよ、そんなもん。これで将来起きることがわかったんだし。あーあ、未来は大戦勃発なんですかねぇー?」

 溜息が出た。

「発明って、何スか?」

 イリエが公園での出来事を尋ねた。

「何だろうな。科学者の意に反して、恐ろしい兵器が誕生したりするもんだからね。アインシュタインだって、原爆作ろうとして、相対性理論を発表したわけじゃない。日菜ちゃんとトキオは、将来、純粋に科学者として、何か発明しちゃうのかも知れないね」

 ケッズは残念そうに話し、イリエと由紀も黙り込んだ。




 Ⅴ ノグチの転送機


 1



 小林教授の自宅の書斎に、トキオ捜索チームが集まった。

 小林教授はトキオを憶えてないので、興味なさそうに説明を聞いた。

 トキオの失踪など、どうでもよさそうだったが、日菜がタイムマシンと言った途端、教授の目の色が変わった。

「UFOはたぶん、未来の米軍のタイムマシンだと思います。未来では、タイムマシンが運用されてるみたいです」

 教授は身を乗り出した。

「よし、協力するぞ!!」

 教授が乗り気になったところで、由紀が慌てて椅子から立ち上がった。

「えー、待って下さいよぉー! コバ、トキオは何か機密に関わって、存在を消されたんですよ。ヤベェ!! 命の保証がないんですよー!」

 由紀が小林教授に冷静さを求めた。

 が、小林教授は耳を貸さない。

「タイムマシンがあったら、何をするー?」

 教授が子供のように天真爛漫に、無邪気な質問をした。

「株でしょ、なんつったって。不動産とかねー。へへ」

 イリエがすぐ、話に乗った。

「ロトの当選番号を調べますね。競馬の万馬券とか、一回当たってみたかった」

 ケッズも教授に応じた。

「試験問題を覗きに行く。あと、寝坊したら、自分を起こしに戻るんス」

「そんなの、寝たいだけ寝て、直接ゼミの時間に移動すりゃいいんだよ。そうなりゃ、交通機関なんて必要ないな」

 イリエとケッズが言い合う。

「アポロ11号が月面に着陸する前に、俺が先回りするっス。アームストロングより先に月に降り立って、後ろで映像に映っちゃうんス」

「宇宙人発見か!?」

 大笑い。

 研究生と教授だけで、くだらない話で盛り上がり始めた。


 その時、誰かが、

「日本に原爆が投下されなかったことにする」

 と、言った。

 瞬間、静まり返り、一斉に声の主に視線が集中した。

 言ったのは、日菜だった。

 日菜はそんなに驚かれると思わなかったので、自分でもびっくりした。

 全員が怖いものを見るように、彼女を眺めた。

「…えっ…でも…、日菜ちゃん。歴史を変えちゃうことになるよ? そしたら、もっと戦争が長引いて、もっと沢山の人が死ぬかもよ。歴史を変えるのは、ヤバくない?」

 モモカは気を遣いながらも、日菜の意見を支持しなかった。

「どうなるんだろうな? 死ぬはずだった人が大勢生き残って、生き残るはずだった人が大勢死ぬことになる。子孫も変わる。つまり、その後の歴史まで、大幅に変わることになる…」

 ケッズが呟き、すぐ頭を振って、

「いや、待てよ。未来にタイムマシンが実在するとなると、我々のこの歴史は既に改造されてるかも知れない。正しいまま保護されてるとは、限らないよな…」

 考えを様々にめぐらし、唸った。

「国連で規制するんじゃないスか? 国際法作って…過去いじるのはダメ、それでOK」

 イリエは楽観するが、由紀はそれを否定する。

「普通に、どこの国も力ずくで、歴史を都合に合わせて管理しようとするでしょ。紛争地とか、マジヤバい。実際、俺達みたいな一般市民に、タイムマシンを使わせてくれないと思います」

 いつもはとんちんかんなモモカまで、現実的だった。

「日本に原爆が落ちないことになったら、困るのはアメリカ。その後の日米関係も、大きく変わる。もう、想像もつかないよね…」

 更に、小林教授まで、

「世界はヒロシマ、ナガサキを通じて、原爆の恐ろしさを知った。それがなくなったら、後々、もっと大規模な核戦争が起こりよるかも知れん。日本が原爆を使用する側になるかも知れんのう」

