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ⅩⅨ トキオ奪回

 3



 由紀と日菜を乗せた転送機が、ターミナルの上空に着時した。

 由紀がターミナルの管制塔(コントロールタワー)にアクセスした。

「日菜、ターミナルの格納庫に入る。このエリアの時空は厳重に管理されてるから、このターミナルからしか入れない。俺にとっては自殺行為だけど…、入るしかないんだ。敵の本拠地だよ。IDを格納庫のキーに使う。キーをロックされたら、もうこの転送機じゃ脱出できない」

 由紀が深刻な表情で、彼らしくもなく溜息を洩らした。

「どうせ、偽造IDなんでしょ?」

 日菜もわかってきた。


 タラップを降りると、格納庫に百機以上の様々な転送機が並んでいた。

 壮観だった。

 色、形、大きさ、どれも違う。

 迷彩模様もあれば、スカイブルーもある。

 日菜は大はしゃぎで転送機群を眺め、無邪気な歓声を上げた。

「ねぇねぇ、由紀! 見て! この黒と白のやつ、カッコいいー!! シャチみたい!!」

「どう見ても、パトカーだろ?」

 由紀は隣りの転送機を見上げ、苦笑いした。

 

 二人は動く通路(ウォークライド)に乗り、隣接する巨大ビルに入った。

 日菜が建物の内部を見回した。

「ここは何の建物?」

「この前、来ただろ。モモカのオフィスのあるビルだよ。コウと合流する前に、ちょっと寄り道しよう」

「また紅島さんのマンションへ行くの?」

「まさか。今日はこっちに用がある。この病院だ…」

 由紀が日菜の手を掴み、交差点で右折した。

 

 この通路自体が動くことで発電し、燃料などを必要としない。

 半永久的に動き続ける道だ。


 次は左折。すぐに病院の受付が見つかった。

「よく知ってるね、由紀。なんで、そんなに詳しいの?」

 建物の内部はどこも似たりよったり、単調な景色だ。

 日菜は一度、道に迷った。

 由紀は自分の家の庭のように歩く。

「前に紅島に張り付いて、ここの組織の情報を探ってた時に…、俺はこの機関の職員のふりして潜入してたんだ」

 由紀は工作員としての過去に触れた。

 日菜は有り得ないと思った。

「今日の日付の病院側の記録を見た。ベニシマアヤオという名前の男が、救急外来で運ばれてきて入院してる。男は二十三歳。保険未加入」

 由紀が意味ありげに囁く。

「それ…、トキオなんだね!?」

 日菜は目を見張った。

 由紀が病院受付の端末を操作し、トキオの病室を確認した。

「七階だ。急げ!」

 二人はエレベーターまで歩く時間を惜しみ、走り出した。


 エレベーターの中、由紀が説明した。

「ずっとトキオを捜してたんだ。紅島は七夕の夜、トキオを拉致した後、この時代に怪我をしたトキオを連れてきた。そしたら、まずは病院を捜すべきじゃないかって。すぐに見つかった。保険未加入のベニシマって男が、治療費を現金で払ってた」

