ー出会い編ー①目覚め
・・・・・・・・・・・・ん?
僅かに光が差し込んでいるのがわかる。
指をうごかしてみる・・・
ピクッと私の中指が反応した。
生きてる!私生きてる!
景色が鮮明としてきた。白い・・・これは、ああ天井だ。
私は病院に運ばれたんだ。そう確信した。よかった本当によかった神様は私を助けてくれたんだ・・・!
あぁ本当にありがとうございます!
心から感謝した。
「未来っ!」
「父さんっ!母さん!未来が気がついたっ!!」
その時、ベッドの傍のイスに腰掛けていたらしい男の子、たぶん15、6歳の子だろうか・・・?
が私に近寄ってきた。その表情からは彼が心から私の事を心配していたのが伝わる。
・・・が、私は彼の事がわからない。
名前も顔もまるで知らない。
ただ茫然と見つめることしかできない。
そして中年の男性と女性も私に近づいてくる。男の人はメガネをかけ、背の高い寡黙そうな男性、女性の方は丸顔で、穏やかそうな雰囲気の人だ。
「未来~っ本当によかったぁ!!お母さん、もう心臓止まるかと思ったよ~!!」
泣きじゃくる女性。
えっ・・・みらい?
・・・お母さんって・・・?
状況がまるで理解できない。
「おいっ何とか言えよっ。大丈夫なのかよ?」
男の子が私に言う。
ぶっきらぼうだが私の事を気づかってくれてるようだ。
「えっと・・・あのよくわからんないけどたぶん人違いじゃ・・・」
と言いかけてから私は口を詰むんだ、おかしい、なんだか私の声じゃないみたい・・・こんなに高い声じゃ・・・
「ほらっココア入れたから飲んで落ち着け。」
男性が私にマグカップを差し出す。
「ありがとう・・・ございます」
それを受け取り口元に運ぼうとした。
「ーっ!!!??」
ココアに反射し、おぼろげに顔が映ったのだ。しかしそこに見える顔は私ではない!!
言葉を失う・・・
頭の中が真っ白になった。
もう何もかも考えられない・・・
ー2ー
それから三日間は入院していた。
話から察するに、どうやら私?は学校の体育のマラソンの授業中に倒れ、一時は心臓が止まってしまったたらしい。
おそらくクラスメートであろう彼女の友達が何人かお見舞いにきてくれたが、その誰ひとり私の知る子はいなかった。
今日は雪が降っている・・・
病室の窓から外を眺める。雪は昔から大好きだった。こんなに積もるなんて、ここ栃木県では珍しい
。
窓に自分の姿が映る・・・。
いや自分なんてとても思えない。
小柄で丸顔に大きな目、ちょっと癖の入った栗色のショートカットの女の子。
今中学3年生らしい。
こんな事になるなんて・・・
これからどうしたら・・・?
目が潤み涙が頬をつたう。
「コンッコンッ!」
病室のドアをノックする音が聞こえる。
急いで涙をふいた。
涙は見られたくない。
「未来ちゃーん!
体は大丈夫?」
短髪で浅黒い肌の元気そうな女の子が病室に入ってきた。私?の通う中学の制服をきているのでおそらくクラスメートなのだろうが当然名前は知らない。
「あっ・・・うん。」曖昧な返事をしてしまった。
「本当にびっくりしたよ。救急車きた時はまだ心臓動いてなかったんだから!」
「AEDとかなんとかゆうやつ、使ってんの私初めてみたよ~!あれめっちゃ痛そう!」
よくペラペラと喋る子だなぁ、私はほとんど答えてもないのに。
「それで退院はいつ?」
「明日・・・だと思う。」
また気のない返事だ。
「よかったじゃん!来週からは学校来れるね!!受験も近いし頑張んなきゃね!」
えっ、私受験生なんだ。この前大学の受験が終わったばかりなのに。
「あの~私どこの高校受けるんだっけ?」なんて間抜けな質問だろう。だが知らないのだから仕方ない。
「えーっ!!何いってるの!?一緒に芦岡女子高を受けるっていつも言ってるじゃん!!?」
びっくりだ!芦岡女子高といえば忘れもしない、私が三年前落ちてしまった高校じゃないか!
