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Ⅹ 未来の東京で

 ⅩⅣ 再び、未来へ



 1



 締め切られた実験室に、日菜を乗せた試作01が帰還した。

 予定の一時間を十分程度、オーバーしていた。

 由紀が管制室を飛び出し、実験室のドアを開錠した。

「由紀!! 成功したんか!? どうなんじゃ!?」

 小林教授が飛んできて、由紀を捕まえて叫んだ。

「成功です、コバ。着時誤差もなかった」

 由紀が叫び返し、試作01のコクピットの傍に脚立を運んで行った。

 小林教授と研究生達が一斉に沸き上がるのを背に、由紀は試作機から日菜が降りるのを手伝った。


 案の定、日菜が泣いていた。

 由紀は慰めようとして、言葉に詰まった。

 彼は口下手に言った。

「泣き虫日菜。最近、急に涙腺緩くねぇ? 涙もろいのは、年寄りに近付いたってことだよなー」

 日菜は脚立を降りながら、頬を膨らまし、子供のように拗ねた。

「うるさい。私だって、泣きたい時もあるんだ!」

 日菜が脚立の下で、仲間に揉みくちゃにされた。

 彼女の無事の帰還を喜ぶ仲間達や、モモカに抱きしめられた。

 笑顔が溢れ、日菜もつられて笑う。

 彼らは共に、日菜とトキオが会えたことを喜んでくれている。

 テストは終了。本番は、未来でトキオの捜索だ。

 希望の光が日菜の前途を照らしている。そう思えた。


 小林教授が必死の形相で、由紀を追いかけた。

「由紀、データ見せてくれんか!?」

「管制室にありますよ、コバ」

 由紀が答えると、小林教授はすっ飛んでいった。



 その夜、日菜とモモカは由紀の実家の、離れに泊まった。

 由紀の母親が布団を用意し、二人の布団を奥の座敷に敷いた。

 襖で仕切られた、隣りの座敷には、ケッズとイリエの布団が敷かれた。

 寺で剣道部の合宿があった時みたいで、日菜は楽しかった。

 あるいは、修学旅行のようだった。

 みんなで枕を並べ、静かになると、誰かが笑い出す。


 

 翌日から、試作01を使い、各種の性能テストが繰り返されることになった。

 主に、小林教授と助手のセイ、ケッズとイリエがペアとなり、転送に挑むだろう。

 トキオ捜しはお預けになった。

 日菜は転送機の順番が空くまで、由紀の家に滞在することになった。

 