「つまり、紅島さんはトキオを誰にも秘密で、この時代に連れ帰ったってことよね。どうして?」

 日菜は疑問に思った。

「そりゃそうさ。現在の歴史を守る側の立場の紅島が、別の歴史を復活させるための脚本を書いてる…、俺はそう睨んでるよ」

「何、それ!? モモカは知ってるの?」

 エレベーターの扉が開き、二人が走り出た。

「モモカは最初、知らされてなかった。でも、今頃聞いてるんじゃないかな…」

 由紀は走りながら呟き、ナースステーションの前を通り過ぎ、718号室のドア番号を探した。


 日菜と由紀が立ち止まった。

 遂に、日菜がトキオと再会する瞬間が来た。

 病室の自動ドアが半分開いたままで、内側から男女の話し声が聞こえた。

 日菜はどきどきしながら、耳を澄ませた。

「…イヤだ。初めて会ったのに、大胆な人ね…」

「…キスぐらい、どうってことないじゃないですか…」

 おや、何だか様子がおかしい。

 テレビドラマみたいな会話になっている。

 病室とは思えない、不謹慎な会話が続く。

 日菜の頭に血が昇り、思わず大声が出た。

「トキオー!! あんたって人は…!!」

 逆上して踏み込んだ日菜が、個室のベッドで座って抱き合う、若い女と看護師を見つけた。


 トキオはいない。

 紅島とよく似た、明るい茶髪を巻いた美人が、日菜を見てきょとんとしていた。

 由紀は病室を素早く見回し、早口で美人に尋ねた。

「|瑠奈≪ルナ≫さん。お姉さんが連れてきた怪我人は!?」

「ああ、あの人? 私がトイレに行ってる間に、いなくなっちゃった! でも、大丈夫。きっと、まだその辺で迷子になってると思う」

 紅島の妹が、にっこりと微笑んだ。


 日菜と由紀はトキオの名を叫び、病棟の廊下を走り回った。

 トキオは見当たらない。

 由紀の判断で、二人は一階の警備室へ向かった。

 由紀が偽造の警察バッジを見せ、

「警察です。防犯モニターを見せて下さい」

 と警備員に話した。

 彼は手際が良過ぎる。

 壁一面の防犯モニターの中から、日菜がトキオの後ろ姿を探し出した。

 南側の地下一階の駐車場を、トキオが歩いていた。

「いた!! トキオッ!!」

 日菜が指を差した。

 由紀はマイクを握り、スピーカーを通して、トキオに呼びかけた。

「荒川くん! 由紀です! そこで待ってて下さい。お友達を連れて行きます」

 モニターの中で、頭に包帯を巻いたトキオが防犯カメラを見上げ、手を振った。

 トキオが笑いながら、何か叫んだ。

 日菜、と言っている。


 日菜と由紀は全力疾走で、警備室の裏の階段を走り降りた。

 駐車場を南へ駆けていく。

 薄暗い、窓のない駐車場だ。

 コンクリートで覆われた、大きな箱の中だ。


 日菜は息を切らしながら、自然に笑顔になった。

 トキオともう会えると思うと、嬉しくて仕方なかった。

 しかし、彼女が見たものは。


 トキオの前に、背の高い誰かが立ちはだかっていた。

 ウェディングドレスがあちこち破れ、(すす)に汚れ、赤黒い血が付着している。

 ティアラとベールは外しているが、纏め髪も乱れ、頬も薄汚れ、花嫁にそぐわないライフルを構えている。

 耳元で燦然(さんぜん)と輝く大粒のダイヤだけが、その人の強さと誇り高さを表している。

「トキオは渡さない。どんなことがあっても。その偽のマスク、彼女の前で脱いだらどう? ケイ!」

 紅島が(りん)として、言い放つ。

 ケイと呼ばれた由紀が、

「ウェディングドレス、やっぱり似合ってないなぁー。綾生さん、タキシードの方がよかったんじゃない? そんな血だらけで、どうかしたのー?」

 と、叫び返した。

 同時に彼は銃を抜き、片手で構え、照準を紅島に合わせた。


 もう会いたくないと互いに話していた二人が、銃を構えてここに相対する。


 彼なら必ず、この好機を逃さず、ここへ来ると紅島は直感した。

 それで、至急駆けつけた彼女は、額に汗をかいていた。

 ドレスに付着する血は、紅島のものじゃなかった。

「ケイ、私の結婚式を、よくもぶち壊してくれたね!?」

「何のこと?」

 紅島の恨み言に対し、由紀は惚けた。

 紅島は日菜を見て、慌てて叫んだ。

「日菜ちゃん、危ない! こっち、来てー! その人は宮島由紀じゃないの!! 全く別人なの!!」

 それで、紅島の背後にいたトキオが驚き、聞き返した。

「じゃあ、あれ、誰なんですか!?」

「由紀を殺した犯人」

 紅島が明確に答えた。


 日菜はその場の状況をトキオに何とも伝えがたくて、立ち尽くした。

「やっと、トキオを見つけたのに…。由紀と苦労して、ここまで捜し当てたのに…」

 涙が溢れてきた。

 日菜は長かった時間を振り返り、絶望しながら呟いた。

 トキオと日菜と由紀の三人で帰りたかった。

 でも、この由紀は本物の由紀じゃない。

 日菜のやるせない思いを、今この場でトキオに伝える為の時間が足りない。

 日菜は迷った。

 この由紀はテロリストだ。だから、紅島の方へ行くべきか!?

