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1-10 どうしても……

「ごめんね、先約があるから」

 愛想笑いを浮かべ、同世代の青年が席を立つ。

「そうか……いや、こちらこそ無理を言ってすまなかった。健闘を祈っているよ」

 相手に合わせて腰を浮かせ、タマキは立ち去る青年に頭を下げる。

「はぁ……」

 また断られてしまった。溜息と共に、力無く椅子へと戻る。これで九人目だ。

 ここは聖王騎士養成所内に設けられたサロン。多くの騎士候補生たちが集い余暇を過ごす社交場……有体に言えば暇潰し場所だ。

 タマキは馬小屋で少年と別れた後、その足で真っ直ぐこの場所を目指した。目的は一つ。新しい『道具として生まれし者』を確保する為だ。

「あ……すまない、ちょっと良いだろうか? フリーの金属鎧だと聞いたのだが、明日の御前試合へ私と一緒に……」

 タマキは聖王騎士養成所に所属する『道具として生まれし者』の中で、まだ誰とも契約を結んでいない武具を……特に金属鎧を探していた。

 聖王騎士となる為には『道具として生まれし者』との協力がほぼ必須である事から、より良いパートナーを求めて養成所に所属している武具は多い。そういった者にタマキは片っ端から声を掛けているのだ。

「御前試合? そうだな……」

 十人目に声を掛けた青年が、少し考えるような素振りを見せた。彼は確かリングメイル――金属の輪を繋いで作られている鎧だ――そういった形状に化身出来るはず。理想を言えばプレートメイルと呼ばれる全身鎧が良いのだが、贅沢は言っていられない。

「お願いできないだろうか?」

「うぅん……」

 リングメイルの青年は悩みつつ、チラチラとタマキの方を伺っている。値踏みするように、そして何かを期待するように。

「あ、明日だけで良いんだ! もし協力してくれたら……その……」

「協力してくれたら?」

 青年が食いついて来た。ここが勝負!

「報酬をっ! お金を支払わせてもらうよ、一試合ごとに……」

「……そう」

 タマキの出した条件に青年は溜息を一つ返し、面倒臭そうにその場を去った。

 交渉決裂。これで十人からフラれた事になる。

「はぁ……」

 陰鬱な気分を抱え、タマキはここ半時間で何度目かもわからない溜息を付いて座り込む。

「やはり、金ではダメか……」

 比較的裕福な者が多い聖王騎士養成所において、何かの見返りに金銭を求める者は少なく、相対的に見て市場価値は低い。逆に価値が高いのは……。

 タマキはさっき自分をフッたリングメイルの青年を目で追ってみた。すると彼はすぐ別の少女に声を掛けられたようだった。

 その少女は青年の腕に自ら絡み付き、豊かな胸を押し付けながら契約を求めている。青年は嬉しそうに頷いて応え、二人でサロンを出て行った……多分、契約が成立したのだろう。

「はあぁぁ……」

 タマキはこれまでで最も大きなため息を付いた。

 金銭よりも価値が高い物。それは、聖王騎士を目指す彼女ら自身の身体だ。

 身体などと表現するとイヤらしい意味に取れるだろうが、それこそ身体を張って装着者を庇う鎧にとって、これほど重要な事も他に無い。「お前にこの身を預けよう」との言葉は鎧にとって誇りであり、大きなモチベーションともなり得るのだ。

 それ故、決まった契約者を持たない『道具として生まれし者』は装着者の身体を求める。長い付き合いや愛着も無い彼らが、より強く装着者を守る為のエネルギーとして。

「……などと養成所では説明されているがな。結局は、どいつもこいつもっ!」

 チッ、とタマキは行儀悪く舌を鳴らした。

 結局みんなスケベばっかりだ、と彼女は言いたいのだ。

 可愛い娘の鎧になりたい。女の子をとっかえひっかえ楽しみたい。金を積んでも簡単には靡かない上流階級の女子と合法的にお付き合いしたい――。どれほど上っ面を取り繕おうと男どものスケベ心が透けて見える。特に人気の高い金属鎧は、そういった面が顕著だ。

 なので金属鎧の協力を取り付けたければ、ちょっぴり露出の高い服でも着て「この後アタシと遊びに行こっ! もちろん、お泊りでね!」とでも言えばOKだ。というか、そうでもしなければ競争率の高い金属鎧を手に入れる事など出来ない。

 フリーの金属鎧たちは、自分たちが求められている事を知っている。予選会で普段の鎧が負傷した場合など、本戦で使用する代替の装備が必要になるからだ。

 なので彼らは選り好みをする。どうせ装着されるなら、割り切ったお付き合いをするのなら、可愛くて性格が良くてセクシーで胸が大きな娘が良いに決まっている。

「……」

 しんみりと、タマキは自分の胸に手を当ててみた。

 一応、膨らんではいる。だがそれは、彼女の小さな掌に十分納まるサイズでしかない。

 違うのだ。別にタマキの胸が特別貧相なわけではない。彼女が元々住んでいた地方では、そのくらいのサイズが平均……まぁ若干小ぶりだとしても、許容範囲内だったのだ。

 けれど聖王国は違う。どいつもこいつも子供さえもグラマーで、タマキのような洗濯板を身体の前面に張り付けているような者は居ない。皆無だ。

 よって彼女を好むのは、ごく一部の特殊な嗜好を持つ者に限られる。すなわち需要は少ない。マニア向けと言える。

 だがそんな厳しい状況中だったとしても、色仕掛けで挑めば十戦十敗なんて事にはならなかっただろう。「たまには子供っぽいのも良いかな?」なんて考える輩が居たとしても不思議ではない。