 小林教授がダイブしている間、残った日菜達は冷房の効いた応接間で寛いでいた。

 由紀はソファーの端に寄りかかり、読書に耽っていた。

 モモカは日菜の胸の内を想像した。

「日菜ちゃん。本当は、早くダイブしてトキオを捜したいんでしょ?」

「そうだね。でも、仕方ないよ。焦らず、待つつもりだよ」

 日菜はもどかしく思っているけれど、ここまで転送機の製作に尽力してくれた小林教授やケッズ達に感謝している。

 彼等にも、転送機に乗る権利がある。

「トキオなんか、放っとけよ。浮気してたじゃん。ロシアスパイのハニトラで」

 由紀が本を読みつつ、口を挟んだ。

 日菜はそのことを思い出すと、その場にいないトキオに腹を立てた。

「やめて、その話。なんかムカつくー」

 日菜が手の指をポキポキ鳴らした。

 一瞬、殺気立ち、

「マジ怖ぇー」

 由紀が震えた。


 ケッズが日菜に問いかけた。

「トキオの未来での所在について、何か手ががりはなかったの?」

 日菜は残念そうに、

「わかったことは、トキオが複数の国から脅されてたってこと。今、いつの時代のどこにいるのか、全然わかりません…」

 落ち込んだ様子だった。

 そうしたら、由紀が、

「そうか? だって、Eカップのとこじゃねぇ? モモカちゃんに聞いてみたら? Eカップと知り合いかも」

 と提案し、読みかけの本を閉じた。

 日菜は不愉快に思い、由紀を睨みつけた。

「エロ猿。Eカップ連呼しないで。あ、でも…、それもそうよね…」

 日菜は言いながら、自分でも納得し、モモカに向き直った。

「ねぇ、モモカ。紅島さんて知ってる? 未来の日本人なんだけど」

 日菜が試しに聞いてみた。

 意外なことに、モモカは眸を輝かせ、得意そうに答えた。

「知ってるよ! 綾生は親友。一番仲がいいんだ」

 日菜はびっくりした。

「本当に? じゃ、紅島さんの住所教えて! そっちの時間は、西暦何年の何月何日!?」

 日菜は次のダイブで、紅島に会いに行こうと思った。

 モモカは急に表情を曇らせ、

「私達、自分のことは言えないの」

 と口を固く閉ざした。

 日菜は慌てて、何とかモモカを説得しようとした。

「モモカ、お願い。トキオが紅島さんのとこにいるかも知れないんだ」

「日菜ちゃん! そんなわけないよー。私、綾生の指示で、この時代にトキオのサポートに来てるんだよ。綾生がトキオを隠すわけないじゃない。私達もトキオを捜してるよ。見つかったら、ちゃんと日菜ちゃんに言うし」

 モモカは少し頭に来たようだった。

 由紀が二人の間に割って入った。

「まぁまぁ、落ち着いて。どちらさんも、嘘は言ってないわけでー。モモカちゃん、今度、試作01でモモカちゃんちに遊びに行ってもいい? どっかのターミナルまで迎えに来てよ。モモカちゃん、自分用の転送機持ってる?」

 由紀に思わぬことを聞かれたモモカは、大きな眸を更に大きく見開いた。

「転送機なんて持ってないよ! 限られた官庁・公的機関のごく限られた部署にしか無いよ! 誰がトキオを誘拐しても、それは犯罪。綾生だって、そんなバカなことはしないよぉー。第一、綾生は今、それどころじゃないし。結婚式まで、あと一週間ぐらいだから、殆ど準備で彼氏のマンション泊まってて、自宅にも帰ってないんだから」

 モモカが興奮して言った。

「は!? 結婚式!?」

 由紀の表情が固まった。

「そっ。お相手は、綾生にお似合いのワイルドな検事さん。……由紀くん、どうかした? 顔色悪いよ?」

 黙り込んだ由紀を、モモカが気遣った。


 日菜は必死で、両手を合掌して頼んだ。

「じゃ、モモカ。その検事の住所、独り言で漏らしてくれない? 頼むから!」

 モモカは頭をぶんぶん振った。

 とんでもないと、言いたげに。

 しかし、優しいモモカは日菜を安心させる為に、

「無理ー。日菜ちゃん、教えてあげたいけど、無理。でも、カノンに頼んで、綾生のマンションの様子を見て来てもらったげるよ」

 と、ポケットから携帯電話を取り出し、現場オフィスのカノンを呼び出した。

 携帯電話のディスプレイに、カノンが現れた。

「もしもし? カノン、おつー。あのさ、ちょっとお願い。綾生んちにトキオらしき人がいるかどうか、見て来てくれない? 日菜ちゃんがどうしても…」

 モモカの携帯電話を、日菜が横から奪った。

 日菜はディスプレイに向かい、

「同行しまーす! カノン、よろしくー!」

 と、勝手に予定を決めてしまった。

 モモカは日菜の迫力に、たじたじとなった。




 2



 試作01のテストを小林教授とケッズ達に任せ、こうして日菜達は、紅島のマンションへ向かうことになった。

 由紀の自宅の門前に、濃いピンクのマイクロバスが到着した。

 いつか見た、BENISHIMA TRAVELのバスだ。

 バス会社の制帽を軽く被り、コンクリート系淡グレー色の迷彩服を着たカノンが、バスのステップを降りてきた。

「日菜さん、しつこいねぇー。紅島さんがトキオと暮らしてるわけないのに…」

 カノンがぼやきながらも、久し振りに会えたことを喜んでいた。

 日菜と由紀がバスに乗り込み、モモカが続いて、

「カノン。綾生の許可出た?」

 と、尋ねた。

 カノンはやや高いテンションで返事をした。

「それがさ、許可出たんだよ! 結婚式近いから、顔の筋肉が緩んで、笑いが止まらない感じ? よくやった、カノン。これで日菜の滞在先が聞き出せる。それと交換で、連れてってよしと。お褒めの言葉までいただいたー!」

