1-6 間に合わせの革鎧
聖王騎士養成所は、敷地内から出る事無く必要最低限度の生活必需品が揃うよう考えられている。食事についてもそうだ。敷地内に何か所かの食堂があり、候補生たちは自らの手を煩わせる事無く、安価で栄養バランスに優れた食事を摂る事が出来る。
「腹ごしらえは出来たか?」
「ああ、お腹いっぱいだ!」
そんな食堂の一つから、食事を済ませた少年とタマキが連れ立って出て来る。
「タマキたち、いつもあんなウマい物ばっか食ってるのか。しかも一日三食!」
「まぁ、な。だが、そんなにウマかったか?」
満足気な笑顔を見せる少年に、タマキは小首を傾げた。
第三区画に住んでいた彼にしてみれば一日三食は確かに贅沢かもしれないが、味だけで言うならば一昨日の夜に食べさせてもらった野菜スープ……アレの方がよっぽど美味しいと思う。
噛めば野菜の旨みが口の中に広がり、飲めば胃の中から温まる。素朴な味わいでありながら、同時に心的な満足感までも得られるアレに比べたら、空腹を満たす為だけの料理などスカスカで、どこか色褪せて感じられる。
「ま、なんにせよ喜んでもらえたなら何よりだ。どうせこの辺りの店はどこも似たような味だしな」
「へぇ、楽しみだな! んじゃあ予選会ってのパパッと終わらせて、夕飯にしようぜ!」
「そうだな、そうするか」
少年の声にタマキは不敵な笑顔を見せ、予選会の会場へと足を向けた。
件の会場は所謂スタジアムのような場所で、円形の競技場を取り囲むようにして階段状の客席が並んでいる。
同系統の施設は他にもいくつかあるが、聖王騎士養成所のそれは国内で最大級の規模を誇り、騎士任命の式典に使われる事もある神聖な場所として認識されている。
二人は選手用の入口を潜り、手早く受付を済ませた。技術教導室で行った仮申請云々の件についても伝わっていたようで、手続きはスムーズな物だ。係の者も淡々としており事務的で、もっと仰々しい物を想像していた少年にとっては若干の拍子抜けとなった。
そして――。
「なぁタマキ。ずっと聞きそびれてたんだけどさ」
自分の出番を待つ騎士候補生たちの控室。
武具の整備や準備運動に余念がない他の候補生たちに交じり、補助武器の準備を行っていたタマキに少年は疑問を投げかける。
「この予選会ってかさ、そもそもコレって何なの? みんなで戦うわけ?」
「ああ……そうか、そこからか」
少年からひどく基本的な事を聞かれてしまい、タマキは全く持って自分の説明が足りていなかった事に気が付いた。
なんの事は無い。少年は騎士や貴族とは縁遠い生活を送って来たのだ。この予選会がどれほど大事な物か……どういった物なのかすら知らない、知る筈も無い。彼と出会ってからの数日間。化身や装着の練習、そして第一区画での常識、注意点の説明に傾倒するあまり、本来であれば真っ先に彼に伝えるべき事を伝え忘れていた。
「すまない、肝心の事を言っていなかったな。順を追って説明させてくれ」
投擲用の短剣を腰のベルトに仕舞い込み、タマキは少年へと向き直ってベンチに腰を下ろす。
「まずこの予選は、年に一度だけ開かれる戦技披露会への切符を賭けて行われる物だ。戦技披露会などと名前は立派だが、その実、見世物的かつショー的な要素が強くて……あぁ、いや。分かり難いな、これでは」
そこで言葉を切ったタマキは、軽く腕を組んで「どう説明したものか」等と呟いて暫し目を伏せた後、丁寧に言葉を選びながらの説明を再開する。
「予選はわかるな? その予選を勝ち抜いて始めて出場できる戦技披露会とは、その名の通り、戦う技を披露する会……即ち、模擬戦だ。観客の前で対戦相手と一対一で戦い勝敗を決める。試合はトーナメント方式で、勝ち残った者が優勝となる……ここまでは良いか?」
タマキの話に頷きながら、少年も彼女に倣い適当な椅子へ腰を下ろした。
「騎士は本来、みだりに剣を抜いてはならないとされている。故に平和な昨今、いくら腕が良かろうと実力をアピールする機会が少ない。つまりこの披露会は己が能力をひけらかす良い機会……という事になる」
へぇ、と相槌を打って周囲を見渡すと、こちらの話を盗み聞いていたのだろう。何人かが小さく頷いている。
騎士になる為には実力や実績の他に、階級の高い貴族からの推薦が必要なのだとタマキは続ける。騎士となった後、その推薦者がそのまま後援者となる為だ。
「だが社交界に身を埋める事の多い貴族たちと、日々訓練に明け暮れる我々の接点は思いの外少ない。戦技披露会は、そういった数少ない接点の一つなんだ」
少年は相槌を打ちながら、概ねの事情を理解した。タマキが語る言葉の端々から、なんとなくは予想していた為に大きな驚きは無い。ただ……。
「って事は、この披露会ってのが騎士への第一歩になるわけ?」
「そうだな、そういう事だ。特に明日の本戦は御前試合となり、聖王が御覧あそばせる。そこで技を振るう意味は大きい」
タマキの言葉に少年は大きく頷く。聖王騎士は王の側近となる事も多いらしい。となれば王様の前でアピールを行う必要性くらい、社交界に疎い少年にだってわかる。
「ん? となると……」
少年は呟いて、軽く頭を捻った。どうしてタマキは自分になどに……?
だが彼はその思考を素早く中断する。考える必要の無い事だと感じたからだ。自分にとっての最優先事項は、タマキが自分に声を掛けた理由の究明では無い。もっと大事な事が他にある。
「そっか……じゃあタマキ、この披露会って誰でも出られるのか?」
話題を変えよう。そう思い、少年は何気なく聞いてみた。誰でも出られるなら、誰にでも聖王騎士となるチャンスがあるのでは? そう考えたからだ。
だがその何気ない質問は、タマキの整った表情を微かに曇らせる程度の毒を、そうとは知らず含んでいた。
「いや……参加資格は、聖王騎士養成所に所属している事。それと……」
彼女は声のトーンを落とし、ふと少年から目を逸らす。
「自分用の『道具として生まれし者』を持ち、契約している事だ」
それを聞いた時、少年は全体のパズルに欠けていたピースの一つが、ぴたりとはまった事を感じた。
上流階級がひしめく第一区画、その中でもエリート輩出所とさえ言われる聖王騎士養成所。そこに籍を置く美少女が、何故自分のような者に頼み事などしてきたのか。何故、自分の礼を欠いた行動にも我慢強く付き合ってくれるのか。
身分の低い貧乏人ばかりの第三区画。そこに住まう名もなき革鎧。だがタマキには必要だったのだ。『道具として生まれし者』が。どうしても……戦技披露会へ出る為に。
「あの……少年、聞いてほしい。私は……」
「おっ! タマキ、そろそろ出番みたいだぜ!」
何かを言いかけたタマキの言葉を、少年は意図的に遮った。聞きたくないというよりも、言わせたくなかった。それを口にする事で、きっと彼女は今よりももっと傷付いてしまう。そんな事、させたくない。
「話は後だ。さあ、聖王騎士への第一歩とやらを踏み出してみますか!」
少年は少女の手を引き、武舞台へと駆け出した。