 自分はずっと、騙されてきたのだから。


 では、未来はどうなるのだろう。

 紅島が何とかしてくれるのを、待つ?

 

 由紀はリーダーのコウの許しをもらっていた。

 紅島を殺る機会のある者が殺れと、コウは言った。

 けれど、しばらく、互いに銃を構えたままの睨み合いが続いた。

 由紀は選択を迫られていた。

 トキオを奪う、最後のチャンスだ。

 トキオを取るか、紅島を殺すか。

 彼は決断した。


「トキオ、来い!! 来ないと、日菜を撃つぞ!!」

 由紀が銃口を、日菜の頭に向けた。

 日菜は彼が最後まで自分を守ってくれるものと信じ込んでいたので、銃口にびっくりした。


 紅島は地団駄を踏み、悔しがった。

「ああ、ケイ! あんたってば、どうしていつもそうなの? 女の子を人質に取るのが、そんなに好きなの!?」

 紅島は半年前のことを思い出して言った。

 その後ろで、トキオは恐怖で身が(すく)み、その場から身動きできなくなっていた。

「日菜ぁー!!」

 トキオが叫んだ。

 このトキオは七夕の夜から数日後のトキオで、日菜のこの一年の苦悩を何も知らされてない。


 日菜はこの状況が悔しくて、情けなくて、真珠のような涙の粒を落とした。

「トキオー、来ちゃダメー!! 由紀、そこまでしてトキオが欲しいの!? カッコ悪いよ。私が足手まといなら、さっさと撃てばいいじゃない。早くしないと、警察に囲まれるよ!」

 日菜は涙を手の甲で拭い、一歩前に出た。

 後ろから由紀に撃たれる恐怖は、確かにあった。

 でも、日菜は震えながら太腿の銃を抜き、紅島にこう言った。

「紅島さん…。あなたにもらった銃だけど、弾丸(たま)だけ、お返しします…!」

 言うなり、本当に撃った。


 紅島は余りにも予想外で、何か言おうとしたが、咄嗟に身を伏せた。

 日菜は続けて三発撃った。

 狙っても、動く人に当てるほどの腕がない。

 どのみち、興奮し過ぎて、照準を絞れなかった。


 紅島はウェディングドレスで駐車場の地面を転がった。

 コンクリートの柱が、紅島の命を救った。紅島が柱の影に入ったら、日菜は撃つのをやめた。

 トキオは駐車している車の影で、悲鳴を上げて丸くなっていた。


 トキオの位置が、日菜から遠い。

 日菜は一瞬考え、

「由紀! 逃げるよ!」

 と由紀の腕を掴んだ。

「トキオが…」

 由紀が渋った。

 その由紀の腕を無理やり引っ張り、日菜は駐車場の出口へ向かった。

 反対側から、警察が大勢雪崩れ込んでくるのが見えた。

 日菜は何を思ったか、警察にも銃を向けた。

「危ねっ! おまえはなんで、あっちに行かねーんだよ!? だったら、おとなしく人質になりきってろよ!!」

 由紀が慌てて、日菜の銃をホルダーに戻させた。

 日菜は最後に一瞬、トキオを見た。


 トキオは紅島の背中を(さす)っていた。

 紅島は柱の影で体を二つに折り、胃の中のものを吐いていた。

 彼女の体の内に、新たな魂が宿っている。


 日菜は涙を拭いた。

 今はトキオを、紅島に託す。











 



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