1-7 予選会
武舞台と聞いて、世間を知らぬ少年は上品な舞台を……煌びやかに飾られてゴミ一つ無い、例えるなら演劇を行うような場所を想像していた。
けれどタマキと共に踏み込んだその場所は武骨で血生臭く、飾られる所など全く無い。闘技場と呼んだ方がしっくりと来るような場所だった。
「面食らったか? まぁ私も、最初に見た時は同じ印象を持ったよ」
あんぐり口を開けていた少年に気付き、タマキが苦笑する。
ここは聖王、あるいは騎士といった、華々しく清廉潔白な印象のモノへ第一歩を踏み出す場所。だからきっとそれらと同じ印象である筈だ――。そんな思い込みが強ければ強い程、初見での衝撃が強い。
武舞台は高い石壁によってぐるりと囲まれ、外側には舞台を見下ろす形で客席が並んでいる。地面は剥き出しの土。けれど畑のような柔らかな土では無く、踏み固められ、雑草さえ生えぬ硬い土だ。
そんな壁や地面が所々、大きく穿たれている。その付近に見られる黒いシミは、もしや……。
「キミの想像通り、血の跡だ。披露会などと軽やかな名前で呼ばれてはいるが、その実、真剣による戦いが行われる場所だからな。いま見えている血痕は、我々に先んじて予選に挑んだ者たちの物だろう」
「うぉ……マジかよ」
タマキに協力を申し出た時点で、戦闘が行われる事は聞いていた。けれど騎士を目指す者同士の戦いであるからと、なんとなくクリーンなイメージの戦いを想像していたのだ。
しかし当然ながら、互いに武器を振るい合えば怪我もする。血も流れる。広がっている血痕の規模から想像するに、この血の主は結構な大怪我を負ったのではなかろうか?
「怖気付いたか、少年」
「ま、まぁ多少……ね!」
女の前でビビッた姿を見せられるか! と考え、虚勢を張ろうとした少年だったが、現実を感じさせる戦いの痕跡を前に声の震えは誤魔化せなかった。
革鎧へ化身していれば、傷を負ったとしても血が流れるような事は無いし、少々の傷で死ぬ事も無い。けれど切られれば痛いし、バラバラにされれば死んでしまう事だってある。それに鎧は攻撃を受け止めてナンボの防具だ。相手の刃から、打撃から、身体を張って装着者を守らなくてはならない。
「少年、恐怖や怯えを恥じる事はない。これ以上は無理だと思ったら、いつでも言ってくれ。そもそも私が……」
「おいおい大丈夫だって! 怖いっつっても、ほんの少しだし! 大半は緊張ってか武者震い? そういうヤツだから心配すんなよ!」
勢いに任せた少年の言葉に、タマキは「恩に着る」と呟き、薄く笑った。その笑顔が少年にはどこか悲しげに見えたのだが……気のせいだったろうか?
「ではキミの言葉に甘えさせてもらおう……行くぞ」
「おうよ!」
気合を入れ直し、二人は武舞台の中央付近へと歩み出る。背後ではガシャンと金属音が響き、入場門に格子が下ろされ逃亡が不可となった。この辺りも闘技場を連想させるのに一役買っている。
「結構、見物客入ってんだな」
「雰囲気に慣れるなら今の内だぞ。明日の御前試合ともなれば、立ち見が出る」
キョロキョロと落ち着かない様子で周囲を見渡す少年に対し、タマキは真っ直ぐ正面を見据えたままで目線を動かさず、どっしりとした構えを見せている。だが内心では若干の緊張があるようで、腰に携えた剣の柄をグリグリと弄る指先に、少年は気付いていた。
「来たぞ。初戦の相手だ」
そうする内、斜向かいの入場門が開いて対戦相手が姿を現した。
「ん……見た顔だな。確か同期だったと思ったが……」
タマキが同期だろうと語る対戦相手はこちらと同じ、装着者であろう少女と『道具として生まれし者』の少年という組み合わせだった。
少女の手には幅広の片手剣と、五角形の盾。それぞれブロードソード、ラウンドシールドと呼ばれる一般的な武装だ。
「あの少年はキミと同じで鎧に化身するようだな。女の方は装備から見るに、万能選手といった所か」
言いながら一歩前に出ると、タマキも剣を抜いて正眼に構える。こちらは盾を持たず、刃渡りも柄も相手より長い長剣だ。一般にロングソード等と呼ばれ、成人男性であれば片手で振り回す獲物なのだが……。
「んっ……!」
タマキは少し重そうにしながら、両手で構える。
「準備は良いな、少年?」
「大丈夫だ、いつでもいける」
向こうも、そしてこちらも。剣を構えたままの姿勢でゆっくり歩み寄って行く。先ほどまで騒がしかった客席が静まり返り、武舞台の土を蹴る音だけが辺りに響く。
やがて相手の顔がはっきりと見える程の距離にまで近づき、舞台の中央で向かい合う形となった時、足が止まった。
「騎士道精神に則り」
「正々堂々と戦う事を誓う」