 日菜は運転席の真後ろの席から、最後に乗車したカノンをちらっと見た。

「カノン、私は都内のダイニングバーで住み込みバイト中だよ! 詳しい住所と連絡先は、由紀に聞いて」

 日菜が言うけれども、由紀は無言で一人だけ最後尾に座り、窓の外の景色を眺めている。


 バスが現場オフィスのあるマンションに辿り着いた。

 由紀の自宅から、車で五分の距離だった。

 港公園のすぐ裏側である。

 特別、目立ったマンションでもない。

 普通のタイル張りのマンションだった。

 ただ、港公園と夜景が見えるので、賃貸料も高いだろう。


 四人はぞろぞろ、二階の現場オフィスへ入って行った。

 現場のジャージ姿のスタッフに挨拶してから、南側のバルコニーのドアを開ける。

 その向こうは今日も、日当たりのいいバルコニーではなくて、銀色の狭い箱へ繋がる。

 連結された空間を通り、日菜達は未来の転送室(ポート)へ入った。


 淡く緑がかった光が降る、深い森のような転送室。

 そこに、半透明に景色を映し込む鏡面ボディの、いかつい猛禽類のようなフォルムの転送機。

 由紀もさすがに、面白そうに四方を見回した。

 彼はカノン達の転送機を、じっと見詰めた。 


 この建物を熟知したモモカとカノンが先に立ち、日菜と由紀が後を追う。

 彼らはエアシャワーの吹く狭いブースを通り、片面が鏡張りの殺菌室を通った。

 靴の底から種子や土を落とす為、粘着シートの床を歩く。

 うがいと手洗いで、過去の時代のウィルス等は持ち込まない。ハンドソープは、トキオが話していた通り、保湿成分のアーモンドが香った。

 日菜達は、吹き抜けの通路に出た。

 駅のコンコースのような動く歩道(ウォークライド)が何本も流れ、交差点と信号がある。

 頭上を、アンドロイドが操縦する、空飛ぶ貨物カートがゆく。

 紛い物の空は継ぎはぎで、嘘臭い映像の雲が流れ、柱と柱の間にはリゾート地のような景観の映像が流れていく。

 時折、観葉植物と噴水のアトリウムがあり、未来人が憩う。

 空中回廊とも言うべき動く歩道(ウォークライド)が渡り、自分で発電するノーエネルギーの道が、ビルの内部に張りめぐらされている。

 映像以外、色彩は乏しく、淡い中間色で占められ、どこまでも変化がない。

 見える限界まで、ここは巨大迷路である。

 

 彼等は動く歩道(ウォークライド)を流され、信号で切り替わると、角を自動的に直角に曲がり、天井が普通の高さになった細い脇道へ流された。

 ここは恐らく、公的機関でありながら、一般人は入れない建物だ。

 一般市民らしき人や、子供や年寄りは見かけない。

 この役所に勤務すると思われる人々は、現代のサラリーマンと違う服装をしていた。

 男性はスーツだったが、前がジップアップ式だったり、靴がブーツだったりした。ネクタイも、アクセサリーも自由。

 女性はバストが半分見えそうなセクシーな装いで、膝上までの厚底ブーツを履いている。

 美容整形なのか、美男美女しかいない。

 これが公務員とは、驚きだ。

 

 エレベーターホールに到着し、日菜達は十八階から五階ロビーへ降りた。

 五階にロビーなんて奇妙だが、それも実は当然で、ビルの外では空中を車やタクシーが飛んでいた。

「ちょっと遠いけど、タクシーで行く。日菜さん達はIDがなくて、シャトルに乗れないから。法律が色々あって、紅島さんの自宅とか、そういう個人の住居に転送することは禁じられてるんだ」

