1-5 室長、化身、仮登録
技術教導室と書かれた部屋のドアをノックする事三回。
「金獅子階級のタマキです。予選会の申請に参りました」
凛とした声でタマキが言うと、扉の中から「入りたまえ」とくぐもった声が聞こえてきた。
「行くぞ少年。くれぐれも、打ち合わせ通りにな」
タマキの声に頷いて、少年は唾を飲み込み乾いた喉を潤す。
扉を開けて一礼したタマキに続いて、自らも一礼。背筋を伸ばして室内へ踏み込むと、そこは少年が思っていたよりもずっと狭く、小ぢんまりとした部屋だった。
白を基調とした壁や床の装飾は養成所内の他と変わらず、椅子が何脚かと棚が一つある程度。偉い人の居る部屋だと聞いて、勝手に広くて豪奢な室内を想像していたのだが……少年にとっての第一印象は「殺風景な部屋」だった。
そんな部屋の一番奥にはこれまた小さな机が置かれており、そこに白髭をたくわえたハゲ頭の老人が一人、静かに座っている。
「所長、遅くなり申し訳ございません」
タマキはその老人を所長と呼んだ。養成所の所長……結構偉い人らしいが、その辺りに疎い少年に詳細はわからない。
「……」
その所長は軽く手招きをすると、聞き取り難い低い声で「こちらへ」と呟いた。二人はそれに従い、素直に歩み寄る。
「予選会の……出場登録だね」
「はい、お願いします」
小さな机の鍵付き引き出しから取り出される羊皮紙の束。その一枚に老人は長ったらしいサインをして、タマキと、そして少年を見た。
「……見せてもらえるかい」
え? 何を?
咄嗟にそう聞き返しかけた少年よりも一瞬早く、タマキが「はい」と声を上げた。そして少年のわき腹を小突き、目配せを送る。
「やるぞ、少年!」
「お、おぅ!」
これは、アレだ。少年にもピンと来た。昨日、何度も練習した例のヤツだ!
少年は意識を集中し、タマキの姿をイメージする。そして自らの姿を彼女に重ねて行き――。
『装着!』
声を合わせる二人。その瞬間、光が少年の全身を包み込んだ……いや、全身が光と化したのだ。
輝く光となった少年がイメージに沿ってタマキの身体に重なる。するとタマキ自身も少年と呼応するかのように輝き、身体を彼へ委ねた。
二つの光は重なり、混じり合い、輝きを増して行き……。
「……ふぅ」
眩い光が治まった時、その場に少年の姿は無く、タマキだけが立っていた。その彼女も大きく姿を変え……服装が変わっているのだ。
聖王騎士養成所の白い制服は何処かへ消え去り、代わって彼女が身に着けてるのはくすんだ灰色をした短いチュニックとショートパンツ。その上からなめし革の鎧を身に着けた、軽戦士を思わせる出で立ちだ。
濃い茶色をした革鎧は胸の前後と両肩だけを覆い、籠手と脛当てはオマケ程度のお粗末な物。腹部や頭部は全く守られておらず、特に二の腕や太ももは服の布地も無い事から、素肌が剥き出しとなっていた。
「これが……あなたの新しい鎧……ですか?」
所長が元々細い目をさらに細め、ゆっくりと問いかける。深い年輪の刻まれた彼の表情から何事かを読み取るのは難しいが、若干の驚きか困惑かが感じられた。
「はい、この鎧で予選会の申請をお願いしたいです」
眉ひとつ動かさずにそう言ったタマキではあったが、彼女もまた平時ならざる緊張の中にあった。白磁の肌にはうっすらと汗をかき、鼓動は高く、早鐘のような勢いで鳴り響いている。
少年にはそれが手に取るようにわかる。まるで肌を重ね合わせているかの如く。
いま彼はその姿を革鎧と変え、タマキに着られていた。それが『道具として生まれし者』に与えられた不思議な能力『化身』だ。
生まれてこの方、それこそタマキに出会うまでマトモに使う事も無かった化身能力。完全に鎧へ姿を変えた事も無ければ、誰かに着られる機会も無かった。
そんな持ち腐れ状態であった能力を発揮した今、少年はとても満たされていた。
それは人として他人から必要とされたからであり、鎧として身に纏われたからであり、自分の才能を発揮する機会に恵まれた為でもある。だがそれよりも何よりも、彼を満足足らしめる理由が他にあった。
超、やわらかい……!