 と濁声で語った。


 日菜は悲しくなった。

「出よう。トキオの話からズレてらぁー」

 由紀が小声で囁き、日菜の腕を引っ張った。

 二人は廊下へ出た。


 由紀は廊下の壁に凭れ、長い溜息をついた。

「日菜はいいトコ突いたんだよ。問題の核心だよ。あいつら、全然わかってねー。日菜みたいにさ、誰かが歴史をひっくり返そうと考えるんだよ。タイムマシンは危険。マジ、すぐに軍事利用されるね」

 彼の苛々とした言い方に、日菜の方が驚いた。

 由紀は普段、こんなきつい言い方はしない。

 へらへら笑って、真面目なことなんか言わないで、ふざけてるだけの軽い奴なのだ。

「由紀、怒ってるの?」

「そうだな。気分悪ィ。だってさ、タイムマシンてスゲェ、人間の欲望を膨らます毒物だと思わねぇ? きっと、タイムマシンがあれば、何でも出来る。何回でもやり直せる。…離婚をなかったことに、犯罪を犯さなかったことに、死ななかったことにだって出来る。都合の悪いことは、全部修正可能。命の価値は半減。エゴイストの権力者達が、自分達の為に時間を支配するだろ?」

 由紀は眉間に皺を寄せ、気難しい表情をしていた。

「すごいじゃない、由紀」

 日菜の方が感心してしまった。


 書斎からは、話の続きが漏れ聞こえてくる。

 平和な世の中が続くことを前提にした、タイムマシンの話だ。

 小林教授が言っている。

「…ワシがもし、タイムマシンを発明出来たら、その金でカミさんに贅沢させてやりたいのう。ちっとも旅行にも連れてっとらんし、うまいもんも食わしとらんし。ワシは研究ばっかりじゃ、カミさんには苦労さしとる」

 微笑ましい。

 明るい笑い声が聞こえてくる。

 

 由紀は目を、鋭く細めた。

「世界中の人達が、本能のままにタイムマシンを使ったら、この世は無茶苦茶になるんだろうな。なぁ、日菜。歴史を変えるのはマズいなんて言う偽善者は、自己保身しか頭にねぇよ。ヒロシマ、ナガサキ…、命に優先順位があるかよ」

 由紀が激しく吐き捨てる横顔を、日菜は意外に思って眺めた。





 2




 小林教授の研究室のメンバーや、モモカと組むことに、由紀は反対だった。

 トキオを憶えてない人達が、本気で協力してくれないと言う。

 日菜はあの優しい人達を巻き込みたくなかったので、由紀の意見に賛成した。


 二人は次の作戦を決行した。

 日菜が囮になり、ノグチを呼び出す作戦だ。

 トキオの具体的な居場所を、本当に知っていそうなのはノグチだ。

 穂高医師は雑魚過ぎて、余り情報を持ってなかった。

 当然、危険なのは承知の上だった。


 日菜が先に大学を出た。

 少し時間差をつけ、由紀が大学を出ていく。

 由紀は思わぬところで、イリエと会った。イリエは大学の正門の外で、由紀を待っていた。


 イリエは彼を見つけると、ノートPCを掲げながら、側へ寄ってきた。

「見たっス。ああ、本当に君ら、無茶するんだなー。未来人を挑発したりして…。トキオは存在する、トキオは存在する…。あんなにいっぱい書き込んで……正気スか? やり過ぎでしょ、由紀くん?」

