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1-11 異変

 御前試合当日、その早朝。

 試合会場の周辺は、足の踏み場も無い程の人でごった返していた。良い席で試合見物をしようと考える観光客たちが、早くからこぞって試合会場へ押し寄せているからだ。

「タマキが言ってた通り、昨日とは桁違いだ」

 選手控室へと繋がる扉の陰から外の様子を伺い、名も無き革鎧の少年が目を丸くして人の波を見つめる。

「こんな大勢の人が集まる事ってあるんだな。すげえ……!」

 第三区画からロクに出た事の無かった少年にとっては、混雑の様子でさえも興味を引く対象となるらしい。今朝、試合会場へ来て以来、彼の口からは感嘆の溜息が止め処なく溢れ続けている。

「そういやタマキ、昨日の用事ってのは終わったのか?」

 扉から離れ、振り返りつつ発せられた少年の声に、控室の隅で剣の手入れをしていたタマキは小さく身をすくめ、表情を強張らせた。

「あ、ああ……大丈夫だ」

 口ではそう言ったものの、実は全然大丈夫ではない。

 サロンで相手を見つけられなかったタマキは町に出て、人の集まる場所で『道具として生まれし者』を探し求めた。けれど結局、酔っ払ったオッサンやチャラい若者に声を掛けられるばかりで、お目当ての金属鎧には掠りもしなかったのだ。

「大丈夫って顔じゃねぇぞ。あんま無理すんなよ?」

「わかっている! だが、無理しないワケにも行かないだろう」

 少年の気遣いさえウザったく感じてしまい、タマキは思わず刺々しい言葉を返した。口にした瞬間、しまったと激しく後悔して自己嫌悪に襲われたが……もう遅い。

 少年はキョトンとした表情でタマキを見つめたまま、動きを止める。

 もしや、嫌われてしまっただろうか? 微かな不安がタマキの胸に宿る。だが……。

「今日もやる気だな! まぁ俺も頑張るからさ、肩の力抜いて行こうぜ!」

 少年は気を悪くした風も無く、明るい笑顔でもって励ましの言葉を掛けてくれた。そんな彼の優しさに、タマキの小さな胸は激しく痛む。

 少年はまだ自分の為に頑張ると言ってくれている。自分は彼に見切りをつけ、捨てようとしているのに。

「なぁ少年、キミは……」

 こんな私で良いのか? そう聞こうとしたタマキの眼前へ、大きな掌がにゅっと突き出された。

「行こうぜタマキ! 対戦相手、もう入場してんぞ」

 傷だらけでボロボロの、どこか逞しさを感じさせる少年の手……その手にタマキは思わず甘えてしまう。

「ん……行こうか」

 我ながら厚かましいと感じつつも、タマキはその手を取り立ち上がる。

 武舞台へと繋がる暗く長い通路。その暗闇はタマキの心そのものだ。後悔、迷い、罪悪感。それら全てが渦巻き満ち満ちている。足元を見つめる目には一歩先さえも映らず、どう歩けば良いのかさえわからなくなって……。

「タマキ!」

 少年に名を呼ばれ、タマキはハッと顔を上げた。その瞬間、目に飛び込んでくる光……そして少年の笑顔。自分へと向けられる、屈託のない、純粋な好意。

「俺たちをナメてる連中に、目にもの見せてやろうぜ!」

 少年の掛け声に強く頷いて、タマキは再び歩き出す。彼の背中を追うようにして。

「よぉし、いっちょやってやるかぁ!」

 入場門を抜けて辿り付いた武舞台は、昨日までとは大きく様変わりしていた。

 壁には煌びやかな装飾が施され、周囲を囲む客席も大入り満員のぎゅうぎゅう詰めだ。そして何より変わっていたのが、客席の最上段に設けられた特別席……そこに鎮座する聖王の存在だった。

「あれが王様か? 俺、初めて見たよ」

「実は、私もだ……」

 静かに佇む聖王は、豪奢な衣装を除けば白髭を蓄えた好々爺といった印象で、上に立つ者にありがちな強い圧迫感や威圧感は感じられない。むしろ安心感を漂わせているようにさえ思えた。

「なぁタマキ、あのオッサン……誰かに似てると思わねぇか?」

「オッサ……バカ! 聞こえたら厳罰物だぞ!!」

 少年に怒鳴りつつも、実はタマキも同じ事を考えていた。はて、どこで見たのだろうか?

