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1-16 二人なら

 そんなバカな!

 マルグレィテは目の前で起こった現象が全く信じられず、思わず声を上げていた。

 一般的に『道具として生まれし者』が化身による装着者との合体を行える距離は「互いに手を伸ばして触れ合える程度」と言われている。だが今この二人は明らかにそれ以上……大人の背丈を二つ並べたくらいには離れていた。手が触れ合うような距離を大きく上回っている。普通では有り得ない。

 それに加えて……。

「おぉぉぉぉっ!!」

「ひっ!? く……速っ……!」

 この動きの良さは何だ!?

 目で追えぬ程の速度、技のキレ。つい数秒前まで半死半生の死に損ないだったとは到底思えない。

 いや……少し違う。目で追えない速度では無いのだ。見えてはいる。見えてはいるのに追い切れない!

「ちょこまかとッ!!」

 タマキを貫かんと繰り出した渾身の槍。確実に命中するコース……命中はしないまでも、剣で弾くか受け流すか、それ以外に選択肢など無い筈だ。

 なのにタマキはほんの一瞬だけ光を纏ったかと思うと槍をすり抜け、こちらの間合いへと踏み込んでいる。そして……。

「マルグレィテ殿、覚悟!!」

 声だけを残し、タマキがホヤけて目の前から消えた。

 どこへ行った!? 周囲に目を走らせるマルグレィテ……その瞬間、ざりんっ、とヤスリで鉄を擦るような音がして、腹の付近で虹色の光が弾けた。胴を薙ぎ払われ、クレイスのエンチャント、絶対障壁による防御が発生したのだ。

 気配を感じて慌てて振り返れば、剣を振り抜いた姿勢からタマキが立ち戻る所。今がチャンスと槍で一刺しにしてやろうとしたのだが……さっきと同じだ。タマキが妙な光に包まれ、その姿が一瞬揺らいだかと思うと攻撃をすり抜けている。

「何なの、これは!?」

 マルグレィテはヒステリックな声を上げて、闇雲に槍を振り回した。突いて、払って、殴る。だがその全てをタマキは謎の光と共にすり抜け、反撃を繰り出して来る。

 剣閃の度に虹色の光が輝き、金属が擦れ合うような音が響く。幾度となく刃が眼前に迫り、肝が冷える。もしも鎧がクレイスでなかったら、この十秒足らずで何度死んでいたか……考えたくも無い。

 たかがポッと出の小娘と名無しの革鎧に、全く手も足も出ない。攻撃が悉く通用しない。そんなバカな、そんなバカな……!

「そんな、バカな事っ!」

 マルグレィテの思いが、口から溢れて零れ落ちた。

「そんなバカな事、あるわけありません!!」

 だが彼女はそれを否定し、内包する矛盾の全てをタマキとナオへの敵意とする。

「死ね! ペテン師どもっ!!」

 激昂し、脳天を砕かんと振り下ろした槍の一撃。それをタマキは例によって例の如く、薄ぼんやりと光りながら横へすり抜けた。またも回避……しかしこれは狙い通り。振り下ろした槍を地面で弾き、強引に横薙ぎの斬撃へと変化させる。

「避けられるものならッ!!」

 強い思いが天に通じたのだろうか? 槍を握る手に確かな感触が返って来る。

 当った! と思った。しかしクレイスの声がそれを否定する。

「違う! お嬢様……そいつじゃない!!」

「っ!?」

 どういう事? 鎧へ問いかける前に、自らの目が答えを見つけた。槍が捉えていたのはタマキではなく、名無しの少年ことナオだったのだ。

 何時の間に? タマキはどこへ? だがこの際どちらでも!

 マルグレィテが槍に力を込める!

「いけない、お嬢様!」

「なっ……!」

 ナオを吹き飛ばす筈だった横薙ぎの攻撃。だが槍は彼をすり抜け、空振りとなった。大きく体制を崩すマルグレィテ……そんな中で槍をすり抜けたナオはと見れば、その身を光に変えて自らの背後へ……そこには剣を振りかぶるタマキの姿。

「しまっ……!」

「えぇいッ!!」

 金属の削れる音が響き、虹色の光と火花が交錯する。

「ちっ、惜しい!」

「浅いか!」

 マルグレィテの鎧に薄く長い傷が刻まれた。絶対障壁が僅かに間に合わなかったのだ。

「なっ……何をしているのクレイス! しっかりなさい!」

「申し訳ございません、お嬢様」

 よろめき、距離を取ろうとするマルグレィテ。そこへ追撃を加えようとタマキたちが追いすがる。

 そんな二人に苛立ちを募らせたマルグレィテが鞭を構え……。

「えぇい、鬱陶しい! 吹き飛びなさい!!」

 力任せに振り下ろした!

