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1-13 夢と現実、少女の覚悟

 夢を、見ていた。

 夢の中で少年は、温かな手で優しく撫でられ、安らかな気持ちで眠っていた。

 この柔らかくて心地の良い手は、黒髪の少女……タマキだ。出会って数日の、妙に我の強い、妙な喋り方をする、騎士を目指している女の子。

 夢の中で彼女は、とても悲しそうな表情をしていた。

 そんな顔、見たくない。悲しませてたまるか!

 少年はなんとか彼女に笑顔を出来ないかと、必死に考える……そして、不意に気付いた。

「そっか、俺……惚れてんのか」

 最初に出会った時は、もう完全に下心全開だった。彼女が裸だった事もあるし、見た目も可愛くて好みのタイプだった事もある。だからきっと助けた。

 そして知った。タマキが戦技披露会の出場を目指し、苦難に耐えて頑張っている事を。

 披露会云々にどんな理由があるのかは知らない。けど上流階級の代名詞、第一区画の住民である彼女が、ゴミ捨て場と揶揄される第三区画の自分に頭を下げてまで協力を頼んだのだ。仲間に裏切られ、辛い思いをしてもまだ諦め切れず……他に替え難い事情があるのだろう。

 最初は、ちょっと面白そうかも、という思いが強かった。第一区画に入れると言うし、服も買ってくれると言うし……何より、タマキと一緒に居られる。

 その時にはもう完膚無きまでに、彼女へ惚れ込んでいた。見た目は勿論だけど、優しい所や礼儀正しい所……それに何ていうか、危なっかしくてほっとけない所とか? 俺が居なきゃ! って気にさせてくれる。

 けど相手は第一区画の住民。名前も無い自分とでは、人間と虫ケラ程に身分の差がある。だから考えないようにしていた。後になって「あの時の女の子、可愛かったなー。あれが初恋だったなー」って思い出せれば、それで十分かなと思った。

 でも予選を一緒に戦って、それじゃ十分じゃなくなった。

 勝った時、嬉しかった。勝てた事が嬉しかったんじゃない。タマキが喜んでたから嬉しかったんだ。

 だからもっと彼女を喜ばせたかった。何が何でも、俺がタマキの笑顔を守るんだ……って思った。

 身分が違う事もわかってるし、必要とされてるのが『道具として生まれし者』の能力だけだってのもわかってる。それに誰かの代用品だって事も。

 けど俺が……俺みたいな奴が彼女の笑顔を支えられるなら、たとえほんの少しだとしても力になりたい。好きになった娘の為に、独りで頑張っている彼女の為に、何が何でも、全力で!

 けど……。

 結局、ダメだったみたいだ。

 タマキは悲しそうにしてる。自分のせいで俺が傷ついたとか考えてるみたいだ。

 気にすんなって言ったろ? 女の為に負った傷は男の勲章だぜ! とか思うわけなんだけど、タマキは相変わらず悲しそうな顔のまま。

 で……そんな顔のままで、どこかへ行っちまう。俺を置いて、どこか遠くへ。

 最初からわかってたけど。披露会が終わるまでの付き合いだってわかってたけど……。

 タマキ。

 俺は……。

 オレは、まだっ!

「タマキっ!!」

 大声で叫んで真っ白なシーツを蹴り上げ、少年は夢から覚めた。

「ぜぇっ、ぜぇっ……こ、ここは?」

 息を整え周囲を見渡せば、いくつも並んだベッドが目に入る。そこには清潔なシーツが掛けられており、ぽつぽつと横になっている者の姿……どうやら怪我人らしい。そして漂う独特のニオイ。そういえば選手控室の近くに用意されていた部屋から、同じようなニオイがしていた気がする。

「確か……医務室、だっけ?」

 自身の身体を見れば、胴回りを中心として丁寧に包帯が巻かれていた。試合の後、ここへ運び込まれたのだろうか?

「試合……そうだ、試合っ!」

 少年の記憶は、タマキが重戦士の懐へ飛び込む所で途絶えていた。勝敗は……?

「おぉいタマキ! タマキっ! いねーの?」

 周囲の迷惑も省みず、少女の名を呼んでみる。もし近くに居たのなら「大声を出すなバカ!」との返事が聞こえ来そうなものだが……どうやら近くには居ないらしい。

 どこへ行ったんだろう? いま、どれくらいの時刻だろう? 試合はどうなってるんだろう?