「とりあえず、そのような詮索は後だ。今は目の前の相手に集中しよう」

「あいよ、了解」

 先んじて武舞台にて二人を待っていたのは、金属製の全身鎧――プレートメイルに身を包んだ、大柄な男性だった。

 身体中を隙間なく覆うブ厚い鉄板。職人の手によって計算され尽くし幾重にも重なるその板金は、装着者の動きを損なう事無く比類なき防御力を生み出す。フルフェイスのヘルメットを身に着けている為に表情までは伺い知れないが、その隙間から覗く刺すような鋭い視線だけはこちらまで届いている。

 その傍らには細身の女性……多分、彼女が『道具として生まれし者』なのだろう。試合開始の瞬間を待ち、目を閉じて意識を集中しているようだ。

「あいつの武具、女なんだな」

「そのようだな。気をつけろ、一般的に女の方が……」

 タマキが相手の能力予想を少年へ伝えようとしていると、横合いから「両者、前へ」の声が掛かった。本戦より導入となる審判の声だ。

「剣を抜き、構え!」

 審判の声に従い、プレートメイルの重戦士が剣を抜く。タマキも少し遅れてそれに倣った。そして予選の時と同じように、お互い数歩の距離まで近づいて剣を前に構え、それぞれを交差させるようにして軽く打ち鳴らし……。

「始め!!」

 試合が開始された。

「装着ッ!!」

 武舞台に響く声。対戦相手の武具である細身の女性が光と化し、重戦士の腕へと絡み付く。澱みの無いスムースなコンビネーションだ。

 それに比べ……。

「おい、タマキ!?」

「っ! そ、装着!」

 タマキと少年は連携とも呼べないような、オタオタとしたみっともない姿を晒してしまう。互いのタイミングが合わず、少年が光と化した後も完全に装着するまで若干の時間が掛かった。

「気合入れろよタマキ!」

「わかっている!!」

 そう、わかっている! 聖王が見ている、みっともない姿は見せられない。たとえ革鎧であっても立派に戦う姿を見せつけて覚えを良くし、聖王騎士という高みへ一歩でも近づかなければならない。

 それなのに……。

「あ……れっ?」

 手を滑らせ、タマキは剣を落としてしまった。

「何やってんだ!」

「う、く……くそっ!」

 慌てて剣を拾い上げた時、もう対戦相手は完全に攻撃体勢へと移行していた。

 『道具として生まれし者』の女性が化身したのは、ラウンドシールドと呼ばれる中型の盾。女性の顔を形取ったその盾には精緻な装飾が施されており、美術品としても高い価値がありそうだ。しかしその真価は、装飾の美しさとは別の所にあった。

「疾ッ!!」

 プレートメイルの重戦士が盾を両手で構えて叫んだ。と同時に巻き起こる突風!

「うわ……っ!」

 砂煙と共に押し寄せる風の塊。嵐の一部を切り取ったかのような風量にタマキはよろめき、その場に倒れこむ。すぐに立ち上がろうとしたが……無理だ。小柄で軽量なタマキでは、立った瞬間に吹き飛ばされてしまう。

 武舞台に施されていた布が激しくはためき、観客たちは帽子を押さえて悲鳴を上げる。けれどそんな悲鳴も風の音に掻き消され、二人の下へは殆ど届かない。

「とにかく剣の届く距離まで近づかないと……」

 このまま地面に這いつくばっていては勝てない。叩きつける暴風の中、タマキはなんとか接近しようと風に逆らい身を起こす。

 両足を踏ん張って、剣を杖のように使って身体を支え、飛ばされてしまわないように細心の注意を払い……。

「避けろタマキ!!」

 少年の声。

 次の瞬間、何が起こったのかもわからぬまま、二人は武舞台の壁にまで吹き飛ばされていた。

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