 先ほどまでであれば超高速の攻撃と重たい一撃が脅威であったろう鞭による打撃。しかし一心同体となったタマキとナオの前に、今更その程度の攻撃が一体なんだというのか。

「御免!!」

 タマキによる剣の一振りに、鞭が易々と切断される。

 千切れ飛んだ鞭の先端部分が光となって消えると同時に、悲痛な絶叫が武舞台に響いた。

「ギャアァァァァッ!?」

 それは鞭に化身していた男性の悲鳴だ。叫び声を上げながら彼はすぐさま化身を強制的に解除し、マルグレィテの手から離れて転がった。

「何をしているのです! 少々斬られたくらいで……早く武器へ戻りなさい!!」

「む、無理ですお嬢様! 両腕が……俺の両腕がっ!」

 見れば男性の腕は両方とも関節では無い所で曲がり、ダラリと垂れ下がっていた。明らかな骨折だ。

「その程度で死にはしないでしょう! 早く戻って! 武器になるのが無理なら、せめてあの二人を抑え込みなさい!」

「そんな……!」

 絶対に無理だ! 言葉を飲み込み、鞭の男性は仲間へ……同じ『道具として生まれし者』であるクレイスへ視線を送る。

「お嬢様への忠義を見せてみろ」

「……!!」

 だが彼の返答は、鞭の男性が期待した物では無かった。絶望によろめき、天を仰ぐ男性……と、彼の首に細い腕が巻き付いた。

「しばらく眠っていろ」

「っ!? ぐっ……」

 タマキだった。流れるような動作で背後から組み付き、速やかに首を絞め落とす。鞭の男性は僅かに喘いだものの、すぐに白目を剥いてその場に倒れ、動かなくなる。

「あらあら、お優しい事ですわねタマキさん」

「対戦相手の武器を排除したまで」

 言いながら、タマキが気を失った鞭の男性を武舞台の端へと引き摺って行く。その余裕溢れる姿にマルグレィテは焦りを禁じ得ない。

 ここで奇襲を仕掛けるか? 今こそが千載一遇のチャンスではないか? これを逃す手は無い……!

「お待ちください、お嬢様」

 背中を向けるタマキ目掛けて槍を構える主人をクレイスが制止する。「煩い、指図しないで!」と癇癪を起しかけたマルグレィテであったが、次の言葉を聞いて流石に動きを止めた。

「奴らの奇妙な動き、謎が解けました。連中は化身と装着を繰り返し、あの動きを実現しています」

 怪訝な表情の主人に対し、クレイスは手短な答えを返す。

「こちらの攻撃が当たる瞬間、奴らは化身を解除……革鎧の少年がタマキを押し退け、庇います」

 それはかなりシビアなタイミングだ。しかし不可能では無いだろう。実際、あのナオとかいう革鎧の少年は予選の折りから、そういった行動を度々見せている。だがそれだと彼は直撃を受けてしまうはずだ。

「そして少年に攻撃が命中する前にタマキが少年を再装着。少年は化身による光子化現象を利用して攻撃をすり抜ける、というわけです」

「はぁ? そんなバカな……不可能です」

 クレイスの見解を、マルグレィテは一笑に付した。あまりにも難易度が高すぎる為だ。

 そもそもナオとかいう少年が化身解除でタマキを庇えるだけでも大した物なのだ。相当な集中力と絶妙のタイミングが必要とされる。それを更に命中の瞬間を狙って再装着? 難易度は同等、成功すれば奇跡と称えられるレベルだろう。

 それを瞬きの数分の一という一瞬に連続で二回。更には何の申し合わせもせず攻撃を受ける度に何度も繰り返す? 馬鹿げている。お互いのタイミングが合わなければ装着者は裸で放り出され、鎧は人の身で直撃を受ける事になるというのに。

「そんな事、出来る筈がありません」

「……」

 マルグレィテの言葉に、クレイスは何も答えない。彼自身、同じ思いであったからだ。

 しかし、クレイスは聞いた事があった。ごく一部の熟達した聖王騎士は、敵の攻撃を光と共にすり抜ける、と。

 絶対障壁が防御系エンチャントの最高峰であるなら、エンチャントに頼らない回避系テクニックの最高峰。それが定点的透過回避法、クリッピング・ドッジ。

 だが有り得ない。熟練の聖王騎士でもクリッピング・ドッジによる回避成功率は一割を切るらしい。昨日、今日知り合ったばかりのコンビが、一回だけならともかく、こう何度も連続で成功する筈が無い……奇跡でも起こらない限り。

 だがもしも、もしもだ。

 絶え間なく連続で奇跡を起こし続ける二人……仮にそんなモノが存在するとすれば、それは最早……。

「お待たせしてしまったようだな」

「そろそろケリつけてやるぜ」

 神か、悪魔の類ではないか。

 最高の鎧と名高い男の心に、得体のしれない恐怖が宿りつつあった。

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