それぞれが『道具として生まれし者』を控えさせ、宣誓と共に互いの剣をそっと交差させ……。
カチン、と音が鳴った時だった。
『装着っ!!』
タマキと対戦相手の少女が、ほぼ同時に叫んだ。
瞬間、背後に控えていた『道具として生まれし者』である少年が二人とも光と化し、それぞれが守るべき少女の身体を包み込む。
それが試合開始の合図だった。
「良い反応だ!」
「練習の成果っ!!」
逸早く一心同体となった少年とタマキは、打ち合わせた剣はそのままに大きく一歩を踏み込んで、対戦相手に当身を食らわせる。
ガツン! と確かな手応え。これで体勢を崩してくれれば……と期待したものの、相手もそう簡単に隙を見せてはくれない。盾で防いで踏ん張ると、逆に押し返され距離を取られてしまう。
「ちっ!」
「女だてらに凄ぇチカラだな」
革鎧と化した少年は思わず舌を巻き、対戦相手の少女を見やった。
なかなか可愛らしい顔つきをしたシルバーブロンドの娘だ。細い腕、細い腰。とてもではないが、こちらの体当たりに耐えた上、片手でそれを押し返す腕力があるようには思えない。どうしてそんな真似が……。
「来るぞ!!」
タマキの鋭い声。考えをまとめる暇も無い。
当身のお返しとばかりに、対戦相手が鋭い踏み込みから袈裟懸けの斬撃を放つ。咄嗟に剣で防いだタマキだったが、ズシリと重い感触がタマキの四肢を通じて少年にも感じられた。
「あいつ、どうしてこんなチカラ……!」
「怯むな少年! こちらとてっ!!」
防いだ剣を斜めに傾けて刃を滑らせ、タマキは相手の剣を受け流しつつ攻撃へと転じる。
「せいっ!!」
低く腰を落とし、相手の背へとすり抜けざまに胴を薙ぐ。流れるような動きと目を疑う程の速度、鮮やかな斬撃。防ぎようの無い一撃だと思われたが、しかし……。
「チッ! 浅いか」
「えぇっ!? あれ防ぐのかよ!!」
タマキの剣は相手の防具に阻まれ、その威力を完全に殺されていた。
対戦相手の『道具として生まれし者』が化身した鎧は、一般にハーフプレート等と呼ばれる物だった。胸から腹部にかけてと、両肩、両腕と両足を覆う金属製の板金鎧で、防御力と機動性を両立させた優れものだ。
「お、おい。大丈夫なのかよタマキ!?」
確実に決まったと感じられた一撃を防がれ、少年の心に不安が生じる。それは戦いに対する不安でも、タマキの実力に対する不安でも無く、自分に対する不安だ。
あれと同じ一撃が来た時、自分は防げるだろうか? 答えは否だ。革鎧である自分に、タマキが放ったような鋭い斬撃は防ぎきれない。易々と切り裂かれ、タマキに傷を負わせる事になるだろう。その映像が強い現実感を伴って頭に浮かぶ。
だが少年が胸に抱えた不安は、次の瞬間に吹き飛ばされる事となる。
「臆する事は無い! 見ていろ少年っ!」
長剣を下段に構え直し、タマキが不敵な笑顔を見せた。それは対戦相手の少女がこちらへ追撃を加えようと、剣を振り上げた瞬間の出来事だった。
タマキは手にした長剣で、相手が振り上げた剣の柄を突いた。鋭く、速く、直線的な動きで正確に、剣の柄部分だけを狙って。
ただの一点に突きを受けた剣は、対戦相手の手を離れて宙を舞う。それが振り上げられた瞬間であった事も影響し、まるで放り投げられたかのように高々と回転を伴って。
「てやあぁぁっ!!」
その隙を見逃す手は無い。タマキはバランスの崩れた長剣を手放し相手の懐へ頭から飛び込むと、逆立ちするような姿勢で両足を揃え、相手の腹を力いっぱい蹴り上げた。
「うぐっ!?」
蹴られた、というよりも押し上げられるような形で、相手の少女が空中高くに投げ出される。武舞台の壁よりも高く蹴り上げられ、踏ん張る為の大地を失い体勢も崩された今、彼女は隙だらけ……完全に無防備だ。
「もらった!!」
手放した長剣を拾い、上空を見上げるタマキ。そして……跳躍! 空中にて姿勢を崩したままの対戦相手、その隣まで飛び上がり剣を構える。
刃の狙う先、それは対戦相手の首。少々鎧に守られていようとも能動的な防御姿勢も取れず、落下時には受け身を取る事さえ怪しい現状であれば、タマキの一撃は確実に相手の生命に影響を及ぼす一撃となる。
「やああっ!」
「ま、まいったっ!!」
刃の閃きが人々の目に映ったかと思われた時、空中にて、二つの声がほぼ同時に響いた。そして、その声は同時に試合終了の合図ともなる。
どさり、と対戦相手の少女が地面に落ちた。顔は青ざめ、血の気は完全に失せていたものの、その首は未だ繋がっており命に別状は無い様子だ。その後を追うようにして、タマキが音も無く空より降り立ち、自らの長剣を鞘へ収めた。
「ありがとうございました」