 イリエは心配そうに言うのだった。

「まさか、由紀くんと日菜ちゃんと、二人だけでやるつもり?」

 イリエが由紀から離れない。

 二人はバス停を通り過ぎ、横断歩道を渡る。

 周囲には、学生の集団がぞろぞろ歩いている。

「見ました? 俺達、ノグチって奴を呼び出したんですよ。もう、日菜が先に向かった。俺も行かないと…」

 由紀は黒い帽子を被り直し、腕時計に目をやった。

「ノグチって、あの、日菜ちゃんが入院してる時に来たとかいう? ヤベェー。由紀くん、勝ち目あるの?」

 イリエが問いかけると、由紀は武者震いした。

 水を浴びた仔犬みたいに、彼はぶるぶるっと震えた。

「…まぁ、それは何とも。でも、ノグチは確実に、タイムマシンで来てるんですよ」

「はぁ? 狙いはタイムマシンなんスかぁー? 大丈夫? 由紀くん、消されるんじゃないの?」

 イリエは目を白黒させ、焦った。

「そうかも…。イリエさんも気を付けて。…次会うのは、ずっと先の未来かも知れませんけど…」

 地下鉄の階段の手前まで来て、由紀はふらふらしながら手を振り、よろめきながらイリエの横を通り抜けようとした。

「何かあったら、すぐ呼んでくれよ。俺もケッズさんも、すぐ行くから」

 イリエが由紀の肩を叩き、連絡先を書いたメモ紙を渡した。

 由紀は思いもしなかったようで、ふっと笑みを浮かべ、受け取った。


 

 由紀とイリエが会っている頃。

 既に、日菜はあの死神のような男、ノグチと対峙していた。

 場所は、地下鉄の連絡通路。

 細長いトンネルみたいな通路で、薄暗く、湿気でじめじめとして黴臭い。

 タイル張りの壁から、冷気がひんやりと伝わってくる。

 その場所だけが世界から隔離されたかのような空間で、通行人もない。


 日菜は猫のような大きな眸で、まっすぐノグチを睨む。

 ノグチもまた、深淵に浮かぶ鬼火のような双眸で睨み返している。

 由紀が到着した時、二人は間隔を置いて睨み合い、視線で火花を散らしていた。

 由紀は初めて、ノグチを見た。

 ノグチは全身から、黒い霧みたいなものが立ち上っているように見えた。気味悪さは話に聞いていた通り、感じる禍々しさは予想以上だった。

 由紀は鬼気迫るノグチの迫力に一歩押され、日菜の後ろに立った。


 日菜は春物のコートを足元に脱ぎ捨て、可憐なワンピースに少しヒールの高さのある靴を履き、薄いメイクで、とても可愛らしかった。

 絵としては、日菜の方が雑誌の一部みたいに華やかで、ノグチの方が黄泉路の入口みたいに暗く、左右の明暗のバランスがおかしかった。


 ノグチは陰気な表情を、苦いものを噛んだように歪め、ねちねちと話し始めた。

「日菜さん、おとなしくしていた方が身の為だと、教えてあげたと思うんですがね。おやおや、アナタ方はそんなに消されてしまいたいんですか。こんなに豊かな世の中なのに、何が気に入らないんですかね。トキオ一つが、そんなに気になる? アナタ方の安全の代償だと思って、早く忘れてしまうべきだったのに。日菜さん、アナタはより一層、自分の身を危険にしてしまいました。トキオは消されたのに、アナタが世の人々に思い起こさせ、彼が行方不明だと宣伝したんですよ」

 日菜は頷き、

「マズイことが明らかになりそうなんで、それを揉み消す為に出て来てくれたんでしょう。礼を言うわ…。つまり、トキオを拉致したのはノグチさん達で、それは他の人達には秘密だったってことよね?」