所長とタマキの話し声を上の空で聞きながら、鎧に化身中の少年は恍惚感に支配されていた。
鎧と化して他人に着てもらうのは、装着者を抱きしめている感覚と似ている。
昨日、初めてタマキに装着された時。少年は彼女の女性的な身体の柔らかさに心底驚き、思わず抱きしめる手を緩めてしまった。
薄い胸板、細い腰。少女の身体はとても華奢で繊細で、強く抱きしめたら折れてしまうのではないかと思ったからだ。
女を守るのは男の役目だ、といった意見も時代錯誤と言われがちな現代ではあるが、これほど儚げな存在を両の腕に抱いた時、その言葉が確かな意味を持って少年の胸に去来する。
結局「もっとしっかり装着してくれ」とタマキに言われ、初回以降はぴったりサイズになるような力加減を覚えたものの、練習を何度も繰り返しても彼女の身を包んだ際に感じる柔かさだけは慣れる事が無く、その度に深い幸福感が押し寄せて来るのだ。
「その……鎧の、名前……は?」
「名前は、ありません。えっと、予選会には仮登録で……」
所長とタマキはまだ何か話をしているようだ。早く終わらないだろうか? いや、ダメだ。早く終わってしまったら、この素晴らしい時間も終わってしまう。少しでも長くこの時を味わっていたい!
少年は……ムッツリスケベの少年は、ハゲたジジイの事など意識の外へ追い出し、タマキへと意識を集中する。
すると感じられるのは彼女の温かな体温と、蕩けるような良い香り。そして……強く深い後ろめたさ。
「っ!?」
「ん? どうした、少年」
ハッとして身じろぎしそうになった少年を、タマキは敏感に感じ取ったようだった。鎧になっている間は喋る以外には身動き一つ出来ないのだが、装着者との間で何か伝わる物があるようだ。
「いや、悪い。ちょっとボンヤリしてた」
そう誤魔化した少年……けれど先ほど感じた後ろめたい気持ちは何だったのだろう?
スケベ心だけでタマキに近寄っている自分の心が感じた物なのか、それともタマキが……?
「仮登録、にて……新たな鎧……を、受理……しよう」
「ありがとうございます」
少年があれこれ考えている間に、予選会の書類云々は終わったようだ。タマキは部屋に入った時と同じように礼儀正しく一礼をして退室する。そして誰も居ない長い廊下に出た途端、肩の力を抜いて大きく息を吐き出した。
「お疲れさん、これで終わったのか?」
鎧状態のまま問いかけた少年に、タマキは頷いて肯定の意を返し、言葉をつづける。
「だが、とりあえず……といった所だ。今日の午後からすぐに予選会が始まり、本戦は明日。それまでに……」
少年へ向けて言っているのか、それとも自分への確認なのか。少しボンヤリしているとも取れる調子で言葉を並べるタマキに、少年は首を傾げる。良くわからないが、自分の出番は終わったらしい。もう鎧になっている必要は無いだろう。
「じゃ、元に戻るか……」
「えっ!? ちょっ……!」
タマキの返事を待たず、少年は化身状態を解除して鎧から人の姿へ戻る。鎧に変化した時と同じ光に包まれ、一瞬で少年は元の姿へ。そしてタマキは……。
「きゃあぁぁぁッ!!」
何故か素っ裸で、その場にうずくまっていた。
「おぉっ!? え、なんでタマキ裸に……」
「オマエのせいだろバカ! こっち見るな!!」
素早く少年に背を向けて、タマキが半泣き気味の怒鳴り声を上げる。
「昨日あれほど言っただろ!? 装着者の同意を得ずに化身を解除するな、と!! オマエを装着している間は、私の服もオマエの一部なんだぁ!!」
「ああ、そういえば言われたような?」
金切声を上げるタマキに対し、少年はそんな物はどこ吹く風といった様子。真っ赤になった彼女の姿を横目で覗き見る事に忙しい。
鎧に化身した少年をタマキが装着した際、彼女の服装が養成所の制服からチュニックへと変化していた。これは制服がチュニックに変化したわけではない。制服が何処へか消え去った後、少年の能力によって生み出されたチュニックをタマキが身に着ける、というプロセスを辿ったのだ。
「だからオマエが勝手に居なくなると私の服が戻ら……っ!? あわわ……だ、誰か来た!」
怒り心頭のタマキが廊下の向こうに人の気配を感じ取る。
「おい少年! 早く私の服を返せ!!」
「え、俺!? 返せって言われても……どうやって?」
「知るか!! オマエが消したんだろ!! 下着まで消しくさりおって……早くしろぉ!!」
後半は半泣きというよりも、本泣きに近い。
「どうやったら消した服、戻ってくるんだ? えっと……」
「も、もぉいい! もういいからお前を装着させてくれ、頼む!! 誰か来ちゃう!!」
廊下で騒ぐ二人の声に、技術教導室の中では聖王騎士養成所所長、タンジリア・ググランスパァムが、細い目をさらに細め、柔らかな笑みを浮かべていた。