という事は私?、音羽未来は、かなり勉強が出来る子なのだろう。
「ねぇ大丈夫?なんか様子おかしいよ」
「ちょっと頭がぼんやりしてて・・・」
苦しい言い訳だ。
「まだ体調良くないみたいだから私もう行くね?月曜からは学校来れるでしょ? どうせ卒業式の練習ばっかでつまんないけど。」
彼女はそう残して病室を後にした。結局名前は分からずじまいだった。
私はまた病室に一人になった。直に家族が来るだろう。もちろん私の本当の家族ではなく、音羽未来ちゃんの家族だが。
彼女は家族に恵まれている。凄く大事にされ育った事が伝わる。
今頃お母さんと妹の優香はどうしているだろう?
家に行きたい。二人に会いたい。私がこうして未来ちゃんの体に入ってしまったのだから、彼女が私になっているのだろうか?それではまるで昔あったドラマのようだ。
どちらにしても確かめに行きたくて仕方ない!いっそ今から・・・いや私が急に病院から抜け出したらみんなが心配する。
でも明日までは待てない!!
私は棚の上にあった黒いジャンバーを羽織った。
さぁ出掛けよう、そう思った矢先に未来ちゃんの家族が訪ねてきた。
「どうしたの?そんな着込んで・・・」
彼女の母に聞かれる。やむを得ない、やはり明日だ。
ー3ー
次の日、私は退院して家に戻った。音羽家はまだ新しい一軒家で、庭は芝生で広く、レオナルドという大きな白い犬を飼っている。
しかし部屋で寝転がっても他人の家としか思えず居心地がわるい。
「未来、お母さんお買い物行くけど一緒にくる?」
部屋に入ってきたお母さんに誘われる。
行く訳はない。私はさっきからずっと彼女が出ていくのを待っていたのだから。彼女は専業主婦のようだ。
私は断ったので一人で出掛けた。それを待っていた私も少ししてから家を離れた。
しばらく歩き駅から電車に乗る。
心臓が高鳴る。
ドクンドクン!
こんなに大きくなるなんて、体育館で全校生徒の前で作文の発表をした時より、この前のセンター試験の時よりはるかに上だ。
足が震える。電車の中でも座ってなどいられない!
息も上がる。
電車から降りた、あと数分だ・・・
凄く不安になる。
あの角を曲がった所だ・・・!!
「・・・・・そんな・・・まさか・・・・」
私は目を疑った。家には礼服をきた人々が集まっている。
そして黒い車・・・もはや嫌でも想像がつく、ついてしまう。ふらふらの足どりで私は家に近づき窓から中を覗く・・・
。母だっ!隣に妹もいる・・・
母はまるで生気を失っている!まるで死の淵にいる病人。こんな母を見たことなどない!
そして妹・・・、
もはや涙はかれはてたろうに、なおも泣きつづけている。
その時、近所のおばさんが数人で通り過ぎる。
「相沢さんちはさ~ホント気の毒だよっ!!夫を若くして亡くしてから、女手ひとつで子供を育てたってのに、娘さんにまで先立たれちゃね!
あたしだったらもう生きていけないよ。」
その通りだ・・・
母にとって私と優香は生き甲斐だ、何よりも大切にしてきた。その為に何年もお花屋さんと工場での仕事を掛け持ちしてまで頑張ってきた。
それなのに何故、何故こんな仕打ちを!
ダメだっ!あんな様子の二人を見てなどいられない!
私は逃げるように家から離れた。本音は今すぐ二人の元へ行き、私はここだと伝えたい!だがそんな事を誰が信じる!?
涙が溢れる。
人前では滅多に涙を見せない私が、大勢の人のいる駅で声をあげ泣き叫ぶ。
もはや人の目など気にする余裕なんてない!
「お嬢ちゃん大丈夫かい?」
おばあちゃんが声をかけてくれたみたいだが、今の私の耳には入るわけもない。
「うわぁぁぁぁ!うわぁぁ~!!!」
まるで赤ちゃんのように泣き続けた。プラットフォームには私の泣き声が響きわたる。
今にも倒れそうだ・・・・このまま倒れてしまいたい。
「ちょっと未来どうしたのっ!?」
そんな声など無視をし、家につくなり私は部屋の鍵を閉め倒れこむようにベッドに横たわる・・・
「未来っ!未来!!」
彼女の母がドアの向こうから呼び続ける。
辞めてっ!その名前で呼ばないでっ!!
私は耳を抑える。
覚めてっ覚めて・・・もうこの悪夢からっ!!!