倒れたままであった対戦相手の少女にぺこりと一礼を残し、タマキが武舞台を離れる。ほんの数秒の出来事でしかなかったが、誰の目にも勝敗は……そして実力の差異は明らかであった。タマキが完全なる勝利を手にしたのだ。
「す……げぇ」
入場門を潜って武舞台から引き揚げた後も、少年の胸は信じられない物を見たような気持ちで一杯だった。
「タマキ、滅茶苦茶強かったんだな!」
「今頃気付いたか」
少年の言葉にフフン、と鼻で笑って、満更でもない様子を見せるタマキ。
最後の数秒間。タマキが鋭い突きで相手の剣を弾いた瞬間から、少年にとっての「信じられない出来事」は始まった。
弾き飛ばされる対戦相手の剣……だが普通なら間に合わないタイミングであった筈だ。相手の動きを見てから動き出したのでは、いかに素早く剣を操ろうと振り上げる剣に先んじる事は出来ない。
しかし相手の振り上げるという弧を描く動作に対し、タマキは突きという直線的な動作で剣の移動距離を短縮し、時を削った。瞬きすら鈍く感じられる一瞬の判断と、針の穴をも通す正確な剣捌きが為せる技だ。
そして相手を空高く蹴り上げ、追撃を行う為に飛び上がったわけだが……。
「おいタマキ! お前、本当に人間か!? 普通ムリだろあんなの!!」
いくら優れた技術を持っていたとしても、どれほど対戦相手の娘が細身であったとしても、タマキの細い脚で人間一人を高々と蹴り上げるなんて不可能だ。しかもそれを追い、武舞台の壁を越える程の高さまでジャンプするだなんて。
「いや、待てよ……」
少年は先の試合を思い返してみた。そういえば対戦相手の娘も序盤、信じられないような力を発揮してこちらを押し返していたではないか。これはつまり……。
「騎士を目指す女の子たちはみんな、バケモノみたいな筋力のムキムキマッチョだったん……」
「バカ。そうじゃない事くらい、自分で見て知ってるだろう」
興奮する少年に、タマキが冷めた合いの手を入れた。
「やはり知らなかったのだな。ま、百聞は一見に如かずと思い説明を省いた私のせいでもあるが、全く……察しの悪い」
「なんだよ、人の事バカバカ言いやがって、ったく……化身、解除するぞ?」
「ああ、やってくれ」
出場者の控室へと戻った二人が、それぞれの二人へと戻る……と、タマキはその途端、手にしていた長剣を取り落としそうになった。
「おわっと、大丈夫か?」
「ああ、心配ない。剣が重く感じられただけ……けれど、疲れのせいではない。この意味がわかるか、少年?」
そう問いかけられ、少年は頭を捻る。
この長剣、タマキは重いと感じたらしいが……多分、それが普通の反応だ。少年にとっては手頃な長さと重さの剣ではあるが、小柄なタマキには少々大ぶりで扱い辛そうに感じられる。
実際、試合開始前の時点でも彼女は両手で剣を構え、重そうに扱っていた。だが試合中はその剣を自在に操り勝利して見せた。この違いが表れたのは何時からだったか?
「あ……もしかして」
「そうだ、少年。気付いたか?」
タマキがにっこりと微笑んだ。
彼女が長剣を自在に操り始めたのは、少年が化身した鎧を身に着けた瞬間からだ。
「『道具として生まれし者』を身に着けた時、装着者の能力は大きく跳ね上がる。諸条件こそあるが……概ね二人分の能力を合算した程度には強くなれるはずだ」
それを能力付与――フィジカルエンチャントと呼ぶのだと、タマキは教えてくれた。
「ああ、それで……」
この事実を知り、少年の中で解けていなかった問題のいくつかがスルリと解決した。
高い能力を求められる聖王騎士を目指す者はフィジカルエンチャントの恩恵に与る為、必然的に『道具として生まれし者』と関わって行く事になる。だからこそ戦技披露会の参加条件に『道具として生まれし者』との契約が挙げられていたのだろう。
「そっかぁ。そういう事かぁ……すげぇなタマキ、びっくりだ」
「すげえな、って……装着者の能力上昇はキミたち『道具として生まれし者』が持つ基本能力だぞ? 本当に何も知らないんだな」
「や、面目ない」
言って、照れくさそうに笑う少年。そんな彼の姿に、タマキも笑顔を見せる。
知り合って間もなく、互いに手探り状態の中、内心の不安を払拭し切れぬまま臨んだ戦技披露会の第一試合。それを勝ち抜いた事によって、少し……ほんの少しではあるが、少年とタマキの心は近付いていた。
「ところで予選会って、あと何試合あるんだ?」
「二試合だな。最終的には八組が残る。順調に行けば夕方には……あっ、しまった。キミの泊まる宿を手配し忘れていた」
「え? タマキの所に泊めてくれるんじゃ……」
「泊めるか、バカ!」
などと二人が話していた時だ。
「談笑の所、申し訳ございません」
騎士候補生の一人が、不意に話しかけて来たのだった。