 わからない事だらけだ。漠然とした不安が少年に押し寄せて来る。

 誰かに声でも掛けて聞いてみようか? そう思いながらキョロキョロしていると、枕の片隅でカサリと物音がした。良く見れば四つ折りにされた羊皮紙が置かれている。

「タマキ……?」

 嫌な予感がする。

 少年は緊張に強張る手で羊皮紙を開いてみた。


 丁度その頃、戦技披露会会場――。


「それは何の真似です、タマキさん?」

 大きな盛り上がりを見せる戦技披露会第二回戦、観客が見守る武舞台の中央。二人の女性が相対し、その視線をぶつけ合っていた。

「あの小汚い革鎧はどうしたのです?」

 女はそれぞれ、タマキとマルグレィテだ。タマキの方はともかく、マルグレィテも予選を勝ち残っていたらしい。

「彼は……来ない」

 タマキが短く答える。彼女は養成所の白い制服に、剣を一本。そして副武装であるダガーを腰のベルトに数本携帯しているのみ。背後には誰も控えていない。

 予選からずっと一緒だった少年は今、ベッドの上だ。

「まさかとは思いますがタマキさん、もしや『道具として生まれし者』無しで戦われるおつもりですか?」

 四角い目を丸くし、マルグレィテが驚きの表情を浮かべる。

「あり得ませんわ! いくら貴女が養成所で一、二を争う実力の持ち主だとしても! まさか丸腰同然で御前試合の場に立つだなんて! これは聖王への冒涜……ふざけていらっしゃるの?」

 芝居がかった仕草で波打つ金髪をかき上げ、マルグレィテは口元に手を当ててタマキへと糾弾の言葉を投げかける……が、その隠された口元は醜く狂喜に歪んでいた。

「ま、一回戦で雑魚相手に随分と苦戦してらしたようですから? 安物の革鎧が使用不可能となったのは頷けますが……代わりもいらっしゃらないのね、貴女には」

 お可哀想に、と憐れみの言葉を吐きつつ、内心で湧き上がる喝采に声は微かに震えていた。

 マルグレィテにとって、タマキは目の上のたんこぶだ。

 彼女は有力貴族の家に生まれ、聖王国初代王妃に纏わる名を授けられ、幼い頃より英才教育を受けて育ったそうだ。そして半ば当然の如く、聖王国で女性における最高位……聖王騎士を目指した。

 環境に恵まれ、才能にも恵まれたマルグレィテに同世代で並ぶ者は無く、更には多くの『道具として生まれし者』とも契約を果たし、聖王騎士の座まで続く栄光の道に何の障害も見当たらなかった。

 そこへ現れた目障りな女……それがタマキだった。

 遠くの国から来たというタマキは独自の剣術を操り、瞬く間に養成所の上位へ名を連ねるようになった。そしてマルグレィテを差し置いて、優秀な金属鎧であるクレイスと契約をしたのだ。

 元々の実力にクレイスの能力が加わって、タマキの強さは手が付けられない程となった。聖王騎士に最も近い少女と呼ばれるまでになった。

 気に食わない。

 マルグレィテは、タマキが気に食わなかった。

 強いだけなら、まだ良い。異国人独特の美貌も、まぁよしとしよう。マルグレィテが最も気に食わないのは、タマキが身体を開く事なくクレイスと契約を果たしたという事だった。

 幼い頃から栄光の道を歩いてきた自分でさえ『道具として生まれし者』を手に入れる為、好きでも無い男に色目を使い、愛想を振りまいた。金をチラつかせた上、女の武器を最大限に使って、やっと手に入れたのだ。

 それをあの女はいとも容易くモノにした。なんの苦労もせず、穢れる事も無く。

 順風満帆など許せるものか。罠に嵌め、最底辺まで引き摺り下ろしてやる。騎士候補生にとって最高の見せ場、戦技披露会。その直前……代わりの武具など見つかりようも無い状況で!

「タマキさん、本当にそれでよろしいの? 試合が始まれば加減はしませんわよ?」

「構わない。手心も無用だ」

 やった、これで大義名分が出来た! 丸腰のタマキを思うままに嬲る事が出来る! あの時に出来なかったアレコレを今度こそ楽しめる!

 三日前。タマキに決闘を申込み、人気の無い第三区画へ誘い出した。そして案の定、クレイスを装備してタマキは現れた。

 そこでクレイスの裏切り――。状況が見えず、丸裸でポカンと突っ立っているタマキが配下の男どもによって簡単に組み伏せられるのを見た時は最高の気分だった。怯えて震えるタマキの、長く美しい自慢の髪を滅茶苦茶にしてやった時など気が狂う程に昂った。

 けれど最高の瞬間……女として最低の屈辱と、取り返しの付かない傷跡をその身に刻んでやろうとした時……奴が現れた。例の革鎧が。

「後悔しても……知りませんわよ?」

 ぺろりと唇を舐めて、マルグレィテが開始位置に立つ。もう三日前のようにタイミングよく現れる邪魔者はいない。

「後悔なら、し飽きた所だ」

 タマキもまた開始位置へ立った。少年の勇気と、自分へと向けられる真っ直ぐな気持ちに報いる為に。

「これより戦技披露会第二試合準決勝を執り行う! 両者、構え!」

 タマキが剣を抜く。マルグレィテも儀礼用の細剣を抜いた。

 そして金属の澄んだ響きが会場に広がって――。

 試合が始まった。

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