 カノンが説明した。

 そして、タクシー乗り場で待つほどでもなく、すぐにカノンが青いリムジンに乗車した。

 向き合う後部シートに、モモカと由紀が乗り込み、日菜は宙に浮かぶタクシーを不思議そうに眺めていた。

「これ、どういう原理?」

 日菜がモモカの隣りに座りながら、尋ねた。

「どういうって、日菜さんが発表した理論の応用じゃないか」

 カノンが日菜に答え、運転手に向かって、

「スカイヒルズまで」

 と言った。

「はいよ。スカイヒルズか。いいとこにお住まいだね」

 よくできたアンドロイドの運転手が、上手にお世辞を言う。

 その皮膚は滑らかで、人間そっくりだ。

 ただ、首の後ろに製造年月日(ロットナンバー)がある。


 由紀がずっと黙っているので、日菜はモモカと喋った。

 彼女は窓から景色を眺め、素直な感想を伝えた。

「ビルの谷間って言うか…、ビルのジャングルだね…」

 モモカは何気なく、

「ああ。この辺りは雑然としてるでしょー。旧市街の汚染地を再開発したとこなんだー」

 と、普通に汚染地という言葉を使った。


 タクシーはその後、新市街の大通りに出て、日菜は大型の公共施設群を見た。

 碁盤の目のように規則正しく区割され、整然としている。完璧な都市計画による、復興の賜物だろうか。

 スタジアムやターミナルビルが見え、美しい塔が建っていた。

 空中に庭園があり、緑豊かで、文字通りのハイウェーには途中、洒落たパーキングエリアや斬新なデザインのビジネスホテルなどがあり、理想の未来をカタチにしていた。

 しばらくすると、郊外に出た。

 タクシーは突然、貧民街の上空に差し掛かった。

 崩れかけた土塀の平屋の集合住宅、傾いたビル、屋根が半分落ちた民家などがあった。

 ガラスが割れている団地にも、崩れた家にも、住んでいる人が見えた。

 貧しい家の裏には、洗濯物が連なって風に吹かれ、路地に露店が並び、子供達が物売りをしていた。

 煉瓦を一輪車で運ぶ人、手作業で工事をしている人、トラックの荷台に乗る人々。

 地上を走る、乗り合いバスに労働者がぎゅう詰めになり、どこかへ出稼ぎに行く。

 発展途上国のような日常で、日菜にはここが東京だとは思えない。

 日菜はこの国の格差を目にした。

 また景色ががらりと変わっていく。

 空中遊歩道に原色の花が咲き乱れ、芝生の青々とした公園が現れる。

 建物の外壁の色が明るくカラフルになり、住宅の規模が大きくなり、塀が高くなり、街全てが垢抜け、洗練されていく。

 高級住宅街が山手にあった。

 高層マンションが高さを競うように聳える一画が、スカイヒルズだった。


 日菜達は、紅島の住む超高級マンションの七階エントランスで、タクシーを降りた。

 マンションのエントランスは、一流ホテルのフロントのようだった。

 ドアマンからコンシェルジェ、警備員まで揃っているし、眩いシャンデリアが垂れ下がり、カフェのサービスがあるロビーがある。

 噴水の奥の壁一面が、紫水晶の原石である。

 日菜は我知らず、溜息をついていた。

「紅島さんて、よっぽど高給なんだね」

「プロデューサーなんて、一握りだからなぁー」

 薄給のカノンも、溜息をついた。

 紅島の部屋は勿論、最上階だった。

 エレベーターを降りると、専用の前庭があり、門から玄関まで、真紅の薔薇が芳香を漂わせていた。

 モモカが門柱のドアホンを押すが、誰の応答もない。

「妹さん、出勤かな。猫しかいないんじゃない?」

 カノンが外から、部屋の中の様子を窺った。

 こちらに向いた窓は、カーテンが閉ざされている。

「紅島さんは?」

 日菜が問う。

「公休。フィアンセとデートかもね。もう帰る? 紅島さんか、妹さんの帰りまで待つ?」

 カノンが疲れたように、廊下に座り込んだ。


 その時だ。

 由紀が口を開いた。

「待って。今、何か物音がした」

 全員が玄関を振り返り、耳を澄ませた。

 微かに、ガラスの割れる音が聞こえた…。

「何だろ。ドロボーかな?」

 怖いのか、モモカが由紀の腕にしがみついた。

 治安は余り、よくなさそうだ。

 日菜が門扉を開け、玄関に突進した。

 玄関ドアを開けようと引っ張ったが、むろん、鍵が掛かっている。

 日菜は外廊下から屋上へ出た。

 そこから、紅島宅のバルコニーの内側が少しだけ見えた。

 彼等が見詰める前で、彼等の僅か数メートル先で、窓ガラスが激しく砕け散った。

 部屋の中からバルコニーへ、二人の男が絡まり合いながら、転がり出た。

 一人はトキオで、一人は黒い喪服のノグチだった。

「トキオッ!!」

 日菜が叫んだ。

「なんでトキオがいるの!?」

 モモカとカノンが、異口同音に叫んだ。

 ノグチがトキオをバルコニーの手摺に押し付け、彼を何発も殴った。

 トキオはノグチに殴られながら、日菜を見た。

「日菜ーっ!!」

 トキオが日菜を呼ぶ。

 顔が腫れ、唇が切れて血が滲む。

 ノグチはボクサーのように構え、拳をトキオに叩き込む。

 地上から二十階ほどの高さだ。

 日菜は蒼褪め、トキオを助けようと、屋上のフェンスを跨いだ。

 強い風が吹いている。

「日菜ちゃん! 無茶だよ!」

 モモカが日菜のスカートを引っ張った。

 日菜の太腿にガンホルダーが見えた。

「トキオー!!」

 日菜が大声で絶叫した。






 


  






 

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