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1-12 エンチャント

 身体中が痛い。骨が軋み、筋肉の損傷を至る所で感じる。

 暴風の中で胸に受けた目に見えない攻撃は、たった一撃でタマキの体力を大幅に削り、身体能力を大きく低下させていた。

「くっ……そぉ!」

 痛みをこらえ、タマキは吹き飛ばされた先の壁にもたれ掛りながら起き上る。

「大丈夫か、少年?」

「あ、あぁ……なんとか」

 少年の声がタマキを助けてくれた。彼の警告によってタマキは敵の攻撃に気付き、背後に飛び退る事で威力を殺す事が出来たのだ。

「ちっくしょ……なんだ、今の?」

 敵の攻撃は全く見えなかったが、攻撃を受けたと思われる胸当て部分には、大きく鋭い切れ込みがザックリと刻まれていた。もしも直撃を受けていたら? 考えるだけでゾッとする。

「詳細はわからない。わかるのは、エンチャントによる攻撃だという事だけだ」

「そっか、エンチャントか……ってオイ! なんだよソレ、知らねぇぞ!? 知ってて当たり前みたく言いやがって!」

 エンチャントとは『道具として生まれし者』が授かる特殊な力の総称だ。装着者の身体能力を高める「フィジカルエンチャント」に始まり、攻撃、防御、その他……多種多様な能力がある。いまタマキたちが受けた風による攻撃もその一種だ。

「もうわかっただろう? これがエンチャントによる攻撃だ。一般に女性の武具が放つ物の方が威力の強い事が知られている」

「百聞は一見に……ってやつか? そういや予選の時にも似たような事言ってたよな」

 実際の所、タマキがエンチャントについての説明を省いたのは、革鎧の少年を本戦で使用するつもりが無かったからだ。予選ではフィジカルエンチャント以外のエンチャント能力使用は認められておらず、見る機会も無い。

「なんにせよ、キミにエンチャントはまだ早い。欲をかいて、自分も衝撃波でも出してやろう! などとバカな事を考えない事だ」

「ぐっ……!」

 いま正に「衝撃波とか出ないかな?」と念じたりしてみていた少年は、タマキの指摘にぐうの音しか出ない。

「ともかく今は、確実に使える能力のみで戦おう。接近さえすれば、なんとか……」

「おっけぃ、了解だ! もっかい行くか!」

 体勢を立て直した二人は、間合いを詰めるべく対戦相手であるフルプレートの重戦士に突撃を敢行する。風の影響を受けないようになるべく姿勢を低くして、突風に備え歩幅を短く取った実戦的な移動術だ。しかし……。

「疾ッ!!」

 重戦士が声を上げる。同時に盾より先ほどと同じ暴風が噴き出した。

「うくっ……くそぉっ!」

 吹き荒れる風に、たまらずタマキはしゃがみ込む。絶対的に体重の軽い彼女は、まるで風に吹かれる綿毛のように身体が浮いてしまうのだ。こうなってしまうと移動術も何もない。

「マズい……壁際だ!」

 そしてしゃがみ込んでいても、吹き付ける風によってタマキの身体は地面を滑り、徐々に壁へ……後退出来ない場所へと押し込まれて行く。そこへ例の攻撃だ。

「来るぞタマキ!」

「っ!!」

 少年の声に、横へ飛んで逃れる……と、わき腹を見えない何かが掠めた。

「ぐあっ!」

「少年!!」

 革鎧の胴部側面が、鋭い何かによってザックリと抉られる。革の破片が飛び散り、鎧の下地が露わとなった。

「大丈夫か!?」

「な、なんのっ! まだまだ、この程度ぉ!」

「だが……」

「平気だっつってんだろ! もう一回だ!!」

 少年の声に頷き、タマキは再度走り始める。今度は真っ直ぐ突っ込むではなく、相手の周囲を回って隙を見ながら接近するつもりだ。これなら風の効果範囲を逃れつつ接近できるのでは? そう考えた。

 けれど長らくコンビを組んで戦っているであろう重戦士の二人が、付け焼刃コンビがいま思いついたような攻略法に対し、対策を取っていない筈も無い。

「烈ッ!」

「なっ……!」

 今度の風は重戦士を中心として、扇状に放たれた。広範囲を薙ぎ払う風を避けきれず、タマキの動きが鈍る。その瞬間……。

「疾ッ!!」

 狙いを絞った風が二人を襲う。

「くっ!」

 飛ばされそうになったタマキが咄嗟に剣を地面に突き立て、その場に踏み止まる。だがその行為は見えない攻撃の良い的となるだけだった。

「タマキ!!」

「しまっ……」

 ばすっ!