 けれどタマキは嫌だったのだ。色仕掛けで協力を仰ぐ行為が。他人がそれを行う分には別に嫌悪感を感じたりしない。だが自分の事となれば話が別だ。

 共に戦場へ立つ彼ら『道具として生まれし者』との繋がりが、スケベ心と打算のみだなんてとても耐えられない。それだったらまだ傭兵の如くカネの繋がりであった方がマシだし、信用が置ける。

 だが先にも述べたように、裕福な者が多い聖王騎士養成所において金銭を求める者は少なく、タマキ自身がマニア向けな事もあって……。

「あ、あの……明日、私と一緒に戦技披露会の本戦へ……」

「ごめん、パス。タイプじゃないんだ」

 フられる事、これで十一人目となった。

「あ、ぐっ……き、気が変わったら、また……声を掛けてくれ……」

 屈辱に歯噛みしつつも、誰かのおこぼれを狙うセリフで希望を繋ぐ。我ながら惨めだとは思うものの致し方ない。

 タマキは、どうしても勝ちたいのだ。

 御前試合で、聖王の前で。勇猛果敢に剣を振るって敵を圧倒し、自らの実力を誇示したい。その為には金属鎧の協力者がどうしても必要だ。

 予選と違い、本戦では全ての制限が解除される。そうなればタマキの実力だけでは勝てない。訓練された武具の力が必要だ。

「なんの経験も無い革鎧では……ダメなんだ」

 不意に名も無き少年の顔が頭に浮かんだ。その瞬間、チクリと胸が痛む……最低の女だと自分でも思う。

 彼は好意だけでもって、自分に付き合ってくれている。多分、好いてくれているのだろう……と思う。

 そんな彼を……世間知らずの少年を(故意ではないが)色仕掛けで騙し、己へ向けられる好意を都合良く利用するだけして不要となれば捨てるつもりでいる自分。しかも……ただ捨てるだけならまだマシだ。自分は別の鎧を探しつつ、もしもの時の保険として少年をキープしている。

 第三区画の貧乏人が美味しいゴハンをタダで食べられただけでラッキーだろうとか、名も無き者が第一区画に入れただけでも良い経験になったろうとか、自分に都合の良い言い訳を並べ立てて、どこまでも身勝手に。良くも悪くも純朴で人の良い彼の気持ちを食い物にして。

「けどっ……!」

 それでも勝ちたい。勝たなければならない。その為に遠く故郷を離れ、聖王国へやって来たのだ。もう後戻りなど出来ない。

「勝つ為だ! 別の鎧を使った方が、少年だって痛い思いをしなくて済む……その方が良いんだ!」

 サロンに残っている者も少なくなってきた。いよいよ本格的に後が無い。形振り構わず相手を探さなければ、明日の勝利は朝露の如く消えてしまう。

「すまない、金属鎧に化身出来ると聞いたのだが。明日の本戦、私と一緒に……」

 サロンの隅でくつろいでいた男性に、多分ダメだろうなと思いつつもタマキは声を掛けてみた。

「ん? 別に良いよ」

 すると彼は気さくな笑顔と共に、協力を快諾してくれたのだ。

「えっ……ほ、本当に!?」

 一瞬耳を疑ったものの、彼は笑顔で頷いている。やった! ようやく見つかった!! これで明日の試合はどうにか……。

「それじゃあ当然、今晩はオレとご一緒してくれんだよね?」

「え、あ……い、いや。それは……あの……」

 口ごもるタマキに男性は「残念」と呟いて軽く肩をすくめ、ゆっくりと立ち上がりサロンを出て行こうとする。

「あ、あっ……」

 何度呼び止めようとするタマキ。だが……どうしてもその言葉が出ない。「その条件で構わない」と口にして、一晩我慢するだけ。それだけで明日は金属鎧を身に纏って戦える、勝利が近付く、恥知らずとか言われなくて済む。

 なのに……。

「……っ!」

 やがてサロンにはタマキ一人だけが残された。

 広い室内を明るく照らしていた燈火が、一つまた一つと消されて行く。いつの間にか時刻は、消灯の頃となっていた。

「そう……か、わかった……」

 暗闇の中、タマキは思った。クレイスに、言われた通りだ。

 好機に置いても我が身ばかりを庇い、痛みを恐れて前に進まず。

「私は……我が身が何よりかわいい……」

 強く噛んだ唇に血が滲む。

「臆病な、最低の……下種女だ」

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