 腰に当てていた手を伸ばし、ノグチの鼻先を指差した。

 日菜の声は凛として張りがあり、その度胸には、由紀がびっくりした。

 由紀は勇気を振り絞って一歩前に進み、日菜の横に並んだ。彼はこれで、精一杯。


 ノグチは挑発に、不愉快そうに鼻を鳴らした。

「何の用です? 私は忙しいんです。アナタ方の処分は、部下に任せることにします」

 ノグチの後ろから、要人が連れているSPのような、スーツ姿の長身の男が二人、出現した。

 その肩の盛り上がり具合や、腕の太さが、何も言わなくても威圧的だった。

 日菜は急いで、交渉を始めた。

「ノグチさん、私と取り引きしませんか?」

 ノグチは驚きを隠さなかった。

「日菜さんに、私を満足させる材料がありますか? 一体、何とトキオを引き換えるつもりかな?」

 ノグチは横柄に言った。

 日菜は背中を流れる汗を感じながら、余裕を見せようと頑張った。

「忘れたんですか? 私がまだ、知らないと思ってる? 交換する材料は、未来に私とトキオが発明することになるモノよ。それが問題なんでしょ?」

 日菜がノグチを睨み、力を込めて言った。

 ノグチは腹の底から、大笑いした。

「傑作だ! アナタはまだ、発明してもいない。ずっと未来の話だ!」

 日菜はへこたれなかった。

「私、兵器を作るのをやめます。トキオにも、絶対作らせません。それなら、どう?」

 横で由紀が、はっと息を飲む。

「お…おい。日菜…?」

 由紀が焦っている、日菜は振り返らない。


 ノグチは笑うのをやめ、表情を引き締めた。

「アナタは口先だけで取引しようとしています。日菜さんがどんな取り引きを持ちかけようと、未来は変わってません。だから、私がここにいるんですよ。私はアナタ方が開発した、あの戦略兵器を未来で見ました。その威力も、です。大勢の人が亡くなりました。アナタとトキオのせいなんです」

 ノグチが憎しみの炎を燃やしながら、言葉は淡々と語った。

 日菜はノグチの異様な殺気の理由を、おおよそ察した。

「新兵器で、未来の人が殺されることなんて、私は望まない。この際、私とノグチさんで未来を変えませんか?」

 日菜はノグチから、視線を外さない。

 ノグチは勿論、取り引きに応じなかった。

「いいえ、未来を変えてはなりません。それは国際法で禁じられています」

 日菜は、相手が未来の情報を知っていて、自分が知らないのは随分不平等だと感じた。

「変えられないと思ってるからじゃない? とにかく、トキオに会わせてほしいの。そうすれば、私達、その未来に起きる被害を抑えられるじゃない? 私と由紀を、ノグチさんのタイムマシンに乗せてほしい。大勢の人の命を救えるかも…」

 日菜は必死に訴えた。

 ノグチはまた、日菜に驚かされた。

「正気ですか、日菜さん!? わかってますか? 私はアナタとトキオを、殺したいぐらいに恨んでますよ! あの兵器が殺した人の命の分だけ、アナタ方の罪は重いんです。……アナタ方があの兵器を完成させたら、私達がただちに管理します。その為に、この時代にやって来たんです。今からずっと、アナタとトキオを監視下に置く。…それが、あの戦争の被害を最小限に抑える方法です。アナタに歴史は変えられないし、意味も価値もない」

 日菜は何回も頷き、話を聞いていた。

「わかった、それでいい。ノグチさんが未来のどこの国の人であってもいい。それで、その兵器が使われずに済むなら、私は受け入れます。ノグチさん達がその兵器を管理して、使わないと約束してくれるなら、私とトキオの発明を譲ってあげる……」

 日菜が折れたつもりだった。

 しかし、今度はノグチの方が困惑した。

 ノグチは母国が有利になるように、その兵器を使用したいのだ。彼だって、母国を愛している。大切な家族がいる。

 彼はトキオと日菜をリセットして、発明を丸ごと乗っ取りたいのだ。

 

 日菜の胸は、苦々しい思いでいっぱいになった。

 トキオは未来に失望したが、日菜は未来に腹を立てた。

「何なの、未来人って。勝手なんだね。折角、ここに平和の可能性があっても、それでもやっぱり、戦争に勝つ未来を選ぶんだ? この選択に、大勢の命がかかってるかも知れないのに…」

 罵る日菜に、ノグチは言い返せなかった。

 すると、由紀が片手で日菜を制し、間に割って入った。

「ノグチさん、とにかくトキオの顔を見せてくれよ。日菜、俺が人質になる。走れメロス作戦だよ。おまえ、未来に行って、トキオと会って来い。話はそれからだよ。…なぁ、ノグチさん。プラスマイナス、ゼロだ。あんたもその発明が欲しいんなら、二人を会わせる方がいいだろ。未来を変えられねーけど、あんたも俺達も、損はねぇ」

 由紀の突然の提案、鋭い目つきに、日菜は彼が別人になったかと思った。

 ノグチも納得したようだった。

「確かに、由紀くんが人質になるのなら、日菜さんも逃げたりできませんしね。いいでしょう。未来を見せてあげます…。トキオと会えるかどうかは、運次第ですが…」

 ノグチの背後の空間に、X字型の青い裂け目が現れた。

 裂け目から青いガス火のような炎が噴き出し、空気が振動し始めた。


 得体の知れぬ異空間の門が、今、日菜の目の前で開く…。









 




 



 



















 


 

 



 




 




 


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