 布を叩くような音が響く。

 風に乗って砂埃が巻き上がり、鮮血が舞う。

「し……少年!?」

「わりぃ……また、素っ裸にしちまった」

 その瞬間、タマキの身体からは服も鎧も消え去り、代わりに彼女を庇う名も無き少年が姿を現していた。謎の攻撃からタマキを庇った彼の背中は斜めに大きく切り裂かれ、傷口からは真っ赤な血が噴き出している。

「早く……砂埃が消えない内に、再装着……んで……」

「よ、よし! 一旦距離を取るぞ」

 素早く少年を身に纏い直し、タマキは風の間合いから逃れる。

 幸いにも追撃は無かった。しかし革鎧は既にボロボロで、受けた傷は鎧の下地にまで達している。留め具も緩み、あちこちの糸がほつれ、次に攻撃を受ければ粉々になってしまうだろう。

 もう限界だ。

「少年、聞いてくれ」

「なぁ、タマキ……俺、良い作戦を……」

「良いから聞け!」

 重戦士から距離を取り、タマキは少年を怒鳴りつける。

「もう……棄権しようと思う」

 ぽつり、とタマキが言った。

「何? 客がうるさくて……聞こえねぇよ。それより俺の話を……」

「もう、良いんだ! これ以上キミが傷付く事は無い」

 そもそもエンチャントも使えない革鎧で本戦に臨む事自体が無謀だったのだ。試合開始前から結果は見えていた。もしかすると、と一縷の望みを掛けてみたが現実はそう甘くない。

 タマキが装備解除を念ずると、少年が革鎧から人間の姿へと戻る。

「今ならまだ命に別状は無いだろう。痛い思いをさせてすまなかった。降参して、早く医務室へ行こう……」

 それだけを言ってタマキは片手を上げ、棄権を宣誓しようとした。だが少年が彼女の手を取って引き戻す。

「まだ諦めんな、勝負はついてねぇ! こっから盛り返して行けば、なんとかなるかもしれねぇだろ!」

 怒鳴り返す少年。タマキはその剣幕に押されつつも、冷静に言葉を選び少年を諭す。

「いや……勝つ事は難しい。相手の放つ風に対し、私はあまりにも軽すぎる……相性が悪いんだ。これ以上戦っても無為にキミを傷付けるだけ。それなら今のうちに……」

 諦めよう。そうタマキは言いかけた。だが彼女の手を取る少年の体温が、その言葉を止まらせる。

 少年の熱が伝えて来るのだ。諦めるな、俺が力になる……と。

「タマキ、どうしても披露会に出たかったんだろ? 誰かに邪魔されても、酷ぇ目にあっても、俺みたいな奴に頭下げてでも、ここで凄ぇトコ見せたかったんだろ!? だったら諦めるな! 俺の事なんか気にすんな! こちとら最初っから怪我なんざ覚悟の上だ!!」

 どうして彼はこんなにも強く、真っ直ぐでいられるのだろう? 自ら傷付く事を恐れず、前向きに、諦めず、どんな困難に立ち向かって行く。

「ぶっ倒れちまうまで、やってみようぜ! なっ!?」

 私の……私なんかの為に……?

「わかっ……た」

「いよぉし!」

 タマキは思わず頷いていた。少年の熱意に、彼の想いに心が動いた。

「お前さ、相手に近付きさえすればなんとかなるんだよな? フィジカルエンチャント無しでも平気か?」

「あ……あぁ、多分……」

 タマキが小さく頷くと、少年はニヤリと笑った。そして顔を寄せ耳打ちをしてきたのだ。

「少年、それはあまりにも……! それに例の見えない攻撃はどうする!?」

「俺がなんとかしてやるよ! ほら、もう時間が無ぇ。野郎が間合い詰めて来てる!」

 見ればタマキ達に止めの攻撃を加えるべく、重戦士が一歩一歩こちらへと近付いていた。

「わかってんなタマキ!? いくぞ、装着っ!」

「よ、よし……装着!」

 三度、ボロボロの革鎧を身に纏ってタマキが立ち上がった。その目には未だ迷いの色が見えたが、名も無き少年からの想いが……そして彼への信頼が彼女を支え、奮い立たせる。

「行くぞ少年っ!」

「おうっ!」

 これが最後のチャンスだ!

「うおぉぉぉっ!」

 重戦士へ向かい、一直線に走り出すタマキ。その両手には副武装として携帯していたダガーと呼ばれる小型の短剣が握られている。

「……?」

 その姿を前に重戦士は一瞬、判断を迷う。

 やぶれかぶれの突撃か? それとも何か策でもあるのか? だがここで下手に戦法を変えるよりは敵を追い詰めている今の戦い方を続ける方が良い。

 彼はそう決断した。

「疾っ!」

 またも盾から強風が巻き起こり、範囲内の砂粒を吹き飛ばしながらタマキへと迫る。

「なんのっ!」

 その風に対し、タマキは両手に持つダガーを地面に刺して飛ばされる事を防いだ。けれど小さな身体は浮かび上がって地面と平行になびき、ダガーから片方でも手を離せば、これまでと同じように飛ばされてしまうだろう。かといって動かなければ見えない攻撃の餌食となるだけだ。

 無策の突撃だったか。

 重戦士は思い、見えない攻撃を放つ準備を始める。

 件の攻撃は、風圧の変化によるカマイタチ現象を利用した物だ。相手に風を吹き付けておき、瞬間的にその向きを変化させる事でカマイタチを生じさせ攻撃を加える。重い鎧のおかげで自分は風の影響を受けず、また鈍い機動力を補う遠距離攻撃という事もあって、非常に便利なエンチャントだ。

 けれど弱点もある。攻撃の際、急に風向きを変える為に一瞬だけ無風状態となる。しかもこのエンチャントは連射が利かない……つまり風も起こせず、カマイタチ攻撃も出来ない時間があるのだ。この瞬間に間合いを詰められると、盾で両手の塞がっている身としては、かなりマズい。

 だが今回の場合、そういった心配をする必要は無い。対戦相手である少女は小柄で踏ん張りが利かず、弱い風でも簡単に吹き飛ばせる。それに今のように踏ん張られたとしても、身に着けているのは脆弱な革鎧。カマイタチで狙えば大打撃を与えられる。強風に逆らった上、カマイタチに耐えて、こちらへ向かってくるような事は絶対にありえな……。

「……?」

 重戦士は、我が目を疑った。どういうわけか対戦相手の少女が、じわりじわりとこちらへにじり寄っているのだ。

 暴風の中、地面に這いつくばってダガーを持つ片手と共に一歩を踏み出し、また同じように逆の手足を踏み出し、まるで岩壁でも登るかのように、ゆっくりとではあるが確実に、こちらへと迫っている。

 けれど小柄な少女では軽すぎて、この風の中を前進して来る事など出来ない筈だ。実際、さっきまでは風になびく旗のように足が地についていなかったではないか。

 だがそれは、小柄な少女……タマキ一人が暴風に晒された時の話。それがもし二人なら? 少女の体重に、少年の物が加わった場合はどうだ?

「タマキ、しっかり掴ってろよ!」

「ああ……!!」

 ダガーを握って先頭に立ち、山登りの要領でジワジワと前進しているのは革鎧の少年だった。タマキは彼の腰にしがみ付き、飛ばされてしまわないよう必死に身を伏せている。

 なんともみっともない姿だ。二人揃って亀のように這いつくばり、ノロノロと移動する。誇り高い騎士の戦いとは大きくかけ離れた、泥臭く情けない戦法。だがそれこそが重戦士を焦らせる。

 下手に動きが取れないのだ。

 どれほど風を強くしても、彼らは吹き飛ばない。そしてジリジリと前進してくる。カマイタチで迎撃したいが、その瞬間に風は止む。もしも攻撃を外したら、あるいは耐えられてしまったら、相手の接近を止める術は無い。さっきだって何故か見えないはずの攻撃を二回も回避されかけている。次は避けられるかもしれない。

「よし、もうすぐ……あとちょいで、お前の間合い……っ!」

 風の音に混じり、重戦士の元へ少年の声が聞こえ始めた。

 これほどの接近を許すなんて。もうすぐ斬りかかられる!? もう迎撃するしか……!

「食らえ!!」

「今だタマキ!!」

 風が止む。と同時にカマイタチがタマキを襲う。しかし……。

「させっかあぁぁッ!!」

 少年が立ち塞がり、身を挺してカマイタチを止めた。肩口から腹部までが大きく引き裂かれ、その身が大きく揺らぐ。

「おぉぉぉぉっ!!」

 だが彼の背後から、タマキがダガーを構えて重戦士に迫る。風が止んだ一瞬……少年の作り出した千載一遇の刹那に、少女は全ての力を込めた。

 盾を構え、重戦士はタマキの突進を受け止めようとする。だがタマキは下から上への斬り上げで盾を小さく弾き、空いた足元の隙間へと潜りこむ。そして手にしたダガーで……。

「ま……まいったッ!!」

 フルフェイスヘルメットの隙間――視線を確保するためのスリットにダガーを突き付けられ、重戦士は白旗を上げた。

「勝負ありっ!」

 審判の声が会場に響く。

 一拍を置いて、歓声が……大きな歓声が湧き上がる。

 まさか革鎧装備の貧乏臭い小娘が勝つだなんて。誰もが予想しなかった、本人さえも諦めていた意外極まりない試合結果だった。

「やった……やったぞ少年! 勝ったぞ!」

 未だ信じ得ぬ結果に身を震わせ、タマキは勝利の立役者を振り返る。

「しょう……ね……ん?」

 少年は力無く崩れ落